第107話 男泣き

 のんびり本を読んでいると、食堂が賑わって来た。


 顔を上げると、メイドさん……うん? 男? なんで……あ、ボーイか。ってか、メイドだけでなくボーイもって、うちはなんの仕事してるんだ?


 まあ、オレが言っちゃダメなやつとわかるので、軽く流しておきますけど。


 本を閉じ、腕時計を見ると、五時前だった。


 囲炉裏間にはオレだけ(幽霊は除外)。ミタさんは……と目で探すと、控えていたメイドさんと目が合った。


 ……そう言えば、必ず一人は控えていったっけな……。


「緑茶もらえる?」


「畏まりました」


 取りにいくわけじゃなく、誰かに目配せた。しばらくして別のメイドさんが緑茶を持って来てくれた。


「お待たせしました」


「あんがとさん」


 お礼を言って緑茶をいただく。うん、旨い。


 緑茶を飲み干した頃、親父殿が帰って来た。


「おう、お帰り。早かったな」


 一月以上いなかったのに、親父殿の中では数日しか過ぎてないらしい。それとも幻のオレがいたのかな? 


「ただいま。長いこと家を空けて悪かったな」


「なに、平和な日々で楽しかったよ」


 まるでオレが苦労かけてるような物言いだな。とは言いません。肯定されたら泣いちゃうもん。


「オカンは?」


「魔大陸にいってるが、年越し祭までには帰って来るとは言ってたからそろそろ帰って来るんじゃないか」


 あ、そう言や、ミタさんの故郷の畑を見てくれと言ったっけな。


「泊まりでいってんの?」


「ああ。なんか時差? があるとかで、こちらと昼夜が合わないそうなんでな」


 この世界ではまだ自分が住んでるところが星だってこともわかってないし、天文学も未発達だ。時差とか言ってもピンと来ないんだろう。


「オカンがいなくて寂しいか?」


「まあ、寂しいと言えば寂しいが、シャニラが楽しんでる姿が嬉しいよ」


 それはごちそうさん。砂糖吐きそうだわ。




「年越し祭の準備はどうなってる?」


 本当ならオレも加わるのだが、村に馴染むためにも親父殿の一人のほうがイイ。オレがかかわると目立っちゃうからな。


「大体準備は整ったな。あとは、日を見てだな」


 決まった日は決めてなく、大体三日か四日続けるのがボブラ村の年越し祭になったな。


「そうか。楽しみだな」


 前世のような派手で催しは少ないが、皆が楽しむ祭りは心踊るもの。人生に彩りを与えてくれるのだ。


「しかし、年越し祭なんてよく流行らせたな? 冬なんて閉じ籠もってるのが精々なのに」


「本当はうちだけでやってたんだが、村中に知れて、次の年から村の祭りになったんだよ。最後の火送りは目立つからな」


「……死者への篝火か……」


「オカンから聞いたのか?」


 別にそんなことしゃべらんでもイイものを。そんな深い意味のもんじゃねーんだからよ。


「ああ」


「死者の篝火は村で死んだ者すべて。一人だけじゃねーよ」


「だが、始めたのはお前だろう。バオニー殿のために」


「そうだとしても親父殿が気にする必要はねーよ。生きてる者を優先しろ」


 それはオレの、息子の役目だ。親父殿にはやれんよ。


「……あ、ああ。わかったよ……」


 その心だけもらっておくよ。だから気にすんな。


 無駄に沈んでしまった空気を払うかのようにオカンが帰って来た。ナイスタイミング!


「あら、ベー。帰ってたのね」


「長いこと留守にして悪かったな」


「長い? 昨日……はいなかったわね。まあ、なんでもイイわね」


 なんだろう。オレは二人の中にいるんだろうか? いないんだろうか? もの凄く聞きたいけど、恐くて聞けないよぉ……。


 油断すると闇に堕ちそうな意識をしっかり保ち、家族との温かい日々を思い出す。


「あ、かーちゃん、おとうさん、ただいま~」


 我が光の妹が帰って来てくれた。


「サプル、お帰り。長いこといなかったから寂しかったわ」


「お帰り、サプル。楽しかったか?」


「うん! 楽しかったよ!」


 なんだろう。同じ場所にいるのに、三人が遠く見えるや。


「息子なんてこんなもんですよ」


 なぜか幽霊に慰められるオレ。今にも心が堕ちそうです。


  ◆◆◆


「──ただいま!」


 どこかに堕ちていきそうな意識を踏ん張って止めていると、トータが帰って来た。頭に花を咲かせて。


 ……あの花が人になるんだからこの世界の魔法法則ってどうなってんだろうな……?


