第175話 花*花

 ハイ。今度こそ我が家に帰って来ました。


「ブルー島のほうですけどね」


 館から出た日からオレの家はここだ。いや、ブルー島に移ってから大して過ごしてないけどな!


「ホー! 侵入者!」


「誰が侵入者じゃ、アホ鳥が!」


 襲って来た梟にコークスクリューパンチを食らわしてやる。


「ホー。酷い……」


「家主の顔を忘れるアホ鳥の記憶力のほうが酷いわ!」


「名前を忘れる自分へのブーメランですか?」


 オ、オレは人の顔は一度覚えたら忘れないもん! 鳥頭じゃないもん!


「ってか、お前だけか?」


「メイドは奥にいるホー」


 語尾にホーをつけんじゃねーよ。なんのキャラ主張だよ?


「──あ、べー様、お帰りなさいませ」


 奥からクルフ族のメイドさんが現れた。


「珍しいな、クルフ族のメイドって」


 フ……なんだっけ?


「フミさんね。よくそれでミミッチーさんを殴れましたね」


 そ、そうそう、フミさんフミさん。元気にしてるかな? どこにいるかは知らないけど。


「わたし、カラクリより家事するのが好きなもので」


 まあ、種族がすべて同じなんてあり得ねーか。家事好きがいても不思議じゃねーな。


「留守中、ありがとな」


 結界を施してあるから空気が淀むことはねーが、人が住んでねーと家は寂れるものだ。こうしてオレがいねー間に人の温もりを残してくれたことは感謝しても感謝しきれねーよ。


「これが仕事ですから。なにかお飲みになりますか?」


「そうだな。コーヒーを頼むよ。あと、フルー○ェを頼むよ」


 なんか久しぶりにフ○ーチェが食いたくなった。


「はい。なに味がいいですか?」


「じゃあ、イチゴで」


 今の気分はイチゴだな。


「畏まりました。禁断のを出しますね」


 ん? 禁断? はい?


 いったいなにを出されるんだと戦々恐々と待っていたら、普通のフルー○ェを出してくれた。ヤベー粉でも入ってんのか?


「ふふ。別に危ないものは入ってないですよ。牛乳と生クリームを入れただけです」


 生クリーム? フ○ーチェに生クリームを入れる発想なんてよく思いついたこと。どれどれ。


「旨いじゃん!」


 確かにこれは禁断の味だな。普通のが食べられなくなるぜ。いや、普通に食うけどな。


「そういや、サプルは?」


 サプルも同じく住んでるんだよ。皆、覚えてた? 


「サプル様は奥様の出産で館に移りました」


「そこまでしてるのか」


 帰って来てなんだが、男にはなんも手伝ってやれねー。側にいてやるのは親父殿の役目だし、せっかくの出産経験を邪魔するのも可哀想だしな。


「オカンに問題はあるかい?」


「もう出産間近なのに畑仕事しようとして止めるのが大変って聞いてます」


「相変わらずだな、オカンは」


 サプルのときもそうだったし、トータのときも歩きまわっていたものだ。まあ、トータのときはオークの大暴走やらオトンが死んだりと大変だったけどよ。


「レニスのことは聞いてるかい?」


 浅草なフュワール・レワロには姉御のところからいけるようにしてあるが、あちらはカイナーズで纏まってるはず。ゼルフィング家に情報が伝わってきてるのかはまったくわからんよ。


「はい。回覧板が回ってきますから」


 また回覧板かい! ってか、伝達手段が回覧板とかなんなの? スマッグは普及してねーのか?


「レニス様も順調のようですよ。順調すぎてどこかにいかないようにするのが大変だと書いてありました」


 レニスの情報、筒抜けだな! ってか、個人情報まで書かれてんのかよ! 大丈夫なのか?


「なんかオレのことまで広まってそうだな」


「そうですね。ただ、べー様の行動が読めないので少し遅れて届きます。まだ南の大陸でオーガを虐めてると書かれてましたね」


 やっぱりかい! ってか、情報遅いな! 


