第39話 喫茶店

「──なんて冗談はこのくらいにして、なんの店よ?」


 オレじゃなければあの世に往ってる一撃だが、オレなので問題ナッシング。まあ、橫からの一撃なら吹き飛ばされていただろうが、真上からの一撃だったので椅子が壊れただけであった。


「……この子は本当に……」


 力なく項垂れるバイオレンスねーさん。どったのよ?


「あ、これ、料理と椅子の代金ね」


 銀貨一枚を渡しておく。釣はいらねーぜ。迷惑料だ。


「それと、オレも鍋一つくれや。夕食にするからよ」


 ミタさんに鍋を出してもらい、ミラジュさんの嫁さんに渡した。


「わたしの料理なんかでよろしいんですか? お館の料理人に頼めばもっと美味しいのが食べられますのに……」


「いや、この味がイイんだよ。このホッとする味がな。毎日食えるミラジュさんが羨ましいぜ」


 まさにお袋の味って感じが旨さを倍増させてくれるのだ。うちだと高級フレンチレストランの味だからよ。


「ふふ。そう言われたら断れませんね。美味しいのを作ります」


 ハイ! よろしくお願いします!


「……ベーの年上殺しも健在ね……」


「は? なんだい年上殺しって? オレは年上には最大の礼を尽くす男だぞ」


 特にあなたには最大最高の礼を尽くしてるじゃん。敵にしないよう誠心誠意身も心も服従の姿勢を取ってるじゃん。靴ナメろとか言われたら喜んでナメるぜ!


「はいはい、そうね」


 なんか投げやりな感じで流された。いやまあ、なんでもイイけどよ。


「……喫茶店をやりたいのよ……」


 ぽつりと口にする姉御。喫茶店?


「……喫茶店って、タバコ吸ったりお茶を飲んだりする、店のことか……?」


「そうよ」


 ……この時代にあったんだ……。


「ベーも喫茶店を知ってたのね。帝都にしかないのに」


 その言葉に含まれた数々の事実はとりあえず横に置いとくとして、だ。姉御にそんな乙女っぽいところに驚いた。


 この不器用な姉御は、質素な、それこそ修行僧か! と突っ込んだことがあるくらい生活感を表に出さないのだ。


「喫茶店の歴史は知らんが、似たようなものは王都にあったからな」


 もちろん、グレン婆の心地よい一時、な。もっとも、あそこはカフェレストランって感じだがよ。


「……君の世界はどれだけ広いのよ……」


「オレの世界なんてちっぽけなもんさ。見てないこと、知らないことなんていっぱいあるよ」


 普通の村人よりは広いが、一人の人間としてはちっぽけなもの。世界の広さに押し潰されそうだぜ。


「世界を知れば知るほど、見れば見るほど世界は広がっていくもんだよ」


 世界は耳を閉じれば閉じるほど、目を背ければ背くほど世界は狭くなるものだ。まったく、世界は上手くできてるぜ……。


「生きてるって楽しいよな」


 前世じゃ失った感覚だが、今生は絶対に失ったりしない。死ぬそのときまで持ち続けてやるわ!


「……君の前だと悲しいくらい自分が幼く感じるわ……」


「姉御は昔っから可愛かったよ」


 たまに般若の顔が出て来るときがありますが。


「てい!」


 と、なぜか壊れた椅子の脚で殴れた。なぜに!?


「とにかく! 喫茶店がやりたいの!」


 よくわからない怒りをぶつけてくる姉御。まあ、こう言うところが可愛いんだがよ。


「まあ、やりたいのなら協力はするが、どこでやるつもりよ?」


 喫茶店なんて娯楽施設だ。懐にも心にも余裕があるヤツじゃなければ訪れたりはしねー。


 仮に村でやるとして、男衆の集まりは多分ここだろう。酒を出すのだから来るなと言っても来るだろうよ。酒があるところ男あり、だからな。


 じゃあ、女衆を相手に、ともいかない。女子会なるものがある(流行らしたのオレです)が、それは大きな家に集まりやっている。


 集落で言えば村長んちの離れだろう。なぜかオレが交渉して女子会場にしたんだからな。


 はっきり言って村じゃ無理。まだ娼館のほうが儲かると思う。まあ、値段設定にもよるだろうがな。


「どこがいいかしら?」


 まさかの無計画っ!?


「……いや、こう、どう言う場所でこう言うふうにしたいとかあるでしょう……?」


 この際、妄想でもイイから語ってください。オレが数千倍にして膨らますからさ。


「わからないからベーにお願いしてるんじゃない」


 いや、それは丸投げって言うんだよ! 無茶振りにもほどがあるわ!


