第35話 素敵な進化

 熱中したら止まらないのがオレ、ヴィベルファクフィニーの性である。


 ヘドロを吸い込むのに夢中になり、ミタさんが来たことに気がつかず、ミミッチーに頭突きされて教えられた。


 テメー! クソ梟、ブラックホール一号の餌食にしたろか!


 ウガー! とブラックホール一号を振り回すが、無駄に俊敏な梟。無駄に疲れたぜ……。


「……また、変な生き物を拾いましたね……」


 久しぶりに見るミタさん。変なこと言わないでください。


「別に拾ったわけじゃねー。必要だから連れてるだけだ」


 必要じゃなくなったら森にお帰り、だ。


「……ミタさん、なんか肥えてね?」


 女に言っちゃいけないセリフベスト3に入りそうなことだが、これはさすがに見てみぬ振りはできんぞ。


 まあ、別に肥えててもオレは構わんが、メイドとしてどうなのよ? 


「ベー様のせいです! すぐいなくなるし、帰って来ないし、心配で心配で、あたし……」


 で、食べることでストレスを発散したわけね。ってか、それってオレのせいになるの? あ、なるんですか。すみません。


「まあ、これがオレだ。図太くなれ」


 ミタさんが肥えようが痩せようが、オレは思うがままに生きるまで。変える気はない。


「ほれ。オレのメイドだって言うなら手伝え。そして、動け」


 無限鞄からブラックホール二号を取り出し、ミタさんに渡した。


「これは?」


「超強力吸引の魔道具だ。こうやって使う」


 と、ブラックホールの使い方を教える。


 超万能メイドは一回聞けば充分。どころか、三分もしないでオレより使いこなしていた。


 始めてから何時間過ぎたかわからないが、狭間の掃除はまだ半分以上。ミタさんが加われば今日中には終わるだろう。


 また集中し、掃除に夢中になっていると、腹の虫さんがぐぅ~と鳴き出した。


「休憩するか。ミタ──」


 に目を向けて言葉を詰まらせた。


 目をゴシゴシ。頬をバチン。うん、現実です。夢でも幻でもありませんわ~。


「……ミタさんが分身してるよ……」


 ってか、分身するような作業じゃないよね! ヘドロを吸うだけだよね! 分身してもブラックホール二号の性能は上がらないよね!


「……まさか、サプル以外に分身の術を使えるヤツが現れるとはな……」


 超万能だからって、サプルの域に入らなくてもイイんだよ。生物としての域で精一杯生きててイイんだからね!


「うん。オレ、不要」


 ブラックホール一号を無限鞄に仕舞い、リビング島に上がり、遅めの夕食を取った。


「ミタレッティーがサプル化してるわよ」


 知らん。勝手になれ。


 四人になったミタさんに構わず野菜スープと肉まんをいただく。あー旨い。


「ヴィどの。キャロはここにいて本当に大丈夫なのでござるか?」


 あ、君たちまだいたのね。オレのなにかが邪魔して視界に入らなかったよ。ってか、お前はジオフロントに力を注げや! お前の棲み家を造ってんだぞ!


「あ、ジオフロントはちゃんとやってるでござるよ。オーク牧場もできたし、トウモロコシ畑もできたてござるから。あ、これ、お裾分けでござる」


 どこからともなくトウモロコシがテーブルの上に現れた。


「立派すぎね?」


 前世のトウモロコシって、もっと小さかったよな? なんで大根くらいデカいんだ? 土か? 肥料か? それとも環境か? なんなんだ?


「愛情を注いだでござる」


 それで大きくなったら農家は苦労しねーよ。根性論で片付けてんな!


