第117話 亀と火竜

 人魚たち、どんだけ飢えてんだよ。


 黒髪美女の人魚は豊満な肉体(上半身はね)だったが、ここに集まった人魚は男女問わず痩せていた。


「人魚も食わなきゃ痩せるんだな」


 当たり前と言えば当たり前なことではあるんが、豊満な人魚しか見たことないから痩せる姿が違和感でしかねーんだよな。


「ここの人魚さんたち、なにを食べてるんでしょうね?」


 黒髪美女の人魚さんに頼んだのだが、まだ現れない。なにか問題でも出たのかな?


「ベー様。目ぼしい者が四人いましたので交渉を始めます」


「あいよ。了承を得たなら浮き輪で地上に上げてくれ」


「畏まりました」


 ミタさんが交渉している間に転移結界門を設置する。


「あ、クレイン湖にいくから」


 お目付け役のメイドさんに断りを入れて転移バッチを発動。先生の住んでいる湖畔へと転移した。


 先生に挨拶でもと思ったが、確か寝てるはずと思い出して止めた。先生、寝ると何十日もとなるらしいからな。


 結界で道を創り、クレイン湖の湖面を歩いて沖に出る。


 岸から二〇〇メートルほど離れたところに……ってか、あの湖、なんて名前や? まあ、わかるまで人魚の湖と命名しておこう。で、人魚の湖と繋ぐ転移結界門を設置する。


「水の中じゃなくてよろしいんですか? 人魚用ですよね?」


「まあ、そうだが、転移結界門は動かせるからまずは人用だな」


 転移結界門の周りを結界で島にする。


 オレの結界使用範囲、また広がったな。三六メートルはいったぜ。


「やはり寒いな」


 纏っている結界を解き、今の季節を感じる。


「ってか、オレの格好が季節から外れてんな」


 オレだってTPOや季節に応じた服にしてはいるが、ブルー島が一定の気温だから春の格好のままだった。


「それ以前にベー様は常識から外れてますから」


 幽霊と言う非常識な存在に言われたくねーわ!


 どっちもどっちよ。と、プリッつあんがいたら突っ込まれそうなので反論は控えさせていただきました。


 クレイン湖側の転移結界門を開いて人魚の湖側へと出る。


「便利な能力ですよね」


「まったくだ」


 連結させるために二つの場所に門を設置しなくちゃならんのが手間だが、それは贅沢と言うものか。何千キロと離れたと場所と行き来できるんだからな。


「ベー様。こちらの方々をゼルフィング家で雇いたいと思いますが、よろしいでしょうか?」


 浮き輪にミタさんに連れられて来たのは一四人。家族と思わしき者らが四組。一家丸ごと引き抜いたのかな?


「ああ、イイよ」


 ミタさんが選んだのならオレに異論はねー。万能メイドは見る目もあるからな。


「オレはヴィベルファクフィニー・ゼルフィング。あんたらの雇い主だ」


 雇い主で通じるかな? とは思ったが、湖の中にも雇用関係はあるようで、納得……した顔はしてないな。まあ、年齢が年齢だし、見た目も見た目。こんな武装集団を率いてるのは謎すぎて理解できんだろうよ。


「種族の違いはそう気にすることはねー。しっかり働いてくれ腹一杯食わしてやるからよ」


 それは死んでも約束するよ。


「ミタさん。湖の中の話を聞いてくれ」


 我が陣に引き入れたら我が同胞。情報は共有しましょうね、だ。


「畏まりました。それと、仮宅を用意しなければならないのですが、いかがなさいますか?」


 あ、そうだな。いきなり連れてっては辛いか。どこかで慣らす必要があるか……。


 う~ん。どうすっぺ?


「ベー様が箱庭を創ったらいかがです?」


 オレが? 箱庭を?


「前から思ってましたが、ベー様の力と箱庭は同じ力だと思うんですよね。まあ、あんな複雑なのはすぐには無理でしょうけど」


 まあ、オレも同じ──と言うかエネルギーの根元が同じだとは思っていた。が、確かに結界なら環境を創ることは可能……だな。以前捕まえた火竜も小さくして収納鞄で飼ってるし。ってか、エサやってねーや。生きてる?


