第69話 黒丹病

 転移した場所は……夜なのでわからんが、なにか建物の前のようだ。


 ボブラ村と同じ時間帯となれば、そう遠い場所ではねーな。


 結界灯を創り出し、辺りを照らす。


「……教会か……?」


 造りは石組みで、黄土色の石を使っている。ってことはアーベリアン王国周辺ではねーな。


 精霊を祭る教会は石も使うがほとんどは木造だ。石で組むとなると帝国かその周辺になる。まあ、仕入れた情報では、だがよ。


「うん。アドアーリ教会。孤児院も兼ねてる」


 そこはちゃんと守ったか。


 初めての土地でもしトラブルが起き、拠点を築かなくちゃならない場合は貧乏な教会か孤児院にしろ、と教えていた。


 なぜかと言えば教会や孤児院なら金と食料で味方につけられるから。孤児は意外と情報に詳しく、町を知っているのだ。


 心強い味方にはならんが、利用しようと考えるゲスどもよりはマシな味方にはなってくれるのさ。バリアルや王都のように、な。


「え、えーと、三式だっけか?」


「いろはとお呼びください。マイロード」


 あ、うん、それでイイのなら遠慮なく呼ばせていただきます。


「いろは、警備をしてくれ。問答無用で押し通ろうとするアホは怪我をさせても構わねー。関係者なら通せ」


 超万能生命体ならできんだろう。


「畏まりました。マイロード」


 大人バージョンのいろはが四つに分裂。幼女バージョンとなり、敷地内に散っていった。


「あんちゃん、早く!」


 と、トータに腕を取られて教会内に連れ込まれる。


 中は扇状の礼拝堂となっており、祭壇には太陽を模したものが掲げられていた。


 ……太陽神教か。となると自由貿易都市郡地帯かな……?


 宗教で地域はわかるが、自由貿易都市郡地帯は話でしか知らん。はっきりそうだとは言えんのよね。


「結界!」


 で、外から隔離。結界内の空気を浄化させる。なにやら黒丹病にかかった者らで溢れていたから。


「メイドさんたち、湯を大量に沸かしてくれ。温度計は持ってるか?」


 一人だけエプロンのデザインが違うメイドさんを見て言う。


 ……今さらだが、誰がデザインとか考えてんだ? なにかメイド服に違いがあるが……?


「はい。ベー様に仕えるメイドは大抵の物なら所持しております。もしなければすぐにご用意致します」


 ミタさんの教育(いつしてるんだか知らんけど)がよろしいようで、異空間化してるぽいポケットからコンロやらペットボトルやらをドンドン出している。


 ……他人の振り見て我が振り直せ。ポケットから物を出すって結構シュールな光景だったんだな……。


「四〇度から五〇度の湯にタンポポモドキの粉を混ぜて、動けない者を重点に飲ませろ。あと、胃に優しい野菜スープを作っておいてくれ」


「畏まりました。それと、応援を呼んでもよろしいでしょうか?」


「構わないが、敷地内からは出るな。転移も敷地内で済ませろ。オレの結界内なら黒丹病にはかからないからよ」


 もちろん、連れて来た者にはオレの結界を纏わせてありますのでご安心を。


「はい。徹底させます。では」


 三人のメイドさんが一礼して行動を開始した。


「チャコたちは孤児院のほうか?」


 礼拝堂にいるのはほどんどが大人で、衣服からして路上生活者だろう。そう言うヤツは大体教会に押し寄せるからな。


「うん。チャコとカナコを守るために孤児院を封鎖したんだ」


 たぶん、孤児院へと続くだろうドアの前になにかお寺の鐘っぽいものが置かれていた。なぜに!?


「あんちゃん、これ退けられる?」


「お前が出したんじゃないのか?」


「チャコがドアの向こうから出したんだ」


 器用な花だな、あいつは。


 まあ、素材やサイズがなんであれ、オレにかかれば問題ナッシング。無限鞄に入れればハイ、終了。外開きのドアを開けて隣の部屋へと入った。


 そこは物置に使われているのか、古い箱やなにに使われるかわらない木材があった。


「チャコ!」


 周りに目がいってたから床に倒れていたチャコ……な感じの地味な花が倒れ? いや、落ちてる? なんだ? と言うことはどうでもイイとして、枯れっ枯れな状態だった。


「……トータ……」


 枯れっ枯れな花から声が。ファンタジーな世界じゃなければ絶叫してるところだな。


 ……しかし、デカくしてやったのに、なぜ花になると元のサイズになるんだ? メルヘン系はよくわからんわ……。


「水でもやったらどうだ?」


 チャコならそれで復活しそうだしな。


「水をあげてもダメなんだ」


 おや、ダメなのか。なんでや?