「まあ、もらえるんならありがたくいただくよ。焼きトウモロコシ、好きだし」


 カイナーズホームでバーベキューコンロ買って来ようっと。


「で、どうなのでござるか?」


「この上にカーレント嬢が住むことになったから、カーレント嬢が生きているうちは大丈夫だろう。その後は知らん」


 オレもカーレント嬢も人だ。百年もしないで死ぬ。自分の居場所が大切なら自分で守りやがれ。


「まあ、数千年と続くバイブラストだ、あと数千年続くだろうさ」


 誰の血か知らんが、数千年経ってもバイブラストの血は途絶えず、箱庭もクリエイト・レワロも守られている。他だったら一〇〇年もしないで途絶えているわ。


「ここをどうしたいかは骸骨嬢とカーレント嬢とで決めろ。オレが口出すことじゃねー」


 たまに貸してもらえばオレはそれで充分だ。


「ただ、カーレント嬢がここに来やすいようにはしろ。とてもじゃないが、カーレント嬢にここまで来いってのは酷だ。距離もあるし、スライムもいるからよ」


 クリエイト・レワロ、広すぎだわ。


「では、ドレミを何体かもらえるでござるか? バンベルはもう男として固定しているゆえに分裂しても男になるでござるよ」


 超万能生命体は不思議だな。まあ、ここにいるの、不思議のしかいねーけどよ。あ、オレを抜かしてね。種としては常識内なんだからさ。


「ドレミ。カーレント嬢に回せるか? できれば骸骨嬢にも」


 たぶん、大元だろうドレミに尋ねた。


「はい。問題ありません。では、カーレント様にラシドを。キャロリーヌ様にファソラをつけさせていただきます」


 ラシドが緑髪の三つ編みで、ファソラがピンク髪のポニーテールか。ってか、なにも音階で決めなくてもイイだろうに。


「キャロリーヌ様。これよりファソラがお仕えさせていただきます」


 ファソラ隊(一〇人体制のようだ)が骸骨嬢に頭を下げた。


「はい。よろしくお願いしますね」


 まあ、仲良くやってちょうだいな。


  ◆◆◆988 素敵な進化


「……ミタレッティー、なにに進化したのかしら……?」


 数時間前まで七〇キロはあっただろう体が、今は五〇キロを切った体になっていた。


 滅茶苦茶だな、と思わなくはない。ダークエルフでもあんまりな現象(体質か?)だからな。だが、そんなもの生命の神秘の前では粗末な事象。気にするな、だ。


「久々に動いたからすっきりしました!」


「……それでいいんだ……」


 まあ、本人がそう言ってるのなら、なにに進化しようが知ったこっちゃない。ただ、メルヘンみたいにはならないでね。二人もいらないからさぁ……。


「ダークエルフって謎よね」


 その言葉をそっくりメルヘンに返したいです。


「んじゃ、観葉植物なんかをテキトーに置いてくれや」


「ベー様。観葉植物だけではこの臭いは消えないと思うので、脱臭剤を置いてはどうでしょうか」


 と、脱臭剤を出すミタさん。


 それを受け取り、いろんな角度から眺める。


 ……これって、トイレに置いたりするやつだよね……?


「どうする?」


 骸骨嬢を見る。


 まあ、オレは別に構わんが、骸骨嬢たち的にどうなのよ? 君ら、不浄(いや、腐嬢だけどさ)扱いされてるけど……。


「わたしは構いませんよ」


 住人がそう言うなら、それでお願いします。


 自分の無限鞄からなぜか電動ドライバーを出すミタさん。なにすんの、それで?


「壁に棚を作ってそこに置きます」


 あ、うん、そう。そんなことまでできるんですね、あなたって。もうメイドとかの域、出てるよね? いや、なにかに進化したから可能なのか? わかんねー!


