第109話 新年

 ガツン!


 と、なにか体全体に衝撃が生まれ、椅子から転げ落ちてしまった。


「──ベー様!?」


「プリッシュ!?」


 なにかミタさんとサプルが悲鳴のようにオレとプリッつあんの名を叫んだ。


 ……な、なんだ……?


 体がまったく動かない。力がまったく入らない。が、思考は辛うじてできる。無限鞄からエルクセプルが入った箱を出す。ミタさん、飲ませて!


 なんとか目で訴えると、理解してくれたようでエルクセプルを口に含ませてくれた。


「……ベー様……」


「……だ、大丈夫。プリッつあんにも飲ませろ……」


 全快するのに気持ち程度にしか回復してない。ってことは、体じゃなく、別次元のなにかが負傷したのだ。


「……なにか、箱庭に入って来ようとして弾かれたみたいよ……」


 とはみっちょんだ。どーゆーことよ?


「箱庭は外敵から命を守るために創られたもの。並みの攻撃では破れないけど、無限に守れるわけじゃないわ」


「……つまり、失われた力を補うためにオレやプリッつあんから吸い取ったわけだ……」


 いや、吸い取ったってレベルじゃねーが、みっちょんの言ってることには納得できた。


「……覚悟せよ、とはこのことか……」


 石文に書かれていた意味がよくわかったよ。ってか、もっとわかるように書いてて欲しかったわ……。


 結界と箱庭を創る能力──と言うか、出所のエネルギーは同じ神エネルギーとは思ってたが、身体にまで影響を及ぼすまでなにがあったんだよ? 魔大陸でガンガン使ったときでも一日中歩いたくらいの疲労しかなかったのによ。


 ミタさんに椅子に座らせてもらい、水を飲ましてもらった。


「ベー様。カイナーズから医者を呼びますか?」


「いや、イイ。医者じゃ無理だからな」


 これは医者に診せたところでどうしようもねー。今は休むしかねーだろう。


「プリッつあんはどうした?」


「気絶してるわ。まあ、ベーよりはマシな感じね」


 答えてくれたのはみっちょんだ。


 プリッつあんの能力も神エネルギーだと思うが、容量的にオレのほうが上で、フュワール・レワロを継いだことにより神エネルギーを持っていかれ、共存関係にあるプリッつあんも巻き込まれた、って感じなんだろうよ。


 ……オレですら手に終えないものを封じ込めておくフュワール・レワロに衝撃を与えるなんて隕石でも当たったのか……?


「ブルーヴィは無事か?」


「驚いたみたいで暴れてるみたいね」


 フュワール・レワロ内は外の影響を受けないようになっている。創造者、グッジョブ。


「わたし、様子を見て来るわ」


「ああ。頼むわ」


 ブルーヴィはみっちょんたちに任せれば大丈夫だろう。共存関係だったみたいだしな。


「ミタさん。転移結界門の様子を見て来てくれ。出入りできるかをな」


「畏まりました」


 オレが創り出した結界は一応繋がってる感じで、神エネルギーが流れているような気がする。今ので消えてなければ単独で稼働してると仮定できる。


 ……オレが死んだら結界が消えるかどうかが、わからないんだよな……。


「ベー様。門は通じるとのことです」


 誰かに確かめにいかせたかのような口振りだが、また、通じるならそれでよしだ。


「それと、カイナーズからの連絡でカイナ様がこちらに向かったようです。かなり怒った様子で……」


 これで謎は解けた。


「……あのバカのせいか……」


 そりゃこうもなるわ。いや、よく死ななかったもんだ。あのバカにはオレの結界は効かないんだからよ。


「そんで、そのバカは来たのかい?」


「いえ。来てません」


「ってことは弾かれたな」


 さすが神のエネルギーで創られたもの。魔神をも弾き返すか。


「まあ、あのバカなら死ぬことはねーだろう。気にするなとカイナーズに伝えておけ」


 あいつもかなり方向音痴なようだが、転移できるんだからすぐに帰って来れんだろうよ。


「とにかく、サラニラが来たらレニスを診てもらってくれ」


 優先するのはレニスだ。他はどうでもイイわ。


「畏まりました。レニス様を優先させます」


 ああ。あとは頼むと、意識を手放した。


  ◆◆◆


 目を覚ましたら年越し祭が終わってました。


 大した祭りじゃないとは言え、ボブラ村に我ありを示せなかったことが悔やまれる。


「今さらじゃない?」


 そんなことはない。オレがいてこそのボブラ村。オレがいないボブラ村などパンケーキに蜂蜜をかけないくらい味気ないものだ。


「なければジャムをかけたらいいくらいの存在って言ってるようなものじゃない」


 うっさいよ! 失われそうなアイデンティティを高めてるんだからチャチャ入れないで!


