第186話 温室

 支店長さんに任せたことで、オレのミッションコンプリート。さあ、村に帰るべや。


「温室にはいかなくていいんですか?」


 あ、そうだった。忘れてた。


 イカンイカン。アリーのことでマイアのことすっかり頭の中から溢れ落ちてたわ。スケジュール管理、あざーす!


「……幽霊をそんな風に扱うの止めてくださいよ……」


 じゃあ、幽霊をどう扱うのが正解なんだよ? どこぞの音声検索と同じだろうが。


「なにか凄く侮辱された感じがするんですけど」


 オレ的には褒めてるんだけどな。突っ込み機能は排除して欲しいけど。 


 どこでも部屋で一泊。九時くらいには目覚められた。


「……あんたら、自分の部屋で寝ろよ……」


 目覚めると魔女さんたちが雑魚寝していた。


 宿屋に部屋を取ってるのに、なぜどこでも部屋で雑魚寝なんだよ? 部屋代もったいねーだろう。


「……おはよう……」


 オレが起きたことに反応してか、魔女さんたちも起き出した。


「なんでここで寝てんだよ?」


「ここが暖かいからよ」


 あーうん、冬だもんな。暖房器具もなけりゃ氷点下にもなるわな。


「帝国の冬は寒いのかい?」


「寒いわね。大図書館は暖かいけど」


 さすが魔女のいるところ。温度管理がいき届いているようだ。


「おはようごさいます」


 と、クルフ族のメイドさんが入って来た。


 ……なんか宿屋がゼルフィング家に乗っ取られてそうだな……。


「朝食になさいますか?」


「ああ。頼むわ」


 そう言って風呂へと向かう。昨日、風呂入るの忘れたわ。


 すっきりさっぱりして戻って来るとテーブルに朝食が用意されていた。ご飯に味噌汁って、誰のチョイスだ?


「いただきます」


 まあ、こんな朝食もイイだろうと、ありがたくいただいた。


 魔女さんたちも不思議に思いながらもフォークを使って食べている姿ってのも奇妙なものだ。


 朝食が終わり、食後のコーヒーをいただく。


「温室にいくのかしら?」


「ああ。昼前にでもいってみるよ」


 別に急ぐこともなし。腹が落ち着いてからで構わんやろ。


「そういや、薬の材料は手入れられたのかい?」


「ええ。お返しはちゃんとするわ」


「それは助かるよ」


 薬師として材料はストックしておきたいからな。


 一一時頃までゆっくりしてから宿屋を出た。


「えーと。どっちだったっけな?」


 もう一年以上、温室にいってねーから道順を忘れっちまったわ。けどまあ、結界の反応はわかるから、そっちに向かえばいずれ着くだろうよ。


 なんて軽い気持ちでいったら結構迷ってしまった。こんなに複雑だったっけ?


 人に尋ねながらなんとか温室までやって来れたが、なんか畑が増えてんな。前はボロ小屋があったはずなのに。


「冬なのにミセギの花が咲いているわ。それに暖かいわね?」


「火の石を使ってるからだよ」


「火の石?」


「魔力を込めると熱を発する石だよ。火竜から取れるものさ」


 年齢により石のサイズは違うが、大きいのだと人の頭くらいあり、魔力が石いっぱいになると火を出したりする。


 そこそこに調整すれば夏に咲くミセギの花も冬に咲かせたりできるのだ。まあ、咲かせたのはマイアの腕によるところ大、ってところだろう。


「誰だ!」


 と、作業していた男に誰何された。


「オレはベー。ボブラ村のもんだ。そこの温室を創った者だ。マイアに会いに来た」


 オレのことは聞いてるはず。こんな摩訶不思議なもんを創ったヤツなんだからよ。


「あんたがベーか。子どもとは聞いてたが、本当に子どもだったんだ」


 まあ、子どもが創ったとは思えないわな。


「マイアさん! お客さんだよ!」


 三〇くらいの男がさん呼びか。マイアのヤツ、どんな位置にいるんだ?


