第38話 バイオレンスねーさん

「へ~。結構広く造ってあんだな」


 奥にある食堂は、四人用のテーブルが八つに二人用が四つと、一般的と言えば一般的な広さだが、田舎には広すぎね? そんなに客が来るんか?


「はい。来るときは来ますし、村の方も夜に来ますから」


 言われてみればそうか。隊商の規模も時期もまちまちだし、村に溜まり場ができたら集まるのは当然。このくらいの広さは欲しいわな。


「食堂は誰がやってんだい? 嫁さんかい?」


 確か、家族で来た記憶がある。はっきりとは覚えてねーがよ。


「はい。妻と息子、あと、集落のおかみさんたちが順番で手伝いに来てくれますね」


「集落のおばちゃんたち、よく働く気になったな。いろいろと忙しいだろうに」


 山と同じく集落も冬越しの準備はする。野菜を塩漬けにしたり肉を薫製にしたりと、食堂で働く余裕はねーだろう。


「去年まではそうでしたが、うちで食料品も扱うようになりましたからね、冬越しの準備も楽になったとおっしゃってました」


 まあ、世界貿易ギルドがあるからいろんなところから物は流れて来て、そして、ここにも流れて来るのも当然だわな。


 防衛のためとは言え、儲かるのなら儲けるが商人だ、ただでは転ぶまい。


「おばちゃんたちも広場で稼いでるしな、苦労するよりは買ったほうが楽か」


 どんなに稼いでも使えるところがなければ稼ぐ意識も湧いて来ない。どんどん使ってどんどん稼げだ。


「あ、でも、朝の市で商売するおばちゃんがいなくなるか?」


「いえ、そうでもないですよ。ゼルフィング家の方が買いに来ますから」


「え、うち!?」


 誰が来んのよ!


「なるべく人の姿に近い方ですね。角とか耳とか隠せばわからないですし。もっとも、村の方々は人じゃないとわかってますけど」


「……うちの村、寛容にもほどがあんだろう……」


 なんか心配になって来る寛容さだな……。


「アハハ。今さらでしょう」


 笑って流された! いや、そうだけど、なんか納得できねーこの思いに押し潰されそうだよ。


「なにか食べますか? ゼルフィング家で習ったのでそこそこ美味しいものが作れますよ」


「んじゃ、なんか軽めのものを頼むわ」


 まだ昼には時間があるし、それほど腹が減っているわけでもねー。味見程度で構わんよ。


「アレンダ。ベー様に軽めのものを頼む。できるかい?」


 ミラジュさんが厨房に向けて声をかけると、受け渡しのカウンター窓から三〇半ばの女の人が顔を出した。


「あ、はい。今、ゴジルスープを作ってますからそれでよろしいですか?」


「ゴジル、まだ入って来てんだ」


 前に買いはしたが、それから買いに来てない。ってか、放置してたわ。ごめんよ、おばちゃん。


「はい。行商人の方やカイナ様が実家から仕入れてくださるので店で売ってるんです。今、ボブラ村ではゴジルが流行ってるんですよ」


 い、いつの間にかそんな流行りが起こってたとは。オレ、村の流行に取り残されて……ねーか。つーか、うちが最先端いってるわ。


「ゴジルはイイよな。飽きがこねーし」


 あ、豚汁食いたくなった。サプルに……って、サプルどこだ? なにしてんだ? まあ、なにをしててもイイか、あまり生き物(特に竜)を殺すよ。限りある資源(食料)なんだからよ。


