第118話 柔堅能力
「湖の中はそんなに酷いのかい?」
どう切り出してイイのか悩んでる二人に代わり、オレのほうから切り出してやった。
「……酷い。ベーたちが来なければ争いになっていただろう」
飢饉による戦い、か。想像するだけで惨たらしいもんだな。
「地上も地上で大変だが、水の中も想像以上に大変だ」
こんな言葉では慰めにもならんだろうが、理解してやることから種族間交流は始まる。仲良くしたいならよく話を聞け、だぜ。
「あの亀──カガボランがいなくなれば飢饉は改善するのかい?」
ちょっと絶滅危惧種になっちゃいそうな勢いで狩られてるが、繁殖させてもらえば問題なかろう。雑食だし、適当に残飯やっとけば育つやろ。
……やるのは人魚さんたち。試行錯誤して増やしてくださいませ……。
「いや、無理だ。食べるものがなく、モンゲベベレも減り、これ以上狩れば我らに明日はないだろう」
あ、モンゲベベレザウルスを食うんだ。淡水人魚はあんなデカいものを狩るとかおっかねー種族だよ。
「農業、と言ってわかるかい?」
「ああ。バルバラット族から人がやっていると聞いている」
「人魚の間では農業、あんたらが食えるものは育てねーのかい?」
海でやってるそうだ。と言っても地上のように畑を耕す、と言うことではなく、崖などに付着させて勝手に生らすとかみたいだけどな。
「農業はしていない。我々はバルバラット族と魚を交換して野菜を得ている」
トカゲさんたち、魚食うんだ。意外と雑食?
「湖の中は食えるものは少なさそうだな」
この時代、食料が豊富なわけではねー。まあ、説得力ねーと言われそうだが、世間一般に少なく質素だ。地上でそうならこんな狭い湖の生態系では片手でも余るだろうよ。
「……ああ。生きるのに厳しいところだ……」
リアルファンタジーに住む人魚は夢も希望もねーよな。キッツいだけだわ。
「血が流れてそうだな」
「…………」
飢えは人を狂わせる。オレも三つの能力がなければどうなってたか。愚かなんて口が裂けても言えねーわ。
「家長さん。生きるか死ぬかのこの状況。あんたはどうしたい?」
どうする? ではない。どうしたいかを答えな。答えによっちゃ手を貸さないまでもねーぜ。
オレの言った真意を見抜くように見詰めて来る家長さんに、オレも本心を語れと言った気持ちで見詰め返した。
家長がどれほどの立場かわからんが、艱難辛苦を乗り越えて来たことが目や顔に出ている。それだけで大変だってのがよくわかるぜ。
「……仲間を助けたい。どうか力を貸して欲しい」
頭を下げる家長さん。潔いこと。
「オレは自ら動かない者を助けるほどお人好しじゃねーぜ」
背後からなにか圧? みたいなものを感じるが、気のせいとして流しておこう。気にしたら負けな気がするから。
「動く。だからどうか我々を助けて欲しい」
「二言はねーか?」
あっても言わせたりしねーけどな。あんたらはオレが幸せになるために利用させてもらうんだからよ。
「ない」
ハイ、言質いただきました~。
「わかった。万事、オレに任せな。あんたらに希望を与えてやるよ」
フフ。ここの淡水人魚をこちら側に引き込めたのは僥倖だ。いや、引き込もうと動いてはいたが、なるべくこちらに有利に引き込もうと考えていた。
下っぱをいくら抱え込もうと、上に反発されたら面倒なだけ。下手したら反対勢力になりかねない。それがあちらから来てくれたんだから感謝しかねーぜ。
「と言っても、オレはあんたらのことをなんも知らねー。環境が違えば考え方も変わって来る。幸せの形も変わって来る。それはそちらも同じだ。あんたらから見たらオレらは謎の存在でしかねーだろう?」
「あ、ああ……」
「それが当たり前。同族同士でもわかり合えるなんてなかなかねーんだから種が違えばさらにわかり合えるなんて困難だ。だが、こうして向かい合ってるんだから不可能ってわけじゃねー」
要は向かい合う覚悟があるかどうかだ。
「オレらはよき出会いをした。なら、これからもよき付き合いをしようじゃねーか」
カップを掲げると、すぐに家長さんがカップを掲げて応えた。
「ああ。よき付き合いをしようではないか」
今後のよき付き合いを祝して乾杯をした。
◆◆◆
なんて言ったものの、これがそう簡単にはいかないだろう。
これが近所付き合いならコミュニケーションを小まめにしたり助け合いしたりとやっていくのだが、種族間で付き合っていくにはそれだけでは足りない。互いの環境を用意しなければならねー。
人同士でも環境の違いでズレが生じるんだから種族間でなんて無理と言ったほうがイイだろう。なら、どうするか?
