第15話 天の森

 ──生命よ力強く大地に咲き誇れ。


 と、その小さな石碑には刻まれているそうだ。


 それは過去からのメッセージであり、未来に向けての応援なんだろう。その短い文面に込められた思いや願いがなんとも重いことか。この世に生きる者の一人として最大の敬意を示す。


「その福音は叶えられ、世界は生命に満ち溢れているよ」


 まあ、進化論がメチャクチャだが、世界は命で溢れているのは確か。命と言う名の可能性が今も増え続けている。


 無限鞄から手向け用の花束を出して、小さな石碑に供えた。


「ありがとう」


 と、骸骨嬢になぜか感謝された。なによ?


「あれ? わたし、なんでそんなこと言ったのでしょう?」


 なにやら骸骨嬢の意思とは違うところから発せられたようだ。


「まっ、気にすんな」


 追及するのは野暮ってもの。思いは時間も場所も飛び越えるもんだからな。


「は、はぁ。わかりました。では、地下への扉を開きますますね」


 どう言うこと? と疑問に思う方々にお答えしよう。


 喜んで! のあと、タコがテーブルや絨毯を片付けると、その下から三十センチ四方の石碑が現れ、そこに文字らしきものが刻まれていたので、なんて書いてあるのか尋ねたら、『生命よ力強く大地に咲き誇れ』と教えてくれたってわけです。


「命の扉よ、開け」


 と、骸骨嬢が言葉を発すると、ガコンガコンとなにかが動く音が響き、リビング島が降下し始めた。


「……エレベーターかよ……」


 斬新って言うかギミックが過ぎると言うか、ここを造ったヤツは絶対趣味人だな。


「ここは、裏口みたいな感じのところですね。正面玄関は違うところにあります」


「管理者専用ゲートでござるな。拙者も創るでござるよ」


 なんのためにだよ? とか思ったが、なんか悪いと感じたので止めておいた。


「なんでそんな可哀想なヤツを見る目を拙者に向けるでござるか?」


 それは言わぬが花。聞かぬが仏と言うものだ。


 エリナから目を逸らし、リビング島から下を覗いた。


 相当深いようで下がまったく見えない。代わりに上を見たら、こっちも見えなくなっていた。


「意外と降下速度が速いんだな」


 それに揺れもまったくない。どんだけスゲー技術力なんだよ?


 リビング島はさらに降下する。


「いや、どんだけ深いんだよ!!」


 もうかれこれ三〇分は降下してるぞ。マントルまで降りる気かよ!?


「これ、別次元に入っているでござるよ」


 はあ? 別次元? なに言ってんだ、この汚物嬢は?


「はい。ここは外の空間と切り離された空間ですよ。百万人を数千年生かすために」


 なにサラッとスケールのデカいこと言っちゃってんのよ。オレはファンタジーな世界で生きる村人だよ!?


「ヴィどのと同じことを考える方が昔にもいたでござるか。スゴいでござるな」


 はぁ? なんでだよ?


「いや、ここの考え、ヤオヨロズ国と同じでござるよな。種の保存とか繁栄とか」


 言われてみればそうなの、か? ただ、オレとしては平和で強力な国が近くにあれば安全で平和に暮らせるからと考えているだけなんだがな……。


「おっ、なんか下が明るくなって来たでござるよ」


 エリナの声に我に返ると、いきなり外に出た。え、外!?


「メイン空間でござるか?」


「はい。天の森です」


 天の森? と下を覗くと、確かに緑が見える。と言うか、視界いっぱい緑だな。


「下に見えるのは世界樹ですよ」


 リビング島が斜め下に移動し始め、視界いっぱいの緑が生い茂る樹の葉だとわかった。


「……デカい……」


 リュケルトのところにある世界樹が若木に思えるくらい圧倒的にデカい。つーか、この空間の広さに圧倒されんな。ジオフロントが五つくらい余裕で入りそうだわ……。


「……ほんと、ファンタジーは無限大だな……」


 まあ、害がないだけマシだがよ。


 リビング島は、巨大世界樹の回りを回りながら降下していく。つーか、もう一時間も降下してるんですけど。まだ地面が見えないんですけど。いつ着くのよ?


 こんなときはアレだ。マン○ムタイムといきますか。


「あーコーヒーうめ~」


 なんて余裕を取り戻したら、ここから見える風景もなかなかイイじゃねーの。


「あ、ヴィどの。金色の竜が飛んでいるでござるよ!」


「おねえさま。あっちには空飛ぶクジラいますよ」


「いやはや不思議なところでござるな~」


 ファンタジーさんすんません。もうちょっとお手柔らかにお願いします。オレ、もうお腹いっぱいです……。


  ◆◆◆


 あるがままを受け入れる。


 なんてできたら苦労しねーよ! 限界があるわ! なんだよ、金色の竜って? 空飛ぶクジラって? ファンタジーな世界に生きてるからって、なんでも受け入れられると思うなよ、こん畜生が!


「……なんだよ、ここは……?」


「さしずめエデンの園でござるな」


 汚物嬢がポツリと呟いた。


「アダムとイヴでもいんのかよ?」


 だったら知恵のリンゴを食われる前にお前に食わせて世の善悪を身につけてやるぞ。


「旅立ったか追放されたあとのようでござるな」


 なんでわかんだよ?


