第106話 通常運転

 では、我が家に、とはならない。


 さすがに留学者たちも疲れただろうし、歓迎会をやる時間でもない。まずは旅の疲れを落としてもらましょう。と、ミタさんからの進言でした。


「ミタさん。ブルー島に案内してやってよ」


 もうブルー島がどうなってるかオレにはわからんしさ。


「畏まりました。レイア。ハーマリー。皆様を宿舎にお連れしてください」


 そっちは任せてピータとビーダを外して、オレも一旦ブルー島へ。離れの様子を見ておこう。


 まあ、メイドさんが管理してくれてると思うが、オレの住み家はブルー島の離れ。まずはそこに帰らんとな。


 転移結界門は見えていたが、横に建つ小屋(二畳ほどの)まで視界に入らなかった。いつの間にできたんや?


「おう。やっと帰って来たな」


 その小屋には元行商人のじいさんがいた。


「なにしてんだ?」


「ここの門番をさせてもらってるよ」


 門番? は、雇おうとはしてだが、なにも引退してまで働くこともねーだろう。ってか、暇じゃねーの?


「まあ、じいさんがそれでイイのならオレは構わんけどよ。そう言や、息子はどうしたい?」


 シャンリアルの領都へ海産物を運ぶ話をしてたのは微かに覚えてます。それで許して。


「ああ。それならアバールに回したよ。ぶっ殺す! とは言っておったがな」


 うん。あんちゃんには精神を落ち着かせる薬を渡しておこう。


「あんちゃんに任せておけば大丈夫だな。オレもそのうち手伝うよ」


 いつになるかは知らんけどな。


「とにかく、留守を守っててくれてありがとよ」


「大したことはしとらんが、お帰んなさいだ」


 やはり、迎えられるものはイイもんだな。帰って来たと思わせてくれるぜ。


 じいさんに迎えられ、転移結界門を潜った。


「……こちらは夜か……」


 時差ボケになりそうだな。


 転移結界門を出たところには魔法的な光が灯されており、歩くのにそう不便はなかった。


 離れまで来ると、島全体を見渡すことができる。


「……灯りが増えたな……」


 一月ちょっとしか離れてないのに、島の発展が著しすぎる。


「はい。メイドやボーイの家族も住んでますから」


「ここ、そんなに暮らしやすいところでもねーだろう」


 なにもない島だし、館との時差もある。自給自足はできない。買い物は外。暮らすには不便だと思うんだがな?


「いえ、とても暮らしやすいところですよ。カイナーズホームによりインフラ整備はできてますし、飲食店や食料品店もありますから」


 ファンタジーの住人がインフラ整備とか言っちゃイカンでしょうが。いや、もう今さらすぎてどの世界に住んでるかわからなくなるけど!


「それに、ベー様のいるところは安全ですから」


 その代わり苦労が多いと思うのはオレの気のせいかな?


「そうかい。好きにしたらイイさ」


 無人島ってのも寂しいしな、人がいてこそ楽しい日々が送られるってもんさ。


 離れのドアを開けると、プリッつあんとメイドさんがいた。


「お帰りなさいませ」


「ああ。ただいま。離れを守ってくれてありがとな」


 このメイドさん一人で守ってたかは知らんが、このメイドさんしかいないのだからこのメイドに礼を言っておこう。


「ホー。ミミッチーも守ってた!」


 あ、ああ。いたな、こんな珍獣も。完全無欠に頭から抜けてたわ。


「はいはい。守ってくれてありがとな」


 どうせ食っちゃ寝だったのだろうが、文句を言うとメンドクセーからな、素直に感謝しておこう。


「遅かったわね」


「村を見せながら来たんでな。プリッつあんは早く帰って来てなにしてたんだ?」


「シャワー浴びてた」


「そっか」


 としか返せない。早く帰ってまですることか? なんて思ってはいけない。メルヘンとはそう言う生き物なんだからな。


「ベーも浴びたら?」


「寝る前に浴びるよ。まだ親父殿たちに挨拶もしてないからな」


 ただいまと言うのも息子の勤め。蔑ろにはできんよ。


「ミタさん。コーヒーちょうだい」


「はい。どうぞ」


 わかってましたとばかりにコーヒーが出て来た。


 ありがとさんと受け取り、コーヒーをいただく。


「やっぱ、我が家は落ち着くな」


 旅から帰って来たあるある~。


  ◆◆◆


「うん。そろそろ館にいくか」


 帝国でのなんちゃって貴族の気持ちはなくなり、ボブラ村の村人、ベーへと気持ちが切り替わった。


「どこにいてもベーはベーでしょう」


 そんな心の機微を見抜いちゃイヤン。上辺はちゃんと変えてました。


「ベー様。留学者はいかがなさいますか?」


「自由にさせてて」


「つまり放置ね」


 そこのメルヘン、言い方! 例え事実だとはしても、もっとまろやかに、オブラートに包んで言いなさいよ!


