第132話 荷車作り
村から少し離れたところに工作小屋を建てた。
なぜかと言ったら村の周りが完全にカイナーズの駐屯地と化したからだ。
もう侵略じゃね? とか思わくもないが、オレの金が入っている時点で侵略したも同然。口にしたら特大のブーメランが突き刺さるだけである。
「今度はなにを始める気なの?」
「荷車作りだよ」
材料を無限鞄から出してると、委員長さんら何人かの魔女さんがやって来た。休憩か?
「あなたがなにかやると確実に予定が変わるからね、様子見に来たのよ」
まったくもって反論できぬ。しっかり見てこれから起こる予定変更に備えて下さいませ。
魔女さんたちの視線を一身に受けながら、一メートルくらいの大木を無限鞄から出して結界で木材とする。
本来なら乾燥とかいろいろ工程はあるが、我が結界はその手間の短縮を可能とする。が、防腐処理はいかんともならない。
結界を使用すれば簡単なんだが、それではオレの工作魂が許さない。おっと。くだらないとか吐き捨てくれるなよ。拘りは文化を発展させるんだからよ。
「それは?」
「木の樹液だよ。これを塗ると腐り難くなるのさ」
漆ではないが、荷車にはよく使われるものなのだが、村の周辺にはあまりない木で、採れる量が少ないのが難点だ。
しかし、我にはプリッつあんの能力がある。
残り少ない樹液も伸縮能力があれば万歳三唱。二〇〇ミリリットルが二〇〇リットルになりましたとさ。
「……あなたは、いくつ謎の力を持っているのよ……」
「これは共存体の力だよ」
その共存体はどこでなにをしているかわかりませんけど!
木材に樹液を塗って結界乾燥。イイ具合になったところで木工道具を使ってパーツ作り。以前は一分の一で作ったが、四分の一製作はちょっとムズい。
なんとか三時間くらいでパーツ完成。したら辺りはすっかり暗くなっていた。
「──うおっ! まだいたんかい!?」
委員長さんと三人の魔女さんが周りにいてびっくりこいた。
「あなたの集中力、どれだけなのよ?」
「オレはやるときは全集中する性格なんだよ」
この歳で薬師と名乗れる理由がそれです。
「ってか、見てて楽しいのか? 単なる工作だぞ」
木を削ったり組んだりしてるだけだ。これと言って特別な力は使ってねーぞ。
「あなたがすることすべてが興味あるだけよ」
「そんなおもしろい男じゃねーぞ」
オレはおもしろいことしてる自覚はあるがな。
「おもしろいじゃなく興味深いのよ。南の大陸に当たり前のように来れる村人にね」
叡知の魔女さんがなぜ委員長さんを選んだかわかるセリフだな。
「そうかい。なら、好きなだけ見な」
見られて困るような生き方はしてねーし、今さら監視の目が増えたところで気にもならねーよ。
委員長さんらに構わず荷車作りを続け、日付が変わる前に完成できた。
「うん。イイできだ!」
サリネには負けるし、自画自賛になるかもしれねーが、オレの中では会心のできだと思うぜ。
「そうなの?」
「──うおっ!?」
横からの声にびっくりポン。口から心臓が飛び出るかと思ったわ!
「集中するとまったく周りが見えなくなるのね」
「だったら驚かすなや! オレの心臓が死ぬわ!」
「驚きすぎて言葉がおかしくなってるわよ」
そうだな。ちょっと驚きすぎたな。冷静になろう。
ミタさんが用意しててくれただろうポットに手を伸ばし、カップに注いで口にした。あー旨いコーヒーだ。
「オレを見るのもイイが、夜中まで起きてるなんてお肌に悪いぜ」
「肌の心配より知的好奇心を満たすのが魔女と言う生き物よ」
ぐうの音も出ないほどの正論。いや、実態か?
