第12話 神に願いを

「……お前はヤーサンか……?」


「品行方正にして公明正大。最強村人とはオレのことよ。たまにダークになるのはご愛敬」


 ニカッと笑いながらサムズアップする。が、なんとも冷たい目を見せる茶猫さん。理解されなくともオレはオレを貫くもん!


「んなことはどうでもイイんだよ。まったく、どーすっかな~」


 こんなときはマンダ○タイムと、先ほどの場所に戻ってコーヒーをいただいた。


「もー! 先にいかないでよ!」


 と、プンプン丸なプリッつあんと樽を抱えたミタさんがやって来た。あ、酒を頼んだった。すっかり忘れったわ。


「ワリーワリー。考えごとしてたら忘れてたわ。ご苦労さんな」


 ここは、素直に謝っておこう。下手な言いわけして拗れるのもメンドクセーしよ。


「で、酒は買えたのかい?」


「はい。鉄貨三枚で一樽分買えました」


 ドンと抱えていた樽を地面に置くミタさん。あなた、力持ち……って、そう言や、強化服的なメイド服でしたね。変装してるから忘れったわ。


「鉄貨?」


「これです。銅貨一枚で鉄貨五枚になりました」


 一円玉より一回り小さく、歪なものだった。これに価値を持たせようとか、スゲーことやってんな。


「換金もしてくれんだ。なんかスラムを隠れ蓑にして国でも作ってんのか?」


 いき当たりばったりでやってる感じじゃねー。そこはかとなく計画性を感じるぜ。


「まあ、イイ。そんで、味見はしたのか?」


 ミタさんではなくプリッつあんに尋ねた。意外かも知れんが、ミタさんも酒には弱く、葡萄酒一杯でダウンするんだってよ。


「うん。一杯飲んでみたわよ」


 スラムの住人が飲んでるから毒ではないんだろうが、原材料がなんなのかもわかんねーのによく飲めるよな。


「あまり強くはないけど、なかなか美味しかったわ」


 度数は高くないが、味はよし、か。ビール的な飲み物か?


「炭酸は効いてるのか?」


「炭酸はないけど、ちょっと独特な味ね。でも炭酸で割ると美味しいかも」


 炭酸で割ると旨いとなると、リキュールか? 香りが嗅げたらわかるんだがな。


 香りだけでも気分が悪くなるのでやらないが、まあ、酒好きの証言を信じるしかねーか。


「宿で出したら好まれるか?」


「んー。一般受けはしないと思うな。ちょっと独特だし、強くもないからね」


 酒好きによる風変わりな酒か。まだ発展途上な酒のようだな。


「他の酒好きに意見を聞いてから公爵どのに話すか。あ、ミタさん。タバコもいくつか買って来てくれや。確か、チャンターさんのところにタバコを吸っていたヤツがいたから試してもらうからよ」


 まあ、チャンターさんがどこにいるか知らんけどねっ。


「はい。ここから動かないでくださいね。プリッシュ様、お願いします」


「任せなさい。動いたら後ろから蹴りを入れるから」


 ヤダ。メルヘンさんが狂暴です。


 メルヘンの蹴りなど余裕で交わせるが、今はメルヘンと和気藹々する気分ではねーので、大人しくコーヒーを楽しんだ。


「あ、リリー。なんかいるよ!」


「本当だ。なにかしらね?」


 川を覗き込むルンタとカバ子。今さらだが、やけに大人しいよな。もっと大暴れするかと思ってたんだがよ。


「魚じゃないわね?」


「虫でもないね?」


 そんな平和な二人を眺めていたら、突然、ルンタが人化を解いて白妖蛇に戻った。


「あれ、美味しいヤツだ!」


 と、川に飛び込んだ。はぁ?


「もー! 意地汚いんだから!」


 と、不思議な国のお嬢さん型になっていたカバ子も元に戻って川へと飛び込んだ。はぁ?


「──ちょ、ベー!」


 そして、オレも川に飛び込んだ。はぁ?


  ◆◆◆


 白妖蛇は水の化身と呼ばれるだけあり、しがみつく(結界でね)のが精一杯。つーか、なんでオレはルンタにしがみついてんだ? ルンタの補食に付き合うのは二度としないって誓ったのによ……。


 微かに働く思考が反省していると、ルンタの動きが止まった。なによ?


 しがみつきながら、ゆっくりと瞼を開き、辺りに目を向けた。


 下水道なのは間違いないが、なんかやけに広い空間だな。なんなんだ、ここは?


