第134話 巌窟王

「お前の名は、ハヤテだ!」


 どこぞの執事にいそうな名前だが、疾風の如くがよく似合う走りをする。こいつにピッタリの名だ。


 馬具を柔堅能力と伸縮能力でハヤテの体に合うように変化させ、初走りへと出たのだが、なかなか凄まじいスピードである。時速にしたら一〇〇キロは出てんじゃねーかな。メッチャおっかねー! 


「でも、楽し~い!」


 空飛ぶ結界や機械の乗り物とは違う生き物の躍動と振動。オレにはこちらのほうがしょうに合ってるぜ。


「イイぞ、ハヤテ! もっといけぇぇぇっ!」


 いき先はハヤテに任せる。


 生まれてすぐから調教していれば手綱で操作するのだが、ついさっきまで野生だったハヤテに言うことを聞けとは無茶振りだ。無理にやれば戸惑うだけ。まずはハヤテを理解することが先である。


「べー様。ミタレッティーさんが大変そうですよ」


 ミタさん? って振り向くと、空飛ぶ箒──ワンダーワンド(今の今まで忘れてました)で追いかけて来てた。


「よくついて来れるよな」


 ハヤテはまっすぐ走ってるわけじゃない。飛んだり跳ねたり右に左にとアクロバティックな走りだ。しかも、ここはジャングル。木々が密集しているのだ、避け切れず弾き飛ばしたりもしている。生身じゃ打撲必至。下手したら激突死だ。


 そんなとこワンダーワンドを操り、ハヤテの速度について来れるのだから万能メイドはメチャクチャである。


「わたしから言わせたらべー様もミタレッティーさん以上に万能だと思いますけどね」


「オレの場合は器用貧乏だよ」


 万能メイドと一緒にされても困る。オレは凡人なんだからよ。


「とは言え、さすがにワンダーワンドでジャングルの中を飛ぶのはキツいか」


 ワンダーワンドにも結界を出せるが、空気抵抗を考慮しながらアクロバティックな飛行をする。いくら万能でも全能ではねー。無理をさせるのもワリーか。


「ハヤテ。スピードを緩めろ」


 と言っても伝わるわけねーのでハヤテに結界を纏わせ負荷をかけてスピードを緩めた。


「グルル?」


「ワリーな。不快なことさせて」


 よしよし(バシバシ)とハヤテを叩いてやる。撫でるにはハヤテの皮が厚すぎるからな。


「べー様。どうかなされましたか?」


 追いついたミタさんが拳銃を構えながら尋ねて来た。あ、オレにではないからね。周囲にだからね。


「ミタさん用にリジャーを捕まえる」


「あたし用ですか?」


「まあ、ミタさん用ってよりザイライヤー族に、って感じだな」


「ですが、リジャーは単独で動く竜ですよ」


「人はそれを屈服させて来た生き物だよ」


 と、旅の獣使いが言ってました。


「ハヤテにも番を用意してやりたいしな」


 竜種は雌雄が判別し難いのでハヤテがどっちかわからんが、二〇匹も集めたら見合うのがいんだろうよ。


「単独で生きてるんだから捕まえるのも大変では?」


「ミタさん。カイナーズ呼んで」


 と、お願いしたら五分もしないて三〇人くらい集まった。いや、早くね!? どんだけ近くにいたんだよ!? 


「全員、獣人族の方ですね」


 あ、本当だ。マスクしてたからわからんかったわ。


「シープリット族もいますね」


 とは、シーカイナーズの副司令官さんと同じ種族だ。


「お久しぶりです」


「え? 副司令官さん?」


 マスクを脱いで現れたのはまさかの副司令官さんだった。な、なんで??


「異動願いを出して南大陸基地第一遊撃団の団長となりました。今はべー様つきとなっております」


 カイナーズの人事とか組織とかよーわからんけど、着実に世界規模になってるのは理解したよ。


「ゼルフィング商会もですけどね」


 ハイ。ガンバっている婦人に大大大感謝です。


「ま、まあ、出世したのか降格したのかわからんけど、リジャーを捕まえるのに協力してくれや。一匹につき一万円出すからよ」


 と言ったらカイナーズのヤツらが一〇〇人以上集まってしまった。


 ……カイナーズは組織として上手くやれてんだろうか……?


