第172話 宇宙的なにか

 朝、町へと出発する。


 アヤネの催眠術のお陰か、これと言った問題もなく町へと移動できた。


 町の代表者との交渉はモーダルに任せてある。部外者のオレたちがなにか言うよりここら辺を任せられるモーダルのほうが聞き入れやすいからな。


「猫。町の様子を見てきてくれ」


「わかったよ」


「勇者ちゃんと女騎士さんはララちゃんを見ててくれ。金目蜘蛛の様子を見てくるからよ」


 たい焼きを渡してララちゃんを任せる。下手に出して殲滅されたら困るからな。


「アヤネ。悪いが、カイナーズホームで買い物を頼めるか?」


「はい。お任せください」


「金はオレにつけといてくれてイイから」


 紙に書いた欲しいものリストを渡した。


「なにか欲しいものがあるなら買ってイイぞ。いろいろ協力してもらってるからな」


 駄賃だと思って使ってくれて構わねーぜ。


「クフ。わたしが好きでやっていることですから気になさらないでください。もし、気にするようであるならべー様の手作りをいただければ幸いです」


「手作り? お洒落アイテムか?」


 それならいっぱいあるぞ。


「では、これを」


 お洒落アイテムをいろいろ出し、その中から向日葵のブローチを一つ取った。


「一つでイイのか? 好きなだけ持ってってイイぞ」


「クフフ。これで充分ですわ。わたし、向日葵が大好きなんです」


 なにか嬉しいのか、口許が柔らかく笑っている。なんなんだ?


「べー様はもっと女心を理解したほうがいいですよ」


 男には一生理解できないと思うけどな。


 まあなんにしろ、アヤネが喜んでいるならオレがどうこう言うつもりはねー。よかったな、だ。


 気を取り直して金目蜘蛛の探索に出た。


「スゴいもんだ」


 ララちゃんが起こした爆発は、直径五〇メートル。深さ一〇メートルの穴が空いている。


「あの歳でこれだけのことができるんですから、将来、名を残す魔女になるでしょうね」


「イイほうに名が残ることを願うよ」


 ララちゃんはまだ未熟だ。強さに意識がいっている。ちゃんと導くか、ライバルでもいないと悪いほうに流れてうく恐れがある。


「まったく、問題児中の問題児を連れてきちまったぜ」


「他の方を連れてきても似たような状況だったと思いますよ。大図書館の魔女さんが選んだ問題児ですからね」


「…………」


 反論する言葉が見つからない。あの魔女ならやる。


「クソ。オレも問題児を送りつけてやるんだったぜ」


「一番の問題児はべー様でしょうけどね」


「……オ、オレは、素直でイイ子だもん……」


 お天道様に顔向けできねーことはしてねーし。


「じゃあ、フィアラさんの目を向けて言ってみてくださいよ。きっと鼻で笑われますから」


 そ、そんなことはないはず。まあ、今度会ったら全力で媚び諂っておこう。うんうん。


「……矜持はないんですか……?」


「オレはオレを救うなら矜持は脱着式だ!」


 必要に応じて取り外せるオレの矜持。カッコイイ!


「ハァ~」


 幽霊の吐息などなんのその。金目蜘蛛の探索を開始した。


 まあ、金目蜘蛛の何匹かには結界を纏わせてあるので一時間もしないで大群を発見できた。


「……ヤダ。女王蜘蛛がいっぱいいる……」


 視界に入るだけで二〇匹はいるぞ。


「やはり、おかしくないですか? 女王蜘蛛があんなにいるなんて。大暴走だとしてもおかしすぎます」


 い、言われてみれば確かにそうだな。


「山脈の向こうに宇宙からの物体Xがいて、こちら側になんの影響も与えないってことはないよな」


 宇宙的なにかを金目蜘蛛に与えたと見たほうが、この状況に納得できるってものだ。


「さすがにモーダルさんたちで当たるのは危険ではないですか?」


「そ、そうだな。これ以上増やすのは危険かもしれんな」


 視界を動かしたら女王蜘蛛が一〇〇はいそうな感じだ。


「ドレミ。カイナーズはどこにいる?」


 背中にくっついてる猫型ドレミに尋ねる。


「マイマスターから見て五時方向、距離にして八キロ先にいます」


 五時って言うと後方か。町から離れたところに陣取った感じか。


 ドレミナビで向かうと、照明弾が上がった。


「もしかして、人工衛星で見られてるのか?」


「無人偵察機で監視しているそうです」


 あー映画で観たことある。カイナーズだけ現代戦してるよな。いや、タケルは近未来戦してるけどよ。


 照明弾が打ち上げられたところに降りると、一〇〇人くらい集まっていた。


「この部隊を指揮するトナマル少佐です!」


 赤鬼さんか。そういや、スネーク大隊も赤鬼だったな。カイナーズって鬼種が多いよな。なんでだ?


