第119話 揺らぎ
「ベー様。あれを移動できるようにして一〇〇ほど創ってください」
くれませんか? ではなく創ってくださいかよ。君ら本当に人使い荒いよね。
「わかったよ」
全方位囲まれて「ノー」と言えるほどオレのハートは強くありませぬ。心の平穏を守るために創らせていただきます。
あらよっほらよっどっこいしょー! な魔法の言葉を百回繰り返して更衣室──なんか「ルーム」って呼び名になってるので、オレもルームって呼びます。で、ルームが一〇〇個(室か?)が完成しました~。午前様になったけど!
「ありがとうございます、ベー様」
喜んでもらえてなによりですよ、ケッ!
ふて寝して起きたら昼近くになっていた。
「ベー。最近生活が乱れてるわよ」
起きたメルヘンからの理不尽なお叱り。あなた、オレの頭の上にいたよね? 見てたよね? ねぇ、理解できてる? 周りが乱れさせてんだよ、畜生が!
と叫んでもメルヘンには馬耳東風。うん、それはお前な! なんて返されるのがオチなので黙っておきます。
「あんちゃん、やっと起きた。寝坊助はダメだよ」
なぜか妹にまで叱られるこの始末。この世の理不尽を世界の中心で叫びてー! まあ、誰も共感してくれないから心の中で叫びますけど!
「ハイハイ、ごめんなさいね」
それより朝食……ではなく、昼食にしてくださいな。腹減ってんだからさ~。
ミタさんだか誰かが作ってくれた昼食がテーブルに出され、感謝を込めていただきます。あー旨い。
「ねぇ、あんちゃん。人魚さんのところいくんでしょう?」
あ、それな。すっかり忘れてた。ってか、ウェットスーツ着たままだったよ。
「ああ。いくよ」
そう言えば家長さんとララさんは?
「一度帰られましたよ」
見渡すオレにミタさんが教えてくれた。オレの思考読まれてる?!
「思考と言うより行動がね」
ヤダ! メルヘンに思考が漏れてる!?
「……ベーは表情に出るのよ。どうでもいいことだけはね……」
「あんちゃんの表情読めるのプリッシュだけだよ。あたしですらわからないことが多いのに」
ヤダ。妹に理解されてない兄だったの?! 理解されてるとばっかり思ってたのに!!
「サプルもサプルで我が道を爆進するからね、周りに目を向けてる暇なんてないでしょ」
兄と妹を一番理解してるのがメルヘンと言うこの……なんだ? まあ、アレ的なアレだ。考えず感じてくださいませ。
「はは。プリッシュは偉大だね」
「この兄妹に理解を示せるレニスも偉大だけどね。さすがおじ様の孫よね」
レニスにも飛び火(?)してる。まあ、他人とは思えないところはあるわな。一番しっくり来る言葉は「オレと同じ臭いがする」だな。
今は妊娠してるから大人しいんだろうが、子どもが生まれたらはっちゃけるだろう。そんな未来が見えるぜ。
「そう褒められると照れるよ」
カイナと似ることに照れるとか、レニスもイッちゃってんな。カイナが聞いたらはニヤケそうだけどよ。
「……ここに正常なのはいないのね……」
ぷぷっ。自分は正常だと思ってるよ、このメルヘン。可笑しいんですけど。誰よりも正常じゃないクセに~。
「ぶっ飛ばすわよ」
それはドロップキックをかます前に言えや。
「ふふ。仲いいわね、ベーとプリッシュって」
「そうだね。妬けちゃうね」
なんて和気藹々。周りの視線はなにか冷めてる感じがするけど。
「それで、あんちゃん、人魚さんのところいくんでしょ? あたしもいってイイでしょう」
「構わんけど、楽しいかわからんぞ?」
未知の場所。いってみなけりゃわからない。お前、そんな冒険とか興味ないだろう。
「ダイビングしてみたいの」
うん。こいつは好奇心旺盛な性格でしたわ~。
「お、それいいね。わたしもやりたいわ」
妊婦は黙ってろ。つーか、大人しくしていろ。カイナーズ、お前らなんとかしろや!
カイナーズの連中を睨んだら一斉にそっぽを向かれてしまった。うぉいっ! テメーらの管轄だろうが! 拒否してんじゃねーよ!
「ベー様にお任せします。我々では手に余ることなので」
「レニス様のこと、お願いします」
「他は我々がフォローしますので」
ちゃんとオレの目を見て言いやがれ! オレに丸投げしてんじゃねーよ!
「因果応報ね」
メルヘンが四文字熟語使ってんじゃねーよ! どこで覚えくんだよ!
「おじ様、ベーなら守ってくれると信頼してくれてるんだから面倒見てあげなさいよ」
そんなメンドクセー信頼ノーサンキューだわ!
