第6話 村人と猫

 猫と村人。


 なんか純文学でありそうな題名だが、ファンタジーな世界では珍妙な光景に見えるようで、もっか街の方々から奇異な目を向けらてます。


 まあ、茶猫を先頭に黒猫引き連れた男。これが奇異じゃなかったらなにが奇異なんだよって話たわな。


 スルー力以前にそんなもの気にしねーくらいの視線なので、構わず猫と村人の行進を続けた。


 しっぽを左右に振りながら先を歩く茶猫を見下ろしていると、ふと疑問が生まれた。


 元二足歩行の生き物が四足歩行になるって、違和感とかねーのかな?


「不思議とないな。ただ、ふとしたときに人間っぽい動きはするらしいが」


 尋ねてみたらそんな答えが返ってきた。


 ……人間っぽい動きができる時点で猫としての域を出てるよな……。


「ちなみに、二足歩行はできるのか?」


「やろうと思えばできるが、四足のほうが楽だな」


 やはり猫の域、出てるわ、こいつ。


「オレの力ではねーが、立って歩けるようにはできるし、人型にはなれるぞ」


 アリザが脱いだ着ぐるみ(的なもの)を人型にした要領でやれば可能だろうよ。


「ますます変な生き物にならね?」


「今さらだろう。世界最強の願いで猫かも怪しいんだからよ」


 世間がこれを猫と認めてもオレは猫と認めねーぞ。普通の猫の立場(?)がねーわ。


「……そりゃそうだが、気持ち悪がられたりしねーか……?」


「しゃべる猫が気持ち悪く感じなかったら大丈夫じゃね?」


 蟲系はどんなんでも気持ちワリーと思うが、猫なら気持ち悪くはならんだろう。少なくともオレの周りにはいねーと思うぜ。


「試しにやってみるか?」


「そんな簡単にできるものなのか?」


「羊を人型にした経験はある」


 着ぐるみ(的なもの)だけど。


「それ、どんな能力だよ?」


「本来の能力名は知らんが、オレは伸縮能力って呼んでる。こう言う能力だ」


 無限鞄から先ほど余ったMなハンバーガーを出してデカくする。


「質量の法則を無視した能力で、味はそのままだ」


 カイナから軽く説明を受けたが、サラッとしか理解してない。なので、それ以上は聞かないでね。


「……ファンタジーだな……」


 なんだろう。その返しに親近感が湧いたような気がする。


「同感だな。でもまあ、融通が利く能力だぜ」


 まあ、その割には使ってねーけどな。


「…………」


 沈黙する茶猫。どうやら気持ちが揺るいでいるようだ。


 答えが出るまで声をかけず、茶猫の後に続いた。


 相当悩んでいるようだが、周りが見えなくなるほどではないようで、スラム街って感じの街並みになってきた。


「家なしの方々が少ねーな?」


 イメージ的に家なしの方々が道端にいると思ったんだが、下町な感じでおしゃべりしているって感じだった。


「そろそろ冬になるからな。広場に移ってるよ」


 茶猫の説明によると、家なしの方々が集まる広場があり、秋口になるとそこに集まり冬を越すんだとよ。


「スラムも各地に因って違いがあるんだな」


 あまり生きることに消極的なイメージがあったが、結構逞しく生きてんだ。


 さらに進むと、完全にスラム街へとなった……けど、ゴミゴミした感じはなかった。


「びっくりしたろう、意外とキレイで」


「ああ。もっとゴミゴミしてるかと思ってた」


 汚いのは汚いんだが、ゴミ溜めって感じはない。なんでだ?


「ここを仕切ってるマフィアがキレイ好きって言うか、ゴミは専用の場所に捨てさせてんのさ」


「……また、変わったマフィアがいるな……」


 いや、それほどマフィアに精通しているわけじゃないが、キレイ好きなマフィアなんて初めて聞いたわ。つーか、スラム街より普通の街を仕切れよ。意味わからんわ!


「結構、力のあるマフィアっぽいな」


「? なんでそう思うんだ?」


「監視するヤツがそこらかしこにいて、ゴロツキが現れない。そう言うのは決まって統率力が高いんだ」


「それを知っているお前って何者よ?」


「平和を愛するスーパー村人さ!」


「あ、そう」


 と、軽く流された。なぜに!?