 何度かの呼びかけで、温室からマイアが出て来た。二歳下なのに、すっかり女っぽくなって。どんだけ成長してんだよ。


「べー。久しぶり。やっと来てくれたわね」


「ワリーワリー。いろいろ忙しくてな。温室は順調か?」


「順調よ。ただ、順調すぎて手狭になってきたわ」


 昔から植物を育てるのが異様に上手かったが、結界温室を与えたことで覚醒したようだ。


「そちらの女性は?」


「魔女だよ」


 ジャックのおっちゃんが知っていたのならマイアにも魔女のことは伝わっていることだろうよ。


「魔女? バイオレッタ様の同胞の方?」


 なんでオババの名前を知って、過去を知っているのに、オレはなにも知っていないのだろうか?


「興味がなかったからでは?」


 あ、はい。そうでした。


「ああ。帝国の魔女だよ」


「凄い凄い! 本物の魔女なのね! 凄ぉ~い!!」


 なにやら魔女に強い憧れがあったようだ。


「魔女さんらに温室を見せてやってくれや」


「もちろんよ! あ、あの、わたし、マイアです! 魔女に憧れてたんです! お話訊かせてください!」


 これはちょっと不味いな。マイアを引き抜かれるフラグっぽい。


 色っぽい魔女さんの目がちょっと輝いたのをオレは見逃さなかったぞ。


「わたしでよければ。あ、わたしはコリアント。コリーと呼んでちょうだい」


 完全に引き込む態勢に入ったな、こりゃ。


 まっ、なるようになる。少し様子を見るとしようかね。


 はしゃぐマイアに腕をつかまれた色っぽい魔女さんに続いて温室へと入った。


   ◆◆◆◆


 温室の中は色とりどりな植物が生っていた。


 大体のものが薬の材料となるものだが、ラーシュからもらった南の植物も植えてある。


「これ、マイアが育てたの?」


「はい。自分で言うのもなんですが、結構苦労しました」


 苦労して生らせるものではねー。マイアの魔法が生らせているのだ。


「マイアには植生魔法が使えるんだよ」


 植生魔法とはオレが命名したものだが、植物を育てる魔法を使えるのだから間違ってはいねーはずだ。


「植生魔法?」


「これは根拠のねー考察だが、マイアにはエルフの血が少しばかり流れているんだと思う。エルフには植物を操るヤツがいるっぽいからな」


 マイアは完全に人の姿をし、成長も人だ。だが、植物を育てる魔法なんて使えるヤツはいねーと、旅の魔術師やバリラが言っていた。


「魔女の中に、植物を育てる魔法を使えるヤツっているかい?」


「土魔法の流れで育てる者はいるけど、こんな立派に育てることなんてできないわ」


 またマイアの価値が上がった感じだな。


「植生魔法ね。他にはなにが使えるの」


「土魔法と一般魔術です」


「あなたが教えたの?」


「基礎の基礎はな。あとはマイアの創意工夫だ」


 この温室を創ったのはオレは一〇歳くらいのとき。七、八歳のマイアに教えることなんてたかが知れている。うちの天才児ほどではなかったからな。


 あとはマイアに任せ、オレは結界温室の具合を確かめた。


 結界も複雑なものにすると不具合や劣化を起こしたりするし、まだ未熟なときのものだから創りが甘かったりするのだよ。


 改造と強化、仕様を長期に変えてハイ、終了。あと三〇年は保証するぜ。


 マイアと魔女さんたちのおしゃべりはまだ続きそうなので、温室の植物を観察する。


 どれも見事に生っている。


 植生魔法での効果もあろうが、土も腐葉土や肥料をイイ感じに混ぜられている。九歳がやれる域じゃねーよな。


 温室から出て、外の畑も見る。


「あの、温室を創ったべーって人ですか?」


 見てたらオレと同じ年齢くらいの少女たちがやって来た。なんや?