 ヤベーと慌てて確かめたら辛うじて生きてました。あぶねーあぶねー。餓死させるところだったわ。


 ……餓死させるとか鬼畜にもほどがあるわ……。


「ってか、火竜って亀食うんだっけ?」


 ミュータント亀(的な?)を食うなら亀でも大丈夫なはず?


「この湖って亀いる?」


 人魚さんたちに尋ねてみる。


「あ、はい。います。それが原因で食料危機になりました」


 亀の大発生だったとはね。


「じゃあ、その亀捕って来てくれや」


 初仕事を頼むと、一分もしないで五十センチくらのワニガメ? みたいなのを捕まえて来た。


「凶悪そうなのがいるんだな」


「こいつは不味い上に繁殖力が高いんです」


 見た目肉食っぽいが、雑食でなんでも食べるそうだ。


「なんて名前?」


「カガボランです」


 また覚え難い名前やな。オレの中ではワニガメでイイや。


「食うかな?」


 小さくした火竜の口に合わせて口元に運ぶと、鼻を鳴らして口を開いたので口の中へと入れてやる。


 しばらくしてバリボリと咀嚼して飲み込んだ。


「竜って咀嚼するんだな」


「ベー様って変なところに着目しますよね。まず亀食べるんだと思いますよ」


 いや、ミュータント亀(的な?)を食べること……知らんか。レイコさん、あのときいなかったし。


 絶食後にイイのかと思いながらもワニガメを与えると、火竜の瞼が開いて火を吹いた。


「おー! さすが竜。元気なこった」


「それで済ませるのがベー様ですよね」


 元気があればそれでよし、だよ。


 元気な火竜を戻し、次のを出してワニガメを食わせ、五匹を元気にさせた。


「火竜でも繁殖させるか」


 火竜はすべてが利用できる。イイ稼ぎになりそうだぜ。


「ミタさん。あいつらに亀を捕らせて来い!」


 ふふ。少ない人件費で大儲けしそうな未来しか見えないぜ。


  ◆◆◆


 ワニガメはすぐに集まった。


「……どんだけいんだよ……?」


 結界生け簀に集められたワニガメがゲシュタルト崩壊しそうだわ。


「旨いのかな?」


 ワニガメが食えると聞いたことはないが、火竜が旨そうに? 食っているのを見ると、食えんじゃね? と思えて来てしまう。


「あんたらは食わねーのかい?」


 一番ワニガメを捕って来た男の人魚に尋ねてみた。


「肉が硬い上に苦くて不味いので食いません」


 あ、やっぱり淡水人魚も肉食なんだ。


「人魚の舌で苦いとなると相当苦いみたいだな」


 いや、苦瓜が旨いと感じる舌で苦いとか本当に苦いのか? なんか危ない感じがするし、今は火竜のエサってことにしておこう。


「火竜を元のサイズに戻すか」


 あれ? どんくらいだったっけ? 確か一七メートルくらいはあったはず。違ってたらすみませんと、そのくらいにする。


「……だ、大丈夫なんですか……?」


 人魚さんが声を震わせて尋ねて来た。


「大丈夫だよ。繋いであるし、壁で覆ってるからよ」


 足首に結界の鎖で繋ぎ、周りをヘキサゴン結界で覆っているからな。


 結界生け簀からワニガメをヘキサゴン結界内に放り込んでやると、モザイク加工が必要なくらい踊り食いがハンパない。さすが暴竜と異名を持つだけはあるぜ。


「あ、火竜だ!」


 火竜の糧となるワニガメの冥福を祈りながら踊り食いを見てると、サプルとレニスがやって来た。


 なんだかんだと南の大陸をエンジョイしてるお二人さん。オレよりスローなライフを送ってんじゃね?