「好きなことを好きなだけするには元気な体があるから。蔑ろにするヤツには明るい未来はねーぜ」
徹夜するオレだって日頃の摂生があるからだ。納得はされないだろうけど。
「心に留めておくわ」
そう言うところは素直なお嬢ちゃんだよ。
完成した荷車をいろんな角度から眺め、工程を頭の中でリピートする。
「……よし。覚えた」
錬金の指輪をして材料を並べる。
「錬金術作製!」
なんて叫ぶ必要もないのだが、ギャラリーがいると叫びたくなるのが男心なんですよ。
「錬金術!?」
なんて驚く魔女さんたち。驚くってことは錬金術は一般的じゃないってことだ。
「なんだい。帝国ではやってねーのかい? 今、世界では大人気なのによ」
いや、オレの脳内世界では、だけど。
「……帝国でも錬金術は人気よ。けど、村人がほいほい使えるほど簡単なものではないわ。何十年と研鑽した者だけが使える技なのよ」
「さすが帝国。いろいろやってんだな」
人族の中で一番技術発展してんのが帝国だってわかるよ。
「いろいろやってるあなたに言われてもね……」
まったくもってごもっともです。
錬金された荷車は一八台。大木一本で少ないと思うが、まだ練度が低いんだろう。精進だな。
「続きは明日──いや、もう今日か。起きてから再開だな」
ほっとしたら疲れが怒涛のように襲って来たぜ。
「魔女さんたちも風呂入って寝な」
カイナーズが設営した風呂があり、二四時間使えるって話だ。
「ええ。そうするわ。皆、いきましょう」
魔女さんが去り、工作小屋を片付けてオレも風呂へと向かった。
◆◆◆
次の朝。ちょっと寝坊してしまったが、体力気力はフル充電されました。
「曇りか。狩りにはちょうどイイ日だ」
「なぜよ?」
うおっ! びっくりしたー!
「魔女、気配なさすぎ! もっと気配だせや!」
なんでこの世界の個性的なヤツはキャラ濃いのに気配を出さねーんだよ。いや、気配のないのが後ろにいますけど!
……ちなみに背後の幽霊さんは姿を消して魔女観察中です……。
「あなたが単に鈍感なだけでしょう」
「館長を前にしても平然としてる人ですしね」
「まともな神経ではないんでしょう」
その突っ込み三重奏は止めーい! トラウマになりそうだわ!
なんてことは心の中だけに止めておきます。女に口では勝てないから。
……最近こいつら、オレに対して遠慮も容赦もなくしてきたよな……。
まあ、だからって敬って欲しいわけじゃねーが、優しくしてもらえると助かります。女性の言葉はとても切れ味が増すときがあるので……。
「それで、今日はなにをするの?」
「荷車を引っ張らせる竜を狩る」
南の大陸にも馬はいるそうだが、この周辺ではいなそうだしな。
「わかったわ」
「え? ついて来んのか? 狩りだぞ」
魔女って狩りもすんのか?
「それも勉強よ」
狩りがどう魔女に活かされるかはわからんが、学びたいと言うなら否はなし。好きにしろだ。
「ミタさん。また長殿とザイライヤー族の戦士たちを集めてくれ。あ、朝食も頼むわ」
「畏まりました。朝食はすでにできております」
ミタさんが見る方向にはテーブルがたくさん並び、バイキングスタイルな感じになっていた。ほんと、世界観完全無視だな……。
まあ、用意してくれたのなら文句を言うのはご法度。感謝していただきましょう、だ。
長殿やザイライヤー族の戦士が来るまで朝食をいただくことにする。
「ベー様。お食事中申し訳ありません。少しよろしいでしょうか?」
と、カイナーズの青鬼っ娘さんがやって来た。どったの?