「リジャーは結構強い。生け捕りも大変だと思うから傷を負わせても構わねーが、完全に心を折るようなことはするなよ。折ったのは買取り不可だ」


 その見極めは結構難しい。なら、やらせんなよと言われそうだが、さすがに一人では無理。一〇匹中三匹も集まればよしとしよう。


 ……死体はウパ子のエサにすりゃイイんだからな……。


「わかりました。生け捕りしたリジャーはどこへ運びますか?」


「そうだな? まずはジャウラガル族のところにするか」


 トカゲさんたちのところなら驚かれたりはしないだろう。


「了解です。お前ら! べー様からの依頼だ。我らの力を示すぞ!」


 鼓膜が破れんばかりの雄叫びを上げるカイナーズども。気合いを入れるのはイイが、そんな痛いほどの魔力を吹き出したら飛竜も逃げるわ。


「チームで挑め! しくじるアホは飯抜きだぞ!」


 また鼓膜が破れんばかりの雄叫びを上げてジャングルへと散っていった。


「大丈夫かな?」


 なんかスゲー不安なんですけど。


「まあ、べー様よりは大丈夫でしょう」


 最近、背後の幽霊の突っ込みが容赦ありません。まあ、突っ込み入れるヤツは大体容赦はありませんけどね!


   ◆◆◆


 あれ? オレ、なにしてたんだっけ?


 なんて思ってしまうくらいハヤテに騎乗してジャングルを爆走していた。


 ハヤテも走るのが楽しいようで、グルルと喉を鳴らしている。猫か!