「ってか、なにしてんの?」


 ここは新しくオレの部屋となったキャンピングカーの中。そこでプリッつあんがダンベルを抱えながら飛び回っていた。


 ……やたらと重そうなダンベルだけど、何キロなのよ、それ……?


「体を鍛えてるの」


 なんで?


「またあんなことにならないようによ」


「体を鍛えてどうこうできるもんじゃねーぞ」


 どう言う経緯でそうなったか知らんが、結界は体力を消費するものじゃない。魂的ななにかを消費している。効果があるとは思えんのだがな。


 カイナのバカがブルー島の壁に激突して八日。主にオレから魂的ななにかを奪ったようで、プリッつあんは三日で目覚めたらしい。


 それからダンベルで体を鍛えていると、レイコさんが教えてくれた。


「オレの力を使えるんだからそんなダンベルで鍛えられるのか?」


 共存(?)が深まったときからプリッつあんも五トンのものを持っても平気な体になっている。五トン+一〇キロでないと鍛えられないと思うぜ。


「大丈夫。結界で身体に負荷をかけてるから」


 あ、うん、そうですか。


 天下一な武道大会でも出そうな感じだが、まあ、竜がいる世界だし、鍛えて無駄なことはあるまい。肉盾は頑丈に超したことはないからな。


 マッチョなメルヘンって誰得だろうな? なんてどうでもイイことを考えてたらミタさんがやって来た。久しぶり。


「……よかったです。お目覚めになられて……」


 ホッとした顔を見せるミタさん。


「心配かけたようだな。ありがとさん」


 別にオレがやらかしたわけじゃないが、心配してもらったのだから素直に感謝しておこう。


「館はどうだい? ちゃんと回ってるかい?」


 何人かのメイドを残して他は年末年始の休みとした。いえ、そうするように伝えました。ご尽力してくださった方々に感謝です。


「はい。お館様と奥様の邪魔にならないよう配慮しながらやっております」


「ヴィアンサプレシア号やヴィベルファクフィニー号は?」


「どちらも問題なく楽しんでいると報告がありました」


 それはなにより。年末年始は楽しく緩やかに流れて欲しいからな。


 メイドとボーイ、その家族ために開放したが、楽しくやってるのならなによりだ。


「ミタさんも休んでイイんだからな」


 言っても無駄だろうが、そう言った配慮はせんとな、雇い主としてよ。


「はい。ありがとうございます」


 休むとは言わないところがミタさんらしいよ。


「まあ、ゆっくりしてたらイイさ」


 オレが動かなければミタさんも動くこともねーだろうよ。


 オレはまだベッドから起きれるほど回復してない。年始くらいはゆっくりしてるのもイイだろう。去年はなにかと忙しかったしな。


「ベー様。お雑煮などいかがです? カイナーズで年が明けると食べられるそうですよ」


 前世が忘れられず年末年始なんて風習を勝手に創ったが、あいつもいろいろ創ってる感じだな。


「ああ。いただくよ」


 バモンがあるから作ろう──じゃなくて、作ってもらおうと思ってた。まあ、今の今まで忘れてたけどね。


「お餅は二つでよろしいですか?」


「ああ。お願い」


 ってか、異世界台無しやな。まあ、馴染んでいるならどうこう言うつもりはねーけどよ。


 関東風だか関西風だかはわからんが、椎茸にほうれん草、ナルトにネギ、そして餅と、前世を含めても久しぶりのものである……。


「……ベー様。なにか嫌いなものでも入ってましたか?」


 長いこと雑煮を見詰めていたようで、ミタさんが不思議そうに尋ねてきた。


「いや、嫌いなものはないよ。ただ、今年も楽しい年になるとイイな~と思ったまでさ」


 イイ人生なのは今さら。さらに楽しいことを望む人生としてやる。


「きっといい年になりますよ」


 ああ。そうだな。イイ年になるな。


 なんの根拠もない確信。でも、こうして新しい年を迎えられたのだから楽しくなると信じようじゃないか。誰も不幸になることを望んじゃいねーんだからよ。


「……ところで、離れのドアの前で正座してるアホはなんなの?」


 先ほどから窓から見える外の光景を尋ねた。


  ◆◆◆


「……お前、なにやってんのよ……?」


 やっと動けるようになり、正座しているアホの元に向かい、呆れ気味に尋ねた。


「カホに反省の正座をさせられてます」


 カホ? 誰や? 