「でも、景色がよくて静かなところがいいかな? 商売ってより自分が楽しむものだからね」


 まあ、姉御は隠しているようだが、結構財産はあったりする。前に一度、小袋に入った宝石を換金したことがあった。ましてや名のある冒険者だったのだから下手な貴族より持っているだろうよ。


「自分で楽しむって言ってもさすがに客が来ねーのはダメだろう。そりゃままごとだぞ」


 楽しみたきゃ妄想してろって話だ。


「それもそうね。おしゃべりもしたいし」


 修行僧な暮らしをしてる姉御だが、結構おしゃべりは好きな人だったりもする。まあ、オカンからの情報だがよ。


「わかった。オレがなんとかする。冒険者ギルドはいつ辞めるんだ? 建物だけなら今日にでも用意できるがよ」


 カイナーズホームなら喫茶店の一つや二つ、売ってんだろう。


「そうね。辞めることは一月前に領都のギルドに言ってあるし、業務はマスター一人でも大丈夫だから、完成したら移るわ」


 そんなもんでイイのか知らんが、まあ、姉御がそう言うなら大丈夫なんだろうよ。


「今日の予定がなけりゃ場所決めするか? 任せるって言うんならオレが勝手に決めるがよ」


「言っておいてなんだけど、そんな場所あるの?」


「ああ。まったくちょうどイイことにな」


 賢明な方ならお察しだろう。そう、ブルーヴィだ。


  ◆◆◆


 え、奴隷商の件は!?


 とかおっしゃる方々もいるでしょうが、これと言った接触もなく、問題も起こさないのだから繋がりなんて持ちようがない。つーか、オレはトラブルを引き寄せる体質ではありません。トラブルは回避する性格です。


 うん。まったく持って説得力ねーな。


 って突っ込みは止めてください。人はそう思わなくちゃやっていけないんです。人として察しなさい……。


「姉御、このままいくか? 一旦うちに帰るか?」


 食料品を抱えているので、一応尋ねてみた。


「そうね。荷物も纏めたいし、うちに寄ってくれるかしら」


 あいよと答えて姉御のうちへと向かった──って言っても姉御のうちはすぐそこ。宿屋の一室を借りて暮らしているのだ。


 田舎の宿屋なんて六畳もなく、ベッドが置いてあるだけの質素──いや、貧相なもの。とても住む場所ではない。そこに何十年と暮らしてんだからスゲー精神だと思うぜ。


「相変わらずボロいな」


 小さい頃から何十回と見てはいるが、よく建物として保っていられるよな。なんか魔法でもかかってんのかな?


「急いで纏めてくるわ」


「なんなら解約してきなよ。今日中には住むところ用意できるし、冒険者ギルドにいくなら馬を出すからさ」


 姉御は馬にも乗れるので、山から冒険者ギルド(支部)に通うのも苦ではねーだろうよ。


「そうね。そうするわ」


 宿屋へと入っていくのを見届け、ドレミに馬車を用意(?)してもらう。


「そうだ、ミタさん。カイナーズホームと連絡取れるか?」


 先ほどから気配どころか存在まで消してんじゃね? って感じのミタさんへと振り向いたら、なんか表情を険しくさせ、宿屋へと目を向けていた。どったのよ?


「ミタさん?」


「──あ、すみません。考え事をしてました。なんでしょうか?」


 どうしたんだ、いったい? とか思ったが、まあ、気にすることもなかろうと、もう一度カイナーズホームと連絡が取れるかを尋ねた。


「はい。可能です」


「女一人で経営できそうな喫茶店をいくつか用意しておいてくれるように伝えてくれ。あと、食器や生活必需品なんかも頼むわ」


「はい。それと、ブルーヴィに水道や処理施設を設置してもよろしいですか? 住む者から要望が上がってるので。もちろん、ベー様の家は触りまりませんので」


 まあ、環境循環はできても人が暮らせる環境ではねーしな。


「カイナーズホームでやんのか?」


「はい。環境施設部が行います」


「好きにしな。予算が足りなきゃ後で渡すからよ」


 小さな箱庭とは言え、ライフラインを設置しようとしたら億単位。渡してる金で足りんだろうよ。


「はい。ありがとうございます」


 御者台に上がり、ぼんやり姉御を待つ。


 雨は止んだが、空は曇り空。この感じではまた降りそうだな。


「マスター。夜叉丸より連絡で、リオカッティー様の食料をお願いしたいとのことです」


 夜叉丸? なんだっけ? と一瞬考えたが、リオカッティーで思い出した。ってか、すっかり忘れてた。戦略ニートのこと。


「緊急か?」


「いえ、緊急ではありませんが、食べるときは際限なく食べる方のようで、余裕があるうちに備蓄したいそうです」


 まあ、あのサイズだし、人の形はしているとは言え竜は竜。一回の食事量はハンパないのだ。


「明日の……は無理か。明後日にいくから、万が一足りなくなれば公爵どのに頼め。備蓄があんだろう。損失した分は高く買うからと言っておいてくれ」


 冬が長い土地なだけあって備蓄は万全にしてあると聞いた記憶がある。まあ、公用で買ったものは出せないだろうが、隠し備蓄があるはず。そのくらいはやる男だとは信じているぜ。


「畏まりました。万が一のときは公爵様にお願いしますとのことです」


 まあ、そうなる前に急いでいかなくちゃな。


「お待たせ」


 待つほどでもないうちに姉御が戻って来た。


 秘密が多い姉御は、無限鞄以下収納鞄以上の大量に物を詰めるなにかを持っている。


 まあ、オレのテキトーな推測で、別に知りたいってほどじゃないから知らない振りをしているよ。


「馬車変えたの?」


 たぶん、偽装用の鞄と木箱を荷車に置きながら尋ねて来た。


「いや、スライムが変化したものだよ」


「ベーだしね」


 マジな顔で納得された! ってか、オレが原因になってね! スライムが馬車に変化したことに一ミリグラムもオレは関与してないんですけど!


