第148話 ゴルザ族

 平和な三日間が過ぎた。


「嵐の前の静けさってやつね」 


 不吉なことを言うメルヘンさん。君は幸運のメルヘンでしたよね?


「ミタさん。ここ整備してくれる。ゼルフィング家の保養地とするからさ」


「畏まりました。皆も喜ぶと思います」


 それはなにより。イイ感じに仕上げてくださいませ。


「これで天気がよかったら最高だったんだがな」


 最終日まで晴れることはなかった。幸運のメルヘンも天候まではどうにもできなかったか。


 転移結界門を創り、転移バッチでゼルフィングの館へ。ブルー島に続く門の横に南の島へと続く門を設置。夜だったのですぐにバルザイドの町へと転移した。


「カイナーズは外か?」


 広場にはデカいテントがいくつも設置されていた。なんのキャンプ場だ?


「ゼルフィング商会の仮住宅です」


「不自由してねーかい?」


 元の世界のテントだから隙間風が入ることはねーだろうが、暮らすとなるとなにかと大変だろうよ。


「ある程度のものは揃ってますので不自由はないかと。サイロム様たちからも不満の声も出てません」


 それはよかった。丸投げするにしても環境はちゃんとしてやらないといかんからな。


「やってるのはミタレッティーさんたちですけどね」


 だからミタさんたちの環境もちゃんと整えてるじゃない。うち、働く者に優しい職場だよ。福利厚生だって充実してるし。


「それも丸投げですけどね」


 トップは仕事を生み出し責任を取るためにいるの。他は任せた人の責任ですぅ~。


「そんで、山岳隊とやらはどこにいるんだ?」


「こちらです」


 と、ミタさんの案内で来たところは町から一キロくらい離れた場所で、軍用車輌や重機がたくさん停まっていた。


「どうやって運んで来たんだ?」


「わたしが小さくして運んで来たのよ」


 な~る。そんなことできましたっけね。


「ってか、カイナはどうした? いつもなら呼んでもねーのにやって来るのによ」


 この状況はカイナの喜ぶことじゃねーか。


「レニスが出産間近だからね、無茶しないようについてるわ」


「無茶な野郎が無茶な妊婦の監視とか笑い話だな」


「カイナのおじ様、ああ見えてかなりの子煩悩だよ。生まれたら孫バカになるんじゃない?」


「変なふうに影響されなきゃイイがな」


 レニスは完全にカイナに影響──いや、毒されている。子どもが似ないことを願うよ。


 ──無理だな。


 なんて幻聴がしたが、きっと気のせいだろう。レニスの子はきっと物静かな読書好きの子になるさ。


「なんの願望ですか?」


 義兄弟の孫がイイ子になるよう切望してんだよ。


「べー様。山岳隊の隊長です」


 現れたのは……え? 雪男? ビッグフット? なに?


「ゴルザ族のダオ中尉です」


「……魔大陸は生命に溢れてんだな……」


 年がら年中弱肉強食なところなのになぜか種族は豊富ときてやがるぜ。


「ダオです。よろしくお願いします」


 あらやだ。見た目と違って美声ですやん。


「あ、ああ。オレはべー。よろしくな」


 意志疎通できるなら相手がなんの種族だろうと関係ねー。まあ、ちょっと見た目に気圧されてますけど……。


「ゴルザ族は、山岳地帯に住む少数種族ですね。知能も高く、魔法も使え、独自の文化もあります。山での戦いなら他の種族よりは勝っていると思いますよ」


 そう、レイコさんが教えてくれた。


 ……つまり、また面倒事を押しつけて来やがったってことか……。


 まったく、誰が裏で暗躍してんだ? 手口が巧妙すぎんだろうが。


「これ、わざとなんですか?」


 わざとでなければなんだって言うんだよ。この状況を的確に利用してくるところなんて作為しかありえねーよ。誰が仕掛けてるんだよ。


 これの巧妙なところはオレが退けない状況で出して来ているところだ。いったいどこのどいつだよ?