「なんと言うか、この数日でハヤテの体つき、よくなってません?」


 一日の大半をエサ確保に走らなくてよく、栄養満点丸々太ったオークや海竜を腹一杯食べ、充分に休み、ジャングルを爆走する。そりゃ体つきもよくなるさ。


「しかし、野生の生き物がここまで懐くとは思いませんでした」


「野生の生き物だって、エサと安全を得られるなら人に懐きもするさ」


 完全に懐いたわけではねーが、従っていればエサと安全が手に入ると理解する程度には知恵はあるし、強さを示していれば野生は抑えられると、旅の獣使いは言ってたよ。


「マイロード。ミタレッティー様より連絡です。調教が終わったのでこちらに来るそうです」


 初日からリジャーを乱獲して来たアホども。急遽トカゲさんのところに向かい、土魔法と結界で檻を創り、天に召される五秒前のリジャーにエルクセプルを飲ませた。


「アホか! 加減しろや!」


 副司令官に一喝。でも、ありがとよと、酒を渡しておく。


「さすがべー様」


「そんなおべっかいらねーんだよ。ミタさん。ザイライヤー族と一緒に調教してくれや。オレはハヤテを調教してるからよ」


 で、三日が過ぎて、ミタさんから連絡が来たわけですよ。


「了解。オビライ山で落ち合おうと伝えてくれや」


 ドレミネットワークはGPSより優秀で正確。迷わず合流できるだろうよ。


「オビライ山へ向かうぞ!」


 オレの護衛としてついて来たシープリット族のヤツらに叫んだ。


 さすが下半身が狼(サイズは馬くらいある)だけはある。ハヤテに負けない速度を出しやがるのだ。


「シープリット族があんなに速いとは思いませんでした」


 シープリット族は特注の防具をしているので、足元を気にせず走られる。本気を出せば時速一五〇キロ以上で走られるそうだ。


「魔大陸の生きもんはおっかねーな」


 他の大陸の生きもんより二段階上をいっている感じだわ。


 魔力強化により持久力もあり、二時間休まず走り続け、合流するオビライ山へと到着した。


 オビライ山は、カイナーズが命名したもので、ここを南大陸の拠点にするらしい。よくは知らんです。


 標高三千メートルはあろうかと言うギアナ高地のテーブルマウンテンみたいな感じなところで、山頂を滑走路にしようとしてるよ。


 ……後世で自然破壊とか言われそうだな……。


 まあ、その頃にはオレは死んでいるし、それがこの世界の流れ。気にしてもしょうがねーや。


 テーブルマウンテン(仮)では工事をしているので、その下──と言ってイイのかわからんど、第一遊撃団の仮基地がある。


 まあ、基地と言ってもプレハブ小屋がいくつか並んでいる程度で、とても基地とは思えない様相であった。


 けど、第一遊撃団の面々は気にしてない様子。それどころかやる気に満ちて原住民化してるよ。


 ハヤテから降り、水飲み場へと連れていき、ミタさんが来るまで休ませる。


 オレも一休みするべく借りたプレハブ小屋へと向かい、メイドさんに軽い食事をお願いした。


 ドレミクッションに埋もれ、差し出されたアイスコーヒーをもらっていただいた。あ~キンキンに冷えてウメ~。


「……あなたは、計画的に事を進めることができない人なのね……」


 おや、委員長さんたちも来てたのね。ご一緒にアイスコーヒーなどいかがです?


「ザイライヤー族がエボーを捕まえたわよ」


「…………」


「完全に忘れている顔ね」


 あ、うん、そんな感じかな? で、なんでしたっけ?


「勇者を探し求めるためにバルザイドの町へいくために荷車を作り、それを引くエボーを捕まえる。なのに、あなたはリジャーを乗り回しているの。思い出したかしら?」


 あーハイハイ。思い出した思い出した。そんなことしてましたね。完全無欠に忘れてました。


「じゃあ、荷車に積むもんを用意しなくちゃな。あ、アイスコーヒーお代わり」


 あ~二杯目もアイスコーヒーがうめ~。


「べー様。魔女さんたちがブチ切れる五秒前ですよ」


 じゃあ、あと四秒はゆっくりしてられるな。なんてふざけてる場合じゃねーな。四方からワンダーワンドを構えられてたら。 


「落ち着けよ。そんなんじゃ一人前の魔女にはなれんぞ」


 なんて余裕ぶっこいて言ってみる。ここは弱気を見せてはヤられる。


「オレがなにも考えず、ただ走り回っていたと思うなよ」


 いや、なにも考えず走り回ってたんだけどね! アレと遭遇するまでは、な。


「遊撃団! 集まってくれや!」


 プレハブ小屋から出てシープリット族を呼んだ。


 遊撃団のすべてがすぐに集まった。


 無限鞄から体長二メートルくらいの一本角を生やした猪を出した。


「野郎ども。これと同じものを狩って来い。一番デカいものを狩って来た野郎にはオレが作ったハルバードくれてやる」


 前に作ったネタ武器を出して地面に刺した。


「さあ、野郎ども。狩りの時間だ!」


 うおぉぉぉぉぉっ! と、野蛮人どもが吠えた。


「オレにシープリット族の力を示せ! いけ、戦士たちよ!」


 張り裂けんばかりの咆哮を上げてジャングルへと散っていった。


 ガンバれ。オレのためにな。


 魔女さんたちの冷ややかな眼差しを一身に浴び、三杯目のアイスコーヒーをいただいた。あーウメーでござる。


  ◆◆◆


 肉じゃ肉じゃ肉祭りじゃー!


