第133話 獣使い

 わかってはいたけど、今回も大人数である。


 君ら暇なの? と思わず口から出かかったが、特大のブーメランになって返って来そうだから慌てて飲み込んだ。


「また班分けするぞ」


 魔女さんたちを基本に五チームに分けたが、人数が多い(主にカイナーズが)ので一チーム三班に組分けした。ふ~。


「まるで自分がやったように言ってますが、ベー様なにもしてませんよね」


 言わなきゃわからないんだから言っちゃイヤン。


 ちなみにオレは単独──ではねーけど、チームから外してもらった。久しぶりに狩りをやろうと思ってな。


 まあ、カイナーズや魔女さんたちから反対が出たが、うるせーと黙らせたよ。オレは最前線に立つ村人だ、ってな。


「誰一人理解できてる人はいませんでしたけどね」


 わ、わかってもらいたいわけじゃないので構いません!


 ドレミ、いろは、ミタさん、あと幽霊でエボーを探しにジャングルへと入った。空飛ぶ結界でね。


「ベー様! エボーがどこにいるかわかってるんですか?」


「わからん!」


 それ以前にエボーがどんな姿かも知りまセーン。


「じゃあ、どこに向かってるんですか?」


「あっちだ!」


 ビシッと前方を指差した。


「……つまり、適当なんですね……」


 当たらずも遠からず。だが、オレの中にある野生(笑)が言っている。あっちだとな!


「マイロード。二時方向に熱反応があります」


 密集する木々を結界で弾き飛ばしていると、右肩につかまる白猫型のいろはが声を上げた。あ、左肩には黒猫型のドレミがつかまってますぜ。


「熱? 竜って体温あったっけ?」


 暑さ寒さに強いかどうかは考えたことあったが、体温があるかどうとかは考えたことなかったわ。


「体温は約三八度。熱量からいって猫系の生き物かと思います」


 え? スライムって赤外線なお目々してたの!? 


「スライムって謎ですよね」


 君も謎な幽霊だけどね!


「こちらに向かって来ます」


 時速にしたら六〇キロくらいで飛んでいるのにそれについて来るか。スゴ……くはないか。元の世界でも熊は六〇キロで走ると言うし、ファンタジーな世界の生きもんならマッハを出しても驚きはねーさ。


 すぐに追いつかれ、黒い肌をしたデカい猫? なんだ? 表現できねーわ。


「リジャーと呼ばれる竜ですね」


「竜? これが?」


 ま、まあ、確かに肌の質感が火竜に似ているし、よく見たら頭に二本の角が生えてた。


「エボーじゃねーんだな?」


「はい。エボーは二足歩行ですから」


 二足歩行に荷車を引っ張らせるんだ。


「確実にエサ認定されてんな」


 速度を上げたが、リジャーも速度を上げて追って来る。


「騎乗できたら見映えはいイイかもな」


 馬よりちょっとデカいが、馬より速く走りそうだ。手懐けるには大変そうだけど。


「ベー様。排除しますか?」


 どこからか大型拳銃を出すミタさん。そんなんで排除できるんかいな?


「弾丸が特別なので問題ありません」


 どう特別なのかを訊くのが怖いのでサラッと流すとして、無駄な殺しはしない主義。ほっとけと言おうとして止めた。


「……馬より速いか……」


 リジャーは猫化のようなしなやかさとジャングルを走るに適したフォルムをしている。乗馬好きとしてはそそられるものがあった。


「また寄り道脇道主旨忘れですか?」


 そんな三段活用みたいに言わないで。まあ、その通りなので反論できませんけど。


「あいつを捕まえる。手を出すなよ!」


 オレとリジャーの戦い。どっちが強く、いや、オレが上でお前は下だと教えるための調教である!


 殺戮阿吽を抜き放ち、空飛ぶ結界から飛び降りた。


「オレがお前に跨がってやるよ!」


 纏った結界を操りアクロバティックな着地。オレをエサ認定したリジャーと向き合った。


「ほぉう。さすが野生。誰が強いかわかるようだな」


「まあ、ある意味、ベー様が一番でしょうね」


 幽霊さん。シリアスな場面なんだからチャチャいれないでくださいませ。


 殺戮阿吽を振り回し、リジャーを挑発する。


 野生なだけに油断なくこちらを警戒し、距離を計っている。強者の余裕がないところを見ると、カーストはそんなに高くなさそうだ。


「まあ、オレの前では目くそ鼻くそだがな」


 リジャーから感じる強さは下の中。完全無欠に雑魚である。何十匹何百匹襲って来ようがオレの優位は揺るがねーぜ。


「さあ、来な。オレの愛馬──ではなく、未来の愛竜よ!」


 脳内でカーンと鐘が鳴った。


  ◆◆◆


「殺戮阿タック!」


 正面から襲って来るリジャーの顎を下から上へと殺戮阿を振り上げた。


 手加減したとは言え、三トンくらいの衝撃に耐えられる生き物はそうはいねー。顎骨にヒビくらいは入っただろう。


「おろ。倒れねーとはスゲーじゃん。さすが竜種だ」


 まあ、よだれを大量に流してダメージ大を示してるがな。


「アハハ。ピッチャービビってるビビってる」


「リジャー相手になんの煽りですか?」


 野球やってるヤツなら一度は言ったことある煽りだぜ(ハイ、暴論です)。


 顎骨にヒビが入っているだろうに、リジャーのやる気(殺意)は衰えない。さらに目が血走り、口からよだれが滝のように流れている。


「しょせん獣だな」


 すぐ怒りに我を忘れてる。


 殺戮阿吽を構え、リジャーに向かって走り出す。


 竜の身体能力に人が勝てるわけねーが、我には五トンのものを持っても平気な体。自由自在に扱える結界使用能力。土魔法の才能。これらを組み合わせれば竜など物の数ではねーんだよ。