「カイナーズの戦略情報局長です。ハルメランで会った青鬼族の女性です」


 あ、ああ。あの冷徹そうな青鬼のおねーさんね。敵にしちゃダメな感じの。


「……ごめん……」


「構わんよ。いろいろ知れたし休めもしたからな。つーか、邪魔だからもう退けや」


 ドアの前で置物になられてたら邪魔でしかたがないよ。タダでさえうちの前には珍生物ばかりなんだからよ……。


「ぴー!」


「びー!」


「大丈夫でちか?」


「ホー。肉食べたい」


「やっと起きて来た」


 誰がどの珍生物かは各自の想像と判断にお任せします。


「カホに怒られそうになったらちゃんと取りなしてよ」


 どんだけ恐いんだよ、そのカホさんとやらは? つーか、なんでお前まで恐がってんだよ。カイナーズで偉いのお前だろうがよ。


「……カホは、いろいろと恐いんだもん……」


 ダメだ。精神的に負けてるわ。


 ま、まあ、中身は普通の男だしな、女には勝てないか……。


「ミタさん。上手く伝えておいてよ」


 オレも勝てそうにないんでミタさんにマルッとお任せです。


「畏まりました」


 離れに入ると、レニスと人族のメイド、あと、なんかお嬢さまな感じのねーちゃんがいた。初顔さんやね?


「客かい?」


 ってか、友達か? なんか親しげな空気に満ちてるが?


「初めまして、ですわね。わたくしは、タリオ。妹さんに誘われて行儀作法の教室を開かせてもらっております」


 あ、サプルが連れて来た貴族、いや、元貴族のお嬢さまか。


「そうかい。帝国式の行儀作法はいろんな国の基礎となってるから助かるよ」


 派生して変わっていることもあるが、帝国式を覚えていればこの大陸内なら使えることだろうよ。


「博識とは聞いておりましたが、そこまで知っているとは思いませんでした」


「いろいろ調べて勉強したからな」


 下準備もなしに帝国に乗り込むとか無謀でしかねーよ。


「ふふ。頼りになるお兄様がいてサプルが羨ましいです」


「うちに来たらもうタリオは家族だ。あらゆる不幸からオレが守るから安心しな」


 そう言えるだけの力を築いて来たし、それをまっとうできる意志と覚悟を持った。なに一つ心配はいらねーよ。


「はい。よろしくお願いします」


 上品に笑うタリオ。生まれもあるだろうが、この醸し出す品はタリオの性根が出してんだろうな~。


「そんで、レニスの具合はどうなのよ?」


 オレが聞くのもどうかと思うが、なにも知らないのもどうかと思う。差し支えなければ教えてちょ。


「うん。サラニラは問題ないって」


「そうか。それならよかった」


 サラニラがどれだけ腕を上げたかはわからんが、大丈夫と言うなら大丈夫なんだろう。


「そんで、実家にはいつ帰るんだ?」


「あ、いや、それが──」


「──ここで生ませる!」


 と、なぜかカイナが断言する。って、なにドアの隙間から言ってんだよ。中に入って言えよ。


「あ、うん。おれの魔力って母体に悪いみたいで四メートル以内に入っちゃダメって言われてるんだ」


「お前の魔力なら一メートルも千メートルも変わらんだろうがよ」


 オレはもう慣れたから気にもならないが、この膨大な魔力の前では四メートルなんて意味ねーだろうが。


「いや、この家に魔力封じの結界をかけてるでしょ?」


「あ、ああ。そう言やそうだったな。すっかり忘れってたわ」


 結界で丈夫にしてるついでに魔力遮断の効果もつけてたっけ。サプルが暴走しても大丈夫なように、な。


「それに、妊娠しての転移も妊婦にはよくないんだ」


「マジか!? そう言うのは早く言えや! オカン、シュンパネ使ってるだろうがよ!」


 ぶっ飛ばすぞ、アホんだらが!


「シャニラさんなら大丈夫だよ。なんか丈夫らしいから」


 あ、うん。丈夫だな。竜の血効果でよ……。


「なら、飛行機……に乗ってもイイんだっけか?」


 なんかよくないとか聞いたことあるが。


「まだ四カ月だから大丈夫なのは大丈夫だけど、この世界の空は危険だからね、なるべくなら止めておいたほうがいいと思う」


 あー確かに危険だな。魔力壁で守られてない飛行機では。


「となると飛空船もダメか」


 あれも結構強い魔力を放ってるし。


「そうだね。だからここで生ませるよ。ここならレニスもどこにもいけないからね」


 あーうん。そうだな。レニスは目を離したらどこかに消えるタイプだ。


「ミタさん。レニスの監視、よろしくな」


 メイドは二四時間体制らしいし、気をつければ大丈夫だろう。たぶん……。


「畏まりました。体制を整えます」


「……妊娠って大変なのね……」


 妊娠ではなくレニスの性格と方向音痴が、だと思うけどな。


「ブルー島内なら好きに歩いて構わんさ。家に閉じ籠もってるのも体にワリーからな」


 ほどよい運動に健やかな環境。それならブルー島でも可能だわ。

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