第三章

第37話 ボブラ村にオレありを示せ

 外に出ると、霧雨が降っていた。


「……そう言や、寒くなって来たな……」


 田舎に産まれ、大自然に揉まれて来たから、このくらい寒いとは思わないが、季節を感じる感覚は死んではいない。


「麦の刈り入れはもう終わったかな?」


 ここからでは村の一部しか見えず、刈り入りした様子は見て取れるが、村全体が終わったかはわからない。


 山の者は、冬越しの薪集めや獣の解体、塩漬けとやることいっぱいで刈り入れには参加しないのだ。


「ちょっと下りてみるか」


 よく考えるまでもなく、長いこと集落にいってない。親父殿に家長としての座を譲ったから村のことは親父殿任せ。なにかあったら聞……けるほど家にいませんね。失礼しやした。


「うむ。ここは、ボブラ村にオレありを示しておかんとな」


 なんかオレが村から出ていったような感じになっているようだし、存在を見せつけておこう。うん。


 馬車でいくかと庭を見回すが、うちの愛馬たるリファエルはいず、荷車もなかった。


 ってか、リファエルとか荷車はどうなってんだ? 親父殿が使ってんのか?


 家畜小屋もいつの間にかなくなってるし、オレ、完全に時代に取り残されてます。まあ、完全無敵に自業自得なんですけどねっ!


「馬で……あれ? 馬どころかおじぃんちがないんですけど!」


 転移結界扉を設置したときはあったよね? うん、確実にあったよ! ちゃんと記憶にあるよ! なにがどうなってんのよ?!


「お隣さんなら引っ越しましたよ」


 と、事情通のミタさんがおっしゃいました。ってかいたのね。てっきりファミリーセブンで駄菓子を漁ってるかと思ったよ。


「駄菓子、ブルーヴィにも置くんですよね?」


「え、あ、まーな。オレが食いたいから買ったんだし、家には置くさ」


 元の家はオレ専用になったからな、オレ色に染めるのは当然。マイ駄菓子置き場は前世からの夢だしな。


「では、問題ありません」


 ミタさんがそう言うなら構わんけどよ。部屋の掃除とか食材調達、駄菓子の管理を任せるんだからな。


「で、おじぃたち、なんで引っ越ししたんだ?」


 あの歳で引っ越しは無茶だろうし、新しく生活を築く前に死ぬぞ、絶対!


「カールケン牧場に引っ越しました。以前、ベー様が秘密牧場と呼んでいた場所です。今は数軒家が建ち、村として機能してます」


「マジで!?」 


 村ってそんなに簡単にできんでしょう!


「はい。ここの領地はベー様のものと言っても過言ではありませんし、領主はベー様の思考を真似て動いてますから要請を出せば速やかに実行されます」


 あ、うん、そう言えば、領主、押さえてましたね。マジ忘れてました。


「要請したの親父殿か?」


「はい。カールケン牧場が大きくなり過ぎて必要に迫られましたから」


 そ、そうか。そんなことになってたんだ~。時の流れは早いもんだ。いや、親父殿に継いでそれほど経ってないけどさ。


「ま、まあ、親父殿がそう判断したらオレは支持するが、なんでおじぃたちの引っ越しに繋がるんだ?」


「毛長種の生き物に詳しいですし、毛刈りも得意ですからアドバイザーとしてお館様がお願いしたのです」


 ま、まあ、オレも毛刈りはおじぃから習ったし、教えるのも上手い。先生としては望ましいが、よく承諾したな。抵抗はなかったんだろうか?


 住み慣れた場所を離れるなんてオレにはできねーぞ。


「お二方も歳ですし、面倒を見てくれる者がいるならと、喜んで引っ越ししてくれました。カールケン牧場には若い人や獣人の夫婦もいますので老後は安泰でしょう」


 うんまあ、唯一の肉親は冒険に出ちゃってるし、段々と動けなくなっていく。将来を考えたら最良の選択か。


「おじぃとおばぁに会いにいかんとな」


 環境はしっかりと整えてられているだろうが、おじぃもおばぁもオレの家族。ちゃんと自分の目で確かめておかんと不義理ってもんだ。


「会いにいくのはいずれとして、足がねーのは困ったな」


 別に歩いていっても構わんのだが、時差ボケでいまいち乗り気がせん。途中で引き返しそうだ。


 ゼロワン改じゃ目立つし、オレの存在を示すのだから小さくしていくのも違う。こんなことなら馬車を何台か用意しておくんだったぜ。


「マスター。馬車が必要ならわたしたちが変化へんげします」


 あん? 変化へんげ? どう言うこった?


