第110話 喫茶店岬

「サプルはどうしたい?」


 姿が見えんけど。ってか、サプルなにやってんだ? もううちに仕事をする余地はないんだかな。


 まあ、サプルも多趣味だからやることたくさんあるだろうが、もうすぐ昼だ。ここでの食事は自分がやると言っていた。自分の仕事だと言ってな。


 ……オレもやる仕事はないが、ニートではないことを強く主張しておきますぜ……。


「サプルなら館にいったよ。おかあさんが働こうとして大変だから止めてくれってメイド長さんが泣きついて来たのよ」


「まあ、四人目だからな」


 ただでさえ体は丈夫だし、慣れてもいる。自分の限界を知ってるから周りは気が気ではねーだろうよ。


「母親とは強いもんだよね~」


「そうだな。感謝しかないよ」


 差し出されたコーヒーに手を伸ばしながら答えた。


「お、旨いな。あんたが淹れたんかい?」


 えーと、名前は思い出せんが、帝国から来た人族のメイドさんだ。


「はい。ここではコーヒーを淹れられて一人前だと教えられました」


 え、そうなの? 別にコーヒーで一人前とか決めなくてイイんだよ。オレ、コーヒーは好きだけどそんなに拘りはないんだからさ。


「そうかい。ありがとよ」


 まあ、オレのためにガンバってくれたのならありがたく感謝しておこう。


「はい。どういたしまして」


 貴族に仕えてた割にフレンドリーなメイドさんだこと。


 ゆっくりいただき、もう一杯お代わりをした。


「ベー様。昼食はいかがなさいますか?」


「いただくよ。タリオも食っていくだろう?」


 今いるなら食べていくだろうが、家主として一応誘うのが礼儀だからな。


「はい。お相伴させていただきます」


 どうやら順応力が高いようだ。貴族の暮らしとは天と地の差があるだろうによ。


「ベー。おれも中に入りたい……」


 ドアの隙間からおねだりをするカイナ。あ、いたね、お前。すっかり忘れてたわ。


「入りたいって言われてもな~」


 お前の魔力、妊娠にワリーんだからダメだろうが。


「ベーの力でどうにかならない?」


「お前をどうこうできるヤツがいたら見てみたいよ」


 精神的にどうこうできるヤツは見たが、魔力的にどうこうできるヤツなんてこの世界にいねーだろう。もしいたとしたら全力で仲良くなるわ。


「おれを弾いたんだからなんとかなるって」


「孫とひ孫を危険に晒してまでやることか?」


 お前がそこにいれば丸く収まることだろうがよ。


「お願い、頼むよ。レニスと一緒にお昼したいぃ~!」


 なに駄々っ子になってんだよ。祖父としての威厳が急降下してんぞ。


「ったく、しょうがねーな」


 席から立ち上がり、外へと出る。


「んじゃ、魔力遮断の結界を纏わせてみるが、ダメなら諦めろよ」


 神の力とは言え、お前はそれを凌駕してんだからさぁ~。


「わかった。そのときは諦めるよ」


 さて。離れに張った結界はカイナの魔力を遮断している。ってことは遮断の結界を張ればイイのだろうが、こいつの場合、簡単に破壊できるから並みでは不味い。相当ガンバらにゃイカンだろうな。


 いや、待てよ。別に遮断することはねーだろう。せっかくある魔力を利用したらイイんじゃね?


 魔石は公爵どののところや魔大陸で手に入れられるが、オレ個人には入らない。なにかのために魔力を持っておくのもイイかもしれんな。


 魔力は凝縮すれば結晶化する。それは昔から知られていること。なら、凝縮したらイイじゃない、だ。


 カイナを結界で包み込み、漏れ出る魔力を集めて凝縮するようにする。


 なんか水道管破裂したような勢いで魔力が溜まり、凝縮されていく。


「お前、魔力漏れすぎじゃね?」


「これでも抑えてるほうだよ。毎日消費しないと大変なことになるんだからさ」


 大変なことってなんだよ。いや、怖いから訊かないけど!


「もしかして、カイナーズホームってそのためか?」


 カイナの趣味かと思ったが、消費、ってか排出? してるのか?