とは言え、カイナには借りがあるし、妊婦を放っておくのも気が引ける。サプルも姉のように慕ってる。嫌だと言えぬこの状況。是とするしかありません。
「わかったよ。面倒見るよ」
妊婦用の結界はトータが生まれそうなときに考え、試行錯誤して来た。まあ、妊婦がダイビングするとか想定はしてなかったけどな!
◆◆◆
「……本当にやるのか……?」
ノリノリなレニスに再度問う。妊婦って自覚しろよ。
「やるに決まってるじゃない。人魚の住み処にいけるなんて滅多にないチャンスだもの」
いや、当然のように人魚と交流してるし行き来もしてるよ。と言ってみるも、レニスはまったく聞かない。完全に心はダイビングに天元突破していた。
「……こんな頑固じゃ周りは大変だろうな……」
「まったくよ」
なぜオレを見ながらおっしゃるんですかね、このメルヘンは? オレはレニスのことを言ってるのに。
やる気満々全開一二〇パーセントなレニスに花丸笑顔のサプル。混ぜるな危険な二人を宥めすかし、カイナーズが用意したモーターボートに乗り込む。
「そう言えば家長さんとララさんは?」
「あそこにいます」
ミタさんが指差す方向に……ん? どれ? まったく見えないんですけど。
「とりあえず、あの二人のところに向かってよ」
「畏まりました。ゆっくり向かってください。スクリューに巻き込まれるといけませんから」
ジュゴンもスクリューに傷つけられるとか聞いたことあるが、この世界では人魚に気をつけないといかんのか。水上ルールとか作らんとならんな。
「ワリーな、待たせてよ」
待たせと言うか放置してすみませんでした。
「あ、いや、構わんよ……」
まあ、そうとしか言えんだろうな。モーターボート三〇隻以上に囲まれたらよ。
……もう威圧と受け止められてもしかたがねーよ……。
カイナーズの考えもわかるのでなにも言えねーが、少しは配慮もしろよな。世の中暴力だけでは解決しねーんだからよ。
「ここからいくのかい?」
「いや、もっと陸から離れた場所だ。ただ、住み処の上を行き来されると困るので離れた場所から来てもらいたい」
「わかった。そちらの指示に従うよ」
有利に立とうが、信頼関係を築くことを蔑ろにしたらアカンたれ。それが一番他種族との関係をよくするのだ。
ララさんを先頭に湖の中央へと進んでいく。
振り返ると陸はもう見えなくなり、四方水ばかり。方位磁石がなければ遭難しそうやな。
「湖の湖畔には電波塔を築いたので迷うことはありません。あと、人魚の許可を得て浮標も設置するのでご安心ください」
水上は完全に掌握した感じやね。
二〇分ほど進むと、モーターボートが減速してやがて停止した。ついたの?
「ここから入って欲しい」
「あいよ。ミタさん。用意できてる?」
「はい。こちらはできております。サプル様やレニス様は大丈夫なんですか?」
「レニスはオレの力で問題なくした。水竜に噛まれても平気だ」
形はダイビングだが、水圧や温度、気圧に空気は地上と同じにしてある。まあ、それだとダイビング感がないので浮力は残してあるよ。
「サプル。泳ぎとは違うんだから万が一のときはマジカルチェンジフォーしろよ」
サプルに纏わせてある結界は水中にも対応できる。危ないと思ったらすぐにマジカルチェンジするんだからな。あんちゃんとの約束だぞ。
「ってか、ミタさんってダイビングしたことあんの?」
もうウェットスーツに着替えて酸素ボンベ……は背負ってませんね? 空気、どうすんの?
「魔術で息継ぎするのでご安心ください」
それはもうダイビングじゃなくね?
まあ、ミタさんが納得してるならオレが口出すことじゃねー。つーか、オレも結界で息継ぎするんだからなんも言えねーわ。
「んじゃ、いくか」
結界に頼らずとも水に慣れているので、飛び込むのに躊躇いはなし。いや、ちょっと溺れる予感がよぎりました。ウパ子、ついて来てねーよな?
潜ってから辺りを見回すが、オレを溺れさせる悪はいなかった。ホッ。
改めて周りに目を向ける。
人魚が住むところは水質がよく透明度がある。それは淡水人魚も同じなようで一〇メートル先までよく見える。
……大型の魚も結構いるんだな……。
南米にいそうなタピオカ? じゃなくて、ピラ、ピラ、ピラ……クル、だっけ? まあ、そんな感じのやチョウザメっぽいのまでいる。いや、チョウザメって北半球の北欧? ロシア? とかにいるんじゃなかったっけ?
