第34話 不死人

 オレ、ここから生きて帰れたら超最高なスローライフするんだ。


 死亡確定の旗をこれでもかってくらい振り回している自覚はある。だが、この状況ではそう思わないとやってられねーんだよ! 


 なにこれ? なんなのよこれ? リッチに骸骨に……なんかが楽しそうにおしゃべりする状況は? 地獄か? いや、まだ地獄のほうがマシだわ! 針山地獄でスローライフしちゃうわ!


 ……ううぅ。お家に帰りたいよぉ~……。


「そう言えばマリナリアって、ハイエルフなの? 前にうちに来たハイエルフさんっぽいけど」


「生前はハイエルフでしたよ。死んだらリッチになっちゃいましたけど」


 ふふと笑う白いエルフさん。そこまで爽やかに笑えるあんたを心底否定したいよ。


「じゃあ、今はなんなの?」


「ん~。なんでしょうね? 受肉して元の姿には戻りましたが、ハイエルフとしての力はなくなりましたから」


 白いエルフから謎の存在さんに昇格。いや、降格か? エリナといる時点で世界の癌だしな。


「そうでござるな。さしずめ不死人でござらぬか? 心臓止まってるでござるから」


「まあ、マリ、心臓止まってたの! 凄いじゃない!」


 心臓すらねー骸骨に驚かれる不死人。目くそ鼻くそな話に大笑い声してー!


「それはベー様の力を受けてるからだと思うわ。心臓は動いてなくても魂から力が湧き出てくるから」


 そこでオレのせいにしないでください。神とか奇跡とかで済ませてもらえると助かります。


「じゃあ、ベーみたいな力が使えるの?」


「いえ。あのような凄まじい力など使えません。精々、癒しの力を使える程度ですわ」


 癒す? 不死人が? 呪うの間違いじゃね?


「傷とか治しちゃう系の癒しってこと?」


「はい。生まれ変わったら人を癒す回復師になりたいと願ったら授かりました」


 誰に? と問うのもバカらしいか。こちらの神(?)がなんかしたんだろうよ。


 ……よくわからない現象は神がした理論です……。


「つまり、お医者さんってこと?」


「お医者さん、とはなんですか?」


 なに? とばかりにオレを見るメルヘン。オレに振らないで!


「怪我や病気を治す者のことを医者と申すでござる。この世界、回復師が少ないでござるからきっと人気になるでござるな」


 不死人が医者。どうなんだろう~?


 まあ、職業選択の自由はある、と思う。成りたいのなら好きにすればイイんじよねーの。まあ、もしオレが怪我したり病気になったらサラニラに診てもうけどな。


「それは素晴らしい職業です。わたし、医者になりたいです。医者になって多くの殿方を癒したいですわ!」


 スルー拳、マックス! この命尽きようとも負けるものか!


 おっ、クソ! やるな! だが負けん! そんな攻撃に屈するオレと思うなぁーっ!


「ヴィどのが変な笑みを浮かべてるござるが、どうしたでござろう?」


「また脳内茶番劇をしてるんじゃない。楽しそうだし放っておきなさい」


 ハイ、放っておいてください。


「医者になるのはいいけど、不死人がやるとなると問題じゃない? ヤオヨロズでやるの?」


 やるんなら場所を教えてね。近づかないようにするからさ。


「いえ、アリュアーナで行いたいと思います。あそこはわたしの故郷ですから」


「アリュアーナって、あの地竜の背にある都市よね? 誰も来ないでしょう、あんなところ」


 できれば誰も来ない地でやってください。あそこ、別荘にするんで。


「いえ。今はたくさんの方がいらっしゃいますよ。それに、元々アリュアーナは回復師の聖地。地竜の魔力は癒しの力になるんです」


 確かに竜の魔力は治癒力を増幅させると先生に聞いたことがある。


「竜って本当にいるんですか。凄いですね~」


 竜と骸骨、どちらが凄いかと言ったら確かに竜だが、珍しいと言ったら骸骨嬢だろう。こんなのが百も千もいたら勇者を支援して滅ぼしてもらうわ!