「……気候に合わなかったみたい……」


 と、枯れっ枯れな声でチャコが言った。


 あ、うん、そうだね。君、花だし。さすがにファンタジーとは言え、どこでも咲ける花はないよな。うん。


「つーか、それで冒険に出ようとか無謀だろう」


 自業自得満載で突っ込む気にもならんわ。


 とは言え、トータを任した恩もあればもう家族の一員。見捨てる選択肢はねー。死なせたら弟に顔向けできんわ。


 花園を思い出して結界を創り、枯れっ枯れのチャコを包み込む。


「……空気が気持ちいい……」


 結界を空中に浮かし、無限鞄からアマテラス用の土をベッドにし、小瓶に入った世界樹の滴をスポイトで吸って二滴ほどチャコにかける。


「どうだ?」


「……もっと。足りないわ……」


 枯れっ枯れな声ではあるが、先ほどより声音が強くなっていた。


 一滴二滴とチャコの様子を見ながらかけていく。


 さらに小瓶を出して世界樹の滴をかけると、花に潤いが出て来た。


「もう、いいわ。ごめん。少し寝る……」


 花が寝るとはこれ如何に。なんて思ったが、まあ、危機は脱したってことだろう。思う存分寝るがイイさ。


「……あんちゃん、ありがとう……」


 涙を流す弟の頭を撫でやり、よくがんばったと褒めてやった。


  ◆◆◆


 泣きじゃくるトータをそのままに、隣の部屋へといってみる。


 明かりがないので結界灯を二つ、創り出す。


 テーブルがいくつかあることからして孤児院の食堂兼集まりの場、って感じかな。


「こっちも空気がワリーな」


 閉じ籠るために外へ出るドアや窓が板で打ちつけてあった。暴動でも起きてんのか?


 ここには誰もいないが、一応、空気浄化の結界を張っておく。


「ガブはどこだ?」


 あと、カナコさんとやらも。


「マイロード。左側の部屋にいますが、右側の部屋を優先したほうがよろしいかと」


 なぜかドレミが教えてくれる。透視能力か!?


 なんて冗談に誰も応えてくれないので、ドレミが教えてくれた右側の部屋のドアを開ける。


 孤児たち部屋か。三段ベッドがすし詰め状態が涙を誘うぜ。


 すし詰めになるくらい孤児が多いようで、たくさんの気配が感じ取れる。


 ここも結界で空気を浄化させ、結界灯を一つ創り出す。


「……酷いな……」


 ベッドはすべて埋まるどころか床にも溢れ、この部屋にいるガキどもすべてが黒丹病にかかっていた。それも重症──いや、末期だな。


「まあ、死んでないのなら関係ないか」


 無限鞄からエルクセプルを一本取り出し、伸縮能力で一升瓶サイズぐらいまでデカくする。


 何度も言うが、エルクセプルを作るのはそう難しくない。オレくらいの薬師なら調合は可能だし、A級の冒険者パーティーなら箱庭にいかなくても材料は集めて来れる。決して国が傾くような存在ではねーのだ。


 問題は保存法。劣化させない技術が国を傾けさせるほどの存在にしているわけだが、結界術を使えるオレには問題ナッシング。ましてや、プリッつあんの能力も使えるから無限に増殖させられる。


 卑怯だな! とは今さらのこと。言われたところで心にも響かねー。世は理不尽にできてんだらな。


 瓶の口を切り、結界で包み込む。


 球体にしたエルクセプルを五〇等分に分け、ガキどもの口へと運び、無理矢理飲ませた。ハイ、終了。


「ガブとカナコさんとやらは無事なんだろうな?」


「はい。どうやら女子のほうは軽いようです」


 あ、そう言や男しかいなかったな。気がつかんかったわ。ってか、ガブも男だが、年齢的に許されたのか?