観賞するにはなんか微妙なので意識から外し、潜っていく家長さんやララさんのあとに続いた。
さあ、淡水人魚の住み処はどんなだろうな? 楽しみだぜ。
◆◆◆
どんどん潜ると水圧を感じるようになって来た。
前に一度、結界なしでどこまで平気か試したことがある。もちろん、呼吸できるようにしてだけど、かなり深くまで潜れた。
結界をミタさんに繋ぐ。
「ミタさん。水深とかわかる?」
「え? あ、はい。わかります。二三メートルです」
それでこの明るさか。湖の深さと海の深さは違うのかな?
今度はレニスに繋げる。
「レニス。体はどうだ? なんか違和感はあるか?」
「全然ないよ~。最高すぎて鼻血出そうよ!」
その表現はどうかと思うが、レニスらしいと言えばレニスらしいとも思うので、サラッと流しておく。
サプルに目を向ければこちらも興奮した様子。まあ、サプルの場合は湖で泳いでたりするから安心して見てられるけどな。
……たまに想定外のことをするのがサプルだけど、今回はレニスがいるから大丈夫だろう……。
そう自分を納得しておこう。本当に想定外のことしないでよね。
さらに潜ると、カイナーズの何人かが潜るのを止めた。どうした?
結界をミタさんに繋いで尋ねた。
「水圧に耐えられないようですね。訓練はしてますが、こんなに潜ることはありませんから」
潜水訓練もしなくちゃならないとか、カイナーズで働くのって大変なんだな。オレには無理そうだわ。
前世でも会社勤めが苦手な質だったし、自由気ままが一番オレの性にあってるぜ。
「……水質が異常に綺麗ですね……」
なぜかレイコさんの声が聞こえる。
海ではレイコさんと会話するためにと、レイコさんを含めて結界に包んでいたが、今回は呼吸にしか結界を使ってねー。なのに、なんで声が聞こえるのよ?
「あら、そう言えば確かに。不思議ですね」
あんたの存在そのものが不思議ですけどね! ってか、心の中で言ったんですけど!?
「まあ、そんなこといいじゃないですか」
ドライやね。水の中だけど!
「ベー様のたとえはよくわかりません。それよりなにか見えて来ましたよ」
心のモヤモヤを抑えて奥──と言うか底に意識を向ける。
なにか水が揺らめいている。なんなんだ、いったい?
「家長さんがこちらに来ますよ」
と言うので結界で包み込む。
「どうかしたんかい?」
「声!? え? はあ? え?」
「オレの力だ。慌てなくてイイよ」
あわあわしている家長さん。溺れ……るかどうかは知らんが、心臓は止めないでくれよ。
「……す、すまない。あそこから我々の住み処だ。地上の者が入るのはベーたちが初めてだ。我々に合わせているので問題があればすぐに出てくれ」
環境を変える力、または技術があるってことか。淡水人魚、スゲーな。
結界を広げ、ミタさんやカイナーズを包み込む。
「これから先が人魚の環境らしい。まずオレが入るから待っていろ」
「最初に入るなら我々が入ります!」
「そうです! カイナーズに任せてください!」
オレを遮るカイナーズやミタさん。そんな過保護にされる年齢……ですけど! それは今さらでしょう。もっと酷いところに入ったりいったりしてるんだからよ。
「わかったよ」
押し問答するのもメンドクセー。人魚の環境とは言え、命にかかわるほど違いはねーはず。仮にあったとしても即死でないならなんとかできる。仕事させるのも雇い主の仕事だ。
「では、我らがいきます」
「家長さん。頼むよ」
「ああ。わかった」
家長さんが揺らぎの先に入り、カイナーズの二人が続いた。ララさんが残っているのは人質的なことか? だとしたらかなり気を使ってること。
一分二分と過ぎ、一五分が過ぎた頃、カイナーズの二人が戻って来た。肉体的には無事のようだ。
「遅くなって申し訳ありません。この先はかなり水温が低いです。潜れば潜るほど下がっていきます」
人魚は寒さに強いとは聞いてるし、冬の海でも寒そうにはしてなかった。それは淡水人魚にも言えるってことか。
「ウェットスーツでは厳しいかもしれません。ドライスーツに着替えるか、ベー様の力で対処するのがよろしいかと思います」
経験者の助言は聞くべきだろうと、全員に結界を纏わせた。
「それで大丈夫なはずだ。確認してみてくれ」
南極(前世のね)の海でも南国の海の如く泳げるはずだ。
また二人が揺らぎの先に入り、また一五分くらいして戻って来た。どうよ?
「問題なくいられます。ただ、もう少し温度が低いと助かります。なにか風呂に入っている感じなので」
ちょっと上げすぎたか? まあ、個人差はあるだろうから二、三度下げる感じにする。
「お邪魔してまだ高いと感じたら言ってくれ。調整するからよ」
「わかりました。お願いします」
あいよと答え、家長さんを見る。こちらは準備オッケーよ。
「では、どうぞ」
家長さんに続いて揺らぎの先へとお邪魔しま~す。
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