第108話 レジェンド・オブ・ヒロイン

「……ロード。マイロード。朝になりました」


 ドレミの声で意識が覚醒する。


 なんだかダルい体を起こし、大きく伸びをする。ふわ~。眠っ。


「……何時だ……?」


 まだ開かない瞼をこすりながら尋ねる。


「七時前です」


 結構寝たもんだ。やはり疲れが溜まってるようだ。


 ベッドから抜け出し、風呂へと向かう。


「ん? 使用中? 誰か入ってんのか?」


 ドアに鍵がかかっていた。


 離れの風呂はメイドさんも使うので、鍵をつけた──と、ミタさんが言ってました。


 使ってるならしょうがねーと、回れ右しようとしたら「ガシャン」と鍵が解除される音がしてドアが開いた。


 出て来たのは一七、八くらの人族の女で、この周辺国の顔立ちをしてなかった。留学者か? いや、こんな顔のはいなかったはずだ。


「どちらさんでしたっけ?」


 転移結界門を入れたと言うことはうちの関係者か客かのどちらか。無関係の者が入れるようにはしてねー。


「レニスシェーンよ。レニスって呼んで」


「あ、レニスシェーンね。ゴメンゴメン。オレ、人の名前覚えるの苦手でよ」


「うん。知ってる。あ、どうぞ」


 ドアの前から退き、風呂への道を譲ってくれた。


「どうもです」


 ちょっくらごめんよと、風呂場に入った。


 パッパッと服を脱いで体を洗い、湯船へと浸かってビバノンノン。あ~イイ湯だな~。


 眠気が完全に覚め、ホカホカした気持ちで風呂から出る。


「あ、あんちゃん、おはよー!」


 居間に来ると、朝食の用意をしていたサプルに迎えられた。


 ……なんかスゲー久しぶりな感じだな……。


 いつも……と言うほど離れにいねーが、ブルー島に移ってからはミタさんやメイドさんが食事を作ってくれ、それが当たり前になるんだろうと思ってた。


 それがまた昔のような状況になるとは思わなかったぜ。


「おはようさん。サプルが作ってるのか?」


「ううん。作ってるのはミタレッティーさんだよ。あたしは手伝ってるだけ」


 そうなんだ。もうミタさんの場所ってことで遠慮してんのかな?


 席に座り、冷たい牛乳をお願いすると、カイナーズホームで買っただろうアメリカンサイズの瓶が現れた。


「レニスも飲むかい?」


「牛の乳って美味しいの?」


 おや。牛乳を飲まないところの人かい。まあ、この辺も牛乳飲まないけど。


「ああ。旨いよ。まあ腹の弱いヤツだと下しちゃうかも、だけどな」


「わたしは丈夫だからちょうだい」


 サプルにマグカップをもらい、牛乳を注いでやる。さあ、飲みんしゃい。


「へ~。さっぱりして美味しいじゃない。山羊の乳より好きだな」


 まあ、品種改良された牛……ってか、カイナが出してんだから飲みやすい……のか? いや、深く考えるのは止めておこう。気になりだしたら飲めなくなるわ。


「牛乳があるとフルー〇ェが食いたくなるな」


 姉御が作るフ〇ーチェ、久しぶりに食いてーな。


 ……いや、誰が作っても同じ味だけどよ……。


「あんちゃん、フルー〇ェってなーに?」


 そう面と向かって問われると、答えに窮するな。なんなんだ?


「まあ、デザートだな。ミタさんに訊いてみろ」


 ミタさんなら買い置きしてんだろう。作り置きしてるかはわからんけど。


「ミタレッティーさーん! フ〇ーチェってある~?」


「ありますよ~。なに味がよろしいですか?」


「なに味? あんちゃん、なに味がイイの?」


 それは好みによるからな、出だしはイチゴにしておけ。


 そう言うと、すぐにイチゴのフルー〇ェが出て来た。作り置きしてんのか?


