第181話 婦人の娘
カイナーズホームから帰って来たら、館の食堂に叡知の魔女さんと、色っぽい魔女さんがいた。
「あ、あんときの」
あのテントに入ったら摩訶不思議な空間にいた薬在庫の責任者さんだ。
「お久しぶりです」
色っぽいわりに堅物な魔女さんだよな。見た目と中身がちぐはぐだぜ。
「こいつを連れてってくれ」
「あいよ。ってか、明日いくから今日はうちに泊まんな」
へい、メイド長。お部屋用意してチョンマゲ~。
「宿屋に連絡して用意していただきます」
あ、そのための宿屋でしたね。なにもかも忘れてるオレ、全世界に向けて謝罪します。メンゴ。
「じゃあ、明日な」
「夕方はよろしいのですか?」
「ああ、やることがあるからイイや。ブルー島に戻るよ。魔女さんたち、明日な」
そう言って食堂を出たら魔女さんたちがついて来た。なんでよ?
「なにかするんですよね?」
「まあ、薬の仕分けだな」
この世界のも売っているから薬の材料もあるんじゃないかとカイナーズホームにいったんだが、そう都合はよくなかった。だが、花屋があった。
本当に誰を相手に商売しているか謎だが、薬の元になる花が数種類あった。ってか、数年に一度しか咲かないミホリが売ってやがった。
目の病気──白内障に効果があるもので、回復水に少量混ぜ、少しずつ目にさすと視力を取り戻すのだ。もう目薬の容器も大量に買っちゃったぜ。
「では、手伝わせてください」
「そんな手伝ってもらう量ではねーんだが」
「なら、見学させてください」
グイグイ来るな、そばかすさんは。
「まあ、好きにしな」
別に見られて困ることもねーし、色っぽい魔女さんならなんか指摘してくれそうだ。そんときは勉強させてもらうまでだ。
「またフュワール・レワロか」
ブルー島に入ると、叡知の魔女さんが呆れたように呟いた。
そんな呟きを無視し、離れに入る。
「あ、お帰りなさいませ」
クルフ族のメイドさんじゃなく、下半身ヘビのメイドさんが迎えてくれた。あ、交代制みたいよ。
「軽く摘まめるものを頼むわ。魔女さんたちのもな」
そう言ってまた外に出て、カイナーズホームで買ってきたコンテナハウスを無限鞄から出した。
ハウスと言うだけに窓がついて換気扇まで設置してあった。タンクをつければ流し台やシャワーまで設置できると言う、なんとも男心をくすぐるものであった。
まあ、今回は時間がないので工房に使えそうなものを買ってきたのだ。
中は畳を敷き、囲炉裏と棚を一つ設置してもらった。ってか、細い長いから伸縮能力で四角くした。うん、やはり四角はイイ。
無限鞄から箱や器材を出して棚に並べ、花屋で買った花を出していく。
「ミホリにサイレラ、ハボ、ムロイトなんて、よく集められましたの」
さすが色っぽい魔女さん。すべてを知っているよ。
「そうだな。よく集めたと思うよ」
需要もねーのにな。いや、オレが買ってるから需要はあったわ。
「欲しいならやるぞ。また買ってくればイイんだし」
たくさんあってもそんなに使用する機会は少ねー。貴重なだけに使用頻度は多くねーしな。
「館長、よろしいでしょうか?」
「遠慮なくもらっておけ」
「もらっておけもらっておけ。オレも材料がねーときはもらいにいくからよ」
あのとき一通り分けてもらったが、メインに使うのは回復薬だ。他はオババやジャックのおっちゃんに渡して煎じてもらって分けてもらったほうが早いぜ。
……暇ができたらオレもちゃんと煎じたり調合したりしますからね……。
「この鞄をやるよ。その口に入れられるものなら荷車二台分は入るから」
また叡知の魔女さんに確認を求める色っぽい魔女さん。上司がいると大変だな。
「もう遠慮せずもらっておけ。。借りはこちらで返しておく」
理解ある上司でなによりだな。
「ああ。留学生に返しておいてくれ」
人族が多いところで魔族を学ばせるのは大変だろうが、その分の見返りは渡してある。ガンバって学ばせてくださいませ。
「ハボ、少し多目にもらっていいでしょうか? 帝国で手に入れるのが困難なので」
「結石か。帝国では多いのかい?」
「貴族に多いですね。原因を知っているので?」
「うーん。いろいろな要因があるからなにがとは言えんが、貴族なら肉料理が多いんじゃないか?」
「そう、ですね。多いと思います」
「動物性たんぱく質、まあ、肉ばかり食っていると結石ができやすくなる、と言われてるな」
オレも詳しくないんだが、前世で肉食いすぎてなったと言ってたヤツがいたよ。
「なるほど。確かに肉を食べている人が多くなっていました」
ちゃんとカルテを取ってるんだ。
「じゃあ、全部やるよ。ここら辺じゃ結石になるヤツはいねーからな」
ボブラ村じゃ肉より魚が食われている。バリアルの街では何人かなっているみたいだが。
「他は?」
「ミホリですかね。魔女は目が悪い者が多いので」
そう言えば、メガネ率が多かったな。メガネフェチじゃないから気にもしなかったけどよ。
「目薬は作れるのかい?」
「材料と器材があれば」