「川?」


 なんとスラム街の中に川が走っていた。


「川の名前は知らないが、下水を流す川らしいぜ」


「へ~。そんな仕組みになってんだ。街って結構奥が深いんだな」


 村人のオレには想像つかんわ。


「あの橋の下から下水道に入れるんだよ」


 近くの壁に上がり、前足で橋を指した。


「役人が来ないのもわかるわ」


 橋の下に下りる階段はなく、なにか布を絞ってロープにしたものが垂れ下がっているだけであった。


「まあ、この時代の役人なんてそんなものさ」


 世界最強を願っただけはあり、二メートルの段差など気にしないで、三〇センチもない側路に飛び下りた。


 結界で飛び下りることもできたが、こちらを見ている者の前で能力を晒すのも愚か。絞った布を伝って側路に下りた。


「魚がいるんだ」


 それほどキレイな川ではねーが、小魚が結構いた。


「ドロ臭くて食えないがな」


 そう言うところを見ると食ったんだ。


 側路をしばし歩くと、街にいくだろう水路と地下に流れる水路のY叉路が現れた。


「なんか明かりは出せるか? 慣れてない者はよく落ちるからな」


 問題ないと結界灯を創り出した。


「チートな野郎だ」


「このくらい初歩の魔術でもできるぜ」


「魔術か。おれも使えたらな~」


「いや、お前にも魔力があるんだから使えんだろう」


 人外ばかりと接してるせいか、魔力の強大さになんとも思わなくなったが、茶猫の魔力も相当高い。魔術を習得すればオーガの群れでも倒せると思うぜ。


「ほ、本当か!?」


「興味があるなら教えてやるよ。オレ流でイイのならな」


 考えるな、感じろ的な教えになるがよ。


「頼む! それでいいから教えてくれ!」


「おう、任せろ」


 まあ、ニューブレーメン内に入れるくらいにはしてやるが、そこからは己でなんとかしてくれ。アリザやカバ子、ルンタに匹敵するまでは強くしてやれんからよ。


 ……死ぬなよ……。


「なに、その悲しい顔でのサムズアップは?」


 お前の輝かしい未来に幸あれと願ってさ。


  ◆◆◆


「……お前、いったいなにしに来たのよ……?」


 次々と現れる牙ネズミを捕獲し、手際よく解体していると、茶猫が訊いてきた。なんか、疲れ果てたような顔して。


 ……表情豊かな猫だよ……。


「なにって、牙ネズミの捕獲だろう」


 他になにがあるんだよ?


「おれには牙ネズミの乱獲に見えんだがな。つーか、最初の話はどこいったんだよ!」


 最初の話? なんのことだ?


「そのマジで忘れてる顔止めろや。テメーはどこまで自由なんだよ!」


「どこまでと訊かれたらインフィニティの先までと答えよう」


 オレはオレのしたいことをする。そこに一切の躊躇いも遠慮もねー!


「……もういいよ……」


 と、肩を落としてその場で丸くなった。自由な猫だよ、まったく……。


 まあ、猫なんてそんなものと解体を続けた。


「……解体飽きた……」


 さすがに三百匹もやるとダレてくるわ。


「しかし、牙ネズミ、どんだけいんだよ?」


 飽きて来たらマンダ○タイム。あーコーヒーうめ~!


「これでも減ったほうだよ。一番凄かったときは通路を塞いでいたからな」


 いつの間にかテーブルに上がり、ペ○シを飲む茶猫。なんつーか自然に入って来ましたね、君……。


 ……いやまあ、下水道でマ○ダムタイムしてることに突っ込まれそうだがな……。


「お前、よく生きてんな」


 オレには結界があるからなんら問題ねーが、魔法や魔術を使わず、己の肉体だけで相手すんのは無茶苦茶だろう。世界最強はそんなにスゲーのか?


「おれの毛は牙ネズミの歯より頑丈で、爪が異様に鋭いんだよ。体力もバカみたいにあるし」


「……この世界の猫、どんだけだよ……」


 もう魔獣とかの域を通り越して獣王級に突入しちゃってるよ。


「よし。オレ飽きたから代わりに牙ネズミ狩ってこい」


「本音を出し過ぎだ! もっと柔に建前を言えや!」


 そんな日本人的思考は捨てやがれ。この時代は我の強いヤツが美徳とされんだよ。いや、ウソですけどね。


「君の力をオレに見せてくれ。スーパーキャットよ」


「誰設定でどんな状況だよ?」


 そこは君の想像力で補ってください。オレには想像できないんで。あ、ドレミ。コーヒーお代わり。


「……ほんと、お前は最悪のほうに自由だよ……」


 どんな方向だよ、それ。自由に善し悪しなんてねーわ。


「ベー様。ちょっとこれを見てください」


 側路に並べた裂いた胃を観察していたレイコさんが声をかけてきた。なによ?


「胃の中にこれが入ってました」


 なにかの肉片っぽいものを指を差した。それがなんだってんだい?