 まあ、ミタさんだしと納得してイチゴ味のフ〇ーチェをいただく。うん。旨い。


「へ~。美味しいね。わたし、これ好き!」


 フ〇ーチェは偉大だよな。異世人すら魅力するんだからよ。


「おはよ~」


 と、プリッつあんが寝間着のままやって来た。珍しいこと。身嗜みはしっかりするのに。


「寝坊助だな」


「しょうがないじゃない。館とブルー島は昼夜が違うんだもん。まだ夜だと思って二度寝しちゃったわ」


 ちなみにプリッつぁんは離れの外にプリッスルを置いて、そこで寝てます。あと、プリッつあん専用のドアを作らされました。


「サプル。ホットミルクちょうだい」


 フラフラとソファーに墜落する。時差に弱いメルヘンやね。


「……ところで、その子、誰?」


 オレとサプルとレニスで顔を見合う。誰かって誰よ? って。


「いや、明らかにその子でしょう。ベーとサプルの知り合いなの? なにか自然に混ざってるけど」


「オレの知り合いではねーな。サプルの知り合いか?」


「レニスねーちゃんは、カイナのおじちゃんの孫だよ」


 へ~。カイナの孫か。いたんだ。


 フルー〇ェを一口。うん。旨い。


 ………………。


 …………。


 ……。


「え、マジで?」


「うん。マジで」


 そ、そうか。マジなんだ。じゃあ、しょうがねーよな。


「……なにかしら、この似たもの同士は……?」


 レニスを見ると、レニスもオレを見た。


「そうか?」


「そう?」


 まあ、他人とは思えないもんは感じるが、似てはいないだろう。


「混ぜたら危険な感じがするわ」


 もう遅いよと思ったけど、口にしたらなんか肯定したことになる気がしてスルーしておいた。


  ◆◆◆


「……ってか、孫がいるとは聞いてたが、そのカイナのとこにいかんでもイイのか?」


 昨日の夜にはいなかったし、カイナのことだからオレに紹介するはず。それがないと言うことは……いつ来たんだ?


「ボブラ村時間で朝の四時くらいよ。外を飛んでたのよ」


 との声に辺りを見回すと、ミミッチーの鳥籠にみっちょんがいた。


 みっちょんって誰よ? と疑問に思う方もいようが諸事情により詳しいことは申せません。ただ、ブルーヴィの……なんだ? 管理者? 操縦士? まあブルー島に住んでるダークメルヘンだ。


「なぜそこに?」


「なんとなく」


「あ、うん。そうか。じゃあ、しょうがねーな」


「なにがよ?」


「アハハ。おもしろい人たち」


 なにかカオス状態になってるが、それもまたよし。今を楽しめだ。たぶん。


「空を飛んでたって、ここ南の大陸だろう? そんなところでなにしてんだ?」


 謎が多いねーちゃんやな。さすがカイナの孫だわ。


「いや、うちに帰ろうとはしてたんだけど、わたし、極度の方向音痴で迷ってたの。ナハハ」


 この大陸から南の大陸まで迷うって、極度を通り越して究極だよ。つーか、メルヘン機に方位磁石とかねーのか?


「変ですね? 今はカイナーズで人工衛星を打ち上げたのでGPSが使えるんですが……」


 あのアホはどこまで文明を加速させる気だ? いや、岩さん打ち上げを任せておいてのセリフじゃねーけどよ。


「ちゃんと見て操縦してたのに不思議よね」


 あんたの方向感覚がな。


「まあ、サプルちゃんに会えたんだから結果オーライよ」


 確実にカイナの血が……混ざってるわけねーよな。愛した人は連れ子だって言ってたし。


 義兄弟とは言え、プライバシーに突っ込むのは失礼なんで尋ねたりはしないけどよ。


「行き当たりばったりなねーちゃんだ」


「ベーも人のこと言えないでしょうが」


 ハイ。まったくその通りですがなにか?


「なんでもイイが、まずはカイナのところにいってやれよ。寂しがってんじゃねーの?」


 祖父心とかよー知らんけど、そう頻繁に会ってるわけじゃねーんだから顔を見せてやれよ。


「なんなら呼ぶか?」


 クシャミをすると現れる大魔王より簡単に現れる大魔王だぜ、あんたのじーちゃんはよ。


「あ、ん、うん~」


 なんだい、煮え切らねーな。ケンカでもしてんのか?