「では、ゴジルスープを出しますね」


 豚汁がイイが、どうしてもってわけじゃない。それでよろしこ。


 で、出されたのはけんちん汁だった。惜しぃ~! でも旨~い。嫁さん、スゴ腕だな。料理人だったのか? あ、ミタさん、七味ちょうだい。


「いえ、山の宿屋で食べた料理に触発されて、ゼルフィング家で教わりました。ベー様の舌にあってなによりです」


「おう。イイ味出してるよ。毎日飲めるミラジュさんが羨ましいぜ」


 もちろん、サプルのほうが旨いが、ミラジュさんの嫁さんが作ったけんちん汁は、なんかほっこりする味がする。田舎のばーちゃんが作ってくれたみたいだぜ。


 ……あーばーちゃんの味噌おにぎり、食いてーなー……。


「ミタさん、米ある?」


「はい。一〇〇トンほどありますよ」


 いや、そんなにはいらねーよ。夕食に食うくらいでイイんだよ。あ、でも、半分くらいちょうだい。オレも蓄えておきたいからさ。


 調整しながら七味をけんちん汁にかけ、ハフハフ食っていると、雑貨屋のほうからチーンとベルが鳴った。あるんだ、そう言うの。それともカイナーズホームで買ったのか? 


「お客様のようですね。失礼します」


 食うのに忙しいので頷きで返した。これ、お土産にできねーかな? 夜も食いたいぜ。


 最後の汁までズズと飲み干し、ごちそうさまでした。いや、もう一杯いけるかな?


 昼が食べられなくなりそうだが、早目に夕食にしたらイイか。あ、お代わりと声を出そうとしたら外套を纏った男たちが食堂に入って来た。


 身なりからして先ほどの奴隷商だろう。


 外套を脱いだ男たちは、さすがと言うか、当然と言うか、重犯罪者を扱うだけあって体の作りはガッチリしており、用心棒的なヤツはオーガでも殴り殺せそうだった。


 こちらを一瞬見たが、できた奴隷商のようで絡んでくることはなかった。


「なにか体が温まるものを頼む。あと、酒はあるか?」


「はい。いろいろありますよ。強いのと弱いの、高いのと安いの、懐に合わせてお出しできます」


 ごっつい男らに臆することなく注文を伺うミラジュさんの嫁さん。カッコイイ!


「強くて安いのを四つに弱くて安いのを二つくれ。料理は任せる。旨いものを作ってくれ」


 奴隷商のリーダーらしき男が注文する。


 リーダーの慣れた感じや、食堂を見回す男たちの顔からして、何度かボブラ村に来てる感じだな。これなら無茶はせんだろうと、けんちん汁をお代わりしてありがたくいただいた。


  ◆◆◆


 うぷ。さすがに三杯は食いすぎた。苦しぃ~。


 でも、旨かったので後悔はない。夜も食うぞ!


 ぽっこり膨れた腹を擦りながら強く決意した。まあ、それほどのこともないんだけどね……。


 タバコを吸えたらプカ~と一服してるところだが、タバコは二〇歳になってから。吸わない人に迷惑をかけないように吸いましょう──じゃなくて、この余韻を楽しむためのものが欲しいぜ。


 腹一杯の状態ではコーヒーも入らない。なんかねーもんかね?


「ベー様、アイスなんていかがですか? 食後には最適ですよ」


 あなたらには別腹がおありでしょうが、オレにそんな便利なものはないのです。お心遣いだけで結構です。食べたいなら勝手に食べなさい。


「はい。では遠慮なく」


 この万能メイドに遠慮なんてあったっけ? とか考えながら、自分の無限鞄からバーゲンなやつを出して美味しそうに食べるミタさんを眺めた。


 ……なんとも旨そうに食うこと……。


 食後にアイスって意識はないので、食いたいとは思わないが、客が来たときに出すのもイイかもな。ココノ屋にいったときアイスも一緒に買うか。


 膨れた腹を擦りながらボーとしてたら、奴隷商の一人が立ち上がり、厨房にいるミラジュさんの嫁さんに声をかけた。


「ゴジルスープを鍋でもらえるか?」


 ナヌ。鍋でだと? 買い占めかこの野郎! それは許さんぞ。


 と言いたいが、腹が一杯で口が開かない。あ、ミタさんのやりとりは目で語りましたから。


「はい。大丈夫ですよ。簡単にできますから。パンはどうしますか?」


 お。簡単にできるんだ。なら後でも大丈夫そうだな。なら、お先にどうぞ。


「簡単ならばうちの鍋で作ってくれ。奴隷どもに出すので具は少なくても構わない。銅貨五枚分で頼む」


 奴隷の移動に鍋まで積んでんだ。堅いパンと水を与えてるのかと思ってたぜ。


「銅貨五枚だとこの鍋二つ分になります」


 こっからは鍋が見えないのでわからないが、随分と安いな。だいたいこの器で野菜が三種類くらい入った塩味のスープだと、小銅貨二枚が相場だろう。


 この五種類の野菜に肉が入ったけんちん汁では銅貨一枚取っても文句は言われないだろう。この旨さなら銀貨一枚だと言われてもオレは食うね! それだけの価値がこれにはあるぜ。


