第60話 園花館(そのはなかん)
地獄がなんぼのもんじゃい! 鬼なんぞボコボコじゃー!
とばかりに地獄から生還。現世の畜生どもにごめんなさい。わたしが悪うございました。
「──なんて言うと思ったか! オレはやりたくないこと、はやらねーんだよ!」
相手がご隠居さんだろうが、オレはノーを突きつけてやるぜ!
「──ベー。またですか」
と、婦人登場。
「