第164話 いい傭兵は生き残った傭兵だけだ

 しかし、よく生きてたもんだよな、こいつら。


 体を洗ってやりながらしみじみ思う。


 いつからかはわからんが、この痩せ細った体から数ヶ月は隠れて生きてきたんじゃなかろうか?


「お前ら、食うもんはどうしてたんだ?」


「……村に隠してあったものを食ったり、ネズミを捕まえたりしてた……」


 やはり、隠し庫はあったか。よく見つけたもんだ。


「親とはなんではぐれたんだ?」


「おれたち傭兵の民で、旅をしてたら蜘蛛に襲われたんだ。とーちゃんに逃げろって言われて皆と逃げたんだ」


 傭兵の民? そんなのがいるんだ。初めて聞いたわ。


「首都を目指してた、ってわけか」


「うん。何年かに一回、出稼ぎに首都にいくんだ」


 それって竜王との戦いでか? ラーシュが倒すまで四年に一回の間隔で竜王が攻めて来てたと手紙に書かれていたからな。


「なるほど。傭兵の子だから生き残れたわけか」


 身体能力が優れているとは言え、子どもだけで数ヶ月も生き抜くなんて奇跡に近い。傭兵の子として心身ともに鍛えられてなければとっくに死んでいるところだ。


「うん。いい傭兵は生き残った傭兵だけだ、ってとーちゃんが言っていた」


 それは好感が持てる傭兵だ。ってか、そいつ転生者の子孫じゃないよな? この世界で生きてるヤツがそんなこと、なかなか言えんぞ?


「そうか。なら、とーちゃんと会ったら武勇伝を語ってやれ。きっとたくさん褒めてくれるぞ」


「褒めてくれるかな?」


「オレなら褒めるし、自慢にも思うな。教えを守って生き抜いたんだからな」


 こいつを見てるだけでわかる。イイ教育をして深い愛情で守っていたことをな。そんな父親なら絶対褒めるさ。


「そうなら、いいな」


「そのためにも生きて首都にいけ。父親と会うまでが生き残りだ」


「うん!」


 見た目的にそれほど差はないだろうに、ここに満ちる空気は父と子のような感じだ。


 ……オレって、見た目より老けて見えるんだろうか……?


 まあ、何歳に見られようが気にはしねーが、もうちょっと見た目にも気をつけんと相手に警戒される恐れがある。生意気なクソガキが一番やりやすいんだよな。


「もう、誰も思ってませんよ」


 風呂に入ってるときは離れてろや! 


「離れてますよ。べー様の心の声は離れていても聞こえるんです。憑いてるんですから」


 ほんと、もう憑いていることを隠す気もねーな! どこかのメルヘンのように着脱式になれよ!


「それはプリッシュ様と深く繋がっているから可能なんですよ。普通は離れられませんからね」


 君たちの普通なんて知るかよ! こっちは幽霊も妖精もいない世界から転生してんだからよ!


「だから転生者ってズレてるんですね」


 幽霊からズレてると言われる転生者。納得できねー!


 もんもんとしながら綺麗になったガキどもを湯船から出し、着替え……ようとして服が汚れていたのに気がついた。洗濯するの忘れてたわ。


「村人さ~ん! 女の子の服ってある~!」


 あちらも上がったようで、勇者ちゃんが服のことを訊いてきた。


「あるよ。ちょっと待ってくれ」


 孤児院に寄付するためにバリアルの街と王都で古着屋を片っ端から買い占めた。そのときの収納鞄があったはずだ。


 無限鞄から古着を詰めた収納鞄を取り出し、子どもが着れそうなのを漁った。クソ。テキトーに詰め込むんじゃなかったぜ。


 五歳の女の子が着れそうなのを選び出し、隣に放り投げてやる。


「下着は勇者ちゃんのを穿かせてやってくれ」


 ミタさんなら代えの下着を用意して持たせてるはずだ。


「ボクのだとちょっと大きいかもよ?」


「プリッつあんの力で小さくするから今はそれを穿かせてくれや」


 野郎どもはオレの代えのパンツを着させ、伸縮能力で調整してやった。


 ……プリッつあんの能力って、何気に役に立つよな……。


 風呂を出ると勇者ちゃんたちも出てきた。


「勇者ちゃん、何気に服のちょいすイイんだな」


 洒落っ気のないオレでもわかる。コーディネートはこうでねーとって感じだった。


「そう?」


 本人は無自覚か。今度、花月館に連れてってみるか。コーリンたちと話が合うかもな。


 まあ、勇者ちゃんの隠れた才能はともかくとして、女の子とわかるくらいには綺麗になった二人の服を調整してやった。


 海竜の頭を焼いたところに戻ると、女騎士さんとララちゃんも戻っていた。茶猫はどこに消えた?


