第64話 珍獣島

 あー食った食った。腹いっぱい。


「んじゃ、帰るか」


 よっこらしょと立ち上がったら、姉御が呆れた顔を見せた。なによ?


「ほんと、君は本筋を清々しいまでに忘れるわよね。なにかしにここに来たんじゃなかったの?」


 なにしに? あれ? なんだっけ? 誰か突っ込みカモーン!


「ほら、プリッシュ。ベーが待ってるわよ」


 桃味のフ○ーチェを食べるメルヘンさんを促す姉御。え、なにそれ?


「もー! 世話がやけるんだから! ウパ子を放ちに来たんでしょう! 忘れないでよね」


「だ、そうよ。思い出した?」


 それ以前にオレに対する姉御の対応にショックなんですけどっ!


「……はい、思い出しました……」


「じゃあ、さっさとやってきなさい」


「……はい……」


 なんか、母親から拾ってきた猫をもとの場所に戻してきなさい的な感じでいっぱいだが、とりあえず素直に従うことにした。


 店を出て海へと続く階段を降りてると、プリッつあんが頭にパイル○ーオンして来た。フルー○ェはイイのか?


「なんか存在の危険を感じたから」


 はん? なに言ってんだ、このメルヘンは?


 なんやねん? と思いながら階段を降りたら、小麦色の肌を持つメルヘンがいた。


「あ、ベーだ。なにしてるの?」


「そっちこそなにしてんだ、みっちょん?」


「みっちょん? 誰よ、それ?」


 ちょっと、髪引っ張んないで。抜けるって! あと、爪先で頭突かないでください。痛いよ!


「わたしは、ミッチェルよ。ベーはみっちょんって呼んでるけどね。あなたがプリッつあん?」


「プリッシュよ」


 なにやら威嚇するプリッつあん。そして、フフンと笑うみっちょん。なにこれ?


「どう言うことよ? 誰よ、こいつ!」


 あらやだ。メルヘンがこいつ、ですってよ。野蛮ですわ~。


「黒羽妖精だよ。フュワール・レワロ、天の森で暮らしてたヤツの一人だよ」


 天の森からブルーヴィに移ったのは二〇数人。と言うか、黒羽妖精がそれしかいず、すべてがここに移ったのだ。


「ってか、みっちょんがいるってことは、あいつもいるのか?」


 辺りを見回し、考えるな、感じろを発動する。が、ひっかかるものはなし。だが、ひっかからないのがあいつである。油断するな、オレ!


「アリュエならいないわよ。相変わらずアリュエが苦手なのね、ベーって」


 苦手と言うかなんと言うか、どう接してイイかわかんねーんだよ。なに考えてるかわからんし。


「それはベーが考えるのを拒否してるだけでしょう。アリュエ、いい子よ」


 知らんがな。アレはメルヘンより謎の生命体だわ。


「まあ、いいわ。ゆっくり仲良くなれはいいんだしね」


 フフと笑うみっちょん。こいつは苦手だ。


「ちょっとあなた、ベーに馴れ馴れしくない?」


 君が言っちゃダメなような気がしないではないが、前に出てくれたのは頼もしいです。ガンバれ、プリッつあん!