「聞けばいいんじゃないですか?」


 聞いたところで本人が出て来るとは限らないよ。この手の暗躍は複数人でやってるか、オレとの間に何人か置いてるはず。暗躍するヤツは絶対に表には出て来ないのだ。


「世の中、べー様みたいのがいるんですね」


 オレより巧妙なヤツだよ。カイナーズにいるかメイドの中にいるかわからんのだからな。


 二代目メイド長っぽいところもあるが、違うとも感じる。影は見えても姿が見えないんだよな~。


「まあ、なんだ。頼むよ、中尉」


 この……雪男? ビッグフット? 猿人? を出して来たと言うことはオレの役に立つってことだ。なら、見極めて、利用できるなら利用するまでだ。オレは人生をイイものにするだけなんだからな。


「はっ! お任せください!」


 まったく、カイナーズはどんな種族でも軍人にしちゃうんだな。おっそろしーところだよ。


  ◆◆◆◆


「べー様、どうぞ」


 と、ミタさんに軍用車輌に乗るよう促された。


「……これでいくのか……?」


 なんかこれに乗るとよくないことが起きそうな予感しかないんだけど……。


「はい。湖までは三〇キロしかありませんので」


「意外と近いんだ」


 大人の足で一三日から一五日とか言ってなかたっけ?


「はい。山にいくには迂回しないとなりませんが、湖を渡れば三日とかかりません」


 この大陸の湖ってデカいのが多いんだな。


「クルーザーで渡ればあっと言う間か」


「本当ならシュンパネを使いたいところですが、山に入った者が戻って来ませんので……」


「……なにかあるのは確定か……」


 嫌な予感ほど当たるから参るぜ。


「しょうがない。なら、車でいくとするか」


 嫌な流れは早く乗って早く解決したほうが精神的に楽ってもんだしな。


 車に乗ると、また真ん中に追いやられてしまい、左右を完全武装の野郎に挟まれてしまった。


 ……何事もありませんように……。


「べー、いってらっしゃ~い」


 なぜかメルヘンに見送られて車が発進した。お前、来ないんか~い!


「自由なメルヘンだよ」


 まあ、メルヘンが自由なのは会ったときから。好きなように動いて好きなようにしろ、だ。


 車は街道に出て、時速にしたら四〇キロくらいで走っている。


「運転手さん。一番前に出てくれ。道を整えながらいくんでよ」


 野郎二人に挟まれながらこんな悪路をドライブしたくねーよ。なんの拷問だ?


「了解です。全車に告ぐ。三号車が前に出る。繰り返す。三号車が前に出る」


 無線で連絡すると前を走っていた車が道から外れ、この車が前に出た。


「この速度で進んでくれ。あと、集中するから声をかけんでくれな」


 魔大陸で運転しながらやったが、久しぶりにやるから上手くできるかわからん。慣らしながらやるとしよう。


 土魔法と結界を駆使して泥道となっている街道を整備していった。


 しばらく進むと、勘を取り戻して来た。


「スピードをもう一〇キロ出しても構わない」


「了解です」


 車のスピードが徐々に上がり、それに合わせて土魔法と結界を発動させる。


 慣れて来たからか、気持ちにも余裕が出て来きた。


 ……と、言っても外はジャングル。五分も見てれば飽きるな……。


 まあ、スピードも徐々に上げていったので、二時間もしないで湖へと到着できた。


「何事もなくてよかったですね」


 だな。また横転したりドアを破ったりしたら一生車に乗らないと誓うところだったよ。


「でっけー湖だな」


 聞くと見るとでは大違い。向こう岸がまったく見えなかった。


「この湖にも巨大生物がいたりするのか?」


 なんとかザウルス的なもんは見て取れないが。


「塩湖だよ、この湖」


 と、茶猫が現れた。


「ついて来たのかよ」


「おれも冒険したくなったんでな」


「お前、インドア派じゃなかったんだ」


 猫の本能はないんか?