一番手っ取り早いのは上下関係を築くことだろう。オレとしてはメンドクセーので避けたいところだ。雇用関係ですらメンドクセーことになってるのに、上下関係なんてさらにメンドクセーことになること必至だ。
だが、滅びそうな種族には上下関係に持ち込んだほうが言うことを聞かせやすいし、纏めやすい。それはこれまでの流れが証明している。調整は必要だがな。
……魔王ちゃん、早くカリスマ指導者に育って欲しいぜ……。
不本意ではあるが、それまではオレがやるしかないだろう。オレのスローなライフを守るために、な。
スローなライフになってないんじゃね? とか言っちゃイヤン。オレがスローなライフだと言えばスローなライフなんだよ!
「あんたらの希望を叶えるために、あんたらの住むところを見せてもらえるかい?」
淡水人魚の未来はダーティさんと出会ったときから考えてあるし、環境問題もオレの結界や魔道具でなんとかなる。
オレが気になってるのは淡水人魚の暮らしだ。海の人魚とは絶対暮らしが違う。違うとはわかるのだが、どう違うのかが想像できんのだ。
……想像を絶する暮らしだったらどうしよう……?
「それは構わんが、水の中にどうやって?」
それは問題ナッシングと、結界を纏って湖へとドボーン。家長さんたちはポカーン。なぜか近くで寝そべっていたウパ子(元のサイズです)が飛び込んでザパーン。周辺が阿鼻叫喚となりましたとさ。
「──なにしとんじゃボケー!」
遠くまで押し流されてしまい、やっとのことで水面から顔を出してアホ子に向かって叫んだ。
「あたちも遊ぶでし!」
遊んでんじゃねーよ! 水に入れることを実践したんだよ! とは言えません。無邪気に暴れるアホ子によって大惨事なんですよ! ガボジュボジュボベボフジコ……。
「バカじゃないの?」
と言うのはいつもメルヘンと決まっている。
オレにとってバカは誉め言葉だが、メルヘンから言われるバカだけは受け入れられない。だってメルヘンが言うバカは含まれてる意味が違うんだもの……。
「……酷い目にあったぜ……」
なんかオレ、湖に嫌われてない? クレイン湖でも溺れたしよ。
「で、なにしてるのよ?」
「湖の中へ入ろうと思っただけだ」
それなのに溺れるとか意味わからんわ。結界纏ってたのによ!
服を濡らすとか生まれて初めての経験だわ。つーか、パンツまでずぶ濡れで気持ちワリーぜ。
結界で一瞬で乾かそうとして止めた。視界にウェットスーツを来たカイナーズの連中が入ったからだ。
「ミタさん。ウェットスーツって持ってる?」
「申し訳ありません。所持してません。必要ならすぐに用意します」
「頼むわ」
ウェットスーツは見たことあっても着たことはねー。ちょっと試してみるか。
「畏まりました。カイナーズホームに連絡します」
と、控えるメイドに指示すると、三〇分後に二トントラックが団体さんでやって来た。どう連絡したら二トントラックが団体さんで来るんだよ!
「店長が多いほうがよいだろう申しまして」
「あのはっちゃけ店長にガッテム! と伝えておけ!」
二トントラックの代表らしきセイワ族の男に吐き捨ててやる。
「わ、わかりました。伝えておきます」
では、ウェットスーツが入っただろう大量の段ボール箱を降ろして帰っていった。どーすんだよこんなに?
「なんなの、これ? 服?」
段ボール箱を勝手に開けるメルヘンさん。
「カイナーズの方々が着ているもので、水の中に潜るときの服ですかね」
「ふ~ん。そう言うのがあるんだ。でも、羽があると着れないわね」
「着たいのでしたら特注できますよ。カイナーズホームには衣料部もありますから」
本当になんでもありやがるな、カイナーズホームってよ。
「なら、人魚用のを作ってくれや。寒さに耐えられるものをよ」
「それでしたらドライスーツがよろしいですよ」
ドライスーツ? よくわからんが、ミタさんが言うなら反論はねー。マルッとサクッとお任せします。
オレも段ボール箱を開けて好みのをいくつか選び、キャンピングカーへ入って着替え──難いな、ウェットスーツって。なんかコツがあるんだろうが、我には伸縮能力がある。デカくして着てから体に合わせて小さくした。
「それでも動き難いんだな、ウェットスーツって」
あ、こんなときこそプリッつあんの第二の能力。柔堅能力(だったっけ?)で柔らかくした。うん、イイ感じ。
「ってか、足は出したままなのか?」
履くもんねーの?
