第21話 ちゃんちゃん

 三〇分ほどして第二夫人とミタさんが戻って来た。


「遅くなりました」


 嬉しそうな第二夫人。太らないよう注意してね。


「ベー様。新しい家に転移できないのですが」


 すっとオレの背後に回ったミタさんがそっと囁いた。あ、言うの忘れてたわ。


「あそこには特別な力で覆われているから転移バッチもシュンパネも使えねーんだよ。だから扉を設置してんのさ」


 創ったヤツがスゴいのか、エリナでもできなかった。ただ、オレの結界と相性がイイのか、結界を纏ったままだと転移できるのだ。


「なんか問題があったのかい?」


「いえ、物を取りにいこうとして不発になったものですから」


 転移バッチの優秀なところだな。飛んでった先で弾かれるのではなく、発動しないようになってるんだからな。


「それと、新しい家はブルーヴィと呼称してよろしいのでしょうか?」


「あーそうだな。ブルーヴィは空鯨の名前だし、なんか別の名前にしーねと不便か。なににすっかな?」


「前みたいに離れでいいんじゃない」


 と、プリッつあんが提案を出して来た。


「そうだな。離れでイイか」


 事実、館から離れたし、語呂もイイ。うん、それに決定~。


「わかりました。離れと通達します」


 誰に通達するかわからんが、まあ、よろしこ。


「なんの話だ?」


 公爵どのが不思議な顔で訊いて来た。


「オレ、館から出で離れに暮らすことにしたんだよ。なんかもう、自分の家って感じなくなったんでな」


 小市民なオレには小ぢんまりした家が落ち着く。あ、炬燵と座椅子が欲しくなった。囲炉裏を退けて炬燵間にするか。


「……お前のことだからただの離れではあるまい……?」


「離れは元の家だよ」


「離れがある場所はとんでもないけどね」


 肩を竦めるメルヘンさん。まあ、否定はしねー。


「プリッシュ、どんな場所なんだ?」


「全貌が見えなかったからよくわからないんだけど、空鯨っての生き物の背にあるのよ」


 ?を頭に咲かせる公爵どの。


「暇ができたら案内してやるよ」


「ああ、落ち着けたらな。今はバイブラストのことで精一杯だからよ」


「そのほうがいいわよ。ベーのやることには余裕を持ってないと気が狂いそうになるからね」


 オレも君の行動には心を広くしないと気が狂いそうになるよ。


「そうだな。こいつは常人の斜め上を竜が如く飛んでいくからな。で、なにがどうなってるんだ? 言葉をたくさん使って、子どもに教えるように説明しやがれ」


「なんだよ、それは? どんだけ自分を卑下してんだよ」


「お前の説明不足を罵ってんだよ! とにかく、わかるように説明しやがれ!」


 なんの逆切れだよ。オレはちゃんとわかるように説明してるわ。と言っても納得されないだろうから反論はしませんです、ハイ。


 コーヒーのお代わりをミタさんに注いでもらい、香りを楽しんでから口に含んだ。


「……まず、どこから話そうか……?」


 よく考えたらこの一連の事は繋がっており、どこが始まりだかもわからねー。公爵どのが知らないだけで問題は上がっていたからな。


「なんつーか、バイブラストの歴史は天地崩壊から続いている。だが、地上に出てからたぶん、千年も経ってない感じかな? 公爵どので何代目だ?」


「四二代目だ。ただ、帝国の臣となってから、だがな」


「確か、元は小国で、何百年前かに帝国に併合されたんだっけ?」


 そこまでバイブラストの歴史に興味がなかったからざっくばらんにしか記憶にねーがよ。


「ああ。バイブラスト王国時の歴史は併合時に失われたようだがな」


「なぜ、失われたんだ?」


「わからん。記録がないのだ」


「……そのとき、決別したのかもな」


 もう箱庭には頼らず、地上で生きようと思ったのだろう。あれは、麻薬のようなもの。頼ったままだったら帝国に奪われていたかも知れんしな。


「とにかく、領都の下には豊穣の土地があり、失われた動植物が今も生息している。その価値は、帝国を敵にしても惜しくはねーだろう」


 それは、エルクセプルで十二分にわかるはずだ。


「さっきも言ったが、箱庭のことは忘れて、すべてをカーレント嬢に託すのが最善の選択なんだよ」


 そして、説明が省けてオレも助かるし、未曾有の危機にと伝わっているのならそのままにしておくほうがイイ。下手に手を出すのは悪手だ。


「エルクセプルを知って、放棄しろと言うのか?」


「そうだ。エルクセプルを知ったからと言って、材料がなにか、調合はどうするか、バイブラスト、いや、帝国に知る者はいるか? いたとして、箱庭に入れるのか? 数百年ほっといたせいで、あそこはバケモノの巣だ。A級冒険者が百人いても一日として生きられねー。一つ目巨人とかマジでいやがったぜ」