「まあ、命の危機があるような冒険はしたくないが、お前がいたら安全そうだからな」


「オレ、結構命の危機に直面してるぞ」


 どんな? と尋ねられたら三〇分くらい考える時間を所望するがな。


「塩湖か。塩を作れるほど塩分濃度は高いのか?」


「作れないことはないらしいが、手間を考えたら他から運んで来たほうが安いってよ」


「そりゃ残念。作れたらイイ商売になったのにな」


 湖の水を掬って舐めてみる。


「……微妙だな……」


 しょっぱいと言えばしょっぱいが、コップに塩少々入れたくらいだ。


「これじゃ生き物は住めないか」


「小魚はいるそうだぞ。ワカサギくらいのが。食うと旨いらしい」


 ほーそれはイイ情報だ。


 結界網を放ち、掬ってみると、銀色に輝く小魚が何匹も引っかかっていた。


「これか?」


「じゃないか?」


 一匹を咥えると、ムシャムシャと食ってしまった。大胆やな、こいつは……。


「うん、旨い旨い」


 ハンバーガー食ったりペ○シ飲んだり、お前の舌や胃はどうなってんだ?


「寄生虫とかいるかも知れんのだからむやみやたらに食うんじゃないよ」


「大丈夫。おれの胃は丈夫だからな」


 まあ、貧民街で生き抜いて来たしな、そこで丈夫になったんだろう。オレだって雑草食って胃は丈夫になったしな。


「あとで揚げて食ってみるか」


 油で揚げれば大抵のものは食える、はず。


 結界で集めて結界に封じ込めて無限鞄へと放り込んだ。


 無限鞄は生き物は入らないが、結界で封じ込めれば生きていても入れられる裏技を見つけました。


「カイナーズはいねーのかい?」


「向こう岸にはベースキャンプは築いております」


「ってか、この辺に村はねーのか?」


 渡し船とかあれば日数は詰められんじゃねーのか?


「水が飲めないから住めないとか言ってたな」


 あ、なるほど。確かに水が飲めなきゃ人も獣も暮らせんか。


「まあ、人がいなけりゃいないで構わんか」


 土魔法で桟橋を創り、クルーザーが浮かべやすいところまで伸ばすのだが、五〇メートル過ぎても水深が浅いままだった。


「深くても三メートルくらいか」


 まあ、クルーザーなら問題ねーと、無限鞄から出して湖に浮かべた。


「んじゃ、皆乗り込め~」


 操縦はミタさんに任せ、向こう岸へと出発した。


   ◆◆◆◆


 湖は静かで、生き物の気配が感じ取れなかった。


「おい! 魚だ! 魚がいっぱいいるぞ!」


「…………」


「なあ、獲ってくれよ! 揚げてくれよ!」


 茶猫がオレの足に擦りついて来る。猫か! いや、猫だけど! 魂は人なんだから人のプライドをなくすなや!


「チッ。情緒のねーヤツだよ」


 まあ、ペ○シとハンバーガーを食うヤツである。情緒を求めるほうが間違ってるか(超絶偏見です)。


「なあなあなあなあ」


 鳴き声みたいに言うなや!


「ったく。わかったよ」


 結界網を放ち、大漁ゲット。


 さっき捕まえた小魚以外にもオレンジの点がある小魚まで混ざっていた。


「意外と生命に溢れた湖だな」


「この小魚はダメだな。毒っぽいものがある」


 オレンジの点がある小魚を食った茶猫がペッと吐き出した。


「毒があるとかわかるんだ」


「なんとなくな」


 野生の成せる業か? 


「その毒は強いのか?」


「死にはしないくらいだと思う。ちょっと苦かったから」


 毒は苦味があるとは聞くが、本当にわかってるみたいだな。こいつ、意外と有能だったりする?


「なあ、それより揚げてくれよ!」


 食い物には貪欲だな、こいつは。


 しょうがないので携帯用の火鉢と鍋、油を出して調理の準備をする。


 イイ感じに油が温まったら一匹入れてみる。


「旨そうな匂いだ」


 なんの下拵えもしてないのにイイ匂いが漂って来やがるぜ。


「こんなもんかな?」


 ほれ、と茶猫にやる。


 ハフハフとなんとも旨そうに食うこと。こいつの表情筋ってどうなってるんだろうな?


