第25話 ホー
「──っ!?」
公爵どののからかいを受け流してたら、突然、肌が粟立った。
「どうした?」
「……空気が、変わった……」
なんだ今の? まるで無音の世界に入ったかのような感じだぞ。
「……なにも感じんが……?」
お前らはどうだと長官たちに目を向けるが、三人ともまったく感じなかったようだ。
先頭はもちろん公爵どの。二番手はオレ。その後ろに長官と課長が横に並び、夫人二人、カーレント嬢たち、そして最後尾に班長だ。
プリッつあんはだと? オレの真上を飛んでるよ。天井まで五メートルくらいあるからな。
「ここが境界線か」
下を見れば床が今まで通り朽ちているが、石畳みからコンクリートのようなものに変わっていた。
「……不思議な材質使ってんな……」
土魔法が反応しないところを見ると、樹脂系かなんかだろう。石畳みと風化の仕方が違った。
「公爵どの以外、誰も通ったことねーのか?」
「ルディ──息子には教えてある。万が一に備えてな」
公爵どのがぽっくり死んだらバイブラストの命運もそこで終わるだろう。賢い決断だ。
「つまり、バイブラストの血縁者は平気ってことか
「なにか害があるのか?」
「いや、害はない、と思う。カーレント嬢だけ進んでもらえるか?」
その場から動かず、カーレント嬢にお願いする。
「は、はい。わかりました。皆さんはここにいてくださいね」
お友達にそう注意し、カーレント嬢がオレの横を通りすぎた。
「なんともないか?」
「え、ええ。なにも感じませんでした」
バイブラストの血縁者はオッケーってことか。
「プリッつあんは、なんか感じるか?」
真上にいるのだから境界線は越えたはずだ。
「別になんともないわよ。ただ、ちょっと空気が濃くなった感じはするけど」
酸素濃度でも上がったのか? それとも気圧か? 魔力うんぬんではねーのは確かだが……。
「プリッつあん。プリッつあんだけ進んでみろ」
「嫌よ。なんかあったらどうするのよ」
なんかあるかを確かめるために進ませんだろうが。身も心もカナリアになりやがれ。
「では、わたしが進みます」
と、課長が止める間もなくオレの横を通りすぎて、膝から崩れ落ちてしまった。
「サナリック様!?」
助けようとする班長を結界で制止させる。ミイラ取りがミイラになるわ。
「公爵どの。頼む」
「あ、ああ、わかった」
まったく動かない課長を抱え、オレの背後へと運び、二メートル離れたところに寝かした。
「生きてるか?」
「ああ。気を失っているだけだ。命に別状はない」
そりゃなにより。だが、厄介なのがありやがんな。
「ベー。もしかしてお前、動けないのか?」
「ああ。泥に嵌まったように動けねーわ。上半身は辛うじて動くんだかな。なんかの結界か、これ?」
オレの結界がまったく効かねー。もう人外級の力だぞ。
「魔力はまったく感じない。となれば別の力に寄るものか、防衛用のなにかか、先はバイブラストの血縁者だけで進んで鍵を開けろ。もしかしたら鍵を解除することでこの不可思議現象が解けるかもしれんからよ」
バイブラストを救うと石碑に刻んだからには通れないってことはないはずだ。なら、これは立ち入り禁止的なもの。きっと解く手段はあるはずだ。
……まあ、鍵を解除したら解かれるかは賭けだがよ……。
「わ、わかった。やってみよう。いくぞ、カーレ」
「はい、お父様」
二人が先に進んでいった。
「よし、プリッつあん。いけ!」
「わかったわ! とでも言うと思ったかアホー!」
「そんなノリ突っ込みなんていらんわ! ボケー!」
なんて和気藹々で場を和まそうとするが、あまり和んではいなさそうだ。
なんの会話もなく十分のときが流れる。一生このまま!? とかマジで不安になりかけた頃、泥に嵌まったような感覚が消え去った。
「マジでそんな感じだったか!!」
自分で言っててびっくり。防衛としてそれでイイのか?
まあ、なくなったのならそれでイイ。今は次なる一歩だ。
「……進めるな……」
さっきのがウソのようになんら抵抗も空気の違いも感じられなかった。
「まずはプリッつあん。来い」
嫌だと言ったら共存関係、今日で終わらすぞ、ゴラァ!