「少佐。ワリーが密かに金目蜘蛛の女王を間引きしてくれ。あと、女王を一匹捕まえて博士はかせに解剖させてくれ。傷つけてもイイが体液とかに絶対に触れるなよ。どんな害があるかわからんからよ」


 セーサランが、ってより、なにか遺伝子レベルでなにかされた感じだ。体液とか触らないほうがイイかもしれん。


「応援を呼んでもよろしいでしょうか?」


「必要なだけ呼べ。あと、できることなら密かに間引きしてくれると助かる。こちらは、ヤオヨロズ国の立場をよくするために動いているからよ」


「カイナ様よりべー様の言葉を優先して動けと命令されております。べー様の行動を阻害しないよう作戦を実行します」


「ワリーな。無理を言って」


「とんでもありません。我々に誇りと矜持をくださったカイナ様やべー様には返し切れない恩があります。べー様は迷惑でしょうが、我々はあなたのためなら死ぬことも厭いません」


「本当に迷惑だ。死ぬなら自分のために死ね」


 そう吐き捨てて町へと戻った。


   ◆◆◆◆


 町に移って二日。金目蜘蛛が二〇〇ばかり襲って来た。


「少ないな?」


「威力偵察じゃろうな」


 鬱屈した勇者ちゃんを発散させるために一人でいかせ、高みの見物をしてたらモーダルが不思議そうに呟いたので答えてやった。


「蟲がか?」


「今、襲って来てるのは蟲じゃ。じゃが、それを操っている大元には少なからず知能はあるはずじゃよ」


 ただ、見ている限り、そう知能は高いとは思えねー。知能より本能が勝っている感じだしな。


「なにを隠している?」


「別に隠してはおらん。確証がないだけじゃ」


 これはオレの勘。状況を見ての考えでしかねー。


「それでもいいから教えろ」


「山脈の向こうでは天の彼方から凶悪な化け物が落ちて来た。それが偶然か意図的かはわからんが、その化け物はこの世界を支配しようとしているのは確実じゃ」


 それは人魚が逃げて来たことで確実だし、行動から見ても確実だ。


「厄介なのか?」


「あそこで戦っている勇者が負け、わしも抑えるのがやっとじゃったよ」


「化け物だな」


「そんな化け物を倒したのが帝国の魔女じゃ」


「……化け物か……?」


「否定はせんが、技を極めた結果じゃろうな」


 初代が使っていたとは言え、それを受け継ぎ、極めたのは叡知の魔女さんの努力だろう。そのせいで人の外に出ちゃったのはご愛敬だろうけど。


「金目蜘蛛もそうだと?」


「なにかしらの影響を受けているとわしは見る」


 自然発生であそこまでなるなんて不自然すぎる。なにかしらの影響があったと見たほうが納得できるわ。


「……危険ではないか……?」


「危険じゃろうな。じゃが、まだ戦況は操れるよ。この世界で最強の軍団が間引きしとるからな」


 音はしないが、カイナーズなら静かに金目蜘蛛を葬れるだろうよ。


「……お前は、世界でも征服しようとしているのか……?」


「そんな面倒なことせんよ。まあ、お前さんがしたいと言うなら手伝ってやってもよいぞ」


「全力で断る。お前の傀儡などゴメンだわ」


 悲しいかな。世界を征服したいと言うヤツとは出会えてない。出会えたら全力で世界の王にしてやるのによ。


「終わったよ~!」


 火の玉だけですべてを片付けた勇者ちゃん。ララちゃんに感化されたんだろうか?