「常に状況が変わるので、なにを知らせていいかわからないって言ってました」


 誰がだよ!? 回覧板の域、超えてるよな?


「プライベートとか個人情報とか教えんと、なに書かれるかわかったんじゃねーな」


 見られて恥じぬ人生を送っているとは言え、人に知られたくないことはある。


「わたし、トイレとお風呂のとき以外はずっとべー様を見てますけど。あと、恥じぬ人生かもしれませんが、胸の張れる人生ではないと思います」


 ………………。


 …………。


 ……。


「あー禁断のフ○ーチェ、うめーな。あ、お代り。今度はバナナでお願いします」


 なにはともあれ、久しぶりのうちは最高だな~!


「恥じぬ人生ってなんでしょうね?」


 後悔しないってことさ! あーフルー○ェうめ~!


   ◆◆◆◆


 沿海沿い。


 なんか普通に使ってたけど、これって頭痛が痛いと同じ重複表現だよな? この場合、海沿いが正しいのか? なんだ? 今度カイナーズホームに辞書買いにいくか。


 なんて考えたら山を下り終えた。


「完全に町だな」


 娯楽施設がないからか、道を往来をする者は少ないが、家の窓漏れる灯りで道が照らされている。


「ってか、これってゼルフィング家で働いてるヤツなのか?」


 メイドが何百人といるのはわかっているが、その家族を足しても町ができるほどにはならんだろう? ゼルフィング家で働いてないヤツも住んでるのか?


 まあ、土地はあるんだから住むのは構わんのだが、ヤオヨロズの人口が減るんじゃないのか? 三万人くらいだろう、今の人口って?


「ってか、三万人くらいで国とか名乗っちゃってイイのかな?」


 今さらですみません。


「謝るなら言い出しっぺですみませんではないですか?」


 すべてをひっくるめてすみません。なので、皆様方の誠意努力に期待します!


「……清々しいほどの他人任せですね……」


「魔族は平穏な暮らしが欲しい。オレも平穏な暮らしが欲しい。なら、互いにできることをガンバりましょうだ」


 オレはこうして場所と仕事を提供している。なら、その暮らしを守るのは魔族の連中だ。オレは家畜を飼ってるんじゃねーんだからな。


 岬にある姉御の喫茶店に来ると、なんか賑わっていた。パーティーか?


「あ、べー様、お帰りなさいませ!」


「お帰りなさいませ!」


 席から立ち上がってお辞儀する女性陣。うちのメイドなのか?


「あ、ああ。ただいま。オレはイイからおしゃべりを続けてくれや」


 プライベートタイムならいちいちオレに気を使う必要はねー。無視しないていどに自分の時間を楽しんでくださいませ。


「喫茶店で働く娘も増えましたね」


 なんかピンクのエプロンをした娘がやたらといるなと思ってたが、やはり喫茶店で働く娘か。


「姉御としては不本意だろうな」


 静かに暮らしたいとか言ってたのに、こんな大繁盛になってんだからよ。


 喫茶店に入ると、中も混雑していて、女の臭いに酔いそうである。


「いらっしゃいませ~」


 クルフ族と思われる娘がやって来た。機械弄りが苦手なクルフ族って結構いるのかな?


「姉御はいるかい? 姿が見えんけど」


「マスターでしたら海のテラスです」


 海のテラス? そんなもの作ったんだ。


 と言うので、外に出て海のテラスへといってみる。


 崖まで煉瓦の道が作られており、木の階段が下へと続いていた。いつの間に?


「べー様がここに来るの、いつ以来かわかりますか?」


 冬の前だったから二、三ヶ月は来てませんね。はい、すみません。


 階段を降りると、この島が金鉱の島だってのを思い出し、そういや金を取りに行ってないのも思い出した。


「忘れる前にいっておくか」


 オカンの出産まで余裕はありそうだし、その前にいっておくとしよう。


 下まで降りると、海に向けてテラスが作られており、なにやら大人な雰囲気が漂っていた。バーか?