「オーガのメスがいたわ。今、マーローが追っている」


「やはりいたか」


 オーガは基本、狩りはオスがするが、子がいなければメスも狩りの手伝いをしたりする。今回、子がいないメスが遠くから見張ってたんだろうよ。


「じゃあ、猫が帰って来るまで待つとするか」


 近くにいるとしても棲み家は数キロは離れているはず。いって戻って来るまで陽は沈んでいるだろうよ。


「殺すの?」


「ああ、殺す。オーガは人にとって害獣だからな」


 非道、とか言わんでくれよ。オーガは増えると食物連鎖を崩しかねない。まあ、人も似たようなもんだが、人の未来かオーガの未来か。選ぶならオレは人を選ぶ。だから殺す。それだけである。


「もちろん、子も殺す。情けは無用だ」


「うん、わかった!」


 オレが勇者ちゃんを買っているところはそれだ。ちゃんと敵を認識して、無用な情をかけない。人を守る勇者であるところだ。


   ◆◆◆◆


 陽がだいぶ暮れてから茶猫が帰って来た。


「遅かったな。なんかあったのか?」


「ああ。一ヶ所じゃなく、バラバラいたせいで数を把握するのに時間がかかったよ」


 バラバラ? 核家族化問題か? いや、オーガは核家族な種族だったっけな。


「それはちょっと厄介だな。各個撃破してたら逃げられるかもしれん」


 襲って来たオスの数からしてメスは四、五〇くらいになる。子も混ぜたら七〇くらいになるだろう。この五人で各個に襲っても半分は逃げられるかもな。


「全滅は難しいか?」


「あっちも生きるか死ぬかだからな。必死で逃げるだろうよ」


 羽虫だって死ぬ気になれば実力以上の力を出すものだ。何匹は逃すかもしれんな……。


「何匹かならしょうがないだろう」


「まあ、そうなんだがな。できることなら全滅させておきたい」


 ここで全滅させてもどこかからか渡って来るだろうが、それまでの時間を作っておきたい。この地域の生き物(小動物)が回復する時間をな。


「なんか方法があるのか?」


「そのバラバラって、どのくらい離れてるんだ?」


「だいたい山一つ分にバラけてたな」


「益々厄介だな」


 一月くらい用意してからってんならともかく、気づかれないうちに山を囲むなんて到底不可能。無茶言うな、だ。


「誘いよせるか?」


 今、オーガは空腹の絶頂だろう。肉でも置いとけば集まって来るんじゃねーか?


「お、おれらも手伝わせてくれ」


 と、年長者のガキがそんなことを言ってきた。


「お前らに?」


 その年齢ではオーガの子すら勝てるかどうかだろうに。


「囮になる! 走りなら負けない!」


 囮って、それはイイな!


「おいおい! それは児童なんたらに抵触するんじゃねーのか!」


 児童なんたらってなんだよ? 突っ込むならしっかり覚えておけや。


「この世界にはねーよ。囮猟なんてよくやってることだ」


 まあ、よくやってることを忘れていて偉そうなこと言えんけどよ。


「だが、こいつらまだ子どもだぞ」


「一〇歳なら狩りに出ても不思議じゃねー歳だよ」


 オレやトータは別としても八歳から見習いとして狩りに出るヤツは多いもんだぜ。


「だが!」


「じゃあ、お前がサポートしてやれ」


 茶猫をつかみ、中型犬くらいにデカくしてやる。あまり大きくすると囮にならんからな。


「そのサイズなら守ってやれんだろう?」


「……お前、種を冒涜しすぎだよ……」


 冒涜してるならとっくに長靴を履いた猫にしてるわ。


「囮になるにしてもそんな貧弱だとオーガも本気にならん。しっかり食って旨そうに見せろ」


 海竜を出して焼き、囮になるヤツらにしっかりと食わせてしっかりと睡眠をとらせた。


 獣人と言うのは身体能力や治癒能力が高い種族だが、一晩で回復するとかどうなってんだ? 