 お伽噺話にはよく出て来るバケモノだが、マジでバケモノだった。下手な竜より凶悪だったぜ。まあ、それ以上のバケモノがこちら側にいましたけどねっ。


「……そんなバケモノの巣で暴れ回っているお前の姿が容易に想像できるよ……」


「S級村人だからな」


「もう、人外だわ! 全世界の村人に謝りやがれ!」


 断る! オレは村人の頂点に立つ男だ! ん? なんかカッコイイフレーズだな。よし、今日からオレの決めゼリフにしよう。まあ、使いどころは少なさそうだがよ……。


  ◆◆◆


「まあ、話を戻して、だ。牙ネズミやタコと言ったバイブラストを苦しめて来たものは箱庭から漏れたものだ」


「漏れた?」


「漏れたでも逃げたでもイイ。箱庭に生息してたが、なんらかの支障が出て、割れ目から出て来たんだろう」


 箱庭に出入りできる扉はいくつかあったが、どこも堅く閉じていた。そこからは出れないとなると違うところから出たと言うことだ。


「……き、危険なのか……?」


「あとちょっとで大惨事、ってところだった」


 秒読み段階的と言ってもイイだろうよ。


「お前が直したのか?」


「いや、管理者が直した」


 オレは力を貸したまで。結界と同じ力だったのでな、とは言わないでおこう。親しき仲にも秘密あり、だしな。


「……管理者……?」


「リッチ級の不死人だ。あと、護衛に新種の……なんだっけ?」


 レイコさん、補足プリーズです。


「プラヌグラーニーです」


「──ひっ!?」


 レイコさんが姿を現したようで、第二夫人が驚いた。


 第二夫人は初めてだろうが、オレたちには二度目なので簡単にレイコさんを説明。サラッと流した。


「……わたしの扱い、雑になってません……?」


 それで納得できるのならいくらでも肯定してやるが、どうする? と振り返る。


「そう言うのが悪霊を生むんですからね!」


 もうオレの中で普通の幽霊も悪霊も目くそ鼻くそだって言ったら怒るかな? 怒るよね。ならお口にチャック。夜な夜なうらめしや~なんてやられたら嫌だからな。


「まあ、レイコさんの百倍ヤバいのと国一つ滅ぼせるプラヌグラーニーがいる訳だ」


「……お前でもヤバいのか……?」


「オレは金輪際、関わりを持ちたくねーので、箱庭にいきたきゃバイブラストでなんとかしろ。オレは金貨一万枚積まれようと絶対にいかねーからな」


 それで断絶できないことはわかってはいるが、避けらるのなら極力避けさせてもらいます!


「……そんなに、なのか……?」


「それ以上だ。あそこは完全封鎖しろ。ダンジョンからでも箱庭にいけるはずだからよ」


 それでバイブラストの平和は保たれる。主に精神面で。


「それはもう箱庭にいくなと言っているのと同じだ。ダンジョンはまだ制覇途中なんだからよ」


「なら諦めろ。仮に管理者の許可を得ようが箱庭で活動することはできねー。ただただ命と時間を消費するだけだ」


「なら、未曾有のときになっても助からねーだろうが!」


「だろうな。だが、そこで無理だと言って諦めるならそこで死ね。そんな根性なしに未来なんて訪れねーよ。どんな状況に陥ろうと、死にたくない、生きたいとガンバった命だけが未来を得られるんだからな」


 偉そうに、なんて頭の悪いことは他で言ってくれ。そんな平和ボケしたセリフ聞かされたらオレの耳が腐るわ。


「とにかくだ。箱庭から利益を得たいのならその六倍は損することを覚悟しろ。ダチからの精一杯の助言だ」


 それでもやると言うなら止めはしない。好き嫌いで領地経営はできないし、そこに儲けがあるのを黙って見過ごせないのが人ってもんだからな。


「……わかった。箱庭は諦める。だが、なぜおれらにエルクセプルを見せたのだ?」


「それで諦めろと言うのも酷だし、バイブラストの資産で作ったものだからな、その使用料ってわけさ」


「……あれ一つで戦争が起こったことがあるんだぞ。もっと穏やかので払いやがれ……」


「メンドーなら内々で使っちまえ。足りなくなったらまた作ってやるからよ」


 材料もありがたく集めさせてもらいましたので、あと百は余裕で作ってやれるぜ。


「できるか。すぐにバレて他から押しかけて来るわ」


 まあ、効き過ぎる薬は逆に使えねー。これ、薬師になるとき教えられるのだ。なにごともバランスが大事だってな。


「これは、門外不出級の情報なんだが、エルクセプルってな、作るだけならそう難しくはねーんだよ。そこそこの薬師でも作れたりするのさ」


 まあ、一からとなると難しいが、材料、配合、調合さえわかれば簡単なものだ。


「欲しいのなら材料と作り方を教えてもイイぜ」


「……つまり、それだけではエルクセプルたり得ないってことか」


 さすが公爵どの。そう簡単に騙されてはくれないか。


「ご名答。エルクセプルは作った瞬間から劣化していく。一〇数えるうちに飲まないと効果は十全に効かねーんだよ」


 簡単なのに広がらない理由がそれなのだ。


「さらに言うと、材料も保存が悪いと効果は薄くなる」


「どうせ材料も集めるのが大変なんだろう?」


「いや、国家予算の半分も使えば集められんじゃねーか? この大陸にあるやつで作れるからな」


 世界樹もあるし、竜の腎臓も手に入るし、コガの実も霊水もあるし、アレやコレもある。何千人と人を使えば半年で集められんじゃねーの?


「ああ。無理だってのはわかったよ」


 諦めんの早いな。まあ、それほど熱意がねーってことだろうよ。


「つまり、容器が最大の問題ってことか」


「ああ、そうだ。状態維持効果がある器に収めて無限鞄に仕舞えば完璧だな」


 それくらいなら帝国にあんだろう。


「……つまり、エルクセプル一つで戦争が起きても不思議じゃねー状況に変わりなし、ってことだ。ふざけんな、こん畜生がよ!」


 ちゃんちゃん。

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