「ず、随分と安いんだな!?」


 オレの推測に間違いはないようで、奴隷商の男どもが驚いていた。


「ええ。この村では野菜も肉も簡単に手に入りますし、簡単な料理ですからね」


 野菜と肉の出所がうちならその値段にも納得か。保存庫は時間停止にしてるのでたくさん溜め込めるからな。


「……相変わらずこの村はふざけている……」 


 うん、まあ、そうだね。ふざけたヤツ、いっぱいるし。


 おい、その筆頭! とか聞こえたような気がするが、気のせいだろう。オレ、真面目に生きてるし。


「ふふ。そうですね。わたしもこの村に来てそう思いましたよ。王都より快適な田舎とか意味わかりません」


 なぜオレを見て言うのだろう、ミラジュさんの嫁さんは? 田舎は不便だよ。不便だから田舎なんだよ。


 まあ、田舎暮らしをエンジョイしてるならオレがどうこう言う資格はねー。カントリーライフを楽しんでくださいませ。


 男が鍋を取りに食堂から出ていき、しばらくしてラーメン屋で使われそうな大鍋を一つ持って戻って来た。


 ……あんなにデカいと作るの大変なんじゃね……?


「これだといくらになる?」


「銅貨五枚でいいですけど、こんなに大きいと持って帰るの大変じゃありません?」


「二人で運べば問題ないさ。商売柄力はあるんでな」


 そりゃ、重犯罪者を扱うんだし、魔物も相手にしなくちゃあかん。腕っぷしが強くなくちゃやってられんでしょうよ。


「お前ら、食ったら交代な」


 リーダーらしき男の指示に「了解」と素直に従う男たち。統率が取れた奴隷商だこと。


 ちょっと腹が落ち着いて来たのでコーヒーを出して一服する。あ、今ならアイス食えそうだ。


 どうしようかなと悩んでいると、奴隷商の交代組がやって来た。


「女将、同じものを頼む。酒は軽いものを出してくれ」


 前の組とこの組は役割が違うのかな? まあ、追及するほど興味はないので流すがよ。


「お、こりゃウメー! こんなウメーもん、初めてだぜ」


「だな。パンも柔らけーし」


 ん? 役割じゃなくて格が違うのかな? 前の組はそんなに騒がなかったし、強い酒も注文してたしよ。


 なんとはなしに奴隷商たちの会話を聞いていると、なんかお洒落した姉御がやって来た。どったの!?


「あら、ベー。久しぶりね」


 椅子から立ち上がり、四五度のお辞儀をする。


「チーッス! ご無沙汰しております!」


「止めなさい!」


 なぜか持っていたフランスパンみたいなもので殴られた。


「ったく。どれだけわたしを恐怖の存在にしたいのよ」


 とんでもございやせん。姉御は宇宙一優しい女性でございやす。よっ、ボブラ村の女神さまっ!


「ミタさん。姉御にお紅茶を。ささっ、姉御。こちらにどうぞ」


 クッションを出して椅子に置き、姉御にお座りいただいた。ミタさん、お菓子も忘れずにね!


「だから止めなさいって言ってるでしょう! 普通にしないと怒るわよ」


 イエス! マイ姉御!