「ご苦労さん」


 と、チョコレートを渡した。


「わーい!」


 芸ができたらエサをやるような感じだが、勇者ちゃんを教育するにはこれが一番なのだからしょうがない。もうちょっと育ったらカイナにでも任せよう。今はなんとかできてるが、これ以上強くなったらオレの手には負えんからな。


「金目蜘蛛の大群がきます!」


「数がおると惜しみないの」


「次、我らが出るぞ!」


 そう叫び、部下を連れて出ていった。


 次も二〇〇匹くらいの団体で、これも威力偵察とこちらを消耗させる狙いだろうな。


 五時間置きに二〇〇匹単位で金目蜘蛛が襲って来る。


「戦力の逐次投入は愚の骨頂じゃが、相手が大軍なら立派な戦術じゃの」


 威力偵察からこちらを消耗させる作戦に切り替えて来た。


「ああ。おそらく、間隔が狭まってくるだろうな」


 モーダルも金目蜘蛛の動きがわかってきたようで、知能がある敵として状況を考えているようだ。


「そちらの状態は?」


「疲労が溜まってきているな。そちらは?」


「問題はない」


 ララちゃんは未だに起きないがな。


「町の様子は?」


「不安が募り始めているな。こちらの事情など構わず問い質しに来ているよ」


 辟易とばかりにため息をつくモーダル。さすがに堪えるようだ。


「猫。町に金目蜘蛛の大軍が町を囲もうとしてると広めてくれ」


「暴動にならないか?」


「その辺はアヤネがなんとかしてくれておる」


 アヤネに目を向けると、口角を上げて笑った。


「クフ。もう二日は大丈夫かと思います」


「逃げ出した者はおるか?」


「五組ほどいました」


「どこにでも決断の早い者はいるものじゃ」


 目に見えてわかってきたらいっきに崩れるだろうな。


「では、明日はこちらから仕掛けるとするか。あちらが気づいてくれるようにのぉ」


 勇者ちゃんにガンバってもらおう。こちらが逃げる算段をしてると理解してもらえるように、な。


「町を破壊しないように頼むぞ」


「今度はわしが出るから安心せい。魔術師の妙を見せてやろう」


 まあ、使うのは土魔法だが、知識のない者にはわからんだろうよ。


「金目蜘蛛、現れました!」


 昨日までは陽が沈んだら攻撃してこなかったのに、ラストスパートな感じで夜も攻め始めたようだ。


「わしが出よう」


 二時間前に戦ったばかりの兵士には酷だろうし、勇者ちゃんは寝る時間。昼寝したオレが出るとしようかね。


「そろそろ二方向からの攻撃になるだろうから油断するでないぞ」


 これまでは一方向から襲って来たが、こちらが疲れていることは見抜いているはずだし、偵察でこちらの戦力もわかったはずだ。


 なら、二方向から攻撃してくるのは自明の理。戦いの素人たるオレでもやるぜ。


「いろは。こっそりとフォローしてくれ」


 何度でも言おう。姿は見えないが、オレの側にはドレミといろはがいるんだよ、こん畜生が。


「なぜ切れ気味に言うんですか?」


 なんとなくだよ!