「……ルンタ……」


 に目を向けると、なんか……って言うか、タコを踊り食いしていた。


「美味しい~!」


 ヘビなら丸飲みなんだろうが、ルンタの場合、旨いと噛む習性があったりするのだ。


「ルンタ。行儀悪いわよ」


 ヘビの行儀ってなんだよ? とか思ったが、カバとヘビの世界(常識か?)に突っ込むのもメンドクセー。サラッとスルーだ。


 空飛ぶ結界を生み出し、ルンタの背(?)から下りた。


「貯水槽的な場所か?」


 バイブラストは雪の日は多いが、雨は少ないと聞いたんだがな。


 結界灯を出して辺りを照らすが、かなり広いようで端が見えない。どんだけだよ?


「あ、食べちゃった……」


 悲しげな声に振り向くと、ルンタがしゅんとしていた。


 ……一緒にいる頃は気にもしなかったが、しゃべる獣(?)は表情豊かだよな……。


 種としてどうかと思うが、ファンタジーな世界で言っても虚しいだけ。そう言うものだと納得しておけ、だ。


「……美味しかったのになぁ……」


「そんなに美味しかったの? あまり美味しそうな姿に見えなかったけど」


「あっさりとした味だけど、噛めば噛むほど甘味が出て来て美味しいんだよ」


 ヘビじゃなく白妖蛇だし、噛むのも味覚があるのも許容できるが、獣(?)が言うことじゃねーよな。お前はどこの食レポーターだよ?


「安心しろ。タコはいっぱいいるからいくらでも食えるから。それよりお前、この汚れた水の中でも平気なのか?」


 あと、カバ子よ。お前の背にある翼はなんですのん? あ、いや、エリナに改造されたんだから翼くらい不思議じゃねーんだけどよ……。


「エンジェルウイングよ」


 あ、うん。そうですか。それはよろしゅうございますな、と流しておこう、うん。


「汚いのは汚いけど、弾いているから大丈夫。でも、臭いから綺麗にするね」


 大きく息を吸い、数秒溜めてから口から水を噴射した。


 皆さま、いろいろ突っ込みたいでしょうが、ソコはアレ。アレはコレ。あるがままを受け入れてくださいませ。


 浄化水(今、命名しました)で下水を綺麗にしていく白妖蛇さま。将来は水神さまとして拝まれることでしょう。


 広いだけあって二〇分はかかったが、汚れた水は清水となり、飲める……まではどうだかわからんが、触れるくらいには綺麗になった。


「……浄化する力があるのは知ってたが、まさかこれほどとはな……」


 少しマシになればイイやと思ってたら、予想以上に綺麗になりやがった。さすが聖獣種だぜ。


「ベー。さっきのどこにいるの? もっと食べたいよ~」


「お前の嗅覚だかピット器官ではわからないのか?」


 そこは普通の蛇と同じだったりするんだよな。


「ここ臭いから無理だし、熱がないからわからないよ」


「魔力では無理か? タコにも魔石があると思うんだが」


 牙ネズミの腹からは出てこなかったが、あのタコは魔獣種だと思う。なら、魔石はあるし、魔力もあるはずだ。


 突然変異した獣や改造されたものを総称として魔獣と呼ぶが、進化して魔獣になったものもそう呼ばれると、放浪の賢者から聞いたことがある。


「ん~。魔力か~?」


 フンフンと嗅ぐ仕草を見せるルンタくん。種それぞれの方法。突っ込んじゃダメだからね。


「あ、感じた。でも、小さくてよくわかんないや。リリーはわかる?」


 え? カバ子ってそんな名前だったんだ! とかは今はイイ。魔力感知能力なんてあったんだ。


 カバ耳をピクピクさせるカバ子さん。うん、だから突っ込んじゃダメだからね。


「……いっぱいいるわね。単独でいるのや集団でいるの、あ、一際大きいのが三匹いるわね。親かしら?」


 三匹もいるのかよ。予想外だぜ。


「ん? なにかしら、これ?」


 カバ子が訝しげな声を上げた。なによ?


「変な魔力が一番大きい魔力の側にいるわね……」


 さすがに考えるな、感じろは働いてくれないが、前々から嫌な予感はしていた。たぶん、それが元凶だろう。


「ここから遠いか?」


「ううん。そう遠くはないわ。あっちに一〇〇メートルくらいかしら?」


 そちらを指差すカバ子。


「美味しいのもいるの?」


「小さくてよくわからないけど、無数の微弱な魔力は感じるわ」


「美味しいの!」


 と、ルンタが動き始めた。


 オレとしてはこのまま無視を決め込みたいが、ルンタを説得する手立てが思いつかねー。アリザやタケルほどではねーが、ルンタも大食漢だからな。


 しょうがねーと、ルンタのあとを追って空飛ぶ結界を動かした。


 ……なんだろう。このいつでも誰でもウェルカムな雰囲気を出している装飾の数々は? オレはどこの不思議な国に迷い込んだんだ……。


  ◆◆◆


 貯水槽的な場所から約五〇メートル進み、主流から支流に入り一〇メートルほど進んだら、なにか「クリスマス会でもやってんの?」と言いたくなるくらいの、デコレーションされた扉が現れた。


