第65話 万事オレに任せろ

 陸に上がり、家に向けて歩いていると、太陽が地平線から完全に顔を出した。


「ブルーヴィはどこの空を飛んでんだ?」


 やけに夜が短かったような気がするが、迷走でもしてんのかな?


「と言うか、この空飛ぶクジラ、どこを目指してるの?」


「南に向かってはいるはずだ」


 一応、艦橋には羅針盤を設置し、黒羽妖精には南に向かえと指示は出している。が、メルヘンは天真爛漫なところがある。


 そのときの気分、そのときの状況で目的を変えるどころか忘れてしまうところがあるのだ。


 まあ、別に急ぎではないので勝手気ままにさせているが、異次元とか異世界にはいかんでくれ。オレは結構この世界中が気に入ってんだからさ。


 ブルー島が明るく照らされて来ると、道に設置された外灯の明かりが消えていく。センサーが働いてんのかな?


「……便利を求めるのは人の性なのか、それとも業なのか、なんなんだろうな……」


 科学だろうが魔法だろうが人は便利を求める生き物。願わくは堕落に繋がらない未来であって欲しいもんだ。


 なんて哲学みたいなことを考えてたら家に到着した。


「そう言やここ、離れと呼ぶことに決めたっけな」


 前に決めたことをふと思い出した。


「煙?」


 家……でなく離れの煙突から煙が出ていた。


 ブルー島の気温は一定で、二五度に設定してあるから暖房はいらない。が、うちの暖炉は料理や湯沸かしにも使うので、火を焚いたところで不思議はない。


 だが、暖炉はオレの管轄であり、オレしか使わない。料理担当のミタさんは厨房でしか料理はしない。すべての工程が厨房で事足りるからな。


「人がいるね」


「いるな」


 メルヘンアイのような特殊な眼は持ち合わせてないが、気配を感じられるセンサーはある。名を村人……センサー? まあ、気配察知でイイや。


 玄関先に来ると、行商人のじいさんと片腕のじいさま剣士がいた。


「おぉ、ベー! やっと帰って来てくれたか! 安心したぞ」


 なにか心底ほっとするじいさん。なんだい、いったい?


「誰?」


「あんちゃんとは別に村に来てくれる行商人のじいさんだよ。そっちの片腕のじいさまは冒険者だ」


 行商人のじいさんは、オレが生まれる前どころかオカンか生まれる前からボブラ村に来てくれているらしい。


 片腕のじいさまは、数年前からじいさんの護衛としてつき、今はコンビみたいな感じになっている。


 ちなみに片腕のじいさまは、ボブラ村の恩人でもあり、オークの群れを撃退してくれた人でもある(六巻参照)。


「どうしたい、今の時期に来るなんて?」


 雪が積もらなくても氷点下になる冬に、行商人が来ることは滅多にない。来る場合は要請。食料不足に陥ったときだ。


 まあ、あんちゃんには結界を施した道具やコートを渡して無理矢理来てもらってたがな。あ、その辺、あんちゃんの弟と話し合ってなかった。ってか、春からどうなってるか知らねーや。