「イエス、マイロード」


 白猫型のいろはが何十匹と出現して闇へと消えていった。


「……もうお前が世界を征服しろよ……」


 嫌だよ。オレはメンドクセーことは他に任せる男なんだからよ。


 モーダルの戯れ言を鼻で笑い飛ばし、金目蜘蛛の殲滅に向かった。


   ◆◆◆◆


 ……限界だな。


 金目蜘蛛が波状攻撃に切り替え、朝から休む暇もなくなってきた。


「ララちゃん。一〇時から二時までの金目蜘蛛を薙ぎ払え」


 気分は蟲に手足を食われた殿下のようである。


「……わたし、目覚めたばっかりなんだけど……」


「それはララちゃんの自業自得。命の取り合いをしているのを忘れて気を失うくらいの魔法を放つのが悪い。死んでないことに感謝しろ」


 これはオレの失敗。先に命のやり取りを学ばせておくんだったぜ。


「強くなりたいのならまず自分の強さを知れ。限界を知れ。命を賭けるのはすべてを出し切ってからだ。この未熟者が」


 オレの言葉におもしろくない表情になったので、ララちゃんのケツをひっぱたいてやる。オレはクソガキは叩いて修正してやるタイプだ。


「ケツ殻のついたひよっこが。カリ○ロって呼ぶぞ」


「なんだよ、カ○メロって!」


「ひよっこの代名詞だよ」


 いや、カリ○ロ、観たことねーが、絵は知っている。きっとひよっこな物語なんだろうよ。


「カリ○ロと呼ばれたくねーのならさっさとやれ。金目蜘蛛を押し返せ!」


「わ、わかったよ!」


 十時から二時までの金目蜘蛛はララちゃんに任せ、モーダルには町の者を逃がす指揮をやらせる。


「計画通り、わしらが殿となる」


「了解した。ほどほどにな」


 ニヤリと笑い、騎乗竜に跨がって兵を引き連れていった。


「勇者ちゃんは要塞の東側を担当だ。一匹も通すなよ」


 ララちゃんに任せるのが北側ね。今はそちら側から現れているのだ。


「わかった!」


 もちろん、負荷結界は解いてある。言った通り、一匹も通されたら困るし、勇者ちゃんにそんな芸当はできないからな。


「西はおれがやる!」


 と、茶猫がドドン! とばかりに現れた。迫力はまったくねーが。


「随分とやる気だな?」


 なんか悪いものでも食ったのか?


「魔法を覚えたからな、使ってみたくなるのが男だろう」


 お前は男と言うより雄オスだがな。


「まあ、やりたいってんなら好きにしろ。だが、全滅はさせるなよ。モーダルたちにも相手させなくちゃなんのだからな」


 安全な撤退など緊張感に欠けるからな、真剣になるよう金目蜘蛛に駆り立ててもらいましょう。


 ララちゃんが位置についたようで炎の壁が現れた。


「寝起きなのにエゲつないの放つな」


 ほんと、脳筋に手加減を教えるのは骨が折れるぜ……。


 空飛ぶ結界を創り出し、全体を見るために周りを見れる位置まで上昇する。


「異常なほどの大群だな」


「そうですね。エサも少ないのに?」


 町に集中させるためにヤンキーをばら蒔いているとは言え、こんなに増えるほどの量は与えていない。宇宙的要因があるんだろう。


 ララちゃんの炎の壁が何発も放たれるが、金目蜘蛛は次から次へと現れ、左右に分かれてた。


 勇者ちゃんは風の刃を生み出して金目蜘蛛を微塵切りにしている。


 脳筋ではあるが戦闘センスはあるようで、攻撃が本当に多彩だ。魔王ちゃんが勝つには相当厳しいだろうな~。


 まあ、魔王ちゃんには統治をしてもらいたいから強さは二の次でイイんだが、魔王ちゃんの性格からしてそれをよしとはしないだろう。対決は不可避だろうなぁ……。


 頭の痛いことだが、審判は暴虐さんにやらせよう。あ、ご隠居さんにもやらせるか。勇者ちゃんをオレに押しつけた黒幕だろうからな。


 茶猫のほうを見たら……ん? なんだ? なにが起こっているんた?


「……レイコさん、状況説明よろ……」


「見たままに言うと、目から光を出してますね」


「どんな魔法よ?」


「所謂熱魔法の一種ですね。何百年か前に同じことをしている魔王がいましたっけ。青い服に赤いパンツが──」


「──よし、それ以上はアウトだ。なかったことにしよう」


 脳内に浮かび上がったものをすぐに忘れるんだ。忘れられなくても口にするんじゃない。口を紡ぐことが世界を平和にするんだからな。


「なに言ってるんですか?」


「それは触れちゃいけないサンクチュアリだ」


 茶猫は目からビームを出している。それは熱魔法。それ以上でもなければそれ以下でもねー。皆、オッケー牧場かい?


 ──オッケー牧場~!!


 全世界からオッケー牧場の大合唱が聞こえたので茶猫の戦いに集中する。


 目からビームで次々と金目蜘蛛を切り裂いていた茶猫が、今度は口から炎を噴き出した。


「……多彩なやっちゃ……」


 炎を噴き出したと思ったら次は土魔法で串刺しに。やはり転生者はイメージが明確でエゲつないわ~。


「ってか、全滅させそうな勢いだな!」


 クソ! 転生者は自重がねーから困るぜ。


「……どの口が言ってるんだか……」


 オレはちゃんとTPOを弁えてます! 


「あのバカが!」


 結界球を投げて茶猫の暴走を止めさせた。


 その隙に金目蜘蛛が何十匹かモーダルたちを追い始めた。


 それから一時間くらいして金目蜘蛛の攻撃が止み、勇者ちゃん側から引いていき、一〇分もしないでいなくなってしまった。


「蟲のほうが扱いやすいとか皮肉でしかねーな」


 金目蜘蛛を焼いて食べたら賢くなるかな? 


「この隙に下がるぞ!」


 脳筋どもを集め、モーダルたちのあとを追った。

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