「カイナ様よりしばらくタケル様の側にいるのでこちらには来れないそうです」
あ、タケルな。すっかり忘れてたわ。
「あっちは上手くやれてんのかい?」
これが現実だとタケルだけが知らない作戦? だっけ? うろ覚えですんません。
「はい。皆さん元気にやっていると報告を受けてます」
「そうか。それはなによりだ」
まあ、カイナがかかわっている時点でなによりにはなってねーと思うが、傷心しきったタケルには荒療治が必要。万事カイナにお任せだ。
朝食をいただいていると、長殿とザイライヤー族のオネーサマ方がやって来た。
「朝食を一緒にどうだい?」
もう九時くらいになってるけど。
「なら、遠慮なくいただこう」
タダメシは別腹ってか? まあ、たくさんあるんだいっぱい食えや。
長殿は年齢的にそれほど食わないが、ザイライヤー族のオネーサマ方は欠食児童のようにかっ込んでいる。
「食料、足りてないのかい?」
横に座ったエース的オネーサマに尋ねた。
「いや、足りてはいるが、ここの料理はどれも美味いからな、つい欲張ってしまうのだ」
ロールケーキを美味しそうに頬張っている。
「もしよかったら、ザイライヤー族ごとうちで雇われてみねーかい?」
フォークの動きが止まり、こちらを見た。
「ザイライヤー族の掟に口を出すつもりはねーし、物資や食料も供給する」
「わたしたちになにをさせる気だ?」
土魔法でコーヒーカップを模した紋章を創り出す。
「これを代々受け継いで、これと同じものを持った者が現れたら力を貸してやってくれ。あ、それには守護の力を持たせてある。竜の攻撃くらいなら問題なく防げるからよ」
エース的オネーサマにオレの紋章を渡した。
「……意味がわからないのだが……?」
「だから、それを持った者が現れたら力を貸してやってくれってことだよ。オレの子か孫かはわからんが、味方を残しておきたいってことさ」
そこにはオレも含まれている。仕込みは今からしておかないとな。
「……わかった。ザイライヤーの誇りに懸けて受け継ぐと誓おう」
「オレ、ヴィベルファクフィニー・ゼルフィングとザイライヤー族との契約は交わされた。仲良くやっていこうや」
南の大陸の一部とは言え、カバーできたのは僥倖。百年単位で約束を守ってくれる存在はそういねーからな。
「そうなると、ザイライヤー族と連絡できる場所か人が必要だな。そちらの要望はあるかい?」
「我らは放浪の一族だ。どちらも難しいと思う」
「なら、シュンパネを渡しておく。それを使ってうちに物資の補給に来るってのはどうだい?」
シュンパネがどう言うものかを説明する。
「……それでいい……」
なにか苦虫を噛み潰したようなエース的オネーサマ。偏頭痛かい?
「ミタさん。調整してくれや」
もう館のことはもうわからん。ミタさんに丸投げします。
「畏まりました。メイド長と調整します」
任せてよろしこです。
「そうやって伝を作っていくのね」
オレらのやり取りを見てなにかを感じたのか、委員長さんらがザイライヤー族のオネーサマ方に接触を始めた。
叡知の魔女さんからいろいろ使命を与えられているなだろう。ガンバレ、若き魔女たちよ。そして、その成果をオレが美味しく利用させていただきます。クク。
◆◆◆
朝食が終わり、食後のお茶(オネーサマ方は甘いもの食ってるけど)を飲んでから本題へと入る。
「荷車を引かせる竜が欲しいんだが、近くで捕まえられないか?」
「この近くでは無理だろうな。マダルが溢れたから遠くに逃げたと思う」
マダル? って、ヤンキーのことか? 話の流れからして?
「どの辺ならいるんだい?」
「おそらく、バルバラット族がいるほうなら」
バルバラット? あ、トカゲさんたちのところか。荷車を引くような竜なんていたっけ?
「ミタさん。まだトカゲさんたちのところにカイナーズはいるかい?」
淡水人魚さんのところに移っちゃったかな?
「はい。中隊が駐屯しています」
中隊がどれだけの規模かはわからんけど、いるならそれでよし、だ。
「またお邪魔させてもらうってトカゲさんたちに伝えてもらってよ」
友好関係は築けているとは言え、一言あったほうがイイやろ。
「畏まりました。中隊と連絡をしますのでお待ちください」
オレは待つのが得意な男。いくらでも待ちますとも。
「捕まえるなら用意をしてくる」
オネーサマ方が席を立ち、村へと戻っていった。
しばらくしてカイナーズの青鬼っ娘さんがやって来た。
……この青鬼っ娘さん、オレ担当になったのかな……?
「なったと言うよりさせられたが正しいのでは?」
レイコさんがオレだけに聞こえる声でボソッと呟いた。そこはかとなく失礼なこと言わないでくださいませ。
「まあ、ベー様担当になるとお給金が上がるそうですからよろしいんじゃないですか?」
それもそこはかとなく失礼だと思うのは考えすぎだろうか?