「トータ、お帰りなさい」


 オカンが席を立ち、帰って来たトータを抱き締める。


「負けないでくださいね」


 そう言うお節介はよけいに落ち込ませることを知ってください。


「あんちゃん、ただいま。ハルメランではありがとね」


 気づかえる弟に涙が零れそうです。オレは今、最大級の幸せを感じてます!


「イイよ。オレも楽しめたしな」


 兄の威厳を失わないよう、余裕の笑みで答える。


「チャコは寝てんのか?」


「うん。陽が出てないと力が出ないんだ」


 そんな設定あったっけ? まあ、オレには理解できない生命体だしな、そんなもんだと流しておけ、だ。


「ほら。まずは夕食だ。土産話はあとにしろ」


 親父殿の言葉で皆が席につく。


 囲炉裏間に決まりはなく、誰がついても構わねーのだが、今日は遠慮したのか、ゼルフィングの者だけだった。


「じゃあ、いただくとしよう」


 いただきますと、久しぶりの家族団欒。なんかこそばゆいもんがあるな。


「なんだ、急に笑ったりして」


 親父殿の言葉に顔を触るとニンマリと歪んでいた。


「いや、家族団欒のよさを改めて感じたもんでよ」


 オトンが生きてた間。死んでからの間。親父殿が増えてからの間。家族が側にいた。前世じゃ感じなかった家族がいる幸せがなによりの宝だと教えられたよ。


「そうだな。家族がいる。おれも冒険者時代に知らなかった幸せだな」


 仲間たちとの和気藹々もイイだろうが、家族団欒とは違う幸せだ。知らなければわからない感覚だろうよ。


「久しぶりにねーちゃんの料理を食べるとホッとする」


 トータがポツリと呟いた。


「あたしは作ってないよ。メイドさんたちが作ったんだよ」


「そうなの? ねーちゃんの味がするよ」


 え、サプルの味ってどんな味よ? オレ、旨いか不味いかしかわからんのだけど!?


 味の良し悪しはわかるが、旨い不味いは問わない。オレのために出されたものはすべてご馳走。それで生きて来たもの。


「サプルが教えたからサプルの味になるのよ」


「それだけメイドの腕が上がったってことだな」


 うちにいないオレには口を挟めないこの悲しさよ。誰かオレに愛の差しの手をくださいませ。


「皆、腕が上がったよね。もうあたしがいなくてもイイくらいだよ」


 居場所を盗られた、なんて思わないところがマイシスターのよいところ。だが、そうしたらサプルはどうするつもりだ?


「ねぇ、あんちゃん。あたしもあっちに部屋を移してもイイかな?」


「あっち?」


「元の家だよ。あたしもあっちに住みたいの」


 サプルの言葉にニューメイド長さんを見る。知ってた……顔ではねーな。目を大きくさせてるし。


「オレは構わんが、どうなんだ?」


 ミタさん。あなたの出番ですよ。


「丸投げですね」


 背後の幽霊さんはシャラップです。


「サプル様の思いのままに」


 で、イイの、ニューメイド長さん?


「ゼルフィング家を支えるのがわたしたちの勤めでございます」


 ならお言葉に甘えさせてもらいます。


「好きにしな。あ、サプルの部屋だったところはミタさんが使ってるからトータの部屋だったところを使えな。オレの部屋でもイイぞ」


 外にキャンピングカーを置いて部屋にすればイイしな。


「トータの部屋を使うよ。荷物はヴィアンサプレシア号に置いてあるし」


 その荷物の量がどれだけかは訊かないでおこう。


「あいよ。ただ、ブルー島は転移できないから注意しろよ」


 昼夜も逆転するが、それは自分の体で体験するしかねーな。時差とか説明しても理解できんと思うからよ。


「わかった」


 ニューメイド長さん。ご迷惑かけると思いますがよろしくお願いしますねと、目を向けると、畏まりましたと一礼した。


「あ、親父殿。年越し祭の間はメイドさんたちを休暇にしてイイか?」


「休暇? いいんじゃないか」


「なら、年越し祭の六日間は休みだ。あと、特別手当て出すんで親父殿、よろしくな」


「おれがやるのかよ!」


「当たり前だろう。一家の主なんだから」


 なに言っちゃってんのよ。


「執事さんに相談してやればイイだろう。ガンバレ」


「お前がやれよ。跡継ぎ」


「跡継ぎはこれから生まれて来る子に継がせろ。オレはブルー島のほうで精一杯だ」


 オレは自由気ままな村人。メンドクセーことは他に丸投げよ。


  ◆◆◆


 夕食が終わり、サプルによるお土産話が開催された。


 友達と遊んだーとか、舞踏会にいったーとか、まあ、半分は右から左へと流れ、サプルがうつらうつらしたのでお開きとなった。


 時間はまだ九時前なので、もう一読書といくかね。


「ベー。ちょっといいか?」


 と、寝室に下がったはずの親父殿が戻って来た。なによ?