わかった~と軽い返事とともにプリッシュ号を再発進。やはりなんの抵抗めなくオレのところまで来た。
「順次、一人ずつ来い。夫人らは最後だ。なにかあったら絶対に来るな。あ、班長も残れ。用心のために」
いや、こちらから助けにいったほうが早いか? まあ、それでいこう。
まず、長官が来て、カーレント嬢のお友達。第三夫人、第二夫人と無事に来れた。課長は脱落。そこで休んでてくださいな。
今度はオレを先頭を進む。ちなみに、プリッつあんは二番手です。クソ。オレをカナリアにしやがって……。
一〇〇メートルほど進むと、広大な空間に出た。
「……いつの間にか異空間に入ってたみたいだな……」
ウ○トラマンが怪獣と余裕で戦える空間なんてまずあり得ねーだろうが。
「ベー。あそこに二人がいるよ」
横に出て来たプリッつあんが、前方を指差した。
見れば二人が小屋くらいドーム型の建造物の前で立ち尽くしていた。あそこもさっきと同じなのか!?
「皆はここにいろ。ドレミ、これをつかんでろ。もし、オレまで動けなくなったら引っ張れ!」
結界ロープの先をドレミに渡し、二人のもとへと駆け出した。
「公爵どの! カーレント嬢! 無事か!?」
先ほどの結界らしきものはなし。なんなく二人のもとへ到達。二人を揺さぶると、なんの抵抗もなく揺さぶられた。
「どうした? なにがあった?」
公爵どのの腕が上がり、なにかを指差した。
なんだよと指差す方向を追うと、ドームの中に灰色のなにかがいた。
「ホー」
と、灰色のなにかが鳴いた。
「ホケキョ」
「ウグイスかっ!」
灰色のなにかの鳴き声に思わず突っ込んでしまった。
いやいやいやあや、見た目、完全に梟だよね? いや、サイズは完全に梟じゃないけど、これが梟じゃなければなんなんだよ!!
「いえ、梟ですがなにか?」
「しゃべれんのかいっ!」
なんなんだ、このボケ担当みたい梟は!? オレは幻聴と幻覚に襲われてんのか?
「梟だからしゃべれる」
「理由にもなってなければ説明にもなってねーわ! 梟はホーとしか鳴かねーわ!」
「なんの固定観念? 梟はもっと綺麗に鳴ける。ラララァ~」
いや、あんた、最初、ホーって鳴いたよね? いや、ホケキョとも鳴いたけどさ。つーか、それは歌ってんだよ!
「……ほんと、なんなのよお前は……」
カバ子に次ぐ衝撃だよ! ビッグバーン級だよ!
なんなの、この世界の生き物は? もっと真っ当に進化しろよ。もっと有効に進化しろよ。生命はもっと素晴らしいものじゃなかったのかよ。畜生がっ!
「感情の激しい人」
それをしゃべる梟に淡々と言われたくないわ。
「……クソ。箱庭で慣れたと思ったのに、バイブラストはどんだけ狂ってんだよ……」
「いや、梟相手にそれだけ突っ込めるあなたのほうが相当狂ってると思いますが」
「そんな冷静な指摘なんていらねーんだよ! なんなんだよ、お前? なんなんだよ……」
「ただの梟ですがなにか?」
渾身の力で床を殴りつけた。この思い、星の反対側まで届け!
「ちょっと、どうしたのよ? なにがあったの?」
「わたしにはなにがなんだか……」
「デカっ!! って、ミモナ梟じゃない。こっちのほうまで飛んで来たのね」
「プ、プリッシュ。知っているのか、これを?」
「こんな大きいのは初めて見たけど、わたしがいたところにはたくさんいて、いいおしゃべり相手だったわ」
なにやら納得いかないことを口にする某箱庭出身のメルヘンさん。
「おや。他にも同胞はいましたか。それは朗報です」
「あ、わたし、プリッシュ。よろしくね」
「わたし、ミミッチー。よろしく」
「ミミッチーか。いい名ね」
オレには悪意しか感じねー名前なんですけど。誰だよ、そんな名前をつけたアホはよ!