「あんちゃん狩ってイイ?」


 竜を見たら狩りたくなるマイシスター。ちょっとお前の性格(性癖か?)が心配になって来たよ……。


「いや、繁殖させるから止めてくれ」


 この火竜たちが何年生きてるかは知らんが、レイコさんの見立てではまだ若いんじゃないかってこと。なら、イイ感じに育てて帝国に置いたフュワール・レワロ──生命の揺り籠に放り込む。


「そうなんだ……」


 ガッカリはするが、聞き分けがよくて助かります。


「やりたいなら八岐大蛇を狩って来いよ」


 あれも竜と思えば竜に見えんだろうが。オレはヘビにしか見えないけど!


「飽きたよ。弱いんだもん」


 うん。そうですか。それは悲しいですね。ちっとも同感はできないけど!


「暇ならプリッつあんに頼んで遊覧飛行してこい。南の大陸は竜が多いから遭遇すんだろう」


 いや、この大陸に来てまだ竜は見てないけど!


「あ、そうだったね! 忘れてた!」


 ラーシュの手紙を通じて南の大陸のことは話してある。どんな竜がいるかは知ってるはずだ。


 ってか、君の周り、竜ばかりだよね。見た目竜っぽいのいないけど!


「そう言や、プリッつあんはどうした?」


 共存体と抜かすメルヘンはよ。


「プリッシュなら魔女さんたちといるよ。あ、魔女さんたちもここに来たいって言ってたからそのうち来るんじゃないかな?」


 あ、魔女、預かってたね! 忘れてました! ごめんなさい!


「そ、そうか。まあ、プリッつあんが来たら聞いてみろ」


 なんて言ってたらメルヘン様が魔女さんたちを連れてご登場。敬意を込めて出迎えさせていただきました。


「お勤めご苦労さまです!」


「うん。自分の仕事だと理解してるのね」


 忘れてたけどね! とは口にしません。蹴られそうだから。


「まあいいわ。楽しかったしね」


 このコミュニケーションオバケは誰とでも仲良くできるよな。そのうちコミュニケーションだけで世界を制しそうで怖いわ……。


「ちゃんと面倒見ないとあの魔女さんに幻滅されるからね」


 叡智の魔女さんがオレにどんな理想を抱いているかは知らんが、失望されなければ問題ナッシング。でも、冷たい目で見られたらおっかないのでご期待に添えるようガンバリまっす!