「猫。先にいってオーガの気を引いておけ。なるべく引きつけて、大いに煽っておけ」


 オーガは直情だ。いったん頭に血が上ったらなかなか収まらない。そこにガキどもを見たら確実に釣れるだろうよ。


「わかったよ」


「本能に負けて狩るなよ」


 全滅させれるなら構わないが、いくら最強の猫でも不可能だろうよ。


「わかってる。役目はちゃんと果たすよ」


「村人さん。作戦はあるの?」


 勇者ちゃんから作戦なんて言葉が出るなんて。ちゃんと成長してることにウルッときたぜ……。


「詳しい作戦はオーガがいるところを見てからだな。天の時は地の利に如かず、だ」


「????」


 まだ勇者ちゃんに早いか。魔王ちゃんならわかってくれるんだがな……。


「まあ、イイときを待って有利な場所で戦えってことだよ」


「????」


 うん。戦略より戦術を学ばせろってことだ。


「頭のイイヤツを仲間にしろってことだよ」


「うん、わかった!」


 この素直さも伸ばしていこう。うん……。


「女騎士さん。ガキどもを頼むよ」


 そっとチョコレートを渡す。勇者ちゃんと離すために。


「っ!」


 スッゴい笑顔でサムズアップする女騎士さん。その清々しさに心の底から敬服するよ……。


「オーガがいるところまでいくぞ」


 空飛ぶ結界を創り出し、勇者ちゃんと囮三人を乗せる。ララちゃんはワンダーワンドです。


「猫さんの場所わかるの?」


「問題ない」


 茶猫には結界マーカーをつけてある。おおよその方向はわかるし、二キロくらいまで近づけば位置は把握できる。


「いくぞ!」


 空飛ぶ結界をゆっくりと浮かす。ガキどもが驚かないようにな。


「と、飛んでる!?」


「なんで?!」


「落ちない!?」


 四メートルも浮いてないのにガキどもには相当恐ろしいらしい。


「落ちないようにしてあるから安心しろ」


 六〇キロも出したらおっしっこ漏らしそうな勢いなので、二〇キロくらいに抑えておいた。


 しばらく進むと、茶猫につけた結界マーカーを感じ取ったが、スゴい勢いで移動していた。


「張り切ってること」


 よっぽどガキどもを危険にさらしたくないんだな。


「勇者ちゃん。オーガの気配とかわかったりするか?」


「う~ん。わかんない。ボク、そう言うの苦手だから」


 能力頼りか。やはり経験が足りてないようだな。


「ララちゃんは?」


「わたしもわからない。オーガは魔力がないからな」


 こちらも経験不足か。無駄に強いと育てるのも難しいぜ。


「お前たちはわかるか?」


 念のため、ガキどもにも訊いてみた。


「そんなに詳しくはわからないけど、なんとなくはわかる」


 小さくても獣人は獣人か。種族特性と言うのはおもしろいもんだ。


「なら、オーガの気配をよく感じておけ。ララちゃん、こいつらの魔力は感じれるな?」


 強くはないが獣人にも魔力はある。オレでも微かに感じれるんだからララちゃんにも感じられるはずだ。


「なんとなくはね」


「なら、こいつらの魔力を覚えろ。位置が把握できるくらいにな」


「また、無茶を言ってくれる……」


「魔力感知も魔女の必須だろう? うだうだ言ってないでやれ」


 ただ強い魔法を撃てるだけならいくらでもいる。魔力感知や知識も修めてこその魔女なはずだ。


「勇者ちゃんは目を鍛えてオーガを見つけろ」


「わかった!」


 さあ、オーガ殲滅といきますかね。


   ◆◆◆◆


 茶猫が引きつけている間にオーガが住む山を一周する。


「逃げるのに適した山だな」


 オーガにそんな知恵があるとは思わなかったぜ。


「どう逃げるのに適してるんだ?」


「そうだな。この下の川、幅は狭く浅そうだからオーガの身体能力なら渡るのも簡単だ。木々も深く、追い込める場所もない。バラバラに逃げられたら少人数では囲めない。気配を読めても追うのは大変だろうよ」


 もし、逃げることを考えていたら、金目蜘蛛以外にも昔からオーガを捕食する存在がいるってことだ。


「そういや、こちら側に来てから竜を見てねーな」


 南の大陸は竜の国と言ってもイイ。なのに、まったく竜を見ないってのはおかしすぎる。竜なら金目蜘蛛でも負けやしないだろうに。


「セーサランの気配を察知でもしたか?」


 よくあることだ。今まで住んでたところに強い存在が現れて追いやられ、大暴走になることは。


「今考えるとヤンキーもその口だったみたいだな」


 弱いものは強い生き物の気配に敏感だが、強い生き物の中にも気配に敏感な生き物もいる。そう言う生き物は賢いから厄介なんだよな。


「ほんと、生態系をもののみごとに壊してくれたぜ」


 まあ、それも弱肉強食の摂理。文句を言ったところでしょうがねー。奪われるのが嫌なら必死こいて守れ、だ。


「……あんたの頭の中、どうなってんのよ……?」


「至って普通の頭の構造だよ」


 ものの見方を広げたら誰にでもできる考察だわ。


「まあ、イイ。作戦はこうだ。囮役はここで待ち、オーガが来たら二手に分かれる。オーガが釣れたら背後から勇者ちゃんとララちゃんが追って静かに排除する。オレは猫のを排除する。理解できたか?」


 主に勇者ちゃん。あなたに言ってるからね。


「鬼ゴッコだね!」


 あ、うん、ま、まあ、そうだね。鬼ゴッコだね。いや、そうなのか?