「ああ。そうだよ。ボブラ村のべーだ。あんたたちは?」


「温室で働いている者です」


 まあ、小さいとは言え、テニスコート一面分はあり、外には四倍の畑がある。マイア一人では面倒見切れんわな。


「それはありがとな。マイアを助けてくれて」


 マイアは妹のようなもの。助けてくれてる者には感謝しておかねーとな。


「いえ、お給金もらってますから」


「それでもマイアを助けてくれてることには変わりはねー。兄みたいなオレからしたら感謝しかねーよ」


「べー様ってたらしですよね」


 はぁ? なんでだよ? オレは誰もたらしてねーだろう。なに言ってんのよ?


「あ、いえ、あの! それより、温室をもっと大きくしてもらえないでしょうか?」


「ん? またなんで?」


 大きくするのは吝かじゃねーが、なんで働いてるヤツが言うんだ?


「グルースを増やしたいんです」


「グルース? って、花のグルースか?」


 確か、南の大陸の花で、香水の材料となるものだったはず。


「今、バリアルの街ではグルースの香水が人気なんですが、温室では一本しか植えてないので品薄なんです」


 ふ~ん。香水ね~。王都でも匂い袋が流行ってたが、香水も人気があるものなんだな。


「香水って、いくらなんだ?」


「小瓶で金貨二枚です」


「金貨二枚? 誰が買うんだよ、それ!?」


 小瓶つっても三〇ミリリットルくらいのはず。それで街に人気になるって意味わからんわ。


「今、香水はあるか?」


「マイアなら予備を持ってるかも」


 と言うので温室へと戻る。


「マイア。グルースの香水あるなら見せてくれ」


 魔女さんたちとおしゃべりしている中に無理矢理入り、グルースの香水を求めた。


「まったく、ミラたちは」


 マイアにも陳情はしていたようだ。


「あまりグルースを増やしたくないのよね。匂いがキツくてわたしは嫌いなのよ」


 まあ、匂いに敏感なヤツには辛いだろうな。薄いならイイ匂いなんだが。


「だが、困ってんだろう? 増やせないかって」


「まーね。けど、他を減らすのこともできないし」


 だから大きくしろ、か。


「街の外にゼルフィング商会の飛空船場ができたのは聞いてるか?」


「うん。べーがやってる商会って聞いた」


「その近くに温室を創ろかと思ってたんだよ。だが、ここを潰すのも偲びねーし、マイア一人では大変だろうと悩んでたんだよ」


「うーん。確かに新しい温室は魅力的だけど、ここを潰すのは嫌だわ」


 まあ、オレの力なら移動させることも難しくはねーが、働いてる者まで街の外に連れていくのは難しいだろう。ましてや若い女を雇ってるんだからな。


「べーくんが許してくれるなら魔女を派遣してもいいわよ。魔女にも植物に詳しい者がいるから」


「これ以上、魔女を他の国に出してもイイのか?」


 この国は人外が影で仕切っている。帝国もそれは知ってるはず。ましてや魔女なら危険を知らないわけがねー。


「だからべーくんの許可を求めているのよ。あなたはこの国でも重要人物とされているわ。交換留学ができてるのもあなただからよ」


「いやオレ、村人なんですけど」


 って言ったら鼻で笑われました。ま、まあ、イイけど!


