第72話 共存共栄(笑)

 豪華な部屋でコーヒーを飲みながらの読書。実に優雅でスローなライフである。


 え、黒丹病は? ですって? んなもんまだ継続中に決まってんじゃん。なに言ってんの?


「あ、コーヒーお代わり」


 このハルメランに一緒に来た吸血族のメイドさんにお代わりをお願いする。


「はい。お菓子はいかがなさいますか?」


「そうだな。かりんとうまんじゅうをちょうだい」


 今、そんな気分なんです。


「か、かりんとうまんじゅうですか? 申し訳ありません。それはどう言うものでしょうか?」


 あれ? ミタさんはかりんとうまんじゅうは補完してないのか? お菓子好きなクセにセンサーが鈍いよな、ミタさんって。


「なければイイや。どうしてもってわけじゃないからよ。まんじゅうはある?」


「はい。まんじゅうでしたらご用意できます」


 と言うので出してもらったら粟まんじゅうだった。なかなか渋いとこ突いてくんな、このメイドさんは。ってか、粟まんじゅうがあってなんでかりんとうまんじゅうがねーんだよ。カイナーズホームのラインナップはどうなってんだよ!


 なんてことは口にも顔にも出さずにいただきます。うん、粟まんじゅう、久しぶりに食ったわ。


「緑茶ちょうだい」


 これは緑茶がよく合うものだ。次点で牛乳だな。


 粟まんじゅうをパクつきながら緑茶をズズズと飲んでいると、市長代理殿のその秘書嬢、そして、文官らしき男が入って来た。


「老師様。お時間よろしいでしょうか?」


 あれから四日。二回は睡眠薬っぽいものを飲ませて寝かせたからか、これが自分だとばかりにハツラツとし、できる女を見せていた。


「構わんよ。わしの仕事はないからの」


 何万人も住む都市で、オレが動いたところで大したこともできない。タンポポモドキを煎じるのは兵士でもできる。


 人海戦術とばかりに城で働く下働きの者も動員して、大量に煎じて市民に配っているよ。


「で、どうしたい?」


「他の都市から使者が来て、黒丹病の薬を分けて欲しいとのことです」


「他の都市? 随分と知られるのが早いの」


 他との都市との距離は知らんが、四日ていどで伝わる距離ではあるまい。なんかカラクリがあるのか?


「恐らく議員の誰かが声飛ばしの魔道具を使ったのでしょう。各都市と繋がる者はおりますから」


 市長代理殿の言葉からして相互通信ができるものではないようだ。


 そう言やスマッグはここで使えるのか? とダイナマイトボディーなドレミを見る。


「基地局を設置しましたのでハルメラン内では使えます」


 うん、できるってことだけ理解しておくよ。オレには難しい話みたいだし。


「メイド全員とトータ様に渡しております」


 さようでございますか。まあ、わたしめが使うことはないでしょうが、その用意周到には敬服させていただきます。


「市長代理殿にもいくつか渡せるか?」


「はい。創造主様が増産しておりますので」


 そう言うと、なぜかオレの耳元へ近づき、使用料として生命力をいただいてますと呟いた。


 それ呪いのアイテムじゃね?