「……ま、まあ、出発するな……」


 反論したところで軽く流さられるだけ。ならこちらも軽く流せ、である。クスン。


 姉御を荷車に乗せ、我が家へと帰宅。しばらく進んで重要なことを思い出した。


 あ、ボブラ村にオレありを示せなかった!


 ◆◆◆


 ま、まあ、ボブラ村にオレありは一旦中止ってことで、姉御の望みを叶えましょう。


「ベー! どこにいってたのよ! 捜したじゃない!」


 メルヘンが拳を突き出しながら来襲。それをサラリと回避。そして、近くにあった木が真っ二つ。うん、オレグッジョブ!


「なんで避けるのよ!」


「避けるわ! 普通に死ぬわ!」


 つーか、オレの能力マジヤベー。自分の能力で死ぬとか笑い話にもならんわ。


「ベーもベーだけど、プリッシュもプリッシュよね」


 え、なに、その世を儚んだような感想は? オレはメルヘンよりまっとうだよ。こんな非常識と一括りにしないで!


「あ、ネラフィラだ~」


 と、メルヘン飛び(どんなかは勝手に想像して)で姉御へとダイブするプリッつあん。え、知り合いなの?


「久しぶりね。元気にしてた?」


 なにか可愛いものを扱うようにメルヘンを手のひらに乗せる姉御。え、なに、この乙女空間は? 田舎にはないピンクな色が咲き乱れてんですけど!?


「元気だよ~! ベーはバカだけど」


 いや、後半必要?! つーか、なにサラッと宿主を貶めてんだよ。バカって言うヤツがバカなんですぅ~!


 と、心の中で言っておく。言ったら三倍になって返ってきそうだからよ……。


「ってか、なんでこの二人、こんなに仲イイのよ?」


 今さらプリッつあんの交遊関係に突っ込みはいれないが、姉御がこれほど慕うなんて珍しいことだよ。妹と言い張るオカンにさえこんな態度取らないのにさ……。


「お友達だから、みたいですよ」


 なにか事情をお知りで?


「わたしも詳しくは知らないのですが、よく相談し合ってたら仲良くなったみたいです」


 どっちがどっちに? なにを相談してんの? とか訊くのが怖いので、これもサラッと流しておきましょう。


 後ろから流れて来る女子トーク(?)をバッタバッタと薙ぎ倒しながら我が家に到着した。


 ドレミ馬車を転移結界門の前に横づけする。


「聞いてはいたけど、本当に家から出たのね」


「ああ。館にオレの居場所がねーからな」


 いや、あるにはあるが、ほとんどいないのだからないのと同じだ。それに、あの家はもう親父殿とオカンの家だ。小舅に構わず新しい家族を築いたらイイさ。


「姉御の喫茶店もこっちな」


 御者台から飛び降り、転移結界門を開けた。


「「お帰りなさいませ」」


 うおっ! びっくりした! なんだよいったい!?


 メイドさんが二人、門の前に立っていた。


「ネラフィラ様の案内に用意しました。ネラフィラ様が場所を選んでいる間にカイナーズホームに行かれてはどうです?」


 ミタさんが後ろからそんなことを提案して来た。


「え、ああ、そうだな。そのほうが早いか」


 確かにミタさんの提案がよさそうだ。うん、そうしましょう。


「プリッつあん、姉御を頼むな」


「いったいなんなの? なんだって言うのよ? 説明してよ」


「姉御がブルーヴィに住む。喫茶店をやりたいって言うから姉御が気に入る場所を見つけてくれ。オレはその間に建物と必要なものを買って来るからよ」


「ベーが選ぶの?」


「オレにお洒落センスはねー。カイナーズホームのヤツに頼むよ」


 山の中の茶屋ならイイ感じに用意できるが、女が好みそうなものなんて知らんわ。


「なら、わたしが選ぶわ」


 と、姉御の手のひらからオレの頭の上へとパイ○ダーオンした。


「ネラフィラ、わたしが可愛いのを選んで来るからね」


「ええ、お願い。任せるわ」


 姉御がイイと言うならオレに反論はない。好きにしてちょうだいな。


「ミタさんはどうする?」


「お供します。あと、ココノ屋はいかれますか?」


 ココノ屋? あ、まあ、選んでいる間にいくのもイイかもな。どうせオレに口出す権利はねーんだからよ。


「減ったから仕入れておくよ」


 今度いついけるかわからんし、買えるときに買っておくか。


「お供します!」


 うん、まあ、好きにしたらイイさ……。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る