「う、うん、まあ、一緒に飲もうと思ってな」


 オレ、酒飲めねーよ。と言うのは野暮か。親子の話をしたいって言ってんだからよ。


「イイよ。書斎で飲もうぜ」


 ここではメイドの目があるからな。二人っきりがイイだろう。


「ああ」


 ミタさんにやすんでイイと目配りし、次にドレミ。プリッつあんは……いませんでした。幽霊は消えててね。


 久しぶりに親父殿の書斎に入ると、なんか家具の配置とか酒の量とか変わってんな。


「客が来てんのか?」


 変わってるってことは利用してるってこと。誰が来てんだ?


「ああ。冒険者時代の知り合いがな」


 A級ともなれば知り合いも多いだろうよ。人付き合いも大変そうだ。


 たぶん、カイナーズホームで買っただろう、合成革のソファーへと身を沈める。


「なにを飲む?」


「親父殿と同じのでイイよ」


「訊いておいてなんだが、飲めるようになったのか?」


「飲めねーよ。形だけ付き合うだけだ」


 片方がホットミルク飲んでたら締まらねーだろう? 雰囲気は大切だぜ。


「じゃあ、ウイスキーにするよ」


 なんでもどうぞ。


 カウンターで手慣れた感じに酒を用意する親父殿。書斎を使いこなして……んのか? まあ、親父殿の領域。好きなように使えだ。


 酒を受け取り、結界で包む。酒の香りで酔っちゃうからね。


「そう言や、親父殿って冬はなにしてんの?」


 雪がそれほど積もらない土地なので、山の者は木を伐るが、集落のもんは内職か海で漁を手伝ったりするな。


「バンたちに剣を教えたり狩りにいったりだな。あと、牧場の様子見、かな」


「やることがあってなによりだ」


「お前はなにしてたんだ?」


「ラーシュに送るもの作ってたり薬草煎じてたり、まあ、いろいろだな」


 思えばあの頃がスローライフしてたな~。いや、今でもしてるよ! そうは見えないとか言っちゃイヤだからね。


「冒険もよかったが、こうのんびり過ごすのもいいもんだな」


 グラスをかかげて満足そうに微笑む親父殿。一八〇度違う生活してるのによく馴染んだもんだ。


「今の暮らしに乾杯、だな」


「ああ。今の暮らしに乾杯だ」


 グラスをぶつけ合い、酒を飲み合う──ことはできないんで形だけね。


「ワリーな、酒が飲めない息子でよ」


 サプルもトータも酒が飲めるまでまだ時間がかかりそうだし、一人酒に楽しみを見つけてくれや。


「そんなの構わんよ。こうして息子と語り合えるんだからな」


「息子として嬉しいよ」


 乾杯で喜びを表現し合った。


 しばらく無言が続くが、沈黙もまた酒のツマミ。よく味わえ、だ。


「……シャニラに子が宿った……」


 イイ空気が満ちる中、親父殿がポツリと呟いた。


「そうか」


 まあ、やることやれば今さらだろうな。


「その、おれは詳しくないんだが、シャニラの歳でも大丈夫なのか? サラニラは大丈夫だと言うが……」


「問題はねーよ。体は丈夫になってるからよ」


「ん? なってる? どう言うことだ?」


 あれ? オカンから聞いてないのか? 


「前にオレが飛竜を求めたのを覚えているか?」


「あ、ああ。そんなことがあったな。二、三年前、だったか?」


 時期はいつでもイイよ。飛竜のことさえわかるのならな。


「あのとき、オカンは心臓の病にかかってた」


「ほ、本当か!?」


 心臓の病ってのは結構昔から知られている病で、驚いたことに薬もあるそうだ。まあ、メチャクチャ高額らしいけどな。


「ああ。オレも気をつけていたんだが、末期まで気がつかんかったよ」


 ほんと、あのときはこっちの心臓が止まるかと思ったわ。


「な、治ってるんだよな?」


「治ってるよ。なんせ、万病に効くと言う竜の心臓を食わせたからな。オカン、メッチャ元気だろ?」


 あれから風邪一つ引かなくなったし、なんか若返った感じだ。


「あ、ああ。オレより元気だ」


 なにが? なんて訊いたらダメよ。いろいろ、ってだけ理解してなさい。


「だから、妊娠しても大丈夫だよ。なにかあれば隣に医者がいる。なくした腕すら蘇らせる薬もある。なんら恐れる必要はねーよ。生まれ来る子どもの名前でも考えてろ」


 それでダメでも神(?)からもらった転生者たちの力を借りる。もう家族を死なせたりしねーよ。


「……よかった……」


 両手を顔に当てて小さく呟く親父殿。オカンは愛されてんな。


 男の泣く姿を見るのは失礼と、グラスを置いて書斎から出た。


 まあ、思いっ切り泣くとイイさ。

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