 と、叫びたいくらい一本角の猪(死体)が山積みである。


「種の根絶やしですか?」


 違うと言えないこの惨状。動物保護団体に見られたら逆にこちらが根絶やしにされそうである。


「まあ、自然の回復力に期待するさ」


 さすがに大陸中の一本角の猪を狩って来たわけじゃなかろうし、猪なら繁殖力は高いはず。ほっといても勝手に増えるさ。


「さて。どうするかな?」


 オレの予定では五〇頭くらいで、メイドさんズで解体しようと思ってたんだが、軽く見て三〇〇頭はあるだろう数を解体するのは無茶であろうよ。


「しゃーない。ジャッド村に頼むか」


 解体や燻製作業を手伝ってもらおう。村には燻製小屋があった。ってことはその技術があるってことなんだ。


 ……とは言え、この湿気では収納箱か収納壷を創らんとダメだよな~……。


 地球と同じくこの世界、北半球が冬のときは南半球は夏っぽい。まあ、細かくはわからんが、燻製にしたところで長期保存するには魔法的処置をしないとダメだろうよ。


「保存法もあるところにはあるんですけど、ジャッド村にはありませんでしたね」


「まあ、命に溢れたところだからな。そう保存しなくてもイイんだろうよ」


 それはそれで大変だろうが、そこで生きる者にはそれが当たり前。環境に合わせて生きるしかねーか。


「ミタさん。場所をジャッド村に移す。メイドさんズに猪を持たせて村のもんに解体させてくれ」


「畏まりました」


 ミタさんに任せた。オレはシープリット族に報奨を渡さんといかんのでな。


「そんで、一番デカいのを狩ったのは誰だい?」


 完全無欠にシープリット族任せ。誇り高そうだし、誤魔化しはそんだろうと思ってルールも決めませんでした。


「おれです!」


 と、副司令官と同じくらいガタイのイイのが腕を上げた。


「名前は?」


 ガタイが副司令官と被る。毛の色も同じだし。


「ルダールです!」


「じゃあ、こっちに」


 なんか誇らしくこちらへと向かって来る。ってか、デカいな。踏み潰されそうだわ。


 土魔法でルダールと同じ目線まで盛り上げる。


「シープリット族の勇者、ルダールにハルバードを渡す」


 最初からノープランなのでなんの用意もしてないので、無限鞄からハルバードを出してルダールに渡した。


「ベー様。これに名前はあるんですか?」


 名前? ネタ武器だからつけてねーわ。


「ルダールに渡したものだ、好きに決めな」


 自分の好みでつけろや。


「ベー様に命名してもらえる名誉をお願いします!」


 オレが名付けてどんな名誉があるかわからんが、それを否定するのも野暮。つけて欲しいと言うなら叶えてやるまで。そこまで手間でもねーしな。


「じゃあ、巌窟王と命名する」


 特に意味はなし。響きがイイと思ったまでです。


「……ガンクツオー……」


 やはり漢字の発音は難しいか。まあ、呼びやすいように呼べばイイさ。


「どんな意味があるんですか?」


「その昔、無実の罪で投獄され、不屈の精神で耐え抜き、王まで登り詰めた男につけられた名だ」


 即席のウソです。巌窟王とはなんら関係ありません。


「プロージと叫んで巌窟王を掲げてみな」


「プロージ!」


 なんの躊躇いもなくルダールが巌窟王を高々と掲げた─瞬間、黄金の旗がはためいた。


 はためく旗にはシープリット族が駆ける姿が描かれている。


 最初は獅子だったが、それじゃ不味いと思ってシープリット族に変えたのだ。


「それをどんな意味にするかはルダールが決めな」


 そこまでは面倒見切れんわ。勝手にやれ、だ。


 んじゃ、これにて終了と土魔法で盛り上がりを戻し、ジャッド村へ──。


「──ベー様!」


 と思ったら、副司令官さんが現れた。三〇人の部下を連れて。あ、そう言やいなかったね。どこいってたの?


「ズルいです! 我々を除け者にするなんて!」


 いや、そう言われても知らんがな。お前らがなにしてるか知らねーんだからよ。


「別に武器が欲しいならカイナーズホームで買えよ。巌窟王よりスゲーの売ってんだろうが」


 巌窟王は見た目重視のネタ武器だ。まあ、結界を纏わせてるから並みの武器より強力だとは思うが、魔剣や魔槍のような機能はねーぞ。


「ベー様から賜るから意味があるんです!」


 どんな意味だよ? 村人から賜ってもありがみねーだろうが。


 なんて説得するのもメンドクセー。


「なら、ジャッド村まで走れ。五位まで賞品を出してやるからよ」


 ここからジャッド村まで何キロあるかわからんが、シープリット族の脚でもかなり大変なはず。熱血バカ野郎どもにはちょうどイイだろうよ。


「あ、途中で食べれる果物を見つけて持って来たら特別賞を出してやるよ」


 肉の他にも果物があると助かるし、末端のヤツにもチャンスを与えてやればハリキリもすんだろう。


「ルダールは審判な。さすがに二つもらったら顰蹙もんだからよ」


「それは残念です」


 とは言いつつも納得はしてくれた。


「明日の日の出とともにスタートだ。ルダール。頼むぞ」


 そこまでは面倒見切れんわ。


「お任せを」


 完全無欠に任せて猪を無限鞄に放り込み、転移バッチを発動。ジャッド村へと転移した。

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