「仲がいいのね。プリッシュとベーは」


 意味ありげな笑みで挑発している。


「だったらなによ? あなたには関係ないでしょう」


「フフ。そうとも限らないわよ。もしかしたら関係ある仲になるかもしれないしね」


 そんなことならないよう願いたいです。


「まあ、今日は里帰りだし、これでさようならね」


 そう言うと、海のほうへと飛んでいき、たぶん、仲間たちと合流するのだろう。黒羽妖精は夜の空を飛ぶのが好きって種族だから。


「なんなの、あいつ?」


 どうやら気が合わないようで、プンプン怒っていた。


 みっちょん、苦手ではあるが嫌いではない。あれでいて話はわかるし、空気も読める。とても隔絶した世界にいたとは思えないくらい人間味があるのだ。


「あれは黒羽妖精の中でも特殊な存在だ、気にすんな」


 特殊だからか、あの不気味ガールとは気が合っていたっけ。


「……オレにはプリッつあんが合ってるな……」


 未だに理解できないメルヘンだが、みっちょんだったらこんなアホな関係になってなかっただろうし、気ままでもいられなかっただろうな。


 会うべくして会った仲。フッ。埒もない考えか。人生、なるようになったらこうなっただけ。もしもなんかねー。


「わたしもベーが合ってるわ」


「そりゃどうも」


 肩を竦め、結界を敷いて海へと歩き出した。


   ◆◆◆


 このフュワール・レワロ──箱庭は、他の箱庭シリーズ(?)とは違い、まさに箱庭と言ったレベルで、中は小さい創りとなっている。


 だからと言って性能は他のと変わらず、ちゃんと循環と環境が整っている。


 まあ、説明書を読んだていどの知識しかないが、命を繋ぐようにはできているのは理解できた。


 収納鞄から小さくさせたコンテナを取り出し、元のサイズに戻した。


 中が漏れないようにしてるだけなので、コンテナは海へと沈んでいった。


「潜るぞ」


 そう断って海の中へと沈んでいく。


「魚、いたのね」


「まったくいないのもなんだからな、何種類かは放流してみた」


 バリエの系譜だろう魚やウツボっぽいもの、とりあえず見た目から食えそうなのを選んだのだ。


「そんなに放流はしてねーのに、数が増えてんな」


 魚影ができるほど、ではないが、視界に入るていどには魚が見て取れた。


 コンテナが底につき、扉を開いて島で捕まえたイワシっぽい魚を放った。


「ん? なんか少なくね?」


 結構大量に捕まえた記憶があるんだが、その半分以下に減っているような感じだ。


 なぜじゃ? とコンテナの中を覗くと、三〇センチくらいのイカが数匹泳いでいた。


「クラーケンの子かな?」


 イカの区別はできんので正体はわからんが、ウパ子が好きなヤツだし構わんか。多いに増えろ、だ。


 クラーケンの子をコンテナから追い出し、コンテナを小さくして無限鞄のほうに仕舞った。


 しばらく海の中を散歩し、陸へと上がった。


「ん? 朝日か?」


 水平線の向こうが明るくなっていた。


「なにか体の感覚がおかしくなりそうね。まだお昼過ぎくらいなのに」


「だな。やっぱりボブラ時間に合わせるか」


 管理者登録はオレにしてあるので、変えるのは簡単だが、いきなりでは住んでやるヤツらが戸惑うから、皆が起きてる時間に変えるとしよう。


「ここ、浜辺はないの?」


「ないな。そう言う箱庭は捨てたからよ」


「なんで? 砂浜があったほうがいいじゃない」


「この箱庭を選んだのはオレが健やかに、そして、静かに過ごすために選んだんだよ」


 だからこの殺風景な箱庭に決めたのだ。まさか鉱山の箱庭とは知らなんだったがな。


「完全にリゾート化されてるわよ」


「……ま、まあ、少々は賑やかでないとね……」


 世捨て人じゃないんだし、活気があったほうが人は健全に生きられるってもんさ。


珍獣島ちんじゅうとうにならなければいいわね」


 もうなってるよ! とか幻聴が聞こえたが、幻聴なのでサラリとサラサラ気にしなぁ~い、だ。


「ウパ子、出て来い」


 内ポケットをツンツンしてウパ子を呼び出す。


「なぁーに?」


「ほれ、今日からお前が住む海だ。存分に豊かにしろ」


「ほれ、今日からお前が住む海だ。存分に豊かにしろ」


 ウパ子を結界で持ち上げ、元のサイズ……はどのくらいだったっけ? まあ、テキトーでイイや。


 たぶん、そんな感じでデカくして海に放った。


「ぴー!」


「びー!」


 ピータとビーダも出て来て海に飛び込んだ。地竜、海に入れんのか?


「いや、無理ですから! 溺れてますから!」


 レイコさんが叫んだ。あ、やっぱりか。


 バシャバシャしてたのは泳いでるんじゃなく溺れてたのか。無茶苦茶だな、あの二匹は。


 結界で救ってやり、結界で包んで放り投げる。ウパ子と同じサイズにしてな。


「……こうやって生命は進化するんですね……」


 なにか達観したようなレイコさん。まあ、あなたもある意味進化した幽霊。さらなる進化をして素敵な存在になってください。


「んじゃ、家に帰るか」


「あのままにしていいの? 島の皆、びっくりするんじゃない?」


「刺激があってイイだろう」


「健やかで静かはどこにいったのよ?」


 生きるとは変化すること。今を受け入れ、変化を恐れず、明日に向かって歩みましょう、だ。


「帰ってコーヒーでも飲むか」


 土魔法で崖に階段を作り、上へと登った。

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