「姉御。久しぶりっす」


 カウンターに立っていた姉御に挨拶する。


「あら、帰ってたのね。またオーガを虐めてるって回覧板に書いてあったけど」


 ほんと、オレの行動ダダ漏れだな! 


「人聞きのワリーこと言わんでくださいよ。生物学に貢献しただけっすよ」


 オーガの生態を知ることできたことは生物学史に大いなる遺産を残したと言っても過言ではねー。悪く言われる筋合いはありませぬ。


「オーガからは罵詈雑言は受けそうですがね」


 そのときは誠心誠意黙らせて差し上げますぜ。ケケ。


「まあ、あなたの破天荒なんて今さらね。シャニラが出産するまではいるんでしょう?」


「ういっす。念のために」


 今回もオババが取り上げてくれるなら問題なかろうが、オカンも……って何歳だっけ、オカンって? ま、まあ、年齢も年齢だし、なんかあったときのために医者や薬師がいたことに越したことはねーだろう。


「姉御も出産間近になったらいくんでしょう?」


 オレのときからオカンが出産のときは近くにいてくれたからな。


「ええ、間近になればいくわ。シャニラの近くにいてあげたいからね」


「ついでに親父殿を宥めてやってください」


 落ち着かない姿が目に浮かぶよ。


「それは息子のあなたがやりなさい。まあ、あなたも落ち着いてないでしょうけどね」


「オレはいつだって冷静っす」


「サプルのときもトータのときも貧乏ゆすりしてる姿しか記憶にないのだけれどね」


 オレにはまったくこれぽっちも記憶にございません。


「レニスのほうはどうなってます?」


 喫茶店にもカイナーズのヤツらもいただろうが、制服を着てないとうちのメイドかカイナーズかよくわからんのだよな。


「順調すぎて何度か逃げ出そうとしたみたいよ。逃げ道がそこの門だけだからことごとく失敗してるようだけどね」


 浅草なフュワール・レワロの外は湖。さすがのレニスでも逃げ出すことはできんだろうよ。


「まったく、元気な妊婦は迷惑だな」


 いや、元気に越したことねーんだが、側にいる者にしたら安静にしてられねー妊婦は迷惑でしかねーよ。


「ふふ。そうね。暇そうにしてるそうだからいってあげなさい」


「そのうちにいきやす。んじゃ、また来るっす」


 そろそろ夕食ができる頃。今日はゆっくりさせてもらいます。


 空飛ぶ結界でさっと帰宅した。


   ◆◆◆◆


 転移結界門を出ると、ボブラ村は夜だった。


 まったく、時差とは厄介である。ブルー島時間では早朝なのにボブラ村では夜とか、ブルー島に住んでるヤツらはよく暮らしていけてるよな。オレなら時差ボケで調子を崩す自信があるぜ。


「それもべー様のやらかしですよね?」


 やらかしとか言わないで。ブルー島はオレだけ住むはずだったんだからよ。


「あ、べー様。お帰りなさいませ」


 横から声がして振り向いたら、狼系の獣人が現れた。な、なんだ!?


「あ、ああ。ただいま。なにしてんだ?」


「館の警備です」


 うち、警備するほどの家だったっけ?


