第23話 プリッシュ号

 うぷっ。食いすぎた。


 さすがに朝から丼飯は胃に来るな。ってか、飯ってこんなに胃に溜まるものだったっけ? 腹がパンパンだわ。


 ソファーに寝っ転びながら膨れた腹を擦る。


「ベー様。今日の予定は決めておりますか?」


 食後の腹ごなしにコーヒーを飲んでいると、珍しいことを尋ねて来るミタさん。どったの?


「少し、故郷に帰ってもよろしいでしょうか?」


 こりゃまた珍しいこと。なんかあったの?


「いえ、物資が不足してると連絡がありましたので、様子を見ながら聞きにいこうと思いまして」


「イイんじゃねーの。いってきなよ。今日は城でゆったりしてるからよ」


 公爵どのも第二夫人も仕事があるとかで、話は夜にってことになった。なので今日はゆったり過ごそうと考えていたのだ。


「ありがとうございます。プリッシュ様。ドレミ様。いろは様。よろしくお願い致します」


 丸っきり信用ねーオレ。あ、今さらですね。すんません。


 ミタさんが消え、静かなときがすぎる。


 ドレミはメイド型でオレの横に立ち、いろははドアの前で塞ぐかのように立っている。


 プリッつあんは……視界から消えているのでわからん。が、部屋の中にいるようで、鼻歌は聞こえた。


 レイコさんは知らん。寝てんじゃねーの? 


 ゆったりまったりな時間。コーヒーの香りとプリッつあんの鼻歌。なんとも平和な時間で結構である。


 が、この時間が苦痛なのか、プリッつあんがオレの目の前に現れた。


「ベー。わたしにも飛空船作ってよ」


 はぁ? なに言っちゃってんの君は?


「いらんだろう。飛べんだからよ」


「ベーだって歩けるけど馬車やゼロワンに乗ってるじゃない」


 いやまあ、そう言われたら反論のしようもねーが、なぜに飛空船よ? そんなに欲しいなら殿様にねだれよ。サイズ的には同じなんだから。


「嫌よ。小人族の飛空船、ダサいんだもん」


 そりゃ女の感性から言ったら無骨でシャレオツな形ではないが、男から見たらカッコイイもんだぜ。


「ねぇ、作ってよ。可愛いのかお洒落なの」


 そんな高度なことを要求すんなや──と思ったら、ふとアイデアが浮かんだ。


「速さは求めるか?」


「そんなに求めないかな? 空の散歩って感じがいいわ」


 それなら大丈夫だ。遊覧って感じだからな。


 オレが浮かんだアイデアは飛行船だ。ただ、前世のようなスタイリッシュな飛行船ではなく、ラグビーボールのような風船に舟をぶら下げてファンタジー仕様の飛行船だ。


 結界工房を空中に展開し、無限鞄から材料を放り込む。


 錬金の指輪で鉄の塊を鉄工材や鉄線に変え、風船部の骨格を作った。


 そこに浮遊石をバランスよく配置し、浮遊のバランスを確かめる。


「そこはなんなの?」


「寛ぎ空間だ。まあ、キャンピングカーみたいなものだ。上がリビング。下が風呂や台所、収納部屋だ。できたら自分の好みに仕上げろ」


「窓つけてよ窓! あ、前半分はサンルームにしてよ! 内装は淡い青にして」


 言われるがままに仕上げる。


 ちなみに内装系の素材は買い揃えているので、プリッつあんの要求に応えられるのです。


「横は丸窓にして。あ、カーテンはわたしがやるからかけられるようにだけしておいてね」


 とか口うるさいメルヘンの要望をできるだけ取り入れて風船部の内部は完了。で、外幕はなににしたらよろしいので?


「外幕?」


 金属板で覆うのは嫌だろうから布で覆うんだよ。なんの柄がイイ?


「花柄がいいかな? ある?」


 オレに死角はなし。ちゃんと揃えてありますとも。


「あ、これがいい!」


 いくつか出した中から桜柄を選んだプリッつあん。和風好みか?