と言うので、材料と器材を用意して目薬を作ってもらうことにした。
◆◆◆◆
なんだかんだと徹夜してしまった。
「……す、少し寝るわ……」
徹夜なんて何度もしてきたが、全集中で薬作りは神経を使う。さすがに限界だわ。
コンテナハウスの端にいき、気絶するように眠りへついてしまった。
そして、目覚めたら窓から陽が差していた。がっつり眠ちまったようだな……。
「ふぅわ~。体いてー」
畳を敷いたとは言え、固いところで眠ったから体が変な形で固まってるわ。
いかんな~。時差ボケで体を壊しそうだぜ。
「少し、体を動かすか」
その前に腹が減った。なんか食うとするか。
色っぽい魔女さんや見習いの二人もいなくなっており、コンテナハウスから出ると、なんかでっかいテントが張られていた。
なんや? と思いながら離れに入ると、青鬼のメイドさんがいた。交代するほど眠ってたようだ。
「おはようございます、べー様」
「ああ、おはよーさん。なんか食うもん頼むわ。あっさり系で」
腹は減ってるが、がっつり系は胃が受けつけねー。スープとかで胃を慣らしてから固いものをいただきたいと思いまする。
「海鮮粥でよろしいですか?」
海鮮粥? 随分とシャレオツなもんを作ってるな。
「ああ、それでイイよ。ところで、魔女さんは?」
「まだ眠っているかと思います。遅くまで作業をしてましたから」
魔女さんたちも徹夜してたっけな。
海鮮粥なるものを出してもらい、いただきます。お、旨いじゃん。中華風の味なんだ。
お代わりをもらい、バナナのチョコレートかけをデザートに出してもらった。
のんびり食後のコーヒーを飲んでいると、魔女さんたちが入ってきた。おはよーさん。
「お風呂、いいかしら?」
「はい。沸いてますのでどうぞ」
メイドさんが魔女さんたちを風呂へと連れていった。オレも腹が落ち着いたら風呂に入るか。
しばらくしてさっぱりした魔女さんたちが上がってきて、フルーツ牛乳を立ち飲みしている。
見習いはともかく、色っぽい魔女さんは本当に色っぽく飲むよな。なんか危ないもんでも出してんじゃねーだろうな?
「……もしかして、淫魔の血が流れてんのか……?」
夢魔族と混同されがちだが、この世界では別の種族とされており、魔人族の派生とされている、とかなんとか聞いたことがある。
「はい。淫魔の血が濃く流れています」
「なるほどね。だから無駄に色っぽいのか」
オレですら色っぽいと思うのだから普通の男には毒でしかなかろうよ。
「言っておくが、そっちの気はねーからな」
オレは正常。ただ、枯れてるだけだ。いや、色っぽいと感じるんだから枯れてはないのか? それなら嬉しいんだがな。
「知って尚、平然としていられますね。意識すると淫気が感じやすくなるのですが」
「そうだな。確かに色っぽさが増した気がする」
懐かしい。欲情ってこんな感じだったっけな~。
「そんなんじゃ、魔女の世界でしか生きられねーな」
オレですら欲情するんだから町に出たら阿鼻叫喚になるだろう。
「ってか、よくそれでここに来たな」
バリアルの街を阿鼻叫喚にされたら困るんだけど。
「魔女の服には淫気を抑える効果があるので、触れなければ大丈夫かと思います」
あ、だからか。今着てるのバスローブだし。
「魔女の服でも色っぽさは出てたし、完全に抑えられてねーだろう?」
「そう、ですね。たまに同性も狂わせてしまいます」
「大変だな、淫魔ってのは」
オレだったら山の中で一生を過ごすぞ。
「ちょっと待ってな」
無限鞄からトイレの腕輪を取り出し、仕掛けている結界を排除。色っぽい魔女さんに腕輪を装着させる。
結界を纏わせ、淫気だと思う力を感じ、封じてみる。
「……こんなものか……?」
オレの欲情では判断できんが、淫気はなくなったと思う。
「腕輪のぽっちを押してみてくれっかい?」
「これ、ですか?」
ぽっちを押すと、欲情が湧いてきた。
「うん。ちゃんと抑えられてた」
もう一度ぽっちを押してもらうと、欲情は綺麗さっぱり消えてくれた。
「……べー様の欲情も開閉式ですか……?」
開閉式ってなんだよ。そんな機能はねーよ。
「その腕輪はやるよ。好きな男が現れたら淫気を発動させな」
せっかく淫気を持ってるなら好きな男を落とすのも手っ取り早いだろうよ。その後のことは二人で築け、だがよ。
まだ愛とか恋とか甘いこと言える時代じゃねー。見合いとか紹介で結婚するのが当たり前。恋愛結婚するのは希だろうよ。
……オトンとオカンはその恋愛結婚だったけどな……。
「魔女は婚姻できませんが、ありがたくいただいておきます」
へー。魔女って結婚しちゃダメなんだ。まあ、魔女を止めたら結婚できるオチなんだろうからどうでもイイや。
「食事して落ち着いたらバリアルの街にいくんで、用意しててくれや」
そう言って風呂へと向かった。
◆◆◆◆
さっぱりさせて戻って来ると、見知らぬお嬢さんがいた。
見た感じは大人びているが、感じからしてオレより下、ってところだろう。誰や?