「引退した」


「そうか。今までご苦労さんな」


 今、じいさんが何歳かは知らんが、この歳まで行商をやっているじいさんが異常である。


 大抵は五〇前に引退して後続に道を譲るのが一般的だろう。それをさせなかったのオレだ。アーベリアン王国では端に位置する村まで来てくれる行商人はいなかったんでな。


「じいさまもかい?」


 こちらも髪は真っ白。顔にはしわが増え、見た目から冒険者とは思えないほどだ。だが、剣の腕は人外に片足を突っ込んでいるくらい凄まじい。


 まず、親父殿で勝てないだろう。気合いだけでオークを殺すじいさまだからな。


「わしはまだ続けるよ。剣を振るうしかできんでな」


「それはなにより。死ぬそのときまで剣を振ってろ」


 剣に生きて剣に死す。まさに剣士冥利じゃねーか。


「おう。そうするさ」


 しわくちゃな顔で、なんとも楽しそうに笑うじいさま。オレもイイ人生にするために見習わんとな。


「まあ、積もる話は中でしようや。旨い酒を出すよ。ってか、二人だけかい?」


 行商辞めます、で辞めたらお得意様は激オコだ。信頼あっての行商。三〇くらいから後継を用意して、次はこいつだと知らしめなければ村との関係は悪くなる。


 じいさんも若いのを二人連れて行商をし、後継だと知らしめていた。まあ、じいさんは村相手にしてたから若いのとは交流はなかったがよ。


「中でお茶をいただいてるよ」


 なにか呆れた笑みを見せるじいさん。


「しかし、たった数ヶ月で凄い変わりようだな。あの屋敷に入るのに覚悟がいったぞ」


「すまんな。本当はもっと質素にするはずが、人が増えたらなぜか派手になってしまったんだよ」


 まあ、家にいず、すべてを丸投げしたオレが言うことじゃねーがな。


「なんで、オレはこっちに離れたわけさ」


「……その斜め上どころか人の考えの及ばんところにいくのがお前さんらしいよ……」


 反論どころか確かにと思ってしまったので苦笑で返した。


「なにはともあれ、歓迎するよ」


 二人を離れへと迎え入れた。


  ◆◆◆


 うちの中に入ると、若いのが二人とばーちゃんがいた。


「わしの連れと跡継ぎだ」


 連れ? 嫁さんってことか?


「じいさん、結婚してたんだ……」


「ん? 言ってなかったか?」


 かれこれ六年の付き合いだが、嫁がいるなんて聞いたことはねーぞ。


「行商人って結婚できるものなんだな」


 冬以外、各地を回る行商人が結婚なんてできるかとあんちゃんが言ってたから、そうだと思い込んでたわ。そのあんちゃんも行商人を辞めてから結婚したしな。


「まあ、ヤカ──家内は町で卸し店をやってたからな」


 シャンリアル伯爵領は辺境であり、街と呼べるほどの大きさはなく、そう活気もないので、領内の者はシャンリアルの町、または町と呼ぶ。


 辺境の町なだけに流通は乏しく、農作物も集まらない。買い占めたら大変なので、オレはバリアルの街へ。村に必要なものはあんちゃんとじいさんに頼んでいたわけよ。


「町は不景気なのかい?」


 超万能生命体のヴィ・ベルくんがガンバってくれてるはずだが。


「いや、新しい領主さまになってからは豊かになったよ」


 それはよかった。ヴィ・ベルくんに感謝です。


「だかまあ、年寄りが暮らすにはまだ大変なんでな、お前の言葉に甘えてやって来た」


 引退したら村に来いと言ってたのだ。これまでの恩を返したくてな。


「おう。いくらでも甘えな。死ぬまで面倒見てやるからよ」


 老夫婦二人を養うくらい屁でもない。豪遊させてやるぜ。


「ミタさん。館に部屋は空いてるかい?」


 オレ、もう館のことなんもわかんねーわ。


「はい。館にいたメイドはほとんどブルー島に移りましたので空いております」


 ブルー島ならぬメイド島になってそうだな。まあ、館自体がメイドの住処だったがよ。


「いや、あそこは勘弁してくれ! あんな貴族さまが住むようなところじゃ気が休まらねーよ。小さな家と畑をもらえたらそれで充分だ」


「その歳まで働いたんだからゆっくりしたらイイんじゃねーの? 暇なら旅行に連れてってやるぞ」


 なんなら世界一周にいくか? ただ、空とか海の中も追加されるがよ。


「お前じゃないんだ、そんな波乱万丈なんか求めてねーよ! わしらは穏やかに暮らせたらそれで満足だわ」


 オレだって波乱万丈なんか求めてねーよ。平々凡々に、悠々自適に、ちょっとした刺激があればイイって感じだわ。いやまあ、なってないですけどっ!


「んじゃ、こっちに家でも建ててやるよ。このブルー島は気温も一定だし、下れば店もある。畑に適した土地じゃないが放牧には適してるから家畜でも飼えばイイ。山羊と鶏ならすぐに用意できるしな」


 ほぼ牧草地みたいなもの。柵で囲んで放し飼いしてればイイさ。天敵もいねーし、雨も霧雨程度だしな。


「あ、あの、イイかしら?」


 と、ばあさんが声を挟んできた。なんだい?


「店は開けるかしら?」


「店? まあ、開けはするが、大体のものは用意できるぜ、うちは」


 店は姉御のところしか知らんが、館にいけばファミリーセブンがあるし、カイナーズホームから取り寄せもできる。店を出しても客は来ねーんじゃねーの?