「マリンシューズがありますよ」
ミタさんに尋ねたらマリンシューズなるものが入った段ボール箱を渡された。そーゆーのがあるんやね。
段ボール箱から好みのを選んで伸縮能力で調整。ピッタリにする。
「フフ。なんかサーファーになった気分」
ちょっと波乗りにいく? なんて姿見の前で気取ってみるが、柄じゃねーな。
肩を竦めてキャンピングカーから出た。
◆◆◆
プリッつあんの柔堅能力、なかなか反則なものだった。
物を柔らかくしたり堅くしたりだけではなく、柔らかいまま堅くしたり、堅いまま柔らかくしたりもできやがった。
「それがなんなのよ?」
まったくわかってないプリッつあん。君の能力なんだから理解しなさいよ。
まあ、わかるように説明すんのもメンドクセー。習うより慣れろ、だ。
「ミタさん。ちょっとオレに銃を撃ってみて」
「わかりました」
と、なんの躊躇いもなく銃を出してオレめがけてぶっ放しました。
……そこは躊躇うなりして欲しかったです……。
「弾きはするが衝撃までは殺せないか」
銃弾が当たった胸を擦りながら呟く。
五トンのものを持っても平気な体なので「痛っ!」ってくらいだが、普通の体では蹲って泣いてるところだな。
「なにをされたんですか?」
「プリッつあんの力でウェットスーツを柔らかくしたまま強度を上げてみた」
まあ、だからなんだと言われたら困るんだけどな。検証してみただけだし。
「ベー様。その力で他のウェットスーツもできますか?」
「まあ、できるな」
この能力は伸縮能力より簡単だ。目標物を見て念じればイイだけだからな。危険と言えば危険な仕様だが、プリッつあんは興味ないようで使うつもりもないし、オレは能力を制御できてる。なんらオレに不都合はねーさ。
「もしよければメイド用のウェットスーツを同じようにしてもらえないでしょうか?」
はん? メイド用のウェットスーツ? 意味わからんのだけど?
「水の中に潜れるようにしておきたいのです」
ますます意味がわからんですたい。
「ベーが空だの海だのいくからでしょう。今だって湖の中にいく気満々じゃない」
「まあ、そうだけど、別にウェットスーツなんていらんやろ。ミタさんのメイド服、水に潜れたりするし」
オレの結界を纏わせてもいたが、海の中でも大丈夫って前に言ってたじゃん。
「これは特別製であたしだけしか着てません。それに、潜水もしておいたほうが万が一に対処できますので」
メイドが潜水する万が一ってなによ? もうメイドの仕事じゃないよ。いや、うちのメイドはメイドらしいことやってるの見たことないけどさ!
「あ、ベー様。我々にもお願いいたします。凶悪な魔物を恐れず潜水できると作戦の幅が広がるので」
なんかカイナーズのやつらまで言って来たよ。
メンドクセーと突っぱねるのもできない空気。しょうがないのでウェットスーツに柔堅能力を施した。
ってか、遠慮ねーな、こいつら。メイドやカイナーズ全員分をさせる勢いだよ。
このままではオレの人生、柔堅能力を施すだけで終わりそうや。なんとかせなかいかん! 対策を考えろ、オレ!
灰色の頭脳をフル回転させて答えを導く。ポックポックポックチーン。
錬金の指輪を使い、更衣室的なものを創り、結界を施し、伸縮能力と柔堅能力をうんぬんかんぬん。できました~!
「ウェットスーツを着て中に入ってボタンを押せば体に合って柔らかくて堅くなるようにした」
やってみんしゃい。試してみんしゃい。お代はタダだよ~。
カイナーズのヤツにやらしてみて調整を加える。うん。こんなもんか。
「ベー様。これはウェットスーツじゃなくても可能でしょうか?」
「……できると思う。着ている服に設定したから」
「強度を上げることも可能ですか?」
「ん~。できるな。ただ、オレのイメージになるがな」
その辺は結界と同じだから、竜に踏まれても大丈夫なくらいにはなると思う。
「試してもいいでしょうか?」
構わんと同意する。オレも気になるし。
赤鬼のあんちゃんが装備を外して戦闘服のまま更衣室(仮)に入り、ボタンをポチっとな。出て来た赤鬼のあんちゃんに、上官と思われる赤鬼のおっちゃんが拳銃を抜いてぶっ放した。
……カイナーズってブラックなのかな……?
衝撃に赤鬼のあんちゃんは膝を崩したが、根が丈夫なようで「いたた」と言いながら立ち上がった。
「どうだ?」
赤鬼のおっちゃんが尋ねる。
「……防弾チョッキよりはマシな感じですね……」
「なら充分使えるな」
そうなの? オレにはよーわからんわ。
「ベー様。メイドにも試させてよろしいでしょうか?」
今度はミタさんかい。もう好きにしなよ。
なんの需要があるかはわからんが、やると言うなら好きにしろだ。オレの手から離れたのでマ○ダムタイムと洒落込んだ。あーコーヒーうめ~。
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