「では、ブルー島内の散策を進言してみますね」


「暗いけど、大丈夫なん?」


 ブルー島では何時なんだ?


「はい。大丈夫ですよ。ブルー島は二四時間体制で動いてますので、昼間と同様に店も開いてますので」


 どこぞの観光都市よりスゴいことなってんな。ブルー島はどこを目指してんだ?


「そっか。なら大丈夫だな」


「そう思ってるのはベーだけだから。あの子たちにしたら不安しかないからね」


 ハイ、ごめんなさい。誠心誠意、謝らせていただきます。が、そんな非難でオレが屈したり考えを改めると思うなよ! オレはその場の勢いで決める男だ!


 と、心の奥底で叫ぶだけにしておきます。言ったらどうなるかわかるから。


「ミタさん。よろしくお願いします!」


 他人の力を得られるならオレは頭を下げることに躊躇いを見せたりはしない! 必要ならその足すらナメてやるさ!


「……この男は……」


 メルヘンなんぞの蔑みなど蛙の面になんとかよ。オレはオレの生き方を変える気はないわ!


「はい。わかりました。こちらでやっておきますね」


 その微笑みが頼もしい。惚れはしないけど。


 椅子から立ち上がり外に出ると、珍竜どもがじゃれ合っていた。


「……こいつなんて言ったっけ……?」


 人間が憎いと叫びながらオレをスルーしやがった犬のような竜。ってか、なんでここにいるんだ?