「そうだよ。結構な消費で助かってるよ。あーなんかすっきりする~」


 なんつーか、存在自体が迷惑なやっちゃな~。


「だからって全開にして出すなよな。オレの力じゃお前の全力には敵わんのだからよ」


「わかってるって。これでも魔力制御はメッチャ訓練したんだからさ」


 ほんと、頼むよ。


「ミタさん。カイナの魔力、感じる?」


 オレにはよくわからんのでミタさんに尋ねた。


「多少は感じます。ですが、並みくらいにはなってるかと思います」


 ミタさんの並みが本当に並みかは疑問だが、まあ、レニスも並みではねーから大丈夫だろう。


「んじゃ、昼食にすっか」


 中へと戻り、皆で昼食をいただいた。


  ◆◆◆


 自由気ままなカイナも孫と一緒にいるのは嬉しいようだ。


 なら一緒に住めよ、と言う言葉が出かかるが、それはカイナの問題で、義兄弟だろうと口出すことじゃねー。


 ……カイナが選んだのなら尊重してやるのが義兄弟ってもんだしな……。


 体は人以上になりながら心は人って言うのも残酷だよな。オレには受け入れられんわ。


「そう言えばプリちゃんは?」


「どっか出かけた」


 なんか言ってたかも知れないが、どうでもよかったので記憶に残ってません。


「プリッシュ様でしたら館にいきましたよ。奥様の様子を見に」


 あ、そうなんだ。つーか、あのメルヘンもマメだよね~。コミュニケーションだけで世界とか盗れんじゃね?


「あの好奇心が自分たちを滅ぼしてるってわかってないのよね、白羽妖精族は」


 とは黒羽妖精族のみっちょんです。


 いたんだ!? とかはなしよ。このダークメルヘンはレニスの頭に住み着いたと理解してくだされば幸いです。


「まあ、それでもタケルに拾われるんだから運がいいんじゃない」


「そうね。白羽妖精族が羨ましいわ」


「君らだってべーに拾われたじゃない」


「拾われたと言うよりわたしが外に出たかったからお願いしたのよ。他の子たちは無理矢理連れて来たの」


「みっちょんは黒羽妖精の女王的存在なんだよ」


 まあ、黒羽妖精族社会のこと、よく聞いてはいないが、みっちょんの命令には従っていたし、こうしてフューワル・レワロから出て来たから女王的存在で間違いねーだろう。


「ヘー。そうなんだ。プリちゃんのところとは違うんだね」


「わたしたちは社会性を大事にする種族だからね」


 ヤダ。メルヘンが社会性とか夢ぶっ壊しすぎる。


「……なんか酷く裏切られた気分……」


 わからないではないが、自分の価値観を口にするんじゃありません。みっちょんたちに失礼でしょ。


 昼食をいただき、暖炉の前に移って食後のコーヒー。女子トークに加わる気はありません。


 ゆっくりのんびり……しようとしたが、どうにも女子の中にいるのが落ち着かねーな。カイナの野郎、よく笑顔でいられるよな。スゲーよ。


「ちょっと散歩にいって来るわ」


「ブルー島内ですか?」


「ああ。姉御のところまでいってみるわ」


 帝国のお土産……は買ってませんね。つーか、せっかく帝国にいったのにレヴィウブしか見てねーな。帝都とかゆっくり見て回りたかったのによ。


 お土産はレヴィウブで買ったもんをテキトーに渡せばイイか。布とかいっぱい買ったし。



 離れから出ると、ウパ子のデカい顔があった。


 ……なんか見慣れたせいか、ちょっと愛嬌ある顔に見えてくるから不思議だな……。


「べー。魚食べたいでし」


「魚なら毎日食ってるだろう」


 たまに謎の海洋生物も食べてるけど。


「生きてるのにかぶりつきたいでし」


 つまり、踊り食いがしたいってことか?


 初めて会った頃はクラーケンにも怯えてたのに、すっかり捕食者になったもんだ。いや、別に感慨深いことはなにもないけどな!


「なら、外に出てみるか」


 もう南の大陸についてるはずだし、なんかいんだろう。


 まあ、ブルーヴィが海の上か陸の上かどこを飛んでるかここからはわからないが、南の大陸は生き物が豊富とラーシュの手紙に書いてあった。ウパ子の食えるものくらいいんだろう。


「いくでし!」


「その前に姉御のところにいってからな」


 せめてブルー島にオレありを示しておかんと居場所やら存在意義やらがなくなりそうだからよ。


 今さらじゃない。とか言っちゃいやだからね!


 オレを先頭に百鬼夜行ばりに姉御のところへと向かった。


「ベー様、こんにちは~」


「ごきげんよう~」


 と、すれ違う住人に挨拶をかけられるのだが、誰もこの百鬼夜行に突っ込む者はなし。いや、突っ込めよ! こっちがおかしいのかと思うやろが!


 なんて叫びたいが、オレがおかしく見えるのでグッと我慢する。


 自分の島なのに、アウェイ感がハンパねーな、こん畜生が!


  ◆◆◆


 岬の喫茶店が繁盛していた。


「って、喫茶店の名前、岬でよかったっけ?」


 なんか遠い昔のような気がして記憶がふんわりしている。自然と出たから間違ってはいねーと思うがよ。


 店の入口側には食い物の屋台が何軒か出ており、何十と設置された丸テーブルでは魔族の女性客が楽しそうにおしゃべりしていた。


 ……メイドさんたちかな……?