 とか思い浮かんだが、そもそもあの汚物は腐嬢にして腐王。創るものが呪われて当然。呪われてないと思うほうがどうかしてるわ。


 ポケットを探りスマッグを取り出してドレミに渡す。今日から君はオレの通信係だ。いやまあ、前からそんな感じだけどよ。


「で、来たヤツは市長代理殿にとって大事な相手か? それとも面倒で馴染めない相手かな?」


「面倒で関わり合いたくない者ですが、立場的に弱いので会わざるを得ません」


「その言い種では借もありそうじゃ」


 たぶん、無理矢理押しつけられたような借だろう。前市長か前重役たちが原因で、な。


「はい。薪を握られています」


 だからか。結構重要なところを押さえられてるようだ。


「入って来なかったのは値を吊り上げるためか、嫌がらせか、それとも支配か、そのすべてかな?」


「マルネーラ党はサイラネン都市から資金援助されています」


 悔しそうに言う市長代理殿。相当煮え湯を飲まされているようだ。


「薪不足は深刻かい?」


「……はい。この冬は凍死者が出るでしょう……」


 市長代理殿は弱り目に祟り目に思えるだろうが、オレから言わせれば災い転じて福と成す、だ。


「わしの知り合いの新興国で今、開拓開墾の熱が上がろうとしておる。そこは他種族多民族国家で対等な商売をしてくれる相手が少ない。もし、他種族多民族相手でも商売をしようと言うのなら、この冬の薪はこちらが持ってもよいぞ」


 ヤオヨロズ国では木を伐っても使い道はねー。精々、地竜のエサがイイところだが、バイブラストから買うのでたぶん余るだろう。


 ヤオヨロズ国と商売ができるのなら、それは林業と言う雇用が生まれるってことだ。まあ、まだこの都市の産業やら名産は知らないが、オレの勘はあると言っている。


「……その国から大使なり使者なりを呼んでいただけますか?」


「もちろん、すぐにでも呼ぼう」


 ヘイ、カイナ。カモーン!


「──まったく、べーの引きのよさは神がかってるよ」


 カイナと愉快な仲間たちを召喚した。


  ◆◆◆


「べー様!」


 と、愉快な仲間の中にミタさんがいた。あら、あなたも来ちゃったのね。


「ご苦労さん。手間をかけさせて悪かったな」


 見えないところでガンバるあなたに感謝です。


「い、いえ。べー様の言いつけを守らず申し訳ありません」


「いいよ。ドレミも来たし。それに、ミタさんが来たってことはブルー島や村は落ち着いたってことだろう」


 そのくらいの信頼は持ってるよ。


「はい。タケル様の活躍により黒丹病は消滅しました」


 タケル? あ、まあ、未來的漫画的な乗り物だし、不可能ではねーか。ってか、タケルのこと忘れてたわ。


「そうか。タケルには感謝しねーとな」


 あと、完全無欠に忘れていたことに謝罪しよう。


「ん? プリッつあんはどうした?」


 真っ先にドロップキックかまして来そうなんだがな。


「プリッシュ様は飛空船団を率いてプリッシュ号改でこちらに向かっております」


 飛空船団? なんでまた? 