「外にはいろんな生き物がいておもしろいでござるよ」


 引きこもりのお前が言うな。


「キャロはここから出られないの?」


「はい。ここに縛られてますから。だからこうしてお客様が来てくれるのが本当に嬉しいですわ」


「なので、ヴィどのに転移扉を創ってもらったでござる。確か、ヴィどののところとも繋がっているからいつでも遊びに来てくだされ、プリどの」


「そうなの?」


 不本意ではあるが、箱庭にはこれからもお邪魔したいし、黒羽妖精どのもたまには帰りたいと言うから、ここに転移扉を設置したのだ。


 ……なぜか、ここの箱庭だけ中に設置できないのだ。クソ……。


「来るのはいいけど、この臭いどうにかならない? って言うか、あなたたちは気にならないの?」


「臭いでござるか? 拙者、この肉体は仮初めなので嗅覚はないでござる」



「骸骨なので臭いは気になりませんわ」


「わたし、不死人なので五感はないです」


 じゃあ、なにで感じてんだよって話は、各々の想像力に任せます。


「なら、綺麗にしても問題ないわね?」


「はい。構いませんよ」


 骸骨嬢の承諾に、なぜかメルヘンさんがオレを見ました。


「ベー。よろしく」


 なにを!?


  ◆◆◆


「だって、掃除の仕事をするんでしょう。なら、ベーがやってよ」


 いや、そうだけど、なんでここをやらなくちゃならんのよ? エリナの配下にやらせろや。



「わたしも遊びに来るんだからそのくらいやってよ」


 その言葉の中になに一つ、オレがやる理由はねーが、箱庭はまたお邪魔させてもらう都合はある。薬になる材料が一ヶ所で住むのは薬師としてありがたいからな。


 なので、やるこはやぶさかではないが、誰一人手伝わないのはなぜ? 