「なんと言うか、会い辛いのよね~」


「そちらの家庭の事情に首を突っ込む気はねーが、カイナは嫌でも来るぞ」


 そして、逃さねー。無駄な足掻きはするだけ無駄だ。諦めろ。


「……わたし、子どもができたみたいなんだ……」


「それはおめでとさん。元気な子を生めよ」


 それで気が塞がってたのか。まあ、無理もあるまい。今の時代じゃ十六、七歳くらいで生むのも珍しくねーが、初産ともなれば心穏やかでいるのは難しいもんだ。と、オババが言っておりました。


 ……オレが生むわけでもねーのに、サプルやトータのときに右往左往してたもんな。男より立派だわ……。


「……あ、ありがとう……」


 照れ臭そうに笑う。女は強い──いや、レニスが強いのか。将来は肝玉かーちゃんになりそうだ。


「んで、相手は? 一緒に来てんのか?」


 嫁さん放っておいてなにしてんだ? 旦那も方向音痴か? それはそれで生まれて来る子どもが心配でしょうがねーがよ。


「…………」


 なぜか沈黙するレニス。心なしかやっべーって表情に見えるのは気のせいだろうか?


 なにか子どもには聞かされないと直感が働き、ミタさんに目配せはしる。オレの思い、届け!


「あ、サプル様。ちょっと保存庫のことで尋ねたいことがあるのですが、よろしいですか?」


 ミタさんナイス! 愛してる! あとでココノ屋の駄菓子をわけてあげよう。秘蔵だぜ。


 ミタさんとサプルが消えるのを確認して、レニスを見る。


「……もしかして、ゆきずりの相手、ってことはねーだろうな……?」


 そういうタイプには見えねーがよ。


「あ、いや、なんと言うか、戦いを一緒にした仲と言うか、命を預け合ったと言うか、なんと言いましょうか……」


 それをゆきずりって言うんだよ。


「相手、死んだのか?」


「ううん。死んでない……と思う」


 なんだよ、そのあやふやな物言いはよ。


「タカオサ──相手は獣人と戦争している国の人で、兵士なんだよね……」


 名前からしてこの大陸の者ではねーな。


「しぶとそうなタイプか?」


 こいつの性格……なんて全然わからんが、カイナの孫でメルヘン機を操り、銃なんか持ってるんだ、並みの男に惚れたりはしねーだろう。命を預け合ったとか言ってるなら同等かそれ以上ってことだ。


