第36話 ファミリーセブン

「ベー様。ベー様。朝ですよ。起きてください」


 体を揺さぶられて深い眠りから強制的に目覚めさせられた。


「……なんだよ? まだ寝かせてくれ……」


 昨日はなんだかんだと遅かったんだからよ。


「売店に商品を入れてくれる約束じゃないですか! 起きてください!」


 売店? なんだっけ?


「起きてください! ベー様!」


 揺さぶるのを止めないミタさん。あなた、そんな自己主張するキャラでしたっけ?


「……わ、わかったよ。起きるから揺らすなよ……」


 気持ち悪くなってきたわ。


 しょうがなく安楽椅子から起き上がった。


 ……安楽椅子なんかで寝るんじゃなかったぜ……。


 あくびをしながら家から出ると、星空がとっても綺麗だった。


「……夜じゃん……」


「外は朝です」


 あ、ここ、ブルーヴィだったっけな。


 昨日、公爵どののところから帰って来たら、村は真夜中。館を騒がせるのもワリーと思ってブルーヴィに来たんだったわ。


 ……帝国は遠いが、時差がニ、三時間ってのが救いだな……。


「ブルーヴィはまだ海の上か」


 月の光が海面を照らし、なんかデッカイ魚が跳ねていた。海、コエ~~!


「長官たちは?」


 オレ──と言うか、ゼルフィング商会との繋ぎとしてゼルフィング商会の本店に出向(と言ってイイのかわからんけどよ)となったのだ。


 長官、課長、班長の三人で、宿屋に連れていくのも面倒だから庭先にキャンピングカーを出して泊まらせたのだ。


「皆さんでしたらとっくに起きて本店に向かいました」


「もういったのかい。働き者だね」


 婦人には話が通ってているらしく、二度ほど打ち合わせしてるんだと。だったらオレなんかまたずに進めてたらイイのにとは思うが、まあ、なんかいろいろあるんだろう。好きにしろ、だ。


「フィアラ様からあとで本店に顔を出してくださいのことです」


 まずは売店が先ですよとミタさんの目が語っていた。


「……あいよ……」


 返事をして転移結界扉から外へと出た。


「……こっちは曇空か……」


 まあ、寝不足にはありがたいと、大きく伸びをする。


「ってか、今何時?」


 太陽の高さから言って、早朝って感じではない。


「九時前です」


 とっくに働いている時間か。村人として失格だな。


「まずは顔を洗ってくる。あと、胃に優しいスープを頼む」


 重いものは食いたくないが、昼まで食わないのも胃に悪い。スープで持たせよう。


「はい。どこで召し上がりますか?」


「館の食堂でイイや。なんもやってねーだろう?」


 バイブラストにいく前は、たまに食堂で勉強や裁縫をやってた。今はどうなってるかは知らんけどよ。


「はい。メイドの半分はブルーヴィに移りましたので午前中はなにもいってません」


 それでも午後を使うくらいにはメイドは残ってるわけね。了解です。


 またあくびをして、風呂場へ向かった。


 館の体制がどうなってるかは知らんが、女湯からたくさんの声が聞こえて来るところを見ると、夜番が終わったってことかな? 


「賑やかなもんだ」


 種族は違えど女に違いはないかと、顔を洗い、歯を磨いた。


 スッキリさっぱりとはいかないが、まあ、程よく眠気は消えてくれた。夕方までは起きてられんだろう。


 軽く柔軟体操をして風呂場を出て食堂に向かう。


「ん?」


 食堂の手前にコンビニみたいなものができていた。


「……まさか、ここが売店か……?」


 なんかオレが想像してた売店と違う!


「売店の規模じゃねーだろうが」


 採算度外視とかのレベルじゃなくて赤字確定だろう、これ! 


「つーか、ここを駄菓子で埋めようとしてんのか?」


 大量に買ったが、コンビニほどあるところを埋めるくらいねーぞ!


 どうすんのよ? と食堂に入ると、十数人のメイドとカイナーズホームのエプロンをしたヤツらがいた。なにかの商談か?