 部屋を出て隣の部屋のドアを開けようとして開かなかった。なにかで固定されてる感じだな。


「ドレミ。中に入れるか?」


「はい。可能です」


「んじゃ、頼む。エルクセプルも入れるから飲ませてくれ」


 女子部屋を封鎖したのなら野郎が入るのは遠慮したほうがイイだろう。ドレミに任せた。


「畏まりました」


 メイド型からスライムへとトランスフォームしてドア下の隙間から中へと入っていった。


「あんちゃん。皆は大丈夫?」


 チャコを頭に乗せたトータがやって来た。


「男のほうは治した。今は女のほうをドレミに任せたから直に治るだろうさ」


「ありがと、あんちゃん」


「事が事なだけに気にするなとは言えんが、まあ、よくがんばった。反省してチャコたちと話し合って、次に活かせ」


 このくらいの失敗ならオレがフォローしてやるからよ。


「うん。次はもっと上手くやる」


「それでこそオレの弟だ。さあ、起きて来た野郎どもに食事を取らせてやれ。礼拝堂で料理して──いや、その前に風呂だな。そんな汚れたままでは違う病気にかかりそうだ」


 予算がないのか、ガキどもが着ている服は凄く汚れ、臭いも酷い。せっかく治したのにまた病気になられたら薬師としてやりきれねーぜ。


「風呂を造るか」


 ドアに打ちつけられた板を外し、外へと出る。


 貧乏ではあるが、土地はあるようで六畳ほどの風呂が造れそうな感じだった。


 あらよ、ほらよ、どっこいしょー! で、脱衣場つき風呂完成。あ、念のためにタンポポモドキの粉を入れておこう。混ざれ~。


「トータ。野郎どもを風呂に入れさせろ。あと、服は焼くから新しいのを着ろと伝えろ」


 孤児院を人材育成機関とするべく服や下着などは村の女衆に頼んで大量に作ってあるのだよ。


「わかった」


 どのくらいここにいるかは知らんが、ぽっと出のオレより馴染みのあるトータのほうがイイだろう。


 野郎どもを任せ、女子どもが出て来る前に礼拝堂の様子を見にいった。


「どうだい?」


 料理を作っている赤鬼のメイドさんに尋ねる。


「薬は全員に飲ませました。ただ、栄養不足の方ばかりで動くこともままならないようです」


 まあ、エルクセプルと違って黒丹病を治すだけだからな。


 エルクセプルを無限増殖できるとは言え、路上生活者な感じのこいつらを一気に治す気はねー。治って暴れられても困るしよ。


「二人か三人、こちらに回せるかい?」


「はい。五名ほど外で警護させてますので」


 礼拝堂にいる数を混ぜると一五人くらい連れて来たようだ。


「じゃあ三人、こっちに回してくれや」


「畏まりました」


 と、背後からの返事。振り向けば最初に来たセイワ族のメイドさんと、エルフ……ではねーな。感じからして吸血族か。まあ、吸血族のメイドさんが二人いた。


「孤児院のほうでも食事を作ってくれ。なにかあればトータに聞いて動いてくれ。オレは外の様子を探ってくるからよ」


「護衛を用意致しますか?」


「いろはを連れていくから、抜けた穴を頼む」


 武装したメイドさんが五人もいたら一〇〇や二〇〇の暴徒でも数分で蹴散らすだろうよ。いや、殺しちゃダメだけどさ。


「お気をつけていってらっしゃいませ」


 メイドさんたちの一礼に見送られ教会の外に出た。 


  ◆◆◆


 当たり前と言えば当たり前なのだが、通りに人の姿はなかった。


 だが、人だったものがちらほらと見え、R18な制限をかけられる状態になっていた。


「……幸福な世とはならないか……」


 優しい世界じゃないとはわかっているが、生々しいものを見ると胸に来るものがあるぜ。


「成仏しろよ」


 R18な状態を結界で包み込み、火をつけて焼却する。


 遺族に断りもなくとか言うことなかれ。いるのなら道端で死なせたりはしない。仮にいたとしても道端に放置している段階で思いやる必要はねーよ。


「しかし、R18な状態で放置しすぎだろう。行政はなにやってんだ?」


 暗くてわからんが、建物の造りや並びからして町──それも結構な広さと文化はありそうだ。道も石畳だしな。


「石組みなところを見ると、乾燥地帯みたいだな」


 結界を纏っているので空気の乾燥具合はわからんが、道端に雑草が生えてないことや土がないことからして間違ってはいないだろう。


「トータたちは、なにしにここに来たんだ?」


 記憶が定かじゃねーが、帝国にいっているんじゃなかったか? 帝国に乾燥地帯なんてなかったと思うんだが……。


 考えながら進むと、噴水がある広場へと出た。


「……近くに山があるのかな……?」


 この乾燥具合からして雨が多いとは思えんし、教会からここまで井戸がなかったから、山から水路を敷いてるのだろう。まあ、テキトーな想像だがよ。


 噴水を覗けば水量は結構あり、地下に流れている。ってことは地下水路もあるのか?