「旨い! お代わり!」


 青汁でも出してやろうかと思ったが、文句を言われるのも面倒なので次を揚げてやる。


「ペ○シも飲みたい!」


「四次元なポケットから出しやがれ」


 オレはそんなにペ○シ好きじゃねーから持って──たな。忘れてたわ。


 三〇本パックのペ○シを出してやった。


 爪を器用に使ってフタを開け、ゴクゴクと飲む。もうなにも言うまい……。


「旨い! ゲフ」


「オヤジか」


 下品な猫だよ。


 次々と小魚を揚げてると、ゴルザ族のヤツが興味を示して来た。


「食うか? ってか、食えるのか?」


 猿人って魚食えたっけ? 見た目は木の実とか食ってる感じだが。


「いただけるなら」


「なら、好きに食いな。いっぱいあるしよ」


 と、勧めたらオレンジの点がある小魚をつかみ、口へと入れてしまった。いやそれ、毒があるやつ!?


「……旨いな」


「ああ、旨い」


 う、旨いの、か? 毒があるんだぞ?


「……だ、大丈夫なのか……?」


 オレたちの会話聞いてたよな? それで食えるとかなんなの?


「我々は多少の毒くらいなら問題ありません。多少なら旨味になります」


「普通の食事では物足りないくらいです」


 種族によって食うものは違うとわかってはいるが、まさか毒を旨味とか言う種族に会ったのは初めてだよ。


「あ、そう言えば、ゴルザ族は、猛毒のキノコを平気で食べるとか聞いたことあります。住む場所も過酷ですし、そう言う体になったんでしょう」


 生き物の進化はおっそろしーな。毒すら食える体になるんだからよ。


「焼いたり煮たりしたものは食えるのか?」


「はい。焼いたキノコはご馳走です」


 一応、獣の域から出た種族なんだな。


「じゃあ、もうちょっと捕まえておくか」


 また結界網を放ち、小魚──名前がないと不便だな。


「この魚に名前とかあるのか?」


「名前まではわからん。適当につけたらいいんじゃね? 世間に広めるんじゃなければよ」


 それもそうだな。オレンジの点がある小魚なんてゴルザ族しか食わんのだしな。


「じゃあ、食えるほうをワカサギ。ゴルザ族が食えるほうをミサギと命名する」


 ちなみに見た目詐欺を縮めてミサギにしました。


 ワカサギとミサギを分けて結界に封じて無限鞄へと放り込む。


「根絶やしにする気か?」


 おっと。放てば大漁だからつい夢中になっちゃったよ。


「二トンもあれば充分だな」


「完全に漁だな」


「ちんたら釣ってる暇はねーからな」


 釣糸垂らして釣るのもイイが、今はそんな悠長な時間はねー。向こう岸も見えて来たしな。


「一応、桟橋を創っておくか」


 カイナーズのヤツらが使うかもしれんしな。


「ミタさん。先に上陸して桟橋を創るから」


 言って空飛ぶ結界でクルーザーを飛び立ち、岸へと上陸した。


 土魔法で上陸地を均し、湖に向けて桟橋を創った。


「結局、深くない湖だったな」


 真ん中辺りでも五メートルもなかった。水溜まり、って感じの湖だぜ。


 クルーザーが桟橋につき、皆が降りたらクルーザーを無限鞄に戻した。


「時間も時間だし、ここで昼にするか」


 日が暮れるまでは山の麓に到着できればイイんだしな。


「ミタさん、よろしく」


「畏まりました」


「べー様。付近を偵察して来ます」


「遠くにはいくなよ」


 そう注意して、山岳隊が偵察に出ていった。


 さて。オレは薪でも集めておくとしようかね。在庫が心ともないんでよ。


「殲滅技が一つ、結界乱舞!」


 で、辺り一面の木々を切り倒した。


「うむ。まだ腕は衰えてないな。よかったよかった」


 殲滅技も使わないと鈍るからな、たまに出しておかないとよ。


「……お前ってやることなすこと非常識だよな……」


 村人にとって日常です!

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