 別に霞を食って生きてるわけじゃねーんだ、胃になんか入ってのは当たり前だろうが。


「明らかに獣や人の肉ではありません」


 言われてよく見れば確かに獣の肉ではねーな。なんだこれ?


 消化途中で色や形は崩れてよくはわからないが、塊に肉の繊維がない。なんか吐いたときのカマボコって感じだな。


 ……お食事中の方がいたらすみません……。


「雑食なので野菜の欠片もありましたが、この不思議なものをがほとんどのようです」


 つまり、牙ネズミの主食か。こんな下水道で主食となるものなんてあんのか?


「……魚、ではねーよな?」


「はい。骨は出てきませんでした」


「なにかの植物か?」


 ファンタジーな世界。下水道でなる植物があっても不思議じゃねー。実際、不思議なキノコが生えているの、見たことあるし。


「たぶん、違うと思います。ちょっとここを見てください」


 と、側路の水側を指差した。


「苔か?」


「はい。じめじめしたところで生息する苔で、エサにしている生き物もいます」


 なにか、含みがあるように言うレイコさん。


 苔はなにかで削られたような齧られたように、至るところ剥げていた。


「……嫌な予感、と言うか、確実に嫌なことが起こっている感じだな……」


 これまでのことを考えたら、なに一つイイことが出てこねーよ。


「……なに深刻な顔してんだ? ここの牙ネズミはタコを食ってるぜ」


 そんな重大発表はもっと小出しにして出せや。胃がキュッとするわ。


「いるのか」


「いますね。確実に」


「つーか、そう言う生き物なのか?」


 いろいろな意味を込めて尋ねた。


「はい。何千と卵を生み、苔なども食べて、悪環境でも生きられるくらい生命力があります」


 理解したレイコさんが重要なことだけを教えてくれた。


「この領都、呪われてんじゃね?」


 嫌がらせの呪いならこれほどの嫌がらせはねーぞ。


「かもしれませんね。ちなみに、グラーニからも魔石は採れます。なんの偶然か、牙ネズミと同じ白の魔石です」


「ほぉう。それはそれはお気の毒に」


 嫌がらせの呪いが一転して祝福の恵みになりました~。


「……お前、なんて魔王……?」


「愛と平和を願う心優しい村人ですがなにか?」


 そんな「うわ~」って顔はノーサンキュー。誰がなんと言おうとオレは村人です!


  ◆◆◆


 なにはともあれ、まずは公爵どのに筋は通しておくか。勝手に動いても迷惑なだけだしよ。


 解体したのも解体中なのも無限鞄に仕舞い込み、血で汚れた側路を水(結界で下水を掬いました)で洗い流した。


「一旦外に出るぞ」


「好きにしろよ、もう」


 なんか投げやりな茶猫くん。どうしたのよ?


「マスター。マーロー様たちの荷物はよろしいのですか?」


 マーロー? 誰や?