「プリッシュ号改で南の大陸を見せてやってくれよ。オレはまだやることあるからさ」


「結局丸投げじゃない」


「ハイ。丸投げですが、なにか?」


 ぐうの音も出ないメルヘンさん。長いため息を吐いた。


「……もういいわよ。ベーにはなにを言っても無駄だったわね……」


 理解ある共存体(笑)で頼もしいです。


「まあ、嫌だと言うならしなくてもイイさ。そこら辺見せておくからよ」


 オレは丸投げ常習犯だが、嫌だと言う者に無理矢理押しつけたりはしねー。


「嫌だとは言ってないでしょう。世界の空を飛ぶの好きだしね」


 メルヘンの心に冒険心が宿ってるみたいです。つーか、あなたもオレに負けず劣らず人生を謳歌してるよね。


「魔女さんたちも自分で空を飛びたいなら好きにしな」


 空飛ぶ箒を持参している。思うがままに南の大陸を謳歌するとイイさ。


 その辺はプリッつあんに任せて火竜にワニガメを放り投げた。


  ◆◆◆


「竜の生命力ってスゲーよな」


 ワニガメを与えて四日。痩せ細っていた火竜が見事な体つきとなった。


「まあ、そのせいで種として終わってんだけどな」


 種として完璧すぎると成長も進化の隙もなくなり、停滞し、種を残そうとしなくなる。


 まあ、火竜の場合は竜として下位だろうから繁殖行為は他の竜よりは強いらしく、雌と思われる火竜が卵を一つ生んだ。あ、生殖行動はカットさせていただきます。


「卵、意外に小さいのな」


 ダチョウの卵くらいだろうか? 一七メートルもあるのに卵は小さいとか生命は不思議である。


「そう言えば竜の幼体とか見たことねーな?」


「竜の幼体時間は短いですからね、見るのは難しいですね」


 そうなんだ。あ、そう言えばリューコも成長が早かったっけ。


「どのくらいで生まれんの?」


「火竜なら八日から一〇日と言ったところですかね? わたしも知識でしかわかりません」




 卵が孵る時間として早いのか遅いのかわからんので流しておくが、生まれる瞬間は見てみたいと思い、観察することにした。


 テーブルと椅子を出して観察態勢を取る。


「巣を作って温めるんだな」


「本当は無人島に作るそうですよ」


 海鳥かよ。ファンタジーの海はスケールが違うぜ。


 恐ろしい火竜も子育て時は穏やかになり、なんか猫みたいに喉? を鳴らしている。


「子育て中はエサを食わないんだな」


「そうですね。寝もしませんし、天敵でもいるんですかね?」


 あ、言われてみれば確かに。なんやろ? 天敵って?


「無人島で火竜の生態を観察したかったですね」


 それは危険と感じるのはオレの勘違いだろうか? 火竜相手にする存在など碌なもんじゃねーよ。


「ベー様。ララ殿が来ました」


 のんびり観察帳に記してると、ミタさんがやって来た。ララって誰や?


「名前に一文字もララが被らない黒髪の人魚です」


 あ、ああ。あの黒髪美女の人魚さんね。すっかり忘れてたわ。存在そのものを。


「あいよ」


 観察も飽きたので桟橋にいってみると、やたら装飾品をつけた白髪のおっちゃんがプラスされていた。


 ……人魚も白髪になるんやね……。


「遅くなってすまん」


「気にせんでイイよ。やることはいっぱいあったからな」


 あなたを忘れるくらいにね。まあ、よそからは暇してると見られてるかもしれないけど!


「そう言ってもらえると助かる」


 瞼を閉じて頭を下げる黒髪美女の人魚さん。礼儀作法的なものがあるんだな。


「で、そちらの男性は?」


 えらい眼力のあるお方ですこと。ただ戦士って顔や体つきではねーな。政治家って感じだな。


「ジャウラガル族ランバラル家の家長、ダンルガウル様だ」


「ダンルガウルだ。言い難いのならダンと呼んでくれ」


 よかった。また一文字も被らない愛称とかあるのかと思ったよ。いや、お前に関係ないじゃん! とか言っちゃイヤよ。


「そうかい。オレはヴィベルファクフィニー・ゼルフィング。ベーと呼んでくれ」


 家長がどれだけの地位にいるかわからんので普段通りに接した。


「この距離じゃ話し難いし、陸に上がるかい? こちらがそっちに行っても構わんが」


 浮き輪を使って陸にいる人魚を見ながら尋ねた。


「陸に上がろう。こちらがお願いする立場だからな」


 お願い? 食料のことかな?


「場所を借りてる身ではあるが、歓迎するよ」


 桟橋に設置している浮き輪の使い方を説明して陸に上がってもらった。


「これはよいものだな」


「海にいる人魚が使って改良したものだからな」


 携わった方々に最大限の敬意を贈ります。


「不思議なものだ。陸にいると言うものは」


 上がりたくても上がれない場所だろうに、おっちゃんに戸惑いはない。どちらかと言えば喜びに興奮してる感じだ。


「あんたらは酒は飲めるのかい?」


 海の人魚に酒は作れず、魚人族か地上から流れているものが流通してるらしいよ。


「ああ。バルバラット族が作る酒を飲んでいる」


 へ~。あのトカゲさんたちと交流があるんだ。共存共栄できてんだな。


 キャンピングカーの前に案内し、テーブルを囲む。


「最近、バルバラット族に渡した別の大陸の酒だ」


 ミタさんが二人にガルメリア酒を出した。


「まずはこの出会いに乾杯しようや」


 オレはコーヒーカップを掲げた。ってか、乾杯の文化あります?


 そんな心配は無用とばかりに二人は酒杯を掲げた。


「よき出会いに」


「ああ。よき出会いに」


 三人でカップと酒杯をぶっけ合った。ここの淡水人魚は理性的で助かるぜ。

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