第176話 久しぶり

「……お前は、いつも突然だよな……」


 堀り炬燵でのんびりまったり本を読んでいたら親父殿がやって来た。あ、おはよーさん。


「起きるの随分と早いな?」


 まだ五時半。どんな田舎でもまだ寝ている時間だぞ。


「館が騒がしくなっていたから起きてきたんだ」


 メイドさんたちの名誉のために言っておくが、別にメイドさんたちは騒いでねー。ただ、親父殿の気配察知が異常なだけだ。


「冒険者を引退してもう半年は過ぎてるのに鈍ってないんだな」


「家族を守るために訓練は欠かしてない。と言ってもメイドやらなんやらで意味があるんだかわからんがな……」


 まあ、あの警備を掻い潜って侵入できるヤツがいたら逆に見てみたいよ。


「厄介事は解決したのか? オーガを狩っているようなことが回覧板に書かれていたが」


 思ったのだが、それ、回覧板じゃなくオレの行動報告書じゃね?


「オレの行動なんて知ってどうしようってんだ?」


「お前が動くと歴史的事態になるからだろうが。それを任せられるこっちの身を考えやがれ」


「オレはやりたくないヤツには任せてねーぞ」


 嫌なことを押しつけるなんてオレの主義じゃねー! と、何度でも言わせてもらいます。


「……そういうところが悪辣だよな、お前は……」


「やりたくないならやらなければイイ。それだけさ」


 こちらはまたやりたいヤツを見つければイイだけだし。


「厄介事はまだ解決してねーよ。任せれるヤツに任せてきた。オカンの出産が終われば戻るよ」


「任せられたヤツに同情するよ」


「艱難辛苦を乗り越え立派な人に成れ、だよ」


「まずお前が立派な人となれよ」


「オレは立派に成る必要がないからな、艱難辛苦も人に押しつけ──与えてやるのさ」


「隠すならもっと巧妙に隠しやがれ」


「根が正直なんでな」


「邪悪なほうに、だがな」


 ひ、人は打算的な生き物なんだよ! 清廉潔白は他に任せるわ!


「オレのことよりオカンはどんな感じだ?」


「元気すぎてハラハラしてるよ」


「そういや、まだ畑仕事しようとしてるとか言ってたな」


 畑で産まれた、なんて話もよく聞くことだ。


 ……オババの話ではオレもその一人になりそうだったと言ってたっけな……。


「しっかり見張ってろよ。田舎の女は強いからよ」


 もう別の生き物なんじゃないかと思うよ。男には理解できねーぜ。


「毎日そう思っているよ。オレのほうが先に参りそうだ」


「元A級冒険者も形無しだな」


 まあ、最強の村人でも妊婦相手には勝てないがな!


「まったくだよ。しばらくいるなら村にも顔を出せよ。お前、話にも出てこなくなっているぞ」


「数ヶ月で忘れるとか薄情すぎね?」


 自分で言うのもなんだけど、存在濃いよ!


「村人とほざきながら何ヶ月もいないお前が言うな」


 うぐっ! そう言われるとなにも言えなくなるが、それは平和に暮らすための下準備をしているだけだもん……。


「おれはもうちょっと寝てくるよ」


 あくびをして食堂を出ていってしまった。


「……報われないもんだ……」


 まあ、オレはオレのためにやっていることだから認められなくても一向に構わないと思ってても、こうして忘れられると心にくるものがあるぜ。


「わたしは、ベー様と出会えてよかったと思ってますよ」


「幽霊からの慰めはいらんよ」


 堀り炬燵から出てた。


「ベー様。ご用があれば承りますが?」


「朝食までそこら辺を散歩してくるよ」


 まだ外は暗いが、そんな中を歩くのもまたイイもの。オレはなんでも楽しめる男なのだよ。


 食堂から出ると、花*花が混雑していた。な、なんや!?


「あ、ベー様。お帰りなさいませ」


 花*花にいたメイドが出て来て包囲され、一斉にお帰りなさいませの大合唱を受けてしまった。迷惑だよ!


「な、なんかの安売りセールか?」


「いえ。夜勤が終わりましたのでオヤツを買ってました。明日は休みなので」


「お、おう。そうか。ご苦労さまな。ゆっくり休んでくれや」


 どういうシフトになってるかは知らんが、いっきに何十人も休むとか、オレが想像するよりメイドが増えているようだな……。


「はい。ありがとうございます」


 だから一斉にしゃべるなや。迷惑だよ!


 ここはオレのほうが撤退したほつが早いと判断し、その場から立ち去った。


 外に出ると、ブルー島に帰るメイドが門の前に集まっていた。


「あんなにたくさんどこで働いているんだ?」


「ベー様がやったことの後始末ではありませんか?」


 そんなことはない! と言えない今日この頃。働く場があってなによりだと回れ右して早朝の散歩へと出かけた。


   ◆◆◆◆


「お、雪だ」


 ボブラ村は雪がそう積もらない地域だが、雪が飛んでくることはよくある。


 だが、季節的に二月辺り。もう暖かくなる時期なのに雪とは珍しい。ってか、冬は完全にうちにいなかったな~。


 日の出になっても厚い雲で光は弱い。朝の感動がいまいちである。


 冬は畑仕事より内職がメインになる。だから朝日が上がっても外に出てくる村人はいない。


「村での流れを忘れてるな」


 誰かに会ってオレを知らしめるはずだったのに、そんなことすら忘れてたんだから村人失格である。


「正しい村人だったことがあるセリフですね」


 オ、オレだってちゃんと村人やってる時代はあったもん!