「キャロが人は住んでないと言ってたでござろう」


 あ、ああ。そんなこと言ってたな。


「つまり、役目を終えたわけか」


 にしては現役バリバリな感じに見えるがよ。


「これだけのものを廃棄するのも大変でござろう。数百万の人を数千年賄えるだけの空間でござるからな」


 確かに、言われてみればそうか。生ゴミの日に出せる量でもねーし、放棄して枯れるのを待つほうが安上がりだわな。


 もったいねーとは思うが、これは個人がどうこうできるレベルじゃねー。いや、この時代では放置しておくほうが世のためか。下手に知れたらバイブラストが血みどろの大地になっちまうわ。


「ヴィどの。リアルラ○ュタでござるよ!」


 エリナが指さす方向に、浮遊島と城を足したものがいくつも浮いていた。


「……ありがたみがねーな、あんなにあると……」


 見える範囲で一〇〇近くにはある。住宅地かよ……。


「にしても、よくこんな桃源郷のような場所から出ていけたな。オレならしがみついても居座るぞ」


 あ、年取ったらここに住まわせてもらおかな。この景色なら一日中見て……られるけど、さすがに一年は無理かな? 刺激がなさすぎるわ。いや、刺激的なものがいっぱいいるけどさ……。


「拙者には一時間として無理でござるな。狭くて暗いところが落ち着くでござるよ」


 お前はGか! いや、全身黒ずくめだから似てなくはないけどさ。


 未だに地面には着かないリビング島だけど、なんか慣れて来たのか、なんか受け入れできて来た。


 え、さっきのくだりは!? なんて言ったらダメ。人は時間さえあれば大抵のものは受け入れられるのだ。


「ここは、正面玄関からこれる場所なのかい?」


「はい、来れますよ。ただ、守護兵が通してくれませんが」


 まあ、最重要な場所っぽいし、貴重な動植物が存在(特に世界樹が超貴重で最高級薬草が作り放題だよ)している。そう簡単には入れてくれないだろうよ。


「そっちは、見せてもらえるのかい?」


「はい。いいですよ」


 そんなあっさり承諾してくれるのなら正面玄関から入れて欲しかった。いきなり核心は心臓に悪いです……。


「あ、でも、正面玄関からとなると歩いてになりますが、よろしいですか?」


「構わんよ」


 疲れたら空飛ぶ結界で移動させてもらうからよ。


「では、戻りますか?」


「いや、せっかくだから下までいくよ。どんな植物が生ってるか見たいしな。あ、いくつか採取しても大丈夫か? ダメなら諦めるが」


「はい、大丈夫ですよ。放置している状態ですから」


「管理はしてねーのかい?」


「はい。わたしは、出入りの管理だけですから」


 放置と言うより放棄された感じか? まあ、問題ないなら遠慮なくいただきますか。


 さらに四時間かけてやっと地面に到着した。つーか、今何時だよ? 腹減ったわ。


「ベー。お腹空いた~」


「わたしも~」


 と、ルンタとカバ子が声を上げた。


 いたんかい! とかの突っ込みはノーサンキュー。あそこに放置できねーんだから連れて来るに決まってんだろうが。まあ、オレも声を上げるまで二人の存在を忘れてましたがねっ!


「よし。ルンタはあの牛っぽいものを食え。カバ子は、そこら辺の草木を食ってみろ」


「毒味させてんじゃないわよ!」


 ふべし! とカバ子に殴り飛ばされた。や、やるじゃねーか。効いたぜ……。


「つーか、前より力が増してね?」


「改造により四割ほど性能アップしてあるでござる」


 なんのためにだよ! 意味わからんわ!


「お姉様。もっとパワーが欲しいです! ベーにぜんぜん効いてません!」


「アハハ。ヴィどのは特別でござるからな、よりパワーアップしないと無理でござるよ」


 クソ。忘れてたぜ。カバ子、こいつの部下だった!


「ベー! この牛美味しいよ~!」


 数トンはあるだろう黄色地に白毛の牛を丸のみしたルンタくん。オレが言うのもなんだが、ほんと君は自由な子だよ……。


「ピリピリとかしないか?」


「しないよ~」


 よし。持ち帰り決定。カバ子、そこの桃っぽいものを食え。


「だから毒味させるな! 自分で食べなさいよ!」


 チッ。使えねーカバだ。


 だがまあ、改造されたカバじゃ毒味にはならんか。こんなことならプリッつあんを連れて来るんだったぜ。


 自分で確かめるのは怖いので木ごといただきます。あとで誰かに食べさせよう。


「今日はここに泊まるか。まだまだ食えそうなのがありそうだし」


「お、キャンプでござるか。拙者、初体験でござる!」


「お前、そう言うことしないと思ってた」


 拙者、帰るとか言いそうな引きこもりだろうが。


「ヴィどのとなら大丈夫でござる。他人のような気がしないでござるから」


 いや、他人だよ。種としても違うよ。


「まあ、野宿ですか。わたしも初めてです!」


 なにやら骸骨嬢もノリノリです。


 ってか、リッチや骸骨、不気味ガール、カバとヘビとキャンプするオレ。なにやってんだろう……?


 このあと、大冒険者になるとはまだ誰も知らなかった。

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