 土魔法で柔らかくして踏み込みを殺し、崩れたところを殺戮吽でフルスイング。頬にクリーンヒット。


「おっと。強すぎた。メンゴメンゴ」


 リジャーが白目剥いちゃったよ。


「生け捕りって難しいな。殺すのは簡単なのに」


「セリフが悪役ですよ」


「弱肉強食な世界に悪も正義もなし。強いヤツに生きる権利が与えられるんだよ」


 残酷なれどそれが事実。違うと言うなら是非とも覆してくださいませ。オレは応援するぜ。


 泡を吹くリジャーにエルクセプルを結界に包んで飲ませる。


 エルクセプルは何十もの生き物に飲ませ、すべてに効果を見せた。今日また効果対象にリジャーが加わりました~。


 一瞬にして回復したリジャーが俊敏に起き上がり、野生の勘でオレから距離を取った。


 なにがなんだかわからないだろうに、野生の頭をフル回転させ、三秒後には逃げ出した。


「遅い!」


 すでにポケットから出していた鉄球をリジャーへと投げ放つ。


 大リーグなボールどころか砲弾な鉄球はリジャーの左腿にクリーンヒット。あらぬ方向に曲がった。


「痛っ!」


 痛覚もないだろうに幽霊がなぜか悲鳴を上げた。なんでやねん?


「……あまりにも酷いものでつい……」


「このくらい優しいもんだよ」


 人も魔物も酷いことはする。楽しみのためになぶり殺すのもいる。オークなんて嗜虐趣味があんじゃね? ってくらい残酷に獲物を殺すぜ。


 悶えるリジャーにゆっくりと近づいていく。殺戮阿吽で倒れた木や岩を叩きながら、オレの存在を示しながら、リジャーに恐怖を与えながら、な。


 リジャーが左脚を引きずりながらも逃げようと必死である。


「諦めない生への執着。嫌いじゃないぜ!」


 手頃な岩を殺戮阿で殴り飛ばしてリジャーの右腿にぶつける。折れたかな?


 前脚で必死に逃げようとすが、もはや赤ちゃんのハイハイにも劣るくらい。難なく追い越してリジャーの前に立つ。


 その目には恐怖──いや、怯えに満ちていた。


 知能は低くても魔物や竜にも喜怒哀楽はある。なにより心があるのだ。


 オレにはどこぞの風の谷に住んでるお姫さまのように指を噛ませて心通じ合わせる能力などねーが、相手に恐怖を味合わせることはできる。心を折ることができる。オレが上でお前が下だと教えてやれるのだ。


 またエルクセプルを強引に飲ませる。


「……グルル……」


 回復したリジャーは、頭を下げ、腰を高くして小さく唸っている。


 逃げても無駄と理解してるのだろう。犬くらいの知能はありそうだな。


 無限鞄からヤンキーを入れてある収納鞄を取り出し、ヤンキーを一匹取り出して元のサイズに戻してリジャーの前に放り投げる。


「食え」


 なんて言葉が通じるわけもねーが、種族に関係なく思いは通じる。って思いを込める。


 キーキー鳴くヤンキーを殺戮吽で黙らせる。


 殺戮阿をポケットに戻し、無限鞄からミディアムなオーク肉を出してかぶりつく。


 ムシャムシャと食べていると、リジャーがグルグルと鳴き出し、ヤンキーに食らいついた。


 あちらはバキバキと噛み砕く音を立てながらヤンキーを食らう。


 その体格からヤンキー一匹では足りないと思い、さらに三匹ほど取り出してデカくする。


 よほど腹が減っていたのか、あっと言う間に完食してしまった。


「旨かったか?」


 血塗れの顔を結界で綺麗にしてやる。


「グルル」


 なにか気持ちよさそうに鳴いた、気がする。


「今からお前はオレのものだ」


 デカい顔を揉んでやる。動物とはモミニケーションが仲良くなる早道である。


「ミタさん。床を磨くようなブラシとかある?」


 こいつ、ちょっと臭い。


「はい。あります。どうぞ」


 どこぞの魔女が乗りそうなデッキブラシを受け取る。


「ドレミ、水とか出せるか? こいつを洗ってやりたいんでよ」


「はい。可能です」


 と、口から水を吹き出した。


 ……猫の口から水を出すとか、なんかホラーやな……。


「洗ってやるから大人しくしてろよ」


 水が当たったところを磨いてやると、なんか猫のように喉をゴロゴロと鳴かした。変な生き物だ。


「気持ちイイか?」


「グルルルル」


 なんて可愛く鳴くじゃないか。


「なに気に慣れてません?」


「まあ、野生を恐怖で屈服させたら愛情を示す。飴と鞭が野生を手懐ける心得だと、旅の獣使いに教えてもらったからな」


 この世界、魔物を捕まえて使役する仕事もあるんだよ。


「なんでも知ってるべー様です」


 なんでもは知らんよ。知ってることだけさ。

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