 脚立を立て、器用に壁に穴を開けて棚を設置していく。もちろん、と言ってイイかわからんが、残像拳を見せながら、な……。


「マスター。わたしたちもお手伝いしたほうがよろしいでしょうか?」


 ドレミが背後に立ち、こそっと言ってきた。


「ミタさんに任せておけ。あの中に入るのは危険だしな」


 残像拳、あれはタダ速いために生まれる現象ではない。もう必殺技と言っても過言ではないくらい危険なものなのだ。


 前に一度、サプルの残像拳の中に入って吹き飛ばされたことがあるが、あれは自動車にぶつかったくらいの衝撃があった。


 五トンのものを持っても平気な体じゃなかったら確実に死んでいた。それでいてサプルはまったくの無傷ときやがった。


 たぶん、無意識に体を魔力で強化しているんだろう。あいつの魔力、ハンパねーからよ。


「そう言や、骸骨嬢。あんたが上にいくときってどうすんだい?」


 非常通路か? でも、天井(扉か?)まで結構高いし、タコでも届かんだろう。


「上ですか? これで上がりますよ」


 リビング島を指差した。これで? どうやってよ?


「こうです」


 と、視界ぶれた──ら、クリエイト・レワロにいた。いや、正解に言えばクリエイト・レワロの上空に……。


「……便利だな……」


「はい。では、戻しますね」


 と、また視界がぶれて狭間に現れた。


「よくわからんところだ」


 だが、クリエイト・レワロにいくにはここからのが近いか。


「ドレミ──ではなく、ファソラ。ここの維持とこの上の一帯を片付けておいてくれ」


「はい。お任せください」


 片膝をついて返事するファソラ隊。


 なんつーか、こいつら、武闘派っぽくね? まあ、なんでもイイけどよ。


「ミタさぁ~ん! まだかかりそうかい?」


 どれが本体なのかわからんので、とりあえず一番近いミタさんに声をかけた。


「もう少しで終わりまーす!」


 ってな宣言が後ろから返って来た。うおっ! こっちにもいたんかい!


「……ほんと、ミタレッティー、なにに進化したのかしら……?」


 たぶん、きっと、素敵ななにかにさ……。


  ◆◆◆


「こんなものでどうでしょうか?」


 劇的! ってほどではねーが、まあ、イイ感じにビフォーアフターされた骸骨嬢の寛ぎ空間(?)。どうでっしゃろ?


 と、骸骨嬢を見るが、骸骨なので表情はわかりません。気配からもわかりませんでした。ポーカーやったら負けそう。


「はい! とても素敵です!」


 どうやら気に入ったようです。よかったね。


「じゃあ、オレは帰るな」


 オレの役目、これにて終了。速やかに撤退させていただきます!


「もう帰るでござるか? もっとゆっくりしていって欲しいでござるよ」


 ここに来てゆっくりしたことなんかねーよ。


「あ、あの、ネズミやグラーニはどうしたら……」


「罠は創ってきた。ドレミ。捕獲隊を下水道に放て」


 分裂体の一つをネズミとタコの捕獲に当てることにしたのだ。もちろん、美味しくいただくために生きたまま、捕獲するがな。


「溜まったらブルーヴィに持って来てくれ。繁殖させるからよ」


「畏まりました。ミレファ隊を放ちます」


 赤髪のポニーテールなドレミがスカートの裾をつかんでお辞儀した。


 それは誰が設定したんだ?


「ベー様、まっすぐお帰りですか?」


「公爵どのに挨拶してから帰るよ。まっすぐ帰ったらうるさそうだからな」


 まあ、いるかどうかわからんが、夫人はいるだろう。なら、挨拶するのが筋ってもんだろう。いろいろ利用させてもらったしよ。


「では、あたしは先にブルーヴィへ先に戻ります」


 おや。ついて来るとは言わないんだ。どったの?


「皆に売店の開店を教えませんとなりませんから」


 売店? あ、ああ、あれね。ってか、そんなに望んでたんだ。どんだけ魅了されたのよ?


