第7話 牙ネズミ
たまに、自分が超能力者じゃないかと思うときがある。
未来視のような勘のよさ。本質を見抜く感じ方。自分でもドン引きするくらいだ。
だがまあ、それらを否定するつもりはねーし、隠す気もねー。あるのなら遠慮なく使わしてもらいます、だ。
先ほど下りた場所から布を伝って地上へと上がり、ズボンの右ポケットから殺戮阿を抜き放つ。そのまま石で組まれた橋の欄干へと振り下ろした。
竜すら撲殺できる殺戮阿吽にかかれば橋の欄干など積み木を崩すより簡単──どころかやりすぎた!
危うく崩れ落ちるのを慌てて土魔法で修復した。あっぶねー!
「なっ、なにいきなり破壊活動してんだよ!? ガイジかっ?!」
ある意味、間違ってはいないので突っ込みはしない。オレも他人がいきなり橋を壊したらそう叫ぶわ。
ただ、言わせてもらえばやったことに意味はある。
それがなにかはあちらさん次第。さあ、どうすると待つが、一向に近寄って来る気配はねー。ってか、潮が引くようにいなくなったな。
「ケッ。根性のねーヤツらだ」
殺戮阿をポケットに仕舞い、根性なしどもを吐き捨てた。
「……あ、あのー、なにがなにやらさっぱりなんですが……?」
「ったく。お前の野性はどこにいった? 気配くらい読めるようになれ」
「なんのバトルファンタジーだよ! 気配なんか読めるか! つーか、どんな修羅道を辿って来たんだよ、この自称村人がっ!?」
「村人は常に魔物来襲や飢えと戦ってんだよ」
「戦って勝てねーから村人なんだよ!」
なんの偏見だよ。この世界の村人は強かでしぶとい生き物だわ。
「……いや、もうなんでもいいよ。つーか、なんなんだよ、いったい……?」
肩を落とす茶猫。あんまり不思議な動きしてるとレイコさんに解剖されるぞ。
「猫、おもしろいですね」
……本当に解剖とか止めてくださいよ、レイコ教授……。
「マフィアのヤツが因縁か脅しに来たからこちらの力を示したんだよ」
それでもお話しましょうってんなら喜んで受けるが、相手の実力を知って逃げ出す雑魚に割いてやる時間はねーわ。
「強いヤツに背を向けるのもイイ。へりくだるのもイイ。それが弱者の生き残る知恵だからな。だが、自分を強者と勘違いしているアホはこっち来んな、だ」
「……それは、お前に力があるから言えんだよ」
「アホか! 力と心は別物だ。一緒にすんな」
オレから言わせれば、ただ力の強いヤツなど怖くはねーし、神(?)からもらった能力を使うまでもねー。ちょっと頭を使えば十二分に勝てるわ。
「猫になったとは言え、お前は世界最強の猫だ。普通の人でも勝てるだろうさ。そんな世界最強の猫がなんで下水道暮らししてんだよ? その力を使えば人並み以上の暮らしができんだろうが」
できてねー時点で「力があれば」なんて言いわけなんだよ。力がすべてじゃねーと自ら証明しんだよ。アホが。
「…………」
「世界最強の最大の敵ってなんだかわかるか?」
「……わかんねー……」
「世界最弱だよ」
「はあ?」
意味わかりませんって顔をする茶猫。
「自分が弱いとわかっている者は賢い。知識があるとかじゃねーぞ。頭が悪くたって要領のイイヤツはいるだろう。強者に媚びて甘い汁を吸うヤツもそうだ。まあ、オレの好みには反するが、オレはそう言うヤツを賢いと思う。だが、ただの強者は、そんなヤツらを弱者と侮る。ゴミ以下としか見ず、そいつに心があるなんて夢にも思わねー。そんなヤツをお前は賢いと思うか?」
オレは思わねー。世界最強のバカとしか見えねーよ。
「確かにオレたちには通常の人にはない力がある。だが、完璧かと問われたら「はい」とは言えねー。最強を覆す最強はどこかにあるんだよ。それを知らず、力に溺れ、自分を最強だと勘違いするバカは自滅する。自分より下だと思ってたヤツに負けるんだよ」