「アリエス様ですよ」
戸惑っているオレに、メイドさんが教えてくれた。レイコさん、知ってる?
「いえ、お初ですね。でも、誰かに似てますね」
言われてみれば見覚えのある顔立ちだな。着ている服からイイところのお嬢さんなんだろうが、そんなところのお嬢さんと知り合いなんていないんだがな?
「フィアラ様のご息女です」
「あ、婦人の娘か!」
思い出した。婦人に娘がいたことを。
会話したこともなく、一瞬の邂逅だったから記憶から溢れ落ちてたよ。
「ってか、コーリンに預けてたよな?」
まあ、花月館でも会わなかったけどよ。
「はい。ですが、コーリン様に学校で学びなさいと言われて通ってました」
学校? あ、そういや、王都で拾った姉妹も学校に通ってたな。あ、いや、幼年学校だったっけか?
「コーリン、服以外のことにも頭が回るんだな」
オレの中では服狂いとしてインプットされてるよ。
「んで、なんでここに? 休暇か?」
「いえ、べー様がバリアルへいくと聞きましたので、ご一緒させてもらえないかと思いまして。あ、これ、母からです」
と、手紙を渡された。
中を開き、文面を読むと娘が友達と会いたいと言うのでよろしくとのことだった。
まあ、いろいろ急展開なことがあったし、友達との別れもできなかったんだろう。
「わかった。メイドさん。メイド長に言って護衛を用意してもらってくれや」
魔族のメイドばかりだが、メイド長ならなんとかしてくれるはずだ。プリーズ、メイド長!
「その友達やらは、会いにいったらすぐに会ってくれるのか?」
事情はあったにせよ、身分ある者が離婚した。それはセンセーショナルで恥ずべきことだ。いくら友達とは言え、会ってくれるかどうかわからんやろう。
「よろしくお願いします」
つまり、オレになんとかしろってことらしい。ハァ~。
「会えるようにしたらイイんだな?」
地位回復でないのなら問題ない。伯爵領なら周りは高くても男爵。その下に役人、あとは商人だからな。場を作るくらいならやりようはあるさ。
「はい。別れの挨拶もできませんでしたから」
「用意はできてるのか?」
「はい。用意はしてきました」
準備がイイこと。
「じゃあ、護衛が来たら出発するか」
できるメイド長さんでも用意に三〇分くらいはかかるだろう。それまではゆっくりアイスコーヒーでも飲んで──。
「──お待たせしました」
と、ダークエルフのメイドが現れた。
一般的服を着て、長い耳をふわっとした髪で隠している。肌の色は内陸部では珍しくてもまったくいないわけじゃねー。隊商にもたまに混ざってる。そう目立ちはしねーだろう。
「ってか、もう用意してたのか。メイド長さんは本当に優秀だよ」
どんだけ先を見通されているんだか。もしかするとミタさんより優秀なのかもしれんな。
「じゃあ、婦人の娘を頼むわ」
「畏まりました。お任せくださいませ」
「なにもないと思うが、メイドを何人かバリアルの街の近くに待機させておいてくれ。いや、飛空船でいくか。せっかく飛空船場を造ったんだからよ」
忘れていたが、バリアルの街には飛空船場を造り、農産物を買っている、はず。全部、婦人に任せていてわかりませぬ!
「クレインの町には話を通してありますので、すぐに出発できるかと思います」
本当に用意がイイな! オレ、見透かされてる!?
「そうか。じゃあ、少ししたらいくと伝えてくれ」
風呂上がりでもうちょっとゆっくりしたい。それからでイイだろう。
「魔女さんたちも用意があるなら準備しな。って言うか、あんたらも普通の格好をしろや。魔女服は目立つからな」
せめて三角帽子は取れ。つーか、うちの中でも被るものなのか? 邪魔じゃね?
「服がないわ」
「メイドさん。頼むわ。あと、アイスコーヒーちょうだい」
きっと用意されてるだろうから着替えてこいや。
「皆さま。こちらへどうぞ」
ダークエルフの一人が奥へと連れていき、離れのメイドさんがアイスコーヒーを出してくれた。
まったく、まったりできる時間もねーぜ。
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