「そう言う泥臭いのはベーの領分でしょう」


 メルヘンからのありがたい一言。嬉しくて涙が出るぜ。


 ……まあ、悔し涙ですけどね……。


「マスター。よろしければわたしがやります」


 ドレミ本隊がデッキブラシを片手に申し出てくれるが、メルヘンからの挑発に負けていたら宿主──ではなく、大家としての沽券にかかわる。あ、なんのとか訊いちゃダメね。


「いや、オレがやる。が、手伝いはしてくれ」


 さすがに一人では無理だ。ここ、広すぎるわ。


「畏まりました」


「まずは、下水が流れて来るところを塞き止めねーとな」


 つーか、なんでここに下水が流れて来るんだよ? 上と下を繋ぐところだろうによ。


「微かに流れがあるから上流下流はあるはずだ」


 空飛ぶ結界を創り出し、上流下流を探す……までもなく、最初、オレらが来た通路が上流だった。


 そちらに移動し、下水が入って来る水路を見渡す。


「これと言った仕掛けはなし。貯水槽的なところか?」


 と行ってみると、水を流す切り替え装置があった。でも、なんのためにあるかはわからなかった。


「なぜ、あそこに下水を流す?」


 考えてもわからんし、まずは装置を切り替えて水が入って来ないようにするか。


「ハンドルとか歯車とか無駄に精巧にできてやがんな」


 閉め方向に回すと、上から塞き止めの板が降りて来た。


 やっとこさ板が降りて、水が塞き止められた。ふぅ~。


 通路にあった水が引くのを待つのもメンドクセーので結界で押し出してやる。


 で、三〇分くらいで水が引けた。こんなものか。


「あ、念のために塞いでおくか」


 誰も来ないだろうとは思うが、絶対はない。用心に越しておくことはないだろう。あらよっと。


「ん~。やっぱりヘドロが溜まってんな」


 結界灯を創り、下水路を眺める。


 水の流れが弱いから溜まるのだろうが、生活排水も加わり、さらにヘドロが溜まるのだろう。結界で身を守ってなければ余りの悪臭に気絶しているところだろうよ。


「よし! やったるか」


 無限鞄からクリエイト・レワロで創った超強力吸引具、ブラックホール一号を取り出した。


 結界と伸縮能力で容量は無限──とはいかないがダンプカー十台分は余裕だぜ。満杯になっても結界袋に詰められているので取り出しは簡単。廃棄場に持ってって結界を解除すればイイだけ。子どもでもできることだ。


 ただ、ブラックホール一号の吸引力はデタラメにはしてないので、すべてが綺麗に吸われることはない。土台まで壊したら本末転倒だし、簡単にして仕事を減らすでは働き口を作る意味がなくなる。


「ドレミ。残ったのは掃いて集めてくれ」


 箒と塵取りを出そうとしたら、マイ箒とマイ塵取りがあるようで、十数人のドレミが箒と塵取りを手にしていた。


 あ、一輪車も自前ですか。用意がよろしいようで……。


「うん、まあ、よろしく頼むわ」


「はい、お任せください」


 ドレミさんたちが頷き、下水路を掃き始めた。


 てきぱきと動くドレミ本隊。こりゃ、急がんと追いつかれるな。


 ブラックホール一号を構え直し、ヘドロを吸引していく。


 途中、金属辺や石があるが、吸引口には結界で粉砕してるので問題なし。ふんふんと鼻歌を歌いながら下水路を進み、一時間もしないで八〇メートルくらの下水路の掃除を終わらせた。


「ブラックホール一号、イイ感じ」


 あと、一〇台くらい創ってもイイかもな。


「もう終わったの?」


 手伝いもしねーメルヘンがこちらへと飛んで来た。


「暇ならミタさんのところに行って、カイナーズホームから観葉植物とか買ってくるよう伝えてくれ。植物があるなら見た目もイイし、臭いも浄化してくれんだろう」


 それだけじゃ間に合わないだろうから浄化の結界も施しておくがよ。


「へー。それはいい考えね。ついでだからアロマキャンドルを船に浮かべるのも素敵ね。うん、任せて」


 なにやらメルヘンさんのやる気スイッチがオンされたようで、転移バッチを発動。ミタさんのところに転移していった。


 ……そのやる気を掃除のほうに向けて欲しかった……。


 まあ、イイ。さっさと掃除するか。


「ってか、タコどもが邪魔だな。お前らどっかいってろよ」


 オレンジ色の小ダコにデカいタコがうじゃうじゃと。ルンタに食わすぞ、


「骸骨嬢! こいつらどっかに下がらせろや。邪魔だわ」


 下がらねーなら吸い込むぞ。


「そう言われましてもここ以外にいくところはありませんので……」


 隠し部屋的なところもねーのかよ。使えねーところだな、ここは。


「ヴィどの。拙者、いいものを持ってるでござるよ」


 と、エリナが両手で抱えるくらいの水槽を、どこからか


出現させた。お前の能力もよーわからんな。


「プリどのの力でこれに入れてはどうでござろうか?」


 金魚の水槽掃除か! とか突っ込みたいが、まあ、やってることはそれだ。結界で小ダコどもを掬い、小さくして水槽に放った。


「デカいの、逃げんな」


 掬おうとしたら回避され、壁のほうに逃げてしまった。


「ごめんなさい。パリアンヌ、臆病な子なんで」


 そいつ、災害級のヤツじゃなかったっけ? なに今さら臆病設定を出してんだよ。茹でタコにすんぞ!


「まあ、よいではござらぬか。賢いようでござるから言えば退けてくれるでござるよ」


 勝手にしろ。退けなかったら吸い込むからな。


 ため息一つ吐いて、掃除を再開させた。

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