「それは今は村人やってないって言ってるようなものですよ」


 よし。誰も居ねーし、帰ろ~っと。


「……さすがモーダルさんに逃げ恥を説いた方です……」


 知らない知らないな~んも知りませ~ん。


 ルンルン気分で館へと帰ると、メイドたちが食堂へと向かっていた。


 ……なんつーか、社員食堂を思い出すよな……。


「べー様、おはようごさいます」


 メイドさんたちから挨拶を受けながら食堂へ向かうと、囲炉裏間にはオカンや親父殿がいた。


「おはよーさん」


 オレも囲炉裏間に上がり、堀り炬燵に入った。はぁーあったけ~。


「……まるでなにもなかったように自然だよな、お前って……」


「べーは昔っからこうですからね」


「そうだな。こいつが変わったら逆になにかの天変地異かと思うわな」


 なに失礼なこと言ってんだか。オレは天変地異が起きてもオレのままだわ。


「あら、べーじゃない。帰ってたのね」


「おう、バリラ。そういや、お前に家を用意する約束してたっけな」


 いろいろほったらかしにしたままだな。まあ、いつものことだと言われたらそうなんですけどね。


「いりませんわ。ここの暮らしが慣れてしまいましたしね」


 冒険者も暮らしが安定すると守りに入るもんなんだな。


「バリラがそう言うなら好きにしたらイイさ」


 もう家族みたいなもの。飽きるまでいろ、だ。


「おはようございます」


 茶猫んとこの三兄弟がやって来た。あ、こいつらもいたっけな。


「わたしの教え子ですわ」


 オレの視線の意味を読んでか、バリラがそう教えてくれた。


「ノノとリアムと一緒にね」


 ん? 誰や、その二人? 


「宿屋の子と王都の孤児院にいた子よ」


「あ、あの二人か。誰かと思ったよ」


 いたいた。あのスーパー天才幼女どもが。ちょっと顔を思い出すからしばしお時間をくだされ。


「……顔は忘れないとか言ってませんでしたか……?」


 知り合いが多いから脳内顔認証システムが上手く働かないだけだい!


「あの二人、元気にやってるかい?」


 コミュニケーション能力がない二人。ちゃんとやってるか心配してたんだよ。


「完全無欠に忘れてましたよね?」


 ちょっと幽霊さん。思い出しながらしゃべってんだから邪魔しないでよ!


「そうね。元気にはやっているわ。わたしとしてはもっと子どもらしさを持ってもらいたいけどね」


 まあ、二人同士は気が合ってる感じだったし、そのままでイイんじゃねーの? それが二人の個性だしな。


「あ、あの、マーローはどうしてますか?」


 マーロー? 誰や?


「猫さんですよ。いい加減名前を覚えてあげてくださいよ」


 あいつはオレの中で茶猫か猫で固定している。今さら変えられねーよ。


「あいつなら南の大陸で元気に働いているよ。今は孤児を救ってんじゃねーかな?」


 オレは食料売りで関わってやれなかったが、あいつは孤児を放っておくことはできねー性格だ。こちらから言わなくても勝手に動くだろう。


「マーロー、無理してませんか?」


「あいつは無理をしてでも孤児を救う性格だからな、無理じゃなくても無理してると思うぞ」


 それは三兄弟もわかっているはずだ。


「まあ、心配すんな。頼りになるヤツを残してきたから。それに、魔法が使えるようになって喜んでいたぞ」


「マーローが魔法を?」


「猫って魔法を使えたの?」


「才能があったんだろうな、オレが教えたらあっさりできたぞ」


 元々猫にも魔力があったんだろう。でなければオレが教えたくらいでああまで使いこなせるわけはねー。最強と願ったみたいだし、副次補正として成長速度が早まっているのだろう。


「まったく、しゃべるだけでも非常識なのに魔法まで使えるとは。べーの知り合いは非常識なのばかりね」


 バリラさん。それはあなたも非常識と言っているようなものですからね。わかってる?


「あら、べーじゃない。帰ってたのね」


「ああ。オカンの出産のときくらいいようと思ってな」


 久しぶりの共存体(笑)。人の頭にいた頃が懐かしいよ。


 って思ってたら頭にパ◯ルダーオンしてきた。


「やっぱりべーの頭はいいものね」


「プリッシュがあんちゃんの頭にいる姿って久しぶりだね」


 朝食を運んできたマイシスター。我が儘怪獣になってないときは普通の女の子なんだよな~。


「ちょっと目を離すとどこかに消えちゃうからね」


 君もちょっと目を離すと消えてるよね?


「どっちもどっちってことですね」


 そんな似た者同士みたいに言わないでください。


「じゃあ、朝食とするか。いただきます」


 全員が席へと着くと、親父殿の音頭で朝食をいただいた。


 うん。帰って来たって感じだな。

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