 なんとも言えんが、勇者ちゃんが理解できたならなんでもイイ。深く考えるな、だ。


「ララちゃんは?」


「静かに、ってのが難しいけど、修業、なんだろう?」


「そう言うことだ」


 理解が早くてなによりだよ。


 空飛ぶ結界を降ろし、茶猫に仕掛けた連結結界に繋いだ。


 ……スマッグとか使う前にやっていた通信手段だよ。あまり使う頻度は少なかったけど……。


「猫。川があるほうに来い!」


「──うおっ! びっくりした!」


 あ、伝えておくの忘れてたわ。


「オレの力だ。川がある場所、わかるよな?」


「あ、ああ。わかる。ったく、五分でいくよ」


 連結結界を切り、全員に目配せし、鬼役(が鬼を追うとはこれいかに?)は空へと上昇した。オーガに感知されないくらいに。


「あ、来た!」


 真っ先に勇者ちゃんが茶猫を発見。その後ろからオーガの集団がいた。


「飢えで我を忘れている感じだな」


 これが最後の力だとばかりに茶猫を追っている。このまま放置してたら自滅しそうだな。


 とは言え、オーガのメスばかりで子はいねー。きっと巣にいるのだろうな。


 茶猫がガキどもと合流。オーガが囮を認識したら三方に走り出した。


「よし。作戦開始だ!」


「ボク、あっちね!」


「なら、わたしはあっちか」


 充分に離れたら勇者ちゃんが空飛ぶ結界からジャンプ。ララちゃんはワンダーワンドを降下させた。


 二人が森の中に消えてからまた茶猫に結界を連結させた。


「猫。巣はわかるな?」


「ああ」


「できるか?」


 もちろん、子を殺すことだ。


「害獣だ。やれるよ」


 それはよかった。ちゃんと守るべきはなにかを理解してて。


「そうか。じゃあ、頼む」


「わかってる。そっちこそガキどもにケガさせんなよな」


 別に示し合わせたわけじゃないのに、理解し合えてるオレら。イイ友達になれるかもな。


「了ー解。ただ、ちょっと武勇伝は作らせてやるけどな」


 父親に再会したときの土産話を作っやるのは許されるだろう?


「またなんか考えてんな?」


「そうなったらイイな~ってくらいだよ」


 南大陸にも他種族地区があるとラーシュの国とも友好が築けるからな。


「……友人にも容赦のない方です……」


 友人とは対等でいたいからな。


「一国どころか南の大陸のほとんどを支配した大国の王子さまと対等とか、そう言えるのはべー様だけですよ」


 ふふ。そうかもな。


「いろは。頼むぞ」


 ──いたんかい!!


 って突っ込みはノーサンキュー。オレ一人で勇者ちゃんをフォローできないんだからいろはとドレミを連れて来るのは必須だわ。


 背中にしがみついている白猫型になったいろはに頼んだ。ちなみに、ドレミも猫になって背中にしがみついています。


「すでに配置しております」


「さすがいろは。ありがとな」


「光栄です」


 いろは隊か団かはわからんが、これでオーガはジ・エンド。無事解決──とならないのがオレの人生。考えるな、感じろが警戒警報を出している。


「……金目蜘蛛の女王か……」


「かなり大きいですね」


 ラーシュの手紙でもデカいとは書かれていたが、こちらに向かって来る金目蜘蛛の女王は、ガ○タンクとタメがはれそうなデカさだった。


「X5を知ってると、スケールが小さく見えるな」


「べー様が戦うんですか?」


「もちろん。オレが戦うさ」


 戦いなんぞに興味はないが、X5を倒し切れなかったことにちょっとモヤッとしてうる。


「ドレミ。手を出すなよ」


 こんなオレにも男としてのプライドはある。負けたら悔しいと感じる心はある。X5を倒し切れなかったことが悔しくてたまらないのだ。


「最強の村人をナメんなよ」


 次、X5が襲って来たらぶっちぎりで勝つために、金目蜘蛛の女王にはオレが強くなるための糧となってもらうぜ!

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