 ドレミに目で問いかけると、視線を茶猫に向けた。あ、こいつのことね。そんな名前だったんだ。


「マーロー様。住み処としていたところは遠いのですか?」


「え、あ、いや、そう遠くはないが……」


「でしたら、まずはそこに向かってはどうでしょう?」


 なにやら空気が読めるドレミさん。いたらないマスターでゴメンよ。反省はしないけど。


「なら、そうするか。案内しろ」


 茶猫の後ろ首をつかんでテーブルから放り投げた。


「鬼か!」


「村人だって言ってんだろうが」


 文句を言う茶猫を急かして住み処へと案内させる。


 領都の下水道は網の目ではなく、まるでアミダくじのように下流方向へと広がっていた。


「煉瓦組みや石組み、汚れ具合からして後から造られたようですね」


 牙ネズミ&タコ問題より下水道の造りに興味津々なレイコさん。まったく、ブレない幽霊だよ。


 興味のないオレは、レイコさんの考察を聞きながら上下に揺れる茶猫のしっぽの後を追う。


 途中、牙ネズミが現れたが、襲って来るもの以外は放置し、襲って来たのは生きたまま捕獲。収納鞄へと放り込んだ。


 歩くこと約一五分。袋小路で茶猫が止まった。


「壁の中央、右側にへっ込んだところがある。右に押せ。引き戸になってるから」


 と言うのでやってみると、簡単に開いた。


「機械式……ではなく、魔法的仕組みか。なかなか高度な仕掛けだこと」


 どうなっているかはわからんが、たぶん、付与魔法的な仕掛けなんだろうよ。


 壁の向こうは木製のドアがあった。


 これには魔法的な仕掛けはなく、たんなる内開き戸だった。


「蝶番が新しいな。修理したのか?」


「ハローニが直した。工作が得意なヤツなんだ」


 三兄弟の長男がハローニって言うそうだ。


「もし、木工に興味があるんならうちに専属木工職人を紹介するぜ」


「……ハローニに話してみる」


 まあ、家族会議で決めてくれ。お前らの意見を尊重するからよ。


 ドアを潜ると、階段が上に続いていた。


 十七段上がると、またドアが現れた──が、元鉄格子だったところをありあわせの板を使ってドアにしました的なものだった。雑だな。


「しょうがないだろう。スラムじゃゴミだって有料なんだからよ」


 スラム、想像以上に厳しいところなんだな。


 ドアを開けると、また階段。だが、四段しかなく、上がるとそこは炊事場っぽいところだった。


 小さな水瓶が四つにコンロのような火鉢。たぶん、食料が入っているだろう袋が二つ、壁にかかっていた。


「火は魔術か?」


「ああ。明かりとりにも料理にも使える便利なものだぜ」


 さすが帝国。魔術の技術はうちの国とは段違いだな。


「持って行くものはあるか? 別に持っていかなくても生活に必要なものは大体揃ってるぞ。望むなら一人一部屋でもイイしよ」


 意外と一人一部屋って慣れてない者にはハードルが高かったりするのだ。


「一応、全部持っていく。皆で稼いで買ったものだし」


 そうかとだけ答え、無限鞄に仕舞い込んだ。


「奥にも部屋があるのか?」


 炊事場っぽいところは四畳くらいあり、家がない者なら充分暮らせる広さだろう。家のあるオレには厳しいけど。


「ああ。そこがメインルーム」


 メインルームとやらと炊事場っぽいところの境には、ボロ布が暖簾のようにかけてあり、それを潜ると、十畳ほどの広さがある部屋だった。


 しっかりとした煉瓦積みで、小さな暖炉まであり、ここが地下だとは思えないくらい豪華……とまでは言えないものの、並み以上には優れた部屋であった。


「……さしずめ、ファンタジー版座敷牢ってとこだな……」


 茶猫に聞いたときから予想はしてたが、見た限りではほぼ正解だろう。つーか、それ以外の使い道が想像できねーわ。


「おれもそう思う。上にはデッカイ屋敷があったからよ」


「貴族の屋敷か?」


「いや、なんかの店だった。そこの上に続く通路は倉庫に繋がってたし」


 茶猫が見る先には、四〇センチ四方の鉄格子があり、広げたような隙間から中を覗くと、上に続いていた。


 梯子がないところを見ると、縄梯子かロープで乗り降りするんだろう。まず、ここからは逃げられはしないだろう。


「最初は避難部屋だったのではないですか? 下水道に繋がってますし」


「だな。後から座敷牢に改造したんだろうよ」


 いろんなヤツにあっていろんなことを聞いて来たが、座敷牢的なものがあるなんて一度も聞いた記憶がない。この時代、隠すより消せ、だからな。


「お前が来たとき、ここは空だったのか?」


「いや、人骨があった。服からして女だと思う」


 そりゃまたお気の毒に。


「その人骨はどうしたんだ?」


「布に包んで下水に流した。この体じゃ運び出すのも大変だし、埋葬もしてやれんからな」


 一応、供養のために野花を摘んで一緒に流したようだ。呪われるのもイヤだから、だってよ。


「まあ、弔われねーよりは弔われたほうが仏さんも喜ぶだろうよ」


 死んだヤツにはわからんだろうが、生きてるヤツにはそれしかできねーからな。


「しかし、こんなところに閉じ込められてた割には狂った跡がねーな」


 壁はキレイなもので、本棚や木製のベッドにも傷一つなかった。


「それはおれも思った。部屋も整頓されてたし服も綺麗だった。最初、なんかの修行かと思ったくらいだし」


「本や服はどうしたんだ?」


「売った。スラムじゃ売れないものはないからな」


 それは残念。持ち物から人物を想像できたのにな。


 まあ、ないのならしょうがないと、荷物を無限鞄に仕舞って帰ろうとしたら、ドレミが辺りを見回していた。なんかいんのか?


 猫じゃないが、猫はたまに虚空を見ているときがあるらしい。ヘイ、幽霊さん、変なのはいないよね?


「ここにはいません」


 じゃあ、どこにいるんだよって問いは丸めてポイ。かかわり合いたくはありません。


「ドレミ、どうしたんだ!」


「いえ、なんでもありません」


 明らかになんかありますだが、関わらなければなにもないと同じこと。いろいろ丸めてポイ、しましょう、だ。


 そして、オレたちは地上に戻った。なんの問題もなく、な。

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