 ただ、強いとしぶといは別だ。しぶといヤツはどんな過酷な状況だろうと生き残ろうとするからな。


「うん。しぶといよ。剣が折れても腕が折れても最後まで心を折ることがなかったから。キュンとしちゃった。へへ」


 最後の情報はいらねーんだよ。他人の色恋なんかに興味はねーわ。


「惚れたなら連れて来ればよかっただろう」


「誘ったんだけど、仲間を見捨てられないって言われたら諦めるしかないじゃない」


「イイ男じゃねーか」


 伴侶としては失格だが、男としたら最高にイカしてるぜ。


「まあ、戦争が終わったら攫いにいけばイイさ」


 しぶといなら生きてるだろうし、この時代で何年も続く戦争なんてまずあり得ない。大国同士ってわけじゃなければな。


「う~ん。会えるかな? わたしの方向感覚で? まるで自信がないのだけれど」


 なんだろうな。レニスを見てると無理なんじゃね? って思えて来たよ。


「ま、まあ、なんだ。惚れた男より生まれて来る子どもを心配しろや。それからだ」


 カイナの力なら男親なんていなくても余裕で養えるだろうしよ。うん……。


  ◆◆◆


「ってか、医者に診てもらったのか?」


 オカンも……診てもらったかは訊いてねーな。まあ、サラニラには話がいってんだろう。でも、オババにも話を通しておくか。産婆としての実績があるからよ。


「ううん。バルキリアアクティーに搭載されてる生体チェックでわかったのが二〇日前くらいだから」


 ってことは二〇日もさ迷ってたのか、このアルティメット方向音痴は? 逆に生きてるのが奇跡だわ。


「ってことは四ヶ月は過ぎてんのか? メチャメチャだな。鍛えてるかもしれんが、初産なんだから体を大事にしろや」


 妊婦が戦闘機に乗るなんて狂気の沙汰以外なにものでもねーわ。自分の嫁がそんなことしたら生まれるまで地下牢に放り込むわ。


「ミタさん。サラニラを呼んでくれ」


 戻って来たミタさんにお願いする。


 どこかに消える前にサラニラに診てもらおう。ここで見逃したらカイナに申し訳ねーからな。


「畏まりました」


「レニス。どこにもいくなよ。みっちょん、レニスが動くときは一緒についてってくれな。ブルー島から出すなよ」


 ブルー島から出るには転移結界門しかねーが、実は箱庭──フュワール・レワロには出入口が一ヶ所あり、その出入りはみっちょんたちに任せてある。なので、みっちょんたちが認めない限りは出ることも入ることもできないのだ。


 ……結界と同じ力のようでオレは許可なく入れるんです……。


「わかったわ」


 ミミッチーの鳥籠から出てレニスの頭にパ◯ルダーオンした。


「人の頭の上のなにがいいのかと思ってたけど、なかなかいいものね」


 レニスの頭を踏み均しているダークメルヘン。人には理解できない境地があるのだろう……。


「うん。決めた」


「え、なにを!?」


 たぶん、宿主(家主)を見つけたってことだよ。可哀想に……。


 視界の隅で羨ましそうに二人を見ているメルヘンは気にしないとして、カイナも呼ばんとならんな。ってかあいつ、孫がいること気がついてないのか? 真っ先に来そうなもんだがよ。


「ドレミ。お前ってカイナと連絡できるっけ?」


「いえ、できません」


 エリナとカイナ、協力してるように見えたが、そうでもなかったねかな?


「メイドさん、誰かいる?」


 離れでミタさん以外のメイドは見ないが、オレの結界には四人の反応がある。と言うか、保存庫を控室にしたようで、そこでお茶してるよ。


「──はーい! 只今参りまーす!」


 随分と軽い返事をするメイドだな。


「お待たせしました。なんでございましょう?」


 現れたのは人族の女で、蜂蜜色の髪をしていた。


 ……この辺の髪の色ではねーな。どこの出身だ……?


「カイナと連絡つけられるかい?」


「カイナ様ですか?」


 ん? カイナを知らんのか?


「──申し訳ありません!」


 と、青鬼のメイドさんが飛び出して来た。


「すぐにカイナ様に連絡を入れます」


 蜂蜜髪のメイドを引っ張るようにして下がった。なんや、いったい?


「あ、カテリーヌさんは帝国で雇ったんだ」


 とはマイシスター。帝国で雇った? なんか事件の臭いがする発言だな。


「そうか。雇ったのはカテリーヌさんとやらだけか?」


「うん。ハーニャ姉様たちは下でマナー教室を開いてるよ」


 なんだろう。姉様とかマナーとか、貴族と一悶着あったことを示唆するワードが胃を絞めつけて来やがる。


「……お、おう。そうか……」


 まだ心の準備ができてないのでここは無理矢理流しておこう。


「それよりサプル。オレの部屋をレニスに使ってもらうから整えてくれ。オレの荷物は押入れに入れておけばイイからよ」


 結界押入れは部屋ごとに創ってあるし、どの部屋からでも取り出せる仕様となっております。


「いいの? 部屋取っちゃったりして」


「構わんよ。オレの部屋はここみたいなもんだし、外にキャンピングカーを置いてそこで寝ればイイんだしな」


 なんかキャンピングカーで寝泊まりしてるほうが多いような気がするのはきっと気のせいだ。


「必要なものがあるならサプルかメイドさんに言いな。大抵のものは揃えられるからよ。買い物したいときは館のファミリーセブンを使いな。一応、金を渡しておくよ」


 百万円と銅貨を詰めた小袋を出して渡した。


「ありがとう。いつかお礼をするよ」


「気にすんな。カイナにはいろいろ協力してもらってるからよ。その分をレニスに返しておくだけだからな」


 協力と言うか、丸投げしている。その礼ができるのなら安いもんだわ。


「うちにいる間は遠慮する必要はねー。カイナの家族ならそれはオレの家族でもある。なら、健やかに暮らせるようにするのがオレの役目だからな」


 遠慮無用。ただ、破産しないていどにお願いします。

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