人は人である者に勝てもすれば負けもする。
「不完全だからこそ力に頼るな。過信するな。常に鍛え、常に考え、常に努力しろ。自分を動かすのは自分だけ。心から沸き起こる衝動なんだよ。ナメたこと言ってんじゃねー!」
まあ、それも前世の記憶と経験があったからこそ、と言われたら反論のしようもねーが、それを活かせねーヤツには言われたくねーわ。
あるものは使え。腐らせるな。鍛えろ。自分の力だと誇れるように力を支配しろ。力があるからとほざく負け犬など鼻で笑ってやれ。
「力と心が合わさったとき、人は真の最強となれんだよ」
いや、こいつ猫じゃんって突っ込みはノーサンキューね。
◆◆◆
来るときとは逆に帰りは、先頭をドレミ、真ん中オレ、最後尾に茶猫だった。
まあ、だからなんだと言われそうだが、猫じゃないのに猫らしいドレミはなんなんだろうと疑問に思ったまでです。
どんよりする茶猫がうっとうしいが、人も猫も考えたいときはあるもの。そっとしてやるのが人情よとばかりに放置してやる。
これと言った問題もなく城に到着。前みたいに恥ずかしいやり取りをし中へと入った。
……ってか、毎回やらないとならないのか、あれ……?
「お帰りなさいませ、ベー様」
顔パスになんねーかなと考えていると、お世話さんが出迎えてくれた。あい、ただいま。
「第三夫人に話があるんだが、会えるかい? ダメなら後にするが?」
急ぎってほどでもねーしな。いや、オレ的には、ですが。
「聞いて参ります」
んじゃ任せたと、用意してもらった部屋へと向かった。
「お帰りなさいませ」
ミタさんや他のメイドさんに迎えられ、ソファーへと腰を下ろした。まずはコーヒーを一杯くださいな。
「三兄弟はどったの?」
他にもいないのはいるが、いなくてもイイので聞いたりはしません。
「別室で休んでおります。呼びますか?」
どうする? と茶猫を見るが、自問自答に忙しいようでソファーの下で丸まっていた。
……無意識だと猫の行動になるんだ……。
「いや、そのまま休ませててイイよ。まだいろいろあるしな」
なるようになる。まったりのんびりいこうぜ、さ。
部屋でコーヒーを堪能していると、なにやら外が騒がしい。なんだい、いったい?
「ベー!」
と、ドアが勢いよく開かれ、公爵どのが現れた。
「なにがあった!」
現れるなり意味不明な詰問。なんだい、いきなり? 長い説明は求めねーからざっくりと説明しろや。
「カティーヌを呼び出しただろう。大概、お前が誰かを呼び出すときは問題が起こったときか、大問題が起ころうとしているときだからな」
そうか? 考えたことねーからよくわからんわ。
「まあ、確かに問題と言えばそうかも知れんが、そう深刻なことじゃねーよ」
だから安心しろよと言ったらさらに深刻な顔をされた。なんでだよ!?
「……人魚の問題も片付いてねぇのによ……」
あ、いたね。人魚さん。すっかり忘れったわ。ダーティーさん、生きてるかな?
水輝館に帰ったら湖を一周してみるか。ドレミにお願いした調査も気になるしよ。
「──ベー様! いったい何事ですか!?」
なにやら駆けて来たのか、息を切らす第三夫人。オレ、急かすように言ったっけ?
「なにを勘違いしてるか知らんが落ち着けや。ミタさん。二人にお茶を」
城主(第三夫人)と当主(公爵どの)に言うの変だが、それも今さら。この部屋の主として進ませていただきます。
ミタさんが淹れた紅茶を飲むと、二人は落ち着いたようで、いつもの調子を見せた。
「帝都にいってたんじゃなかったのか?」
本題に入る前に軽いおしゃべりでもしましょうじゃのーの。
「いってたよ。ついさっき帰って来た」
なにやらオレの出会い運が発動しちゃった感じかな?