「ベー様、お帰りなさいませ~」


「お帰りなさいませ」


 オレに気がついた女性陣が席から立ち上がり、上品にお辞儀した。


「あ、ああ。ただいま」


 なんだこれ? と思いながら女性陣に挨拶を返しながら喫茶店へと入った。


 中も女性客で混んでおり、なんか入っちゃいけない場所に入った気まずさに襲われてしまった。


 ……な、なんなんだ? この喫茶店のなにがこれほどの人を引き寄せるんだよ……?


「お前ら、ちょっと遊んでろや」


 さすがに珍獣どもを連れていったら営業妨害だしな。


 馬くらいにしていた珍獣ども……って、元のサイズ、どんなだっけ? ウパ子はデカいとしか覚えてねーし、ピータとビーダなんて完全に忘れた。ギンコはいつの間にか大型犬くらいになってやがる。


 なんか生命ごめんなさい。と謝罪したくなるが、まあ、考えたら負けの珍獣ども。環境に合わせたサイズがベストと思っておこう。うん。


「早くするでし」


「ぴー」


「びー」


「肉もらって来て」


 ったく。本能に忠実なヤツらだよ。おっと。鏡見ろやとか言っちゃイヤよ。


「あ、ベー様。いらっしゃいませ~」


 なんか黄色いエプロンをした赤鬼のマッチョレディが現れた。


「え、なに?」


「あ、岬で働かしてもらってるマキノと申します」


 働かしてもらってる? あ、まあ、これだけ繁盛してんなら姉御一人じゃ無理なのはわかるが、なぜマッチョレディ? あなたならカイナーズで天下とるほうが早くね?


「そ、そうかい。ご苦労さんな」


 まあ、職業選択の自由はある。オレがどうこう言うことじゃねーか。好きにやれ、だ。


「席、空いてるかい?」


「はい。ベー様の席はいつも空けてますから」


 そう言う特別は止めて欲しいんだけど、と言っても無駄か。このブルー島はオレのものであり、ゼルフィング家で雇った者がほとんど。主を蔑ろにはできんだろうよ。


「それはありがとさん」


 ここは素直に感謝しておこう。女性陣と相席ってのも嫌だしな。


 案内された席は海側の角。四人席を一人占めとは申し訳ないが、付属がつくときもあるんだから適当か。


 海が眺められるほうに座ると、マッチョレディが水を出してくれた。


「なにになさいますか?」


「フ◯ーチェメロン味を頼む」


 今日はメロン味気分なんで。


「畏まりました~」


 見た目はマッチョなのに口調は軽いのな。そのギャップに萌えないが助かるよ。


 フルー◯ェが運ばれて来るまで外を眺める。


 ボブラ村時間ではお昼過ぎだが、ブルー島時間は夕方だ。ブルーヴィの方向がもうちょいズレてたら正面に太陽が来るんだがな。惜しいぜ。


 まあ、それでも景色はイイのでぼんやりと眺めた。


「いらっしゃい。体はよさそうね」


 と、姉御がやって来て、向かいの席に座った。


「ああ。お陰様で」


 姉御の笑顔に癒される。柔らかい笑みを浮かべれるようになったもんだ。


「これ、帝国のお土産っす」


 レヴィウブで買ったものをテキトーに詰めた収納鞄を姉御に渡した。


「……ありがとう。ありがたくいただくわ」


 呆れた顔で礼を言う姉御。できれば笑顔で受け取って欲しいです。


「まったく、黒丹病騒ぎからなぜ帝国にいくのかしらね? まあ、あなたは昔っからそうなんだけど」


「先の読める人生なんてつまらないもんっすよ」


「あなたの場合、先が読めないどころか予想の外をいく人生でしょうが。それに付き合うプリッシュを尊敬するわ」


 なぜかプリッつあんの株が上昇するこの謎。不可解である。


「お待たせしました~。ご注文のフ◯ーチェメロン味で~す」


 先ほどのマッチョレディではなく、夢魔族の少女がフ◯ーチェを運んで来た。


「繁盛してること」


「わたしとしてはもっとゆっくりやっていきたいんだけどね」


 嫌そうには言ってるが、それほど嫌がってる感じはしない。どちらかと言えば満更でもない感じだな。


「忙しいときもあれば暇なときもある。人生には緩急が必要さ」


 まあ、緩急の差がありすぎると泣けて来るときもありますがね!


「……そうね……」


 とだけ言って静に笑う姉御。命が惜しいので余計なことは考えない。満足している。それだけわかれば充分である。



 姉御を眺めながら久しぶりのフルー◯ェをいただいた。


 あ~フルー◯ェがうめ~。

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