「わかった。ただ、バリアルの街では魔女は隠せよ。マイアも隠せよ」


 アリーのこともある。バリアル伯爵にはまだ知られたくねーんだよ。


「なんでよ?」


「ゼルフィング商会を隠れ蓑にしてバリアル領乗っ取りを考えてるからだ」


「……そんな怖いことわたしに言わないでよ……」


「魔女を知っている時点でお前はもうこちら側なんだよ。覚悟決めろ」


 皆同罪。成功するときも失敗するときもオレらは一心同体である。


   ◆◆◆◆


 マイアからグルースの香水をもらう。


 目薬の入れ物くらいの小瓶を作る職人がいることに衝撃を受けてるが、今はそれを横に置いて、グルースの香水を二リットルくらいまでデカくする。


「また非常識な力を披露するわね」


「これはオレの力じゃねーよ。借りてるだけだ」


「借りてる力ってなによ。どっちにしろ非常識じゃない」


 マイアもキツくなったものだ。昔……もキツかったでしたね。


 無限鞄から空瓶をいくつか出し、土魔法で分解。小瓶へと再構築する。


「本当に非常識よね」


「これは技術だ」


 土魔法は材料さえあればそう難しくねー。まあ、できるまでには創意工夫があったけどな。


 三〇ミリリットルくらいの小瓶にグルースの香水を分け、四三個できた。


「ジャックのおっちゃんのところで売るようにしろ。あまりはもらうな」


 メイドさんたちに使ってもらって気に入るか試してみようっと。


 小瓶を無限鞄へと仕舞った。


「あと、これはゼルフィング商会の商品として、ゼルフィング商会が卸す。マイアが個人的に作って売る分には口は出さねー。いいな?」


「うん、いいよ。作る手間が減って助かるし」


 と言うことでグルースの香水はゼルフィング商会のものとなりました。


「グルースの香水をジャックのおっちゃんに渡したらオレは帰るよ。温室は創っておくからマイアの好きにしろ。魔女派遣は色っぽい魔女さんに任せる。マイアと相談して上手くやってくれ」


 それはオレの管轄外。かかわる気はねー。


「ライラ、ミレンダ、ミラ。わたしはしばらくここにいるから館長に話を通しておいてちょうだい」


「残るならあの部屋を好きに使いな。なにかあれば支店長に言いな」


 万が一のときのためにシュンパネと金を渡しておく。この貸しは叡知の魔女さんに返してもらうけど。


 温室を出ると、さっきの女子が待ち構えていた。


「あ、あの、どうでした?」


「ゼルフィング商会で卸すことに決まった。ジャックのおっちゃんのところで売るようにしたから広めてくれ」


 小瓶を一つ出して女子たちに一つずつ渡してやる。


「売るなり使うなり好きにしな」


 どちらにしろ宣伝になるし、数が増えれば価格も落ちる。女子たちに一つずつプレゼントしても大した問題にもならんやろ。


「そう言うことするから狙われるんですよ」


 狙われたら返り討ちにしてやるさ。


「いや、そう言うことではなく、たまに天然になりますよね、べー様って……」


 なんのこっちゃ? オレ、天然なんて言われたことねーぞ。


「いいです。べー様はそのままで」


 よくわからん幽霊だな。


 まあ、気にせずジャックのおっちゃんのところへと向かった。


 今日も今日とて繁盛しているドラッグストアー。商品仕入れとかどうしてんだろうな?


 接客しているの待ち、終わったら話があるとジャックのおっちゃんを奥へと連れていく。


「街の外に温室を創ることになって、その応援に魔女が何人か来る。マイアが仕切ると思うが、なにかあれば協力してやってくれや」


「ほんと、お前がかかわると事が大きくなるな」


「オレは望まれたことを叶えてやってるだけなんだがな」


 なぜ叶えてやる立場が責められるか意味わからんわ。


「あと、ゼルフィング商会としてグルースの香水をジャックのおっちゃんのところに卸す。六四でどうだ?」


「ゼルフィング商会が六か?」


「ゼルフィング商会が六か?」


「ああ。破格だろう?」


「普通、八二だろう?」


「そこはオレとおっちゃんの仲ってことで」


「お前が譲歩するときは絶対裏があるときだ」


 やはり見抜かれてるや。


「数年後、バリアル領を乗っ取る。だから、おっちゃんには商人たちに根回しして欲しい。こちらには大老どのや国の宰相、王都の大商人、裏のもんがついている。なにより、ゼルフィング商会が次期伯爵候補を擁護している。味方になってくれるなら悪いようにはしねーってな」


 支える下がいてこそ上は輝くもの。なら、下から崩していきましょうだ。


「お前は、絶対権力とか持っちゃダメなヤツだよな」


「だから権力は持たずに伝手を持っているのさ」


 権力なんざ持たなくても権力を持つ者と友達になるほうが早いし楽ってものだ。


「ハァー。わかった。わかったよ。お前が動いたら絶対そうなるしな」


 オレはやると言ったら絶対にやる男。二言はねー。


「ってことで、よろしく頼むわ」


 グルースの香水を置いてジャックのおっちゃんのところをあとにした。


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