「……ダメ、かしら……?」


「ダメではねーが、客は来ねーと思うぜ」


 あのアホ魔王のせいで、うちのメイドは前世の商品が当たり前になっている。そんなヤツらを満足させる商品はそうはないだろう。村でやるならまだ見込みは……ねーか? そこの二人が跡を継ぐんだから……。


「べー様。でしたら離れの横で宿屋をやってもらってはいかがですか?」 


「それこそ必要ねーだろう。ゼルフィングの宿屋があるんだからよ」


 客が来たときのために創ったもの。余程のことがなければ満室にはならんだろうが。


「部屋や接客は充実してますが、ゼルフィングの宿屋の窓から見える景色がよろしくありません」


 あーまあ、確かによろしくはねーな。ってか、考えもしなかったわ。


「それに、べー様のお客様はこちらに招待したほうがよろしいのではありませんか? あまり高級だと気後れする方もいるでしょうし」


 と、じいさんたちを見た。


「外の宿屋は入り難いかい?」


「あんな見た目から高級なところ、わしらには無縁だ」


 で、そのまま素通りってわけか。じいさんみたいな者がいることを失念してたわ。


 オレを訪ねて来る者は大体くだけており、図太いヤツが多いが、じいさんみたいな小市民的なヤツもいる。そう言うヤツはうちにではなく村の宿屋を利用するのだ。畏れ多いと言ってな。


 前世の感覚があるせいか、想像はできても理解はできない。こっちが招き入れてんだから遠慮することねーだろうって思いが先に立つのだ。


 ただまあ、押しつけて恐縮されるのもなんなので、無理には誘わないようにはしてるがな。


「安宿を作るか?」


 じいさんたちみたいなのを相手にする宿屋をよ。


「それがよろしいかと。それなら宿をしながら牧畜もできますし、店も併設できます。忙しいときは応援を出しますのでお二方の負担はないと思います」


 まあ、じいさんもばあさんも儲けようとしているわけじゃないようだし、ミタさんの案を採用しよう。


「ってな感じだが、どうだい?」


 戸惑う二人に尋ねる。


「……え、あ、ああ。面倒でなければ頼む……」


「お、お願いします……」


 頭を下げる二人に笑ってみせた。


 万事、オレに任せろ。じいさんにもらった恩は十倍にして返してやるからよ。


  ◆◆◆


 じいさんのこと一旦横に置き、引退した今もこうして一緒にいる剣士のじいさまに目を向けた。


 じいさまは常々こう言っていた。


 ──剣に生きて、剣に死す。


 まあ、言葉にすればカッコイイが、世の中そんなに甘くはないし、剣に死すには相手が剣を持ってないと成立しない。ましてや剣士など出会い運の高いオレでもじいさまと剣客さんしか知らねーよ。


 冒険者の多くは剣を使うが、必要とあれば槍でも弓でも使う。ゲームじゃねーんだ、剣一本でどうこうできるわけねー。


 素材を剥ぎ取ったり、肉にしたりしなくちゃならねーんだ、無暗やたらに攻撃なんかできねーよ。できねーヤツは三流以下。早々に死ぬ、と親父殿が言ってました。


 剣を使うと言えば騎士と思うヤツがいるかも知れんが、規律や誇りを重んじ、私的決闘または対外試合なんてしねー。騎士は人を守るためにあり、城にいる騎士以外は魔物を狩っているからだ。


 まあ、人とも戦うこともあるだろうから、訓練として受けるかも知れんが、殺し合いなんてすることはねーだろう。いたとしても少数だ。それはつまり、数回しかできないってこと。ってか、そんなアホ、早々に騎士をクビになってるわ。


 そんな世で剣士を名乗り、剣士として生きるのは酷でしかねー。が、それをこの歳までやっちゃうんだからアッパレとしか言いようがねー。


 まったく、そんなバカ野郎がオレは大好きだ!


「生涯の好敵手は現れなかったかい?」


「ああ。強敵しか現れなかったよ」


 だろうな。このファンタジーな世界、強敵なんぞどこにでもいても、好敵手にはそうは会えるもんじゃねー。好敵手なんて同じ道、同じ考え、同じ思想を持ってなければなれんからな。もしくは、正反対のヤツかな?