 首を傾げていたらドレミ団がどこからともなく出現。緑髪隊が馬へ。ツインテール隊が荷車へと変化した。


「いかがでしょうか?」


 あ、うん、イイんじゃね。


 ドレミがやることにいちいち驚いてらんねーよ。


「ああ。ありがとな」


 素直に受け入れ、御者台へと上がり、集落へと出発した。


  ◆◆◆


 オレ、ヴィベルファクフィニーだよ~!


 とか、村に響き渡るように叫びたいが、雨が本格的に降りだして来たので外仕事をしている者はいなかった。


 晴れたら外仕事。雨が降ったら家仕事。山の生活は自然に逆らったりしないのだ。


 ……オレ、最近自然どころか運命にまで逆らってるような気がする……。


「ベー様、濡れますよ」


「そうだな。ドレミ、屋根つけてくれ」


 まあ、人は自然に逆らいたくなる生き物。それもまた自然さ。


 荷車がぐにょんと動き、御者台を囲い、透明な膜がフロントガラスのように作られた。


「あんがとさん」


 ほんと、便利な生き物だ、スライムってのはよ。


 集落に向けて山を下りていると、街道から続く道から数台の幌馬車が入って来た。


「隊商でしょうか?」


「いや、違うよ。あれは奴隷商さ」


 この近辺の国はだいたい奴隷制を採用しており、たまにボブラ村にもやって来るのだ。


「……奴隷ですか……?」


 馴染みがないのかミタさんは首を傾げていた。


「どの国も犯罪者を囲っておく場所も管理する経費もない。だから、犯罪者は奴隷にされ、鉱山や街道整備、領主に売られ公共事業に従事させられる。だが、そう言うのは軽犯罪の者で、犯罪の重さに寄って刑期が変わるんだよ」


 鞭振って強制的に働かせても効率は上がらないし、長くも使えない。ちゃんと何年の刑期だと決めて働かしたほうが効率がイイのだ。真面目に働けば早期釈放もあるからな。


「あれは重犯罪の奴隷商かもな」


 重犯罪者は鞭を振るったところで仕事はしないし、管理するのも一苦労。従属の首輪とかあるが、あれは結構高価で使い捨てだ。とんでもなく凶暴とか逃げられたら困る技能があるとかじゃないと使いはしないだろう。


「そんな奴隷に需要なんてあるんですか?」


「これが結構あったりすんだよ」


 まあ、この時代特有の人権など異次元に捨てたような使い方がな。


「主に使われんのは騎士の練習用だな」


「騎士の、ですか?」


 この世界がファンタジーとは言え、いきなり森に入って魔物や獣を駆るなど死ににいくようなものだし、人を殺すことにも慣れておかなくちゃならない。


 えげつないと感じる心はあっても、更正させようと立ち上がる者はいねー。ただ殺すより有効利用するヤツがいるだけさ。


「どこかの魔王も似たようなことしてました」


 知恵のついた生き物なんて似たり寄ったり。優れた種族なんて幻想さ。


 重犯罪を扱う奴隷商だと思う馬車がこちらから来たと言うことは、カムラ王国から来たのだろう。


 だが、それにしては中途半端な時間だな? カムラから来たならボブラ村には夕方に着くよう計画立てるものなのによ。


 途中で野営したのか? 随分と命知らずだこと。


「集落に向かってるんでしょうかね?」


「だろうな。補給もあるだろうし、ボブラ村は奴隷商でも受け入れるからよ」


 集落には絶対無敵──ではなく、純情可憐なお姉さまがいる。重犯罪者だろうが一睨み──笑顔一つで黙らすさ。


「ボブラ村の方々は本当に寛容ですよね」


「広場でいろんな種族と交流してるし、奴隷商はこう言う村を大切にしたいから金を落としてくれんだよ」


 小さな村は忌避して追い出されるし、デカい村でもあまり歓迎されない。奴隷商も国から許可を得ての商売だから強気にも出れらない。国に必要な商売とは言え、目指したい職業ではない。