「そ、そうかい。なら、売店から取りかかるよ」


 なにか、無言の催促と言うか、プレッシャーを感じるからよ……。


「はい! では──」


 と、満面の笑顔で転移した。裏切ったら死ぬな、オレ。


「ドレミ。いろは。公爵どのの城にいくぞ」


 分裂体は君たちにお任せ。連れて来んなよ、邪魔になるからよ。あ、言うまでもないけど、一応、メルヘンは頭の上にいますとお知らせしておきます。


「ミミッチー、またね」


「ホー」


 ここで突き放す鬼畜なメルヘン。だが、今はそれを支持しよう。ご苦労であった。勝手に巣にお帰り。


 転移バッチ発動、公爵どのの城に──と、念じた瞬間、プリッつあんが強制離脱した。


 なに? と思う暇なく視界が真っ暗になり、転移した。


「──なんじゃ!?」


 なんか生暖かく、生臭いのに顔を包まれているぞ!!


「……ミミッチー、ついて来ちゃったのね……」


 プリッつあんの呆れ声とともに視界が開かれた。


「ホー! 置いてくの酷い! ミミッチー、仲間!」


 振り返ると、翼をバタバタさせるアホ梟がいた。


 沈着冷静に無限鞄からタオルを出してベタベタになった顔を拭く。


「最後に言うことはあるか?」


 今夜は焼き鳥といこうか。


 料理は下手だが、捌くのは結構上手いんだぜ、オレ。


 よく切れる包丁を取り出し、曇りがないかを確かめる。うむ。今宵の花鳥風月は一味違うぜよ。


「ホー! ベーがミミッチーを殺そうとしてるよ!」


 大丈夫。オレが美味しく優しく丁寧に殺してやるからよ。


「落ち着きなさい。ミモナ梟は美味しくないから。まだゴブリンのほうが美味しいわ」


 そんなことおっしゃるメルヘンにドン引きです。つーか、メルヘンはゴブリンも食うのかよ! それはどんな残酷お伽噺だよ!!


「でも、ミミッチーは別の楽園育ちだし、美味しいかもね? わたしがいたところミモナ梟はゴブリンばかり食べてたから不味くて、そのゴブリンすら食べなかったしね」


 なんだろう。このメルヘンが弱肉強食な世界の頂点に立っているように思えるのは? こいつ、マジヤベー生き物なんじゃね?


「ミミッチー、プリッシュ様の忠実な下僕、なんなりとお命じください」


 メルヘンにもドン引きだが、このアホ梟にもドン引きだよ。どんだけ手のひら返しが上手いんだよ!


「んじゃ、ミミッチーはプリッつあん担当な」


 食い物もプリッつあんに任せるわ。しっかり飼いなさいよ。


 最初から面倒見る気はないが、プリッつあんの下僕ならオレは一切ノータッチ。飢えようが病気になろうが知らんわと、意識を切り替えた。


「夜なのに灯りつけてんだな」


 貴族は豪勢だな。夜まで明るくさせてんだからよ──と思ったが、さすがにそれはないか。たぶん、オレがいつ帰って来てもイイようにしてんだろう。


 時刻は八時過ぎと、田舎ならとっくに寝ている時間だが、貴族はまだ寝るには早い時間だ。しかし、バイブラストがそれに当て嵌めるかはわからない。働き者な夫人ばっかりだからな。


 まあ、寝ているならそれで構わんし、城ってのは二四時間体制。誰かは起きてんだろうと、呼び鈴を鳴らしてみた。


 と、扉の向こうで待っていたかのように、二秒後に扉が叩かれ、失礼しますとお世話さんが入って来た。


「夜遅くワリーな」


「いえ、これもわたしの役目。ご遠慮なさらずお呼びください」


 その仕事に対する姿勢は尊敬できるが、その生き様は真似したくないな。自由気ままなオレ、サイコー!


「公爵どのか夫人が起きてたらオレが帰って来たことを伝えてくれ。寝てたらこのまま帰るわ」


 急用もないし、話ならまたあとでも大丈夫だろうしな。


「すぐに呼んで参ります。少々お待ちくださいませ」


 無理しなくても、と言うだけ無駄なので待つことにした。クリエイト・レワロで時間が狂ったからまだ眠くない。あと六時間は戦えるぜ!


 ……でも、帰ったら規則正しい時間に戻さないとな。オレ、まだ子どもだしよ……。

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