「え? ベー様が飼うのではなかったのですか?」


 なぜそうなるかを是非とも知りたいな。いや、イイ。不本意な答えが返って来そうだから。


「ギンコよ」


 あ、ああ。そんな名前……いや、オレがつけた、んだっけ? あまり劇的な出会いじゃなかったからよく覚えてねーや。


「普通の人なら忘れられない出来事を忘れる自分の生き方を考えたほうがいいわよ」


 ………………。


 …………。


 ……。


「ほ~らギンコ、高い高ぁーい」


 ギンコを高い高いのクールクル。飽きたら放り投げて館へと向かいます。君らはそこで遊んでなさいね。


「……本当にこの男は……」


 ハイ、こんな男なので諦めてください。


「うっ」


 夜からいきなり昼と、目の奥が痛くなるな。


「フュワール・レワロも昼夜をいじられたらイイんだけどな」


 受け継いだとは言え、あるものを受け継いだだけ。変な力を受け継いで創り変えるなんてことはできないのだ。


「ベー。寒い」


 ああ。冬だからな。今さらなにを言ってんだよ。


「ここも暖かくしてよ。わたし、冬服持ってないんだからさ」


「帝国だって寒かっただろう」


 オレは結界を纏ってたからどのくらい寒いかは知りませんけど。


「全然違うわよ。なんでここはこんなに寒いのよ」


「山風が当たる場所だからな、ここは」


 ご先祖さまはなんでこんな場所に住んだのやら。オレにはよーわからんわ。


「そもそもなんで今頃言うんだよ? 村に来たときに言うことだろうが」


 ブルー島には転移できない。必ず転移結界門を潜る必要がある。そこで気づいて冬服を用意すりゃイイじゃんか。


「船長服は厚くできてるからそんなに寒くなかったのよ」


 まあ、ゴンドラ部は結界で纏わせてないから風がビュービュー吹いてくるからな。厚着じゃないとやってられないわ。


「しょうがねーな。ほれ」


 オレの髪を集めて羽織るプリッつあんを結界で包んでやる。


「カイナーズホームで冬服買って来いよ。冬本番になる前に」


「まだ寒くなるの?」


「息がキラキラ光るくらいまでなる」


 たぶん、氷点下一〇度になる日もある。これなら雪が降ってくれたほうが暖かいよ。


「まあ、年越し祭が終われば南の大陸にいくから夏着も買って来たほうがイイぜ」


 あっちは季節が逆転してるようだからな。


「ベーといると昼夜とか季節とかわけわかんなくなるわよね」


 うん。オレもわからなくなるときがあります。なので、サラッと流していただけると助かります。


 館に入ると、執事さんとメイドさんが並んでいた。


「お帰りなさいませ」


 執事さんの言葉にメイドさんが続く。


 何度も受けてるわけじゃないが、不思議と我が家に帰って来たと思えるようになってから不思議だよ。


「おう、ただいま。留守を守ってくれてありがとな」


 帰る場所を守ってくれてる。まったくありがたい限りだぜ。


  ◆◆◆


 食堂に来ると、メイドさんたちのお料理教室が開かれていた。


「平和だな」


「ベーがいないと大体平和よ」


 幻聴は無視して囲炉裏間へと向かう。


「誰もいないな」


 ってまあ、当たり前か。まだ三時くらいだしな。


「ミタさん。コーヒーちょうだい」


 誰もいなくても一人で過ごせるので、コーヒーを飲みながら読書と洒落込みます。


「わたし、皆に挨拶してくるわ」


 コミュニケーションオバケのメルヘンさん。存在ハッキリしろよと突っ込みたいが、逆に突っ込まれそうだからいってらっしゃいと見送ります。


 しばらく読書してると、なにか賑やかな声が耳に届いた。


 なんや? と顔を上げると、食堂のドアが開いてサプルたちが入って来た。


「あ、あんちゃん! ただいまー!」


「おう、お帰り。楽しかったか?」


 まるで帝国にいかず留守番してたようなセリフだが、妹を迎えるのもまたイイもの。細かいことはなしだ。


「うん! 友達と舞踏会に出たりお茶会したり、なんだかお姫さまみたいなこといっぱいやったんだ!」


 舞踏会? 九歳の子が? いったいなにがあったんだ? オレ以上にわけのわからんことになっていたようだな……。


「窮屈じゃなかったのか?」


 お姫さまとか憧れる性格ではない。どちらかと言えばバトルアクションの主人公になりそうな性格なんだかな。


「全然! 毎日が楽しかったよ!」


「そうか。それはよかったな」


「うん。友達もたくさんできたしね」


 友達、と言うと、貴族のご令嬢、だよな? サプルと話しが合うのか? 真逆にいると存在だと思うのだがな?


「あ、あんちゃんにお土産。本好きの友達がくれたの!」


 と、収納鞄から大量の本を出すサプル。これはもうお土産ってレベルじゃないよ。大手書店に配送だよ。


「こんなにくれたのか?」


 その友達とやら、本屋の娘か? 


「うん。グレイムリアちゃんのおばあちゃんが魔女でね、あんちゃんのこと話したらくれたの」


 魔女? 話がまったく見えん? サプルの友達関係はどうなってんのよ?


「ベー様。貴族でも魔力の多い者は魔女学園に入りますが、貴族令嬢としての付き合いもあるので冬の社交界に参加するのです」


 と、ニューメイド長さんが教えてくれた。


「なるほど。帝国の貴族令嬢は大変だな」


 魔女学園があることにびっくりだが、思い返せば魔女がやたらといたな。あれは魔女学園があるからだったんだな。


「でも、魔女学園に通わない子より楽でイイって言ってた」


「貴族のご子息やご令嬢は一三歳から一八歳まで一般学園に入る決まりがあり、いろいろな学問を学び、季節の社交に参加したり、茶会を開いたりと忙しいそうです」


 ニューメイド長さんがサプルができない説明をしてくれる。この方、マジ有能。


「ちなみにサプル様のお友達様はカレット様のお友達様でもあります」


「カレット様は公爵様の娘様ですよ」


 あ、はい。補足ありがとうございました。


「レディ・カレットは魔女学園に入ってんのか?」


「ううん。通ってないって」


「カレット様は公爵令嬢なので公爵領の学園に通っております。ただ、義務ではないのでたまにしかいってないようです」


 なんだろうな。オレは誰としゃべってるかわからなくなるぜ……。


「ねぇ、あんちゃん。友達をうちに呼んでもイイかな?」


「それは構わんが、貴族のお嬢さまが外国に来てイイもんなのか?」


 よくは知らんが、不味いんじゃねーの?


「うちなら大丈夫だって言ってたよ」


「公爵様です」


 ってことは公爵どのの派閥か。殿下に疎まれたりしねーのだろうか?


「まあ、人数にもよるが、サプルが呼びたいなら呼べばイイさ。多いならブルー島に招けばイイしな。ミタさん。用意しておいて」


「畏まりました」


 ミタさんに任せたら安心。覚えている必要はねーな。


「あ、そうだ! 村の皆にお土産渡して来ないと!」


 女の性分なのかな? 皆に挨拶にいったりお土産渡しにいったりするのは?


「オレも帰って来たことも伝えてくれや」


 もし、オレのことを忘れてたらしっかり脳味噌に刻んで来てね。あんちゃんとの約束だよ。


「いってきまぁーす!」


 サプルに続くメイドさんたち。妹をよろしくお願いします。


 敬礼して見送り、いなくなったら読書に移った。


「ミタさん。コーヒーお代わり」


「はい」


 旨いコーヒーを飲みながらの読書。至福である。


「……これが通常運転ってやつですね……」


 幽霊の突っ込みなんてノーサンキュー。

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