「そりゃ、この大陸だけ歩いてたら見つからんさ。剣士なんてじいさましかいないんだからよ」


 まあ、いるかも知れないが、いたらじいさまが会っている。死してないってことはそう言うことだろうよ。


「……そう、だな……」


 自嘲気味に笑うじいさま。そんなことわかっていても捨てられなかったって感じだな。


「まあ、じいさまほど剣の腕は高くないだろうが、幸いにして剣に生きてるヤツが近くにいる。殺さないって誓ってくれたら紹介するぜ」


 人外一歩手前のじいさまに勝てるヤツなんて……いたりはするが、じいさまが望む相手は剣士。剣に生きる者だ。それでなくては意味がねーのだ。


「剣士がいるのか!?」


 喜ぶじいさま。


「まあ、東の大陸のヤツで剣の形状は違うし、じいさまが求めてる剣士かは知らんが、剣の真理だかなんだかを求めてるのは確かだよ」


 村……雨? いや、村正だったっけ? なんて名前だったか忘れたが、日本刀を持った目はじいさまと似ていた。少なくとも同類ではあるだろうよ。


「頼む! 紹介してくれ!」


 余程飢えているのか、下げたことのない頭を下げた。


 ……こりゃ、末期症状だな……。


 剣士として生きるために冒険者として魔物を狩ったり護衛をしたりするし、強者故にお願いされる立場でもある。長い人生だから「頼む」と言ったこともあるだろう。


 だが、恥を捨てて頭を下げることなんかねーはずだ。それは長年一緒にいたじいさんの驚きが証明している。


 ……なにか歓喜に負けて剣客さんと死合いになりそうだな……。


 じいさまには恩があるから願いは叶えてやりてーが、剣客さんを殺してしまっても困る。剣客さんもじいさまに釣られて死合いそうだからな。


「まったく、剣士とは難儀な生きもんだよ」


 別に否定はしないし、好きにしろだが、他人からしたらメンドクセーとしか思えねーよ。


「でもまあ、それがじいさまなんだからしょうがねーか」


 メンドクセーとは思っても、そんな生き方を貫くじいさまをカッコイイと思ってしまうんだから参るぜ。まっ、同類ですから。


 無限鞄からエルクセプルが入ったケースを出して、じいさまに渡す。


「じいさま、何歳だい?」


 訝しむじいさまに構わす問うた。


「……確か、七〇、は過ぎていると思う……」


 歳を気にするなんて三〇くらいまで。六〇過ぎたら曖昧になるものだ。そもそも誕生日とか言う概念もなければ春夏秋冬で歳を決めてるからな。


「まあ、見た目からしてそんなもんか」


 ただ、このファンタジー世界、魔力があると長生きしたり、肉体が強化されたりもするから老人だからと油断はできねーのだ。


「この世界には、大陸と呼ばれるところが五つある。オレは魔大陸しか知らんが、そこには剣を差したヤツが何十人といたし、南の大陸には国主催の剣闘大会があるそうだ。東の大陸には剣聖とか剣王とかいるらしい」


 オレの言葉に子どものように目を輝かすじいさま。


「世には上には上がいて、井の中の蛙って言葉がある。さて、じいさまはどこにいて、後何年挑めるかな?」


 人外一本手前とは言え人は人。老いには勝てん。ファンタジーな世界でもそれは覆らない真理だ。


「……それでも、わしは挑みたい。剣に生きて剣に死にたいのだ……」


 まるで血を吐くかのように口にした。


「その中に入ったものを一本飲めば少なくとも一〇年は挑めるだろう。ただ、そう都合のイイもんでもねー。最初の一本は必ずじいさまを弱くする」


「構わぬ! 弱くなったのならまた鍛えればいいだけのことよ!」


 まっ、じいさまには愚問ってやつか。


 渡したケースを一旦返してもらい、中から一本取り出してじいさまに渡す。


 封を切って渡すと、なんの躊躇いもなく口にした。


 親父さんと同じく光はしないが、失った右の肩の肉が蠢き、腕を生やした。


「新たに剣の道は開かれた。さあ、挑め。剣士よ」


 唖然とするじいさまに神のごとく宣ってやった。

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