「人魚の問題は、そんなに芳しくねーのか?」
つーか、帝都に関心を示すヤツなんていんのかい?
「大きすぎる帝国の弊害だ。危機を危機として捉えていない。宰相府すら右から左に流しおったわ」
公爵どのの言葉を、かよ。そりゃ終わってんな。
「まあ、イイじゃねーか。ちゃんと話は通したんだし、あとはバイブラストで解決しちまえよ」
責任回避はちゃんとしたし、余計な口出しも入らない。実に都合がイイじゃねーか。
「そう言えるのはお前だけだ。報告をなかったことにして責任を追及してくるのが宰相府だ」
「公爵どのにイイ言葉を教えてやろう。真実は見えてこそ。見えなきゃ誰も気がつかないってな」
「それ、悪党の発想だわ!」
「さらにイイ言葉を贈ろう。毒を以て毒を制す。悪党には悪党の理論で対抗しろ、だ」
打ち負かしたいのなら正義を語ればイイ。だが、制したいのなら悪党を語れ。よりよい毒(悪党)が勝つんだよ。
「……お前は一生村人でいてくれよ……」
言われなくともオレは生涯村人だ。
「まあ、人魚の件は追々考えるとしよう」
それでイイんじゃね? 事は起きるときに起きるし、流れるときに流れる。無視してなけりゃなんとかなるさ。
「……で、カティーヌになんの話だ?」
「第三夫人に、ってよりは公爵どのに話だな」
そこで言葉を切り、コーヒーを一杯。あーうめ~。
「カティーヌ。これは、相当厄介なことがあるときの展開だ。心を強く持て」
いや、そう深刻になられると話し辛いんですが。
「いったいなんなのだ?」
「下水道にタコがいる」
簡素に説明したら目を点にする公爵どの。あれ? わかり難かった?
「ベー様。タコでは伝わりませんよ。グラーニと言わないと」
あ、そうか。オレ的にはタコとしか認識できねーが、バイブラストの者にはグラーニって魔獣で認識されてんだったな。
「訂正。領都の下水道にグラーニがいる。それも産卵できる個体が。下手したら群れでいるかもな」
と、話したら二人ともさらに目が点。聞こえてる?
◆◆◆
「……ミタレッティー。悪いが強い酒をくれ……」
冒険公爵の異名を持つだけはあり、復活するのも速かった。
「ウォッカでよろしいですか?」
「ああ。カティーヌにも出してくれ。種類は任せる」
万能メイドに不可はなし。さっと二人の前に酒を出した。
……ミタさん、どう言う収納方法なんだろう……?
わざわざ種類分けしてコップに注いでいるのか? いくら無限な鞄でも把握すんの大変だろう。いや、ミタさんなら可能か。記憶力もよさげだし。
「あ、甘納豆食いたくなった。ミタさん、プリーズ」
なんで食いたくなったかは自分でもわからん。なんの要因があったんだ?
「アマナットウ、ですか?」
あれ? またミタさんのわからないものなの? 甘納豆、和菓子屋で売ってねーのか?
「ねーのならイイや。煮豆でも食うか」
サプルにお願いして作ってもらった煮豆を出してパクついた。うん、旨い!