「で、どったのよ、そんなお洒落して? 逢い引きか?」


 そんな勇敢な男がいるんなら兄貴と呼ばしてくれ。全身全霊をかけて媚を売るからよ。


「……まったく、見ない間にさらに傍若無人に磨きがかかってるんだから……」


 失敬な。オレは品行方正な村人です。


  ◆◆◆


「古い友達が訪ねて来てくれたからあなたのところの宿屋に連れていったのよ」


 できる男は古いってとこに触れちゃダメ。サラッと流すべし。


「姉御、友達いたんだ」


 一見、失礼な返しかもしれないが、姉御の過去など知らないし、聞いたこともない。まあ、話の端々からわかることはあるが、基本、昔のことは話さない人である。


 だから友達と言ったことに驚いてしまったのだ。


「ふふ」


 肯定もせず否定もせず、ただ、いつものように笑う姉御。まあ、触らぬ姉御に祟りなし。サラッと流しておきましょう、だ。


「まあ、なんでもイイけど、その友達をほっといても構わんのかい?」


 今日、休みなんだろう? 夜まで再会を楽しめばイイじゃねーか。


「しばらく村にいるそうだから大丈夫よ。あ、宿代負けてあげてくれる? お金に疎いから子だから所持金が少ないのよ」


「姉御の友達ならタダでイイよ。好きなだけいな」


 家族の友達なら親戚みたいなもの。金なんて受け取れないよ。まあ、婦人に怒られそうだからあとで補填はしておくけどね。


「そんな、悪いわよ」


「なに一つワリーことなんかねーよ。つーか、遠慮なんてすんなよ、みずくせー」


 姉御には恩も借りも溜まりまくっている。金額にしたら金貨一億枚だ。宿をタダにするなんて銅貨一枚返したほどだわ。


「うちの様子わかってんだから一緒に暮らそうぜ。今なら城とメイドをつけるし、足も用意するぜ」


 オレが産まれる前はオカンと暮らしていたそうだが、オトンと結婚してから集落で一人暮らしをしている。


 オトンが死んで、オレが稼げるようになってから一緒に暮らそうと誘ったが、冒険者ギルド(支部)に通うのが面倒だからと断られたのだ。


「ありがとう。でも、わたしは一人暮らしが性に合ってるから今のままでいいわ」


 毎回これだ。一人暮らしがイイと言うクセに寂しそうな顔をする。


 まあ、そうなるのもわからないではない。姉御は隠しているだろうが、わかる者にはわかる。その魔力でバレバレだ。


 姉御は、ハーフエルフ。それも見た目は人よりで、中身はエルフに近いのだ。


 じゃあ、心はどっちより? と考えたとき、いや、産まれたときから知っている者としては考えるまでもない。その心は人なのだ。


 人の心を持ったまま、数百年生きるってどんな思いだろうな? 前世で四〇数年。今生で一六年のオレには想像だにできないものがあるだろう。慰めなんて嘲笑ものだ。


「まあ、一緒に暮らしたくなったら言ってくれ。楽しみにしてるからよ」


 慰めも支えもできないのなら思いの押しつけだ。あんたの側にはオレがいるんだぞと示すまでだ。


「ありがとう。なら、お願いがあるんだけど」


 あり得ないことに、思わず目を丸くして姉御を見た。


「……あ、姉御の願いなら二つ返事で引き受けるが、いったいどうしたんだ? 世界征服でもしたくなったか?」


 それならそれでオレが裏から支えて、姉御、ここにありを示してやるがよ。


「なぜ世界征服になるのよ! あなたの中のわたしはどうなっているの!」


「王座で高笑いしてる感じ?」


 と答えたら、またフランスパンみたいなもので殴られた。


 ……オカンが薪で殴るの、絶対姉御の影響だよね……!


「わたしは、慎ましやかな性格です!」


 慎ましやかだったらフランスパンみたいなもので殴らないよ。口より先に手が出るタイプじゃん。


 ってこと言ったらまた殴られるのでお口にチャックです。


「で、なによ? 願いって?」


 一国までなら明日まで用意するよ。まあ、ヤオヨロズ国を押しつけるんだけどさ。


「今度、冒険者ギルドを辞めるの。だから、お店でも開こうかな~と思って」


 恥ずかしそうに言う姉御。


「え? さすがに娼館は不味くね?」


 田舎じゃ儲からないよ。いや、娼館に詳しくないから知らんけどさ。


「なんで娼館なのよ!」


「イメージ的に?」


 なんて答えたら椅子で殴られた。


 ……全然、慎ましやかじゃないじゃん。バイオレンスねーさん……。

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