 奴隷商の馬車隊は、集落の広場へと停めた。


 七台の馬車で広場を塞がれたので、冒険者ギルド(支部)の裏へと移動した。


 無限鞄から傘を出し、ドレミ馬車から降りた。


 ミタさん、傘は? と尋ねる必要もなく、たぶん、カイナーズホームで買っただろう傘を差していた。


「マスター。馬車は隠しておきます」


 どこによ? と問うのもバカらしいので、軽く流しておく。ドレミもいろはもオレの認識できないところにいるし。


「そう言や、ミタさんって集落に来たことあんのか?」


 今さらな質問で申し訳ございません。


「はい。前に奥様のお使いでネラフィラ様に会いに来たことがあります」


「そんときなんか言われたかい?」


「いえ。特には。自然に受け止められました」


 ま、まあ、親父殿や他種族はよく来るし、姉御なら……いや、深くは語るまい。オレは安らかに過ごしたいんでな。


 表へと回り、冒険者ギルド(支部)へとお邪魔した。チース、姉御。


「なんだお前、村を出たんじゃなかったのかよ?」


 なんか知らないおっちゃんがいた。誰?


「ここのマスターだよ! なにマジで忘れてやがる!」


 あ、あーおっちゃんか。完全無敵に頭から転げ落ちてたわ。メンゴメンゴ。


「久しぶり~。元気してた~?」


 なんて軽く挨拶したらインク瓶を投げられた。ん? なんか懐かしさを感じるな。まあ、同じことがあったか思い出せないけどね。


 インク瓶をキャッチしてカウンターへと置く。


「ところで姉御は?」


「クソが! 休みだよ!」


 なんだ、休みか。なら、冒険者ギルド(支部)には用はねー。お邪魔しました~。


 おっちゃんにオレを示してもしょうがねー。村の有力者じゃねーと意味ないんだよ。


「雑貨屋にいくか」


 なんか記憶にねーくらい来てない。まずはここから示していくとしよう。


 おばちゃ~ん。会いに来たよ~。


 ◆◆◆


 ん? あれ? 雑貨屋が変わってる!


「なにがあった!?」


 確かに来るのは久しぶりだが、ここまで変わるってどう言うことだよ! オレは浦島太郎になったのか!?


 前は田舎の駄菓子屋サイズだったのに、知らぬ間に二階建ての立派な建物に変わっている。こんなの街にもなかなかないぞ!


「ベー様。ここは、アバール様が買い取り、支店として営業しております」


 はぁ!? なにがどうなっちゃってんのよ? 買い取り? 支店? 意味わからんわ! ってか、おばちゃんはどこにいったのよ!


「サマバさん一家なら別の集落に引っ越しました」


「引っ越しだぁ!?」


 なんでだよ! おばちゃんは村始まってから雑貨屋をしてる由緒正しき……なんだ? いや、なんなのかわからんけど、何十年とここで暮らして来たんだぞ、そう簡単に引っ越せる訳ねーだろうが!


「新しい家と家具を用意したら喜んで譲っていただけましたよ」


 はぁ? いやいやいや、なに喜んで譲ってんだよおばちゃんよ! 雑貨屋としての矜持は……ねーか。いや、村人としての誇り……もねーか。あのおばちゃん、おしゃべりすんのがなにより好きだしな……。


 雑貨屋の売り上げなんて微々たるもの。利用客だって一日二人も来たら大繁盛。まあ、利益にはならんが、露店の管理費で食っているようなもの。


「あ、露店はどうなったんだよ?」


 店の前は馬車が停められるようになっている。これでは露店なんぞ開けねーぞ。


「露店も移りました。最近、立ち寄る馬車が多くて露店が開けないと嘆いておりましたから」


 まあ、露店は村のもんしか利用しないし、村人の足なら集落一つ変わっても不満は出ねーだろう。どうせそれをネタにしておしゃべりを楽しむんたからな。


「……この短い間に激変してんな……」


 いや、お前んとこほどじゃねーよ! っての突っ込みは甘んじて受け入れよう。オレはそこまで恥知らずじゃねー。


 偉ぶるほどじゃねーけどな! って突っ込みはノーサンキューです!