 感じるまでもなくヤバゲな気配を漂わせていたが、なんの躊躇いもなくカバ子が扉を開けてしまった。


「……不用心だろうが……」


 カバ子への注意であり、デコレーションな扉の向こうにいるヤツに向けて言った。


「だって開いてますって書かれてあるんだもん」


 カバ子が指す先を見ると、確かに書いてあった。なんか丸文字で……。


 このとき無理矢理にでも帰っていれば、なんてあとの祭り。左右に飾られた無駄に見事なフェルト細工に見とれていたら、なにやらラスボス的な扉の前まで来てしまっていた。


 いや、まだ間に合うと、振り返ろうとした瞬間、デフォルトなウサギが彫られた扉が開いてしまった。


 ……運命はオレを逃さない気か……。


「なんだろうね?」


「なにかのお店かしら?」


 この状況になんの違和感も感じないケダモノども。不用心にも扉を潜ってしまった。


 じゃ、あとはお前らで! と回れ右したらルンタの尻尾に絡められ、強制的に扉を潜らされてしまった。


 はーなーせー!


「あ、美味しいのがいる!」


「ルンタ、待ちなさい」


「なんで~?」


 なにやら背後で不測の展開が起こっているようです。隊長どの、すぐにでも離脱するべきと意見具申します!


「……囲まれてるわ……」


 囲まれてる? と辺りを見回したら、半透明の浮遊するタコに囲まれてました。


 ……え? 幽霊……?


「はぁー。獣霊じゅうれいなんて初めて見ました」


 ぬおっ!! って、レイコさんかい! びっくりさせんなよ! おしっこチビるわ!


 クソ! いるなら存在を示しやがれ! 狙ってやってたら即行徐霊すんぞ!


「ふよふよ浮いてるね? 精霊かな?」


「下等な幽霊よ。気にしなくてもいいわ」


 なにやら幽霊に精通したようなカバ子さん。そうなの? 幽霊のカテゴリーに辛うじて入っているレイコさん?


「わたし、ただの幽霊ですからね」


 うん。自分のことを『タダの』とか言うヤツにタダがいたためしはねー。って言われたことがあるので、オレはS級な村人と言うようになりました。


「美味しいのは~?」


「水の中にいるわ。でも、食べちゃダメよ。さっきルンタが食べたのとは違うから」


 違うとな? レイコさん、ちょっと見て来てよ。オレは下水に顔を入れたくないからさ。


「……幽霊な身なので害はありませんが、心情的に嫌です……」


 チッ。自己主張の強い幽霊め。


「でも、カバ子さんの言う通り、並のグラーニーではありませんね。魔力より霊力が強いです」


 また新種さんですか? もう生命の神秘はお腹いっぱいなんですけど。


 と、浮遊していた幽霊タコが火の玉のように光を放ち始めた。


 ……結構明るいな。これなら結界に閉じ込めて街灯代わりになんじゃね……?


 地味に有効利用がありそうな光るタコを眺めていると、ぞわっとするくらいの魔力と霊力が同時に膨れ上がった。


 ……なんだ、この押し潰されそうなほどの圧力は? お玉さんに匹敵……はしねーが、なぜか股間がキュッとするぜ……。


「まあ、お客さんかしら?」


 年の若い、女の声が上がった。


「ボク、ルンタ! よろしくね」


「わたしは、リリーよ」


 なに普通に挨拶してんだ、この珍獣どもは? 明らかに異常事態だろうが! 第一種戦闘態勢に移行しろや!


「まあ、可愛いお名前ね。わたしは、キャロリーヌよ」


 そう言うあなたも可愛い名前ですよ。ルンタに締めつけられてご尊顔を拝謁することはできませんがね。つーか、そろそろ解放してください、ルンタくんよ!


 ……あ、でも、このままいない子にしてもらえると助かるかも……。


 なんてフリをかましたのがいけなかったのだろう。珍獣のクセに気を利かせたルンタくんが尻尾を動かして前と突き出した。


「あ、これはベーだよ」


 家族にこれ扱いされるオレ。悲しいです!


「まあ、可愛らしい子。黒いドレスが似合いそうだわ」


 は? ドレスが似合う? なに言っちゃってんの?


 意味不明なことを言うヤツに意識を向けて、時間停止の意思喪失。神よ、我にしばしの意識喪失を与えたまえ!


 はふっ──。

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