「それがプリッシュ様が指示されたのです。べー様が必要としてると言って……」


 謎が謎を呼ぶメルヘンのこと。深く考えてもしょうがねーだろう。そうなんだ~と流しておけ、だ。


「そうか。まあ、プリッつあんがそう言うのならそうなんだろう」


「なに積んでるんだ?」


 謎が謎を呼ぶメルヘンでも共存共栄(笑)してる仲。空荷で来るとは思えない。ましてや飛空船団を動かすには婦人の協力が必要だ。なにか積んでるとは考えつくわ。


「ほとんどが海産物かな。あと、うちの兵を一〇〇名だね。なんでプリちゃんはそんなこと言ったの?」


 答えたのはカイナで、メルヘンの指示に困惑しているようだ。


「……オレの考え筒抜けかよ……」


 なのにメルヘンの考えがわからないオレ。共存共栄(笑)は建前か? いや、共栄のほうはしてるけどさ。


「べーの一番の理解者だしね」


 メルヘンの一番の理解者がオレじゃない件について、誰かわかりやすい説明をプリーズです。


「まあ、時間が省けてよし、だ」


 もう少し落ち着いてからとは思っていたが、ヤオヨロズ国とこの都市が共存共栄(本気)していくなら早いほうがイイだろう。


「市長代理殿。薪はすぐに用意できるから好きな様に交渉するとよい。まあ、代金を弾んでくれれば薬はすぐに用意しよう」


 悪戯っぽく笑って見せた。あ、老魔術師の顔でだよ。


「出た。影の宰相モード。それで村人とか言っちゃうんだからクレージーだよ」


 うっさいよ。ただオレは知恵を出してるだけ。決めるのは市長代理殿だ。


「べーの言葉はほどほどに聞いておきなよ、お嬢さん。すべてを聞いてたら忙しくて婚期を逃すからね」


 前世ならセクハラで訴えれるぞ。


「ご安心ください。物好きにも好きだと言ってくださる殿方がいますので」


 輝くような笑みを見せる市長代理殿。運のよいお嬢さんだ……。


「それは失礼。結婚式の際にはウェディングドレスを贈らせていただきます」


 柄にもない一礼をするカイナ。できたんだな、そういうこと。びっくりだよ。


「ミタさん。市長代理殿に二名のメイドをつけてやって。二四時間体制で。給金も上げてやって」


 市長代理殿には長生きして欲しいからな。


「畏まりました。体制ができるまでこの二名をつけさせていただきます」


 見知らぬメイドさんが二名、前に出た。


「市長代理殿。そう言うことじゃ。仲良くやってくれ。そのうち武力もつけるのでな」


「……老師様の多大なるご協力に感謝いたします」


 誠心誠意、オレに頭を下げる市長代理殿に、頷きで返した。


 新たに決意したような顔で市長代理殿が部屋を出ていった。人に化けた二人のメイドさんを連れて。


「べー様。あたしも様子を見て参ります」


 たぶん、他のメイドから報告は受けているだろうが、自分の目で確かめたいのだろう。好きにしなと言っておく。もうこの城で文句を言うヤツはいないからな。クク。


「偽装してるのになんで悪そうな笑みを見せるのさ?」


「芸は細かく。徹底的に。まあ、拘りだ」


 身も心もその者になる。オレ、役者でも食ってたかもしれない。おっと、詐欺師とか言っちゃイヤよ。


「それで、おれを召喚した理由はなんなの?」


 自分で召喚とか言っちゃうんだ。まあ、カイナなら喜んでやりそうだけどよ。


「カイナーズで傭兵会社をやらないか?」


 とのセリフにカイナじゃなく、軍服を着た白い肌に白い髪の鬼族だろうねーちゃんが驚いた。アルビノか?


「お前は驚かないんだな?」


「まーね。前々からは考えてたから。でも、おれたち魔族だから断念したんだよ」


 そりゃそうか。魔大陸ならまだしもこの大陸では魔族は悪って立場だからな。


「でも、いつかべーが解決してくれると思ってた。まるで根拠はなかったけど」


 なんだよ、その意味不明な確信は? いや、当たったからなんも言えねーけどさ。


「傭兵会社は今すぐにでも創れるよ。プリちゃんが言ったとき、そうなるよう人選はしたから」


 少年の心を持っていても魔族の代表としての心構えはしっかり持っているようだ。


「市長代理殿がよりよい政治をするために力を貸してくれ。報酬は都市から出させるからよ」


「うちは高いよ」


 お、こいつ、交渉なんかしてきたぜ。


「これからヤオヨロズ国とこの都市は、最低でも五〇年は仲良くしていく。その費用は防衛費として出させるさ。魔族? 異種族? 平和の前には些細な言葉さ」


 カイナーズ以上の武力を示せるのなら示せばイイさ。他の都市と契約すればイイだけのこと。


「ここは、貿易都市群帯。話し合いだ調和だなんて二の次。まずは武力があってこそ己を主張できるところだ。さあ、他の都市はどうする? 戦うか? 敗けを認めるか? いや、利用しようと考える」


「カイナーズはそれを利用するのですね」


 アルビノのねーちゃんが口を挟んで来たが、正解とカップを掲げてみせた。


「利用し利用されるか、助け助け合うかはカイナーズ次第。共存共栄バンザイだ」


 言葉は言い様使い様。行動だって同じさ。


「……了解。生きるなら繁栄しなくちゃね……」


 よりよい未来に乾杯だ。


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