 まあ、なんでもイイわと、皺が出ないように凧糸で鉄骨に結んでいく。


 手間のかかる作業だが、結界術を使えば一時間もかからない。ハイ、完成。


 次は舟だ。


「立って操縦するのと座って操縦するの、どっちがイイ?」


「座って操縦するほうがいいわ」


 なら、操舵輪とペダルで操縦させるか。


 舟の部分は白にして前で操縦できるようにする。推進力はプロペラでイイか。どうせ結界で動かすんだからな。


 風船部と舟をシルバーアクセサリーの鎖で四ヶ所繋ぎ、風船部に昇降できる梯子をかける。


「こんな感じでイイか?」


「ちょっとイメージと違うけど、これでいいわ」


 それはなにより。外装が気に入らないのならフミさんにでも変えてもらえ。


「プリッつあん、操縦系を作るから操縦席に座れ」


 結界工房は一メートルくらいなので小さくなって入ってください。


 なんの躊躇いもなく結界へと飛び込み、飛行船のサイズに体を調整。操縦席へと乗り込んだ。


「操舵輪、ハンドルっぽいものを回してみろ。ちゃんと左右に回るか?」


 右に左に回すプリッつあん。イイ感じのようだ。


「それで右左に曲がるからよ。下のペダルは右が上で左が下に動く。操縦は単純にしたから細かい動きはできないが、防御力と衝撃吸収は高いから心配はいらん」


 結界工房を消し、飛行船を解き放つ。


「傾きは感じるか?」


「大丈夫。水平になってるわ」


 空を飛ぶメルヘンだけあって、感覚は人とは違うようだ。


「部屋の中を飛ぶにはまだデカいな。プリッつあん、もうちょっと小さくできねーか?」


「わかったー」


 と、二回りほど小さくなる。まあ、そんなものか。部屋広いしよ。


「しばらく部屋を飛んでろ。操縦系を調整していくからよ」


「了ー解! プリッシュ号、はっしーん!」


 まんまだなと思いながらプリッシュ号の操縦結界を調整していった。


  ◆◆◆


 部屋の中をヒュンヒュンと飛び回るプリッシュ号。調整したとは言え、操縦上手いな、このメルヘン。


 あ、ちなみに、ヒュンヒュンって言ってるのは舟の横についてるプロペラね。


「なんでそれでゼロワンをぶつけたり落としたりするんだよ?」


 そう言や、コーレンを操るのも上手かったよな。


「ゼロワンは扱いがムズいのよ。オートマにしてよ」


 どこでオートマなる言葉を覚えて来たか知らんが、車はマニュアルだろう。オートマなんて邪道だわ。


「いろは、そのドア開けて~」


 門番のように立ついろはが、プリッつあんの言葉に従い、ドアを開けた。


 ……ドレミやいろはの中でどんな命令順ができてんだろうな……?


 まあ、なんでもイイやと、部屋を旅立っていく冒険者を見送った。いってらっしゃ~い。


 イイものを作ったと、ドレミに淹れてもらったコーヒーをいただいた。


 満足感を胸にコーヒーを堪能していると、数分前に旅立って行ったプリッシュ号が帰って来た。


 そう言や、昔のアニメにパンダだかタヌキだかが、魔法の車に乗ってるのあったな。プリッつあんは、そんなキャラだよな。


「ベー。お客さんだよ~」


 客? 誰よ?


 プリッシュ号のあとに続いて入って来たのは初老の男と三〇半ばの男、そして、十代後半くらいの女だった。


「失礼します。閣下よりベー様のお相手をするよう命じられたバルボと申します。背後のはサナリック、ヨルシェです」


 バルボと名乗った初老の男は、見た目からして高官。眼光の鋭さから言って諜報関係の仕事をしている者だろう。


 どっちがサナリックで、どっちがヨルシェかはわからんが、男のほうは実務。女のほうは活動だろうな。


「長官と課長と班長って感じだな」


 オレの言葉にキョトンとする三人。感情は出すんだ。


「気にしないで。ベーの感性はベーにしかわからないから。あと、今言ったのがあなたたちの名前になったから、素直に受け入れたほうが気が楽よ。ちなみに、上から偉い順だと思う」


 そんな理解力なんて求めちゃいないが、まあ、その通りなのでご納得いただけると幸いです。


「フフ。お噂通りの方ですな。わかりました。今後、そのようにお呼びください」


 ほ~ん。話のわかる長官だ。さすがバイブラストで出世するわけだ。


「ドレミ。お三方にお茶を出してくれ」


 場所をテーブルと移し、プリッシュ号は再び旅立ちました。


「白茶ですか。我々がいただいてもよろしいので?」


「うちでは数百あるうちの一つ。遠慮はいらんよ」


 ついでにどら焼もどうぞ。美味しいよ。


「裕福な村人ですな」


「バイブラストほどじゃねーよ」


 そこら中に宝箱が仕掛けられてるバイブラストには負けるぜ。


「……バイブラストは、恵まれておりますか……?」


「これで恵まれてないのならどこにも裕福な国はねーだろうな。その引きのよさは公爵どのにまで引き継がれんだから参るぜ」


 神に愛された地。そう断言してもイイくらいだ。


「長官は、どこまでの権限を持ってるんだ?」


「閣下にベー様にかかわる全権をいただきました」


 そりゃ思い切ったことをする。権力使い放題じゃねーか。


「なら、スラムを調べてもらえるかい? 人の流れ、物の流れ、その暮らし、こと細かくにな。ただし、権力は使わず、スラムの住人の目線に立ってな」


 そんなことできるヤツがいるか知らんが、いないのなら今から育てたほうがイイぜ。


「ベー様は、それでバイブラストのよさがわかったのですか?」


「まあ、それ以上に見えるときがあるのが困りものだがな」


 得になるとは言え、問題もついて来るから参るぜ。


「オレがバイブラストがスゴいと思うのは、その自然の豊かさだな。冬が長いのに植物の種類がとにかく多い。エクルセプルの材料の半分がバイブラストで採取できやがるのさ」


 その言葉に三方が息を飲んだ。


 その驚き具合からしてエクルセプルの話は聞いているようだな。


「なるほど。相当公爵どのから信頼されてんだな」


 ……右腕とか懐刀って位置にいるな、この長官さんは……。


「そう、でしたな……」


 なにやら深いため息を吐く長官さん。どったの?


「自分が相手を見ているとき、相手も自分を見ている。基礎の基礎を忘れるとか、わたしも老けたものです」


「まあ、そんなに卑下することもねーさ。そのために三人で来たんだろう。オレの目を自分に集めるためによ」


 そのくらい計算できないタイプとは思えないし、相手の思考を読むのに長けた天才だろう。まさに闇で蠢く者だ、この長官さんはよ。


「……閣下は宰相にしたいと申してましたが、わたしは間者にしたいものです。ベー様なら大抵のことは裏で処理してしまうことでしょうよ」


 まあ、どちらかと言えば得意な分野だろうな。やる気はねーけどよ。


 肩で笑う長官。この人は、悪戯っ子タイプだな。


「──失礼。ベー様のご忠告、ありがたく胸に刻まさせていただきます」


 イイよね、こう言う一を聞いて百を想像できる人って。オレの代わりに暗躍してもらいたいぜ。

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