「ミミッチーは、ここでなにしてるの?」
話を進めてくれるのはありがたいが、オレのこのやるせない気持ちはどうしたらイイの? 星、砕いちゃうよ、オレ。
「番人」
人じゃなく梟な。
「ここに? 狭くない?」
「いえ、普段は外にいますよ。こんなところにいたら気が狂っちゃいますって」
おい。番人設定はどこいった? 九割九分、職場放棄じゃねーかよ!
「誰か来たときはどうするの? 外から来るだけでも大変じゃない」
「まあ、ここ数百年誰も来ない。外にいるのでなにかあったらわかる。あと、出かけるときはバイブラストの者以外の者は入れないよう結界を張るから大丈夫」
防御用じゃなく完全無敵に私的な理由からかぁ~い!
「ミミッチーってなんのためにいるのよ? 別にいなくてもいいんじゃないの」
完全否定かよ。いや、オレも完全同意だけどよ。
「昔の盟約で縛られてる。でも、それも今日でお仕舞い」
どこをどう縛られているか謎だが、盟約はちゃんと守ってはいるようだ。
「はぁ~」
へっこんだ床から立ち上がり、深いため息を吐いて現実に目を向けることにする。
「あら、復活したようね」
ハイ。完全復活しました。間を取り持っていただきありがとうございます。
「このカーレント嬢がここを引き継ぐ。以上、終わりです。さようなら!」
自分でもアッパレと思うくらいのお辞儀をして回れ右。さあ、帰るべ~。
「勝手に終わってんじゃねーよ! 最後まで責任持ちやがれ!」
なぜかハリセンで殴られた。なんで持ってんだよ!
「オレはプリッシュからもらった」
「わたしはカイナのおじさまからもらいました」
そんな綺麗な流れなんていらねーんだよ! クソ! 帰ったらカイナに流しちゃる!
「もうイイじゃん。オレ必要ないじゃん。バイブラストのことはバイブラストでなんとかしろよ。梟と決めろよ」
そもそも、オレはここを見に来ただけじゃん。口出す権利も義務もないじゃん。
「その間に立てよ。お前らと違ってこっちは普通に生きてんだぞ!」
「オレだって普通に生きてるわ!」
「ふざけんな! 普通に謝りやがれ!」
なんで激怒されて完全否定されんだよ。いや、反論できねー自分はいるがよ……。
「クソ。ミミッチー。カーレント嬢がここに住むことに問題ねーんだよな?」
「バイブラストの血縁者に与えられた場所。ミミッチーには断る権限はない。ただ、ミミッチーはもう盟約を切る。次が来るまでの盟約だったし。もし次、ここを空けるときはカーレントが盟約者を見つけて」
「盟約者になんか条件とかあんのか?」
「これと言ったものはないよ。ここを継ぐ者が認めた者なら」
案外緩いんだな。いや、厳しいか。下手したら何百年もここに縛りつけるんだからよ。
「ちなみに、ミミッチーはなんで引き受けたんだ?」
「暖かい寝床と美味しいエサをくれるって言われたから引き受けた」
やっすい理由……でもねーか。大自然で生きてたら。
「それを捨ててもイイのか?」
「もうエサは自分で獲れるし、寒さ暑さに強くなったから大丈夫。それに、いろんな世界を見てみたい」
何年生きたか知らんが、そう思うくらいにはここに縛りつけられていたようだ。
「カーレント嬢。それでイイな?」
「はい。バイブラストの女として、この命尽きるまで──いえ、全力で次の者へここを繋げます」
カーレント嬢にそこまで言わせる理由は……知りたくもねーが、バイブラストの女と言うだけはある。ほんと、バイブラストの血は色あせねーぜ。
◆◆◆
「それじゃ、引き継ぎするね」
と、ミミッチーがドーム状の建物から出て来た。意外とスムーズな歩行するんだな……。
「なんでそこまでデカいんだよ?」
ドーム状の建物に入ってたから二メートルくらいかと思ったら、三メートル以上のデカさがあった。
「つーか、梟として生きていけんの?」
ファンタジーな世界。ミミッチー以上の鳥はたくさんいるが、この体型で飛べんのか? この雪ダルマ体型で?