「……お前は本当にブレないよな……」
いや、あなたもブレない人でしょう。公爵でありながら飛空船に乗るって、並みの意志と精神じゃやっていけないからね。
「ミタさん。緑茶ちょうだい」
「はい。熱いのでよろしいですか?」
それでお願い。あ、濃い目でよろしこ。
「……で、グラーニがいるとはどう言うことだ?」
濃い目の緑茶を半分くらいのんだ頃、公爵どのが問い詰めるように訊いてきた。
「いや、実際にタコを見たわけじゃねーんだが、牙ネズミの腹からタコらしきものの肉片? が出て来た。それまでに百匹以上の牙ネズミを捕らえたことからして産卵できる個体、又は複数体いることは明白。あと、そこの猫からも証言を得た。牙ネズミの主食はタコだってな」
いつの間にかソファーの下に移動した茶猫をアゴで差した。
「猫か。まだいたんだな」
「公爵どのは猫知ってんだ」
まあ、冒険をしているだけあって物知りだったがよ。
「先々代が牙ネズミ対策に東の大陸から仕入れたんだよ。まあ、牙ネズミを減らしたものの、冬が越せずほとんど死んでしまったがな」
どうやらこちらの猫は寒さに弱いらしい。茶猫の一族(?)は例外に生き残ったのだろう。いや、猫外な存在だから実質、滅んだも同じか。
「おい。お前からもタコの情報を出してやれ」
結界でソファーの下から引きずり出し、公爵どのたちの前に突き出した。
「……くっ。容赦ねーな、お前は……」
「情報出したら好きなだけ続けろ。ほれ、出せ出せ」
しっぽをつかむように上下に振ってやる。
「止めろや! ゲロが出るわ!」
「ゲロを出す前に情報を出せ」
本当にゲロを出されても迷惑なので、テーブルの上に置いてやった。
「ったくよ。つーか、情報って言われても牙ネズミがタコを食ってるのを見ただけだし、大した情報なんて持ってねーよ」
「タコを食ってるのを見たっての証言が取れればイイんだよ。タコが災害級の魔獣っての知らない者からの証言がな」
「いや、重要な証言、すまぬ」
茶猫に頭を下げる公爵どの。随分と猫を受け入れてんだな。第三夫人はポカーンとしてんのに。
「あんたは……いや、公爵さまは驚かないんですね」
「無理に口調を変える必要はない。しゃべる猫より口の悪い村人のほうがびっくりな存在だからな」
いや、しゃべる猫のほうがびっくり存在だよね!? 口の悪い村人、たくさんいるよね!
「……まあ、こんなキャラの濃いヤツより驚かれたら逆に不愉快だがな……」
テ、テメー、二足歩行にして長靴履かせるぞ! ──おっと。願望が出てしまった。まだ内緒内緒。
「まあ、ってことだ」
「ってことだ、じゃねーよ。バイブラスト、呪われてんのか?」
心労と言う形で祟られてるのか、らしくない泣き言を口にする公爵どの。大変だね。
「呪いも見方を変えれば祝福さ」
呪いも祝福も紙一重。捉え方次第だ。
「……なにか、対策はあるのか……?」
「放っておくのが一番だな」
街に被害が出てないことと牙ネズミのエサになっていることからして生態ピラミッドができているってこと。無駄に壊さないほうが平和ってことだ。
「バレたら街は混乱するわ」
「なら、人海戦術でタコも牙ネズミも駆逐すればイイじゃん」
「さらに混乱するわ」
思った以上に心理的負担になってんだな、タコって。
「放置もダメ。人海戦術もダメ。バイブラストに打つ手なし。なら、第三者に任せるしかねーな」
「冒険者に依頼を出すのか?」
「穏便に、牙ネズミとタコを狩ってくれるのならそうしたらイイさ」
「無理だな。場所が場所だけに」
下水道の構造を知っているのか、そう断言した。
「……なんとなく、お前が言いたいことはわかる。だが、お前になんの得があるんだ?」
「オレに、と言うよりはゼルフィング商会に得がある。まあ、まだ婦人には言ってないが、バイブラストでの商売は、害獣駆除と街の清掃。我がゼルフィング商会を専売としてくれんならお安くしておくぜ」
物を売り買いするだけが商売じゃねー。維持管理もまた商売。まだ、誰も手を出してないフロンティアだ。
「……カティーヌ。おれは了承する。フィアラと話し合ってくれ」
「はい。フィアラと話し合います」
あれ? いきなり飛び越えちゃうの? まずはオレに承諾するのが筋じゃね?
「……お前、信用度ゼロなのな……」
まったく持って反論できね~~!
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