 建物も古そうではあるが、素人目にもよくできている。長い歴史のある町なんだろう。


 ちょっと疲れたので、噴水の縁に座り、マン◯ムタイムと洒落込んだ。


「……静かだな……」


「町が死んだようです」


 オレの呟きに出没不明の背後霊が答えた。


 うん。あなたが言うと洒落にならんから黙っててください。そして消えててください。


「マイロード。武装した集団が来ます」


 いろはからの報告に偽装結界──老魔術師にチェンジする(五巻参照)。


 一六歳の姿でも構わねーのだが、説得力を持たせるなら老魔術師が効果的なのだ。


「何者だ!」


 と誰何するってことは、町の者とは思われない格好だったかな?


「薬師を生業としとる旅の魔術師じゃよ」


 もちろん、声も変えてまっせ。


「薬師だと? どこの国の者だ?」


「国は持たんよ。旅から旅の人生じゃ」


 ふぉっふぉっふぉっと笑う。まあ、結界を動かしてるんですけどね。結構練習したんだから。


「……それで、なにをしている? こんな夜中に……」


 四〇半ばの男が槍を構えながら尋ねて来る。そんなに怪しい……ですね。疫病に冒された町で夜中に動いてたら。


「考えておっただけじゃ。なぜこんな場所で黒丹病が発生したかをな」


 治し方は確立したが、発生原因はわかってないのだ。ネズミとか魔物のせいだかとは言われてるがな。


「この疫病を知っているのか!?」


 驚く男。って、わかってなかったのかよ。


「アーベリアン王国は知っておるか?」


「……いや、聞いたこともない……」


 まあ、普通に暮らしていたら隣の国すら知らないヤツも結構いる。酔狂な者じゃないと知ろうとは思わんさ。


「その国で三〇〇年前に流行った病じゃよ。まさかこの地で流行っていようとは夢にも思わんなんだ」


 ほんと、びっくりだよ。


「ろ、老師殿! これは治るのか!? 薬はあるのか!?」


 つかみかかろうとする男の手からひょいと避ける。


「致命的なまで冒されていなければ治るな。まあ、薬と呼べるものもある」


 懐から小瓶を出して男に放り投げる。


 驚きながらもちゃんとキャッチできるとか、反射神経のイイ男だ。かなりの使い手かな?


「ぬるま湯に煎じて何度かに分けて飲ませれば大抵は治る。初期症状ならそれを湯に溶かして体を浸ければ確実に治るよ。あ、着ていた服は燃やすことをお勧めする」


 話は終わりだと、冷めたコーヒーをいただいた。


「市長のところに走れ。疫病は黒丹病。治る病気だと知らせろ!」


 市長か。やはり自由貿易都市郡地帯なのかな? 市と呼ぶようなところ、アーベリアン王国周辺国にも帝国にもないしな。


「老師殿、我らと来てもらえないだろうか?」


「老いぼれのわしがいったところで役には立たんし、信じてもらうための説明など面倒なだけじゃ。胡散臭いと思うなら使わなければよい」


 そんな義理はないと切り捨てる。


「お願いする。どうか我々について来てくだされ!」


 頭を下げる男。力ずくのバカではねーか。まあ、上が礼儀正しいかはわからんがな。


 だが、情報を得ようとしたら情報が集まる市長の側がイイだろう。原因を探る、とまではいかなくても、手がかりくらいは欲しいところだ。


「いろは」


「──はい。ここに」


 呼ぶと白猫になったいろはが現れた。うん。空気の読めるお前が頼もしいよ。


「ドレミに荷物を持って来るように伝えておくれ」


 教会や孤児院のことはチャコやメイドさんズが上手くやってくれるだろう。


「畏まりました」


 器用に頷き、教会のほうへと駆けていく。ほんと、超万能生命体は頼りになるよ。


「……い、今のは……?」


「わしの使い魔じゃ。そんなことも知らんのか?」


 いや、オレも世の魔術師が使い魔を使役してるか知らんけどね。テキトーに言ったまでです。ごめんなさい。


「まあ、よい。なにか乗り物を用意せい。こんな老いぼれを歩かせるな」


 老人の歩き方をするのも結構しんどい。用意していただけると助かります。


「わ、わかった。誰か馬車を持ってこい!」


 はぁ~。今日は徹夜か。いや、もう日を跨いでいるか。若いとは言えつかれるぜ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る