「あ、おお。そうか。それはご苦労さんな。風邪引かないようにな」


 ボブラ村はまだ冬。気温も低い。全身毛で覆われていても寒いだろうよ。


「はっ! ありがとうございます。気をつけます」


「ところで、館には入れるのかい?」


 この世界じゃ、田舎ほど戸締まりは厳重にする。まあ、鍵などはないが、内締めや戸板をしたりはする。うちはオレの結界で厳重、と言うよりは鉄壁にしてたがな。


「はい。入れます」


 と言うので館に向かうと、先ほどと同じ狼系の獣人が扉を警備していた。


「お帰りなさいませ」


 一礼して扉を開けてくれた。うち、完全に魔王城になってんな……。 


「四天王とかいたりしないよな?」


 まあ、これだけ厳重にしてたら四天王なんて無駄職でしかねーけどよ。


「お帰りなさいませ」


 久しぶりに執事さんが現れた。


「おう、ただいま。家を守ってくれてありがとな」


 執事さんがなにをしているか知らんけど、メイドたちのトップは執事さんだ。とミタさんに聞いた。なら、いろいろやってるってことだ。


「恐縮です」


「ってか、寝ずにいたのかい?」


「起きて迎えるのがわたしの役目ですので」


 大変な仕事だこと。オレには絶対につけねー職業だな。


「食堂はやってるかい?」


「はい。なにか召し上がりますか?」


「いや、離れで食ってきたからイイよ。コーヒーを頼むわ」


「畏まりました」


 執事さんにお願いして食堂へと向かった。


「ん? コンビニ、どうしたんだ?」


 なにかアウト寄りの名前と外観だったのに、木目調の外観になり、名前も『花*花』になっていた。


「奥様がファミリーセブンだと言い難いとおっしゃいましたので、名を募り、厳正な審査の上、花*花となりました」


 まあ、確かに言い難いわな。アウト寄りの名前なんてよ。


 中を覗いたら中はそんなに変わらなかった。まあ、品物はこの世界で使えるものしかねーが、やけにお菓子が多いな。うち、そんなに食わしてないな?


「メイドたちの要望です。非番のときに部屋に集まってお菓子パーティーをするのが流行っておるようで……」


 弛んどるとばかりにため息をつく執事さん。女ばかりの職場を仕切るのは大変だろうよ。


「執事業が辛いならカイナに口利きしてやろうか?」


 と言うか、よく家の仕事をやってるよな。闇の世界で暗躍してそうな雰囲気なのによ。


「いいえ。わたしは、ゼルフィング家に、ベー様に仕えられたことに誇りを持っております。この命尽きるまでお家で働かせていただきます」


 どんな生き方、考え方をしてきたかわからんが、執事さんが満足してるならオレがどうこう言う資格はねー。好きにしろ、だ。


 花*花を一周してから食堂へと向かった。


 食堂には何人かのメイドがいて食事をしていた。夜中に食うとか、ご苦労さまだよ。


「オレに気にせず食事を続けな」


 立ち上がろうとするメイドさんたちを制する。貴重な休憩をオレのために使う必要なんてねーよ。


「お。囲炉裏も掘り炬燵にしたんだ」


 冬になったらしようと掘り炬燵仕様にしてたが、まさか使うとは思わなかった。誰にも説明はしなかったのに。


「べー様。炭を入れますか?」


「炭?」


 炬燵布団を捲ったら練炭コンロが入っていた。こりゃまた懐かしいこと。


 前世でも子どもの頃に見たものだ。誰からの情報だ?


「マーロー様が欲しいと仰いましたので設置しました」


 マーロー? 誰だっけ?


「つい昨日まで一緒にいたしゃべる猫ですよ」


 あ、あー! あいつそんな名前だったっけ。ってかあいつ、練炭なんて知る年代だったのか? 三〇手前で死んだと思ってたのに。


「そうだな。頼むわ」


 寒くはねーが、練炭の暖かさはまだ記憶にある。久しぶりに感じるのもイイだろう。


 すぐに火がついた練炭を入れてもらい、炬燵に浸かった。


 ちなみに、オレんところでは炬燵に浸かると言ってました。皆のところはどうだった?


「おーあったけー!」


 これぞ冬の炬燵って感じだな。あ、ミカン食いたくなった。


「ミカンある?」


 控えているメイドさんに尋ねた。


「はい。すぐにご用意致します」


 あ、あるんだ。それも茶猫の要望か? 


 本当にすぐミカンを持ってきてくれ、何十年か振りにミカンをいただいた。あーすっぺっ。

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