「ベー様、こちらへ」


 と、ミタさんに引っ張られて、集団の前に連れていかれた。


 逆らわずテーブルへと着き、用意されたスープをいただいた。ってか、なぜ皆さんの前で食べなきゃいかんのよ? なんの晒しよ、これ?


 見詰められながらもスープとクロワッサンをもぐもぐごっくん。ごちそうさまでした。


 食後のコーヒーをもらい、香りを楽しみながらゆっくりと飲み干した。


「で、なによ?」


「ファミリーセブンです!」


 と、満面の笑みで答えるミタさん。


 それは、アウトの話か? セーフの話か? まず、それを教えてくださいませ。


 ◆◆◆


「セーフです!」


 とのミタさんの強い言葉に、とりあえずセーフな話で進めることにした。ダメならダメなときに考えよう。


 コーヒーのお代わりをもらい一口飲んだ。


「そんで、ファミリーセブンがなんだって?」


「売店の名前です!」


「……売店に名前なんて必要なのか? 売店で通じるだろうがよ……」


 別につけるなとは言わないが、必要性がまったく想像できんわ。


「いえ、ゼルフィング家出資のカイナーズホーム協力で成り立ちますので、新たな名前が必要なんです」


 うち出資のカイナーズホーム協力? 合弁会社的なものか?


「それが、ファミリーセブンか。名前からしてカイナから出た発想だとは思うが、なんでファミリーセブンなのよ?」


 このアウトだかセーフだかやからん微妙な名前はカイナしかいない。ったく、もっと安全な名前をつけやがれ。


「なんとなくだそうです」


 あ、そう。聞いたオレがバカでした。


「まあ、名前がなんであろうとオレは構わんが、うちとカイナーズホームが組むのはなんでよ? 儲けなんて出ないだろうが」


 いくらうちがメイドが多いからって商売になるほどの数はいないだろうし、毎回買うとも限らんだろう。一日一万円稼げたら御の字じゃねーの?


「いえ、利益は出ます」


 と、カイナーズホームのエプロンをした髪から肌まで真っ白のあんちゃんが口を挟んで来た。


「カイナーズホーム営業三課のハノさんでファミリーセブンに商品を卸してくれる部署の課長さんです」


「ハノです。よろしくお願い致します」


 名刺を差し出すハノさん。カイナーズホームの方針がよくわからん。渡す機会なんてどれだけあんだよ。


 もらってもしょうがねーが、返すのも失礼なので、無限鞄に仕舞った。顔は覚えた。名前はミタさんにお任せです。


「カイナーズホーム的に利益が出ると言うなら構わんが、なんでまた加わろうとしたのよ?」


 客を分散させるほどカイナーズホームに客なんて来てねーだろうが。


「お客様を得るためです」


 ん? どう言うこったい?


「ご存知の通り、カイナーズホームに訪れてくださるお客様は少ないです」


 まあ、誰相手にしてるかわからん店だからな。


「魔族のヤツらに開放したらイイじゃん。少なくとも数万人はこっちに来たんだからよ」


 ゼルフィングスーパーマーケットに来てんだから購買意欲はあるんじゃねーの?


「ベー様は、魔族の稼ぎをご存知ですか?」


 魔族の? ってか、なにをしてるかも知らんです。


「そもそも働く場所なんてあんのか?」


 受け入れたオレのセリフじゃないが、そこまで面倒は見れない。メイドや農作業員として受け入れるのが精一杯だ。


「ジオフロント開発で大多数の魔族は働けています」


 まあ、働かそうと思えば働かせられる場所だわな。


「つまり、賃金が安いってことか」


「はい。ジオフロントで働いている者は、一日働いて一〇〇〇円にもなりません」


 前世の感覚なら安いと感じるが、今生の感覚で言うなら結構もらってんだな、だった。


 田舎じゃ銅貨一枚も稼げねーし、街でも大銅貨一枚稼げたら中流だ。カイナの野郎、どっから資金を集めてんだ?


「ベー様のお陰です。カイナーズホーム社員、ジオフロントの作業員の給金はベー様から出ていると言っても過言ではありませんから」


 そりゃ結構な給金になるわな。カイナーズホームに国家予算くらい注ぎ込んでんだからよ。


 ……それで潰れないオレがどうかしてるんだがな……。


「それに、ゼルフィング家で働いている方々の給金は知っていますか?」


「知らん。いくら出してんだ?」


 とミタさんを見る。ってか、誰が決めてんの?


「初期組は銀貨八枚で二陣三陣と安くなって、今は銀貨三枚です。昇進すれば給金も上がります」


 細かいことはともかくとして、作業員よりは遥かにもらっているってことか。まあ、うちはオレとサプルの財布から出ているから、それだけ出してもビクともせんがな。


「ゼルフィング家で働くことは名誉であり、一番人気の職場でもあります」


「はい。なので競争率は高く、優秀な者が集まります」


 うん、まあ、そうなるわな。ミタさんしか知らんからなんとも言えんけどよ。


「ゼルフィング家で働いている方々は、一家の大黒柱で、ほぼ、ゼルフィング家の給金で一家を、いえ、一族を支えていると言っても過言ではありません」


 下手な貴族よりは稼げているだろう。一家一〇人くらいは養えんじゃねーかな?


「ですが、そうカイナーズホームにはいけません」


 なんでよ? うち、週休二日だよ。


「休みでも働いているからです」


 え、働いてんの? どこでよ?


「ゼルフィング商会で、です」


「そうなの? なんの仕事してんだ?」


 初耳ではあるが、婦人が許可しているならオレに否はねー。好きにやってください、だ。


「売り子です。魔大陸、竜宮島、人魚の国と、人手が足りてませんから」


 ハイ、丸投げしてすみません。でも、後悔も反省もせんがな!


「休みも働いているので、カイナーズホームにいけないのです」


「その解決としてゼルフィング家にファミリーセブンを設置したいのです」


「家族に金を渡したらイイじゃん」


「なにも知識のない魔族がカイナーズホームを利用できると思いますか?」


 まず無理だろう。知識があるオレですら戸惑うことあるしよ。


「わかった。好きなようにやってくれ」


 利益が出て、うちで働く者が喜ぶならオレに否はねーし、やってくれんならどうぞどうぞ、だ。


「あ、駄菓子はちゃんと入れてくださいね。ココノ屋にいけるのベー様だけなんですから」


 ハイハイ、わかりましたよ。オレも食いてーしな。


  ◆◆◆


 ファミリーセブン。


 基本的な造りはコンビニのそれだが、カイナの趣味嗜好が出ているようで、銃器用の棚までありやがった。


「……銃、置くのか……」


「はい。ゼルフィング家のメイドなら銃は必須ですから」


 誰だよ、必須にしたアホは?


「魔族に銃なんていらねーだろう」


 魔力が多かったり強かったりするから魔族なんだからよ。つーか、銃で倒せるものなんていんのか?


「いえ、魔族だからこそです。弾丸を強化したり魔術付与したり、なかなか凶悪な仕様となるんですよ」


 ミタさんがそう言うならさぞかし凶悪なんだろう。お願いだからそれをオレに撃たないでね。


「では、商品を入れさせていただきます」


 カイナーズホームのヤツが台車を押してファミリーセブンへと入って来た。


 台車に載った段ボールを床に並べ、メイドさんが開けて商品を棚に並べていく。


「日用品も置くんだ」


 男物のパンツや洗剤なんて売れんのか?


「寮暮らしの者や家族に頼まれたりしますから」


 なるほど。需要はあるんだ。


 予行演習でもしたのか、棚に並べるの手際がイイな。どっかに出してんのか?


 日用品が並び終わり、次にお菓子が並べられる。


「駄菓子じゃねーんだ」


「はい。駄菓子は別のコーナーに置いてもらいます。ココノ屋の駄菓子は別格ですから」


 旨いのは旨いと思うが、そんな別格にするほど旨かったか? 今並べてる菓子も負けてねーんじゃねーの?


「菓子は高めの設定なんだな」


 チップス系は一〇円と安いが、チョコレート類は一〇〇円近い。どんな価格設定なのよ?


「食べすぎる子が多いので高めの設定にしました。肥満はメイドの天敵です!」


 その天敵に負けたあなたが言っちゃダメだよね。まあ、すぐ痩せちゃうけどさ~。


「しかし、魔族も太るんだな」


 当たり前と言えば当たり前なんだろうが、イメージ的に太らない体質(?)かと思い込んでいたよ。


「特に鬼族は太りやすいですね。三人ほどカイナーズの訓練キャンプに送りました」


 どんなキャンプだよ! とか突っ込みたかったが、なんかアウトな答えが返って来そうだったから無理矢理飲み込んだ。


 菓子が終わると、なぜか缶詰めを並べ始めた。


 まあ、缶詰めもコンビニにはあるだろうが、棚半分も使うなんてどう言うことよ? しかも、ツナが多いと来てる。魔族の口に合うのか?


「ツナ缶は人気で、お土産に喜ばれるんです」


 なにが喜ばれるかわからんもんだ。


「一缶五〇円か。なんか微妙だな」


 売れるんなら二〇円くらいにして大量に売ればイイんじゃねーの?


「ゼルフィングスーパーでも売ってるので、ちょっと高めにしました」


 カイナーズホームは、あっちにも卸してんのか。もう卸業に転向したほうが儲けれんじゃねーのか?


「カップラーメンとかは置かねーのか?」


 なぜかインスタント系がない。寮暮らしならカップラーメンとか喜ばれんじゃねーの。オレは喜んで買っちゃうよ。


 ……夜中に食うカップラーメン。なぜか旨いんだよな……。


「サプル様が反対されましたので取り止めました」


「サプルが? なんで?」


「それがよくわからないのです。商品のサンプルを見てもらったとき、カップラーメンは排除されたのです。食事は食堂で食べるようにとおっしゃって」


 よくわからんが、まあ、サプルがダメと言うなら反論も異論もない。了解ですと受け入れるまでだ。


「なので、惣菜や冷凍食品も排除されました」


 代わりにお茶や酒、ジュースなどが大量に置かれるようです。


「……安いんだな……」


 紅茶やコーヒーは高くても一〇円。酒も高くて五〇円。ジュースなんてどれでも三円とか、ここに持って来るだけで赤字だろうが。


「本当に利益が出るのか?」


 どんな計算をしたら利益が出るのか想像もつかんわ。


「大儲けはできませんが、維持できるくらいには利益が出ますので安心してください」


「別に損しても構わんが、まあ、ほどほどにやってくれ」


 福利厚生だと思えば安いもの。そちらの心情が揺れない程度にがんばってちょうだいな。


 レジ回りには雑貨や化粧品が置かれ、タバコがあるだろう場所にはなぜかマグカップが並べられた。


 あらかた商品が並べられ、コンビニの体はできた。


 ……なんか、田舎の寂れたコンビニみてーだな……。


「そんで、駄菓子はどこに置くんだ?」


 ほとんど埋まってんじゃん。雑誌がある窓際は、アイスケースが四つも並んでるし。


「こちらです」


 と、バックルームらしき部屋へと入っていくミタさん。そっちだと食堂になるんじゃねーの?


 どう言うことや? と首を傾げながらバックルームらしきところへ入ってみる。


「喫茶店?」


 なにかそんな造りのところだった。


「談話室を改造して駄菓子売り場を設けました」


 まず、うちに談話室があったことに驚いた。初めて知ったよ! いつからあったんだよ!?


「え? 最初からありましたよ」


 マジで!? 全然気がつかなかったわ!


 えーおっかしーなー。ちゃんと見たつもりなんだけどな~? なんで見落としたんだ、オレよ。


「そんなことより駄菓子をお願いします」


 ささっと背中を押され、しょうがなく駄菓子を出していく。並べるのはミタさんね。


「……安くて百円とか、暴利じゃね……?」


 それ、メダル二枚のやつだったと記憶してるんだが……。


「なに言ってるんですか! ココノ屋のものならこれが適正です。欲しくても買えないんですから!」


 ま、まあ、ミタさんがそうおっしゃるならオレに否はなし。勝手にしておくんなまし。


「んじゃ、後は勝手にやってくれ」


 オレが利用することはないだろうし、下手に口出すのも混乱の元。そっちでやっちゃってくださいませ。


 任せ、ファミリーセブンを出た。


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