「ま、まあ、せっかく来たんだし、覗いてみるか」


 あんちゃんにオレを示しても意味がねーが、どんな店かは興味がある。なに売ってんの~?


 アバール商会カラヤ支店へとお邪魔しま~す。


「いらっしゃいませ~」


 と、四〇前後のおっちゃんに迎えられた。ん? このおっちゃん、どっかで見たぞ。


「あ、転職さんか」 


 名前は完全に忘れましたが、顔は覚えてます。ドヤ!


 感心してくれる者まるでナッシング。賑やか要員(あ、プリッつあんのことね)を連れて来るんだった。


「はい。ミラジュと申します」


 ミラジュさんね。覚えた覚えた。ミタさんが、ね。次回、後ろからこそっと教えてね。レイコさんだとたまにゾワッとするからよ。


 ……そう言や、最近レイコさんが現れんな? 成仏してくれたか……?


「いや、いますから。ただ、姿を消しているだけです」


 うおっ! ゾワッとした! 心の声に反応しないでよ!


 存在を完全に忘れているオレのセリフじゃないが、ちゃんと存在することを示してよ。皆に忘れられちゃうよ。


「どうかなさいましたか?」


「あ、いや、なんでもねー。気にせんでくれ」


 幽霊と交信してますとか、痛い人を通り越して危ない人だよ。友達になっちゃダメな人だよ。


 改めて店内を見回す。


「……雑貨屋だな……」


 うん。それと言って変わった物がない普通の雑貨屋。山の店より劣っていた。


「はい。一般の方を相手にした店ですから」


 なにか含みのある笑みを見せるミラジュさん。なにか理由があるってことか?


 もう一回、店の中を見回した。


 棚にある商品は村で使うものや旅に必要なもの。冒険者相手に武器も置いてある。


「充分な品揃えで品質もイイか」


 やはり、山の店より商品は劣っている。が、こんな田舎で売るには惜しいものばかりだ。街で売ったほうが断然利益になるだろう。


「……選別、か……?」


 山の店に適した客かそうでないかを。


「それと、この村の防衛ですね」


 防衛?


「この村は、ベー様の大切な故郷。そして、世界貿易ギルドを守るための拠点。探りを入れるとなればまずここに来ますからね」


 なるほど。よく考えている。


「だが、あんちゃんの考えではねーな。商人としての先見の明はあるが、これは軍事を知っている者の考えだ。って、カイナしかいねーか」


 あんちゃんや親父殿が優秀でもそこまで考えるには至らない。せめて国に従事して軍事に携わってなければ考えもつかないだろう。まあ、テキトーな推論だけどよ。


「はい。さすがにカイナーズの方をここに配置することもできませんし、ゼルフィング商会は拠点があるだけでほとんど村の外で商売してますから」


 言われてみればそうでした。宿屋はオレの知り合い用に造ったもんだし、港の工房は作るだけ。売るのは他所だしな。


 結果、あんちゃんのところになるわけだ。うん、ごめんよ。


「なんかワリーな、貧乏くじ引かせてよ」


 もっと利益の高いところで働いても充分な能力持ってそうなのによ。


「いえいえ、そんなことありませんよ。ここでも充分な利益は出ますし、重要な役目を与えられて誇らしいです。それに、なかなか楽しいところですよ。王都以上にいろんな方が訪れて来ますから」


 まあ、街道沿いだしな、いろんなのは来るだろうさ。


「王都だと決まったお客様ですからね」


 意外と交流がねーんだな、王都の商人って。


「そうだ。奥も見てみますか? 食堂もやってるんですよ」


 マジ村にはすぎた場所だな。


 まあ、せっかくなので食堂を見せてもらうことにした。


 

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