「あ、あの、わたしたちもついていってよろしいでしょうか?」
ん? ついて来んなと言ってもついて来るクセに珍しいな。
「別に構わんが、どうしたんだい?」
「あ、いえ、その、非番組の方々がアルバイトしたいと言いまして……」
つまり、下っぱの青鬼っ娘さんに訊いてこいとパシられたってことね。
「来たいなら好きにしたらイイさ。隊商の商品にする皮とか肉が欲しかったから狩ってくれんなら駄賃は出すよ」
さすがにヤンキーのように一匹千円は出せん。狩り尽くされても困るからな。駄賃ていどにさせてもらいます。
「ありがとうごさいます!」
ヒャッホー! な感じで去っていく青鬼っ娘さん。
「魔族ってよく働くよな」
イメージ的に怠惰な種族かと思ってたが、根は働き者なんだな。
「働けば暮らしは豊かになりますから」
とはミタさん。まあ、怠惰にならないていどに豊かになれ、だ。
青鬼っ娘さんと代わるようにオネーサマ方も狩りの格好になって戻って来た。
「なんか本格的な出で立ちだな?」
格好もそうだが、気合いも入っていた。なんのやる気スイッチが入ったんだ?
「我らもエボーは欲しいのでな」
エボーって言うのか、荷車を引っ張る竜は?
「そのエボーってのはなにを食うんだい?」
「なんでも食うが、肉が一番喜ぶな」
雑食な竜とかいるんだ。初めて知ったよ。
「ベー様。中隊と話がつきました。いつでもお越しくださいとのことです」
「あいよ。いくヤツは集まれ」
オネーサマ方は八人。魔女さんたちは五人。メイドは十人以上。カイナーズは……たくさん。非番、多くね!?
「オレの転移バッチで魔女さんらを連れていくから残りはミタさんたちで頼む。カイナーズは適当にいけ」
「畏まりました」
「了解です」
転移バッチ発動。トカゲさんたちの村へ──で、転移した場所にはカイナーズとトカゲの勇者がいた。
「またお邪魔させてもらうよ」
「いつでも歓迎する」
ミタさんたちも転移して来て、中隊が駐屯する場所に移った。
「エボーを捕まえたいそうだな」
駐屯のテントに入り、こちらが切り出す前にトカゲの勇者が切り出した。単刀直入で助かる。
「ああ。場所を知っていたら教えて欲しい。礼はするんでよ」
「いや、礼はいらない。こちらでエボーは害でしかないからな」
そうなんだ。ところ変わればってヤツか?
「じゃあ、すべて捕まえても問題ねーってことでイイんだな?」
「そうしてくれると助かるが、野生のエボーはすばしっこいぞ」
よくそんなのに荷車を引っ張らせようとしたな。まあ、野生の馬も気性は荒いけどよ。
「それは腕が鳴るってもんさ」
戦いはまるでダメだが、狩りはS級の腕前よ。
……ただまあ、熱くなると根絶やしにしちゃうけどな……。
「エボーがどんなのか知りたいからザイライヤー族のやり方で捕まえてみてくれよ」
エース的オネーサマを見ながら言った。
「わかった」
「カイナーズも自分たちのやり方で捕まえな。一匹につき五〇〇円で買い取るからよ」
ヤンキーより安いが、あれはボーナスタイム。通常タイムに戻させてもらいます。
「了解です!」
安くなってもカイナーズのやる気は一二〇パーセント。狙撃銃っぽいものを掲げて雄叫びを上げた。生捕りってのを忘れないでね。
「魔女さんたちは見学だ」
空飛ぶ箒を持っている魔女さんたちに注意する。なんかこちらもやる気一二〇パーセントだから。
「わたしたちもやりたいです!」
と、戦闘系っぽい魔女さんが声を上げた。
「まずは先生方の見学だ。いきなり実践などさせられんよ」
なんか殺しそうな勢いだし。
「嫌だと言ってもやらせるから慌てるな」
オレはやる気のあるヤツにはとことんやらせる主義である。それこそ血反吐を吐こうがな。
「ザイライヤー族。準備はイイかい?」
「いつでも構わん」
では、エボー狩りの時間だ!
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