「大丈夫。もう歳だから肉を食べることは少なくなった。木の実や魚を食べる」
梟の生態など知らんから、ミミッチーの言ってることが正しいかはわからんが、ここまでデカくなってんだから大丈夫なんだろうよ。
「ミミッチーって飛べるの?」
プリッつあんからの質問です。
「飛べる。ほら」
と、ミミッチーが翼を広げ、音もなく飛び立った。え、航空力学とか無視してね?
音がないのはまだ納得できるとして、風が起こらないってどう言うわけよ? ってか、羽ばたきもしなかったよね?
「はぁ~、飛べるんだ。ミモナ梟は飛べないのが多いのに」
え? 飛べない梟なの? なんでよ?
「ミモナ梟は、飛ぶと言うより跳ねる鳥なの。わたしのいたところのミモナ梟は、空中を蹴ってたわよ」
それ、もう生き物としてのカテゴリーから外れてんじゃね?
「あの大きさで、あの速さなら飛竜でも食べちゃうかもね。トカゲとかネズミとかが好物だから」
「さすがに飛竜は食わんだろう」
梟としてはビッグだが、飛竜はさらにデカい。逆に食べられんだろう。
「ミモナ梟を侮っちゃダメよ。音のない音を出して自分より大きいのだって食べちゃうんだから」
なんかマジヤベー生き物らしいです。
「ふぅ~。疲れた」
大空間を一っ飛びしたミミッチーが降りて来て、しんどいとばかりに息をついた。
「いや、久しぶりに飛んだから喉乾いちゃった。なんか飲み物ない?」
「ってか、なに飲むんだ?」
生き血か?
「冷たいものが飲みたい」
と言うので冷えたペプ○缶を出してみる。試しな感じで。
「なにそれ? どこから飲むの?」
蓋を外してミミッチーに差し出した。
さあ、どうする? と見てると、翼を広げ、器用に翼で缶をつかみ、嘴で缶を噛んだ。
ベコ! とばかりに缶が潰れた。え? もしかして吸い込んだのか……?
「美味しいね。もっとある?」
「あ、ああ。好きなだけ飲めや」
無限鞄からペ○シを出して床に並べた。
翼を器用に使い、蓋を開けて一気吸い。よくゲップとか出さずに連続で飲めるよな……。
「……あ、あの、引き継ぎは……」
おっと。そうだった。つい、ミミッチーの生態確認に夢中になっちまったわ。
「ミミッチー。どうぞ」
オレは関係ないのでマンダ○タイムといかせてもらいます。
その場にテーブルと椅子を出してコーヒーをいただいた。あ、ちょっと小腹が空いた。ミタさん……はいねーんだった。なんかねーかな? あ、ハンバーガーでイイや。モシャモシャゴックン。あー旨い。
さっきの足止めで結界術を全開にしたせいか、味の濃さが気にならない。これならもう一個……はさすがに胸焼けするな。ごちそうさま。
半分以上残ったハンバーガーをテーブルに置いたら消えてしまった。え?
「美味しいね、これ」
は? と顔を上げたらミミッチーがいた。なんで?
「ダメよ。ミモナ梟の前で食べちゃ。すぐ人のもの獲っちゃうんだから」
そこは獣なのな。つーか、そんな濃い味のもの食って大丈夫なのか? いや、炭酸飲んでるけどよ。
「ミモナ梟の胃は強いから大丈夫よ。毒を持つ魚だって食べちゃうしね」
悪食な生き物だな。まあ、猫も同じもの食ってるがよ。
「もっとない?」
「さっき、肉がどうこう言ってなかったっけ?」
「硬いのが嫌いなだけ。柔らかいなら食べる」
たんにメンドクセーからかよ。子どもか!
「あ、あの、引き継ぎ……」
カーレント嬢がスゲー困った顔をしていた。
「ちょっと待て。こいつの腹を満たしてからだ。じゃないと話が進まんわ」
自由な獣になにを言っても無駄。まずは腹を満たしてから従わせるのが獣との付き合い方だ。
ハンバーガーを出してやると、包み紙を器用に外して次から次へと口の中に放り込んでいくミミッチー。丸飲みか?
「カーレント嬢も公爵どのたちも一旦休憩しろ。先は長そうだしよ」
全員分の椅子を出してやり、茶と菓子を出してやった。
「まあ、急がば回れ。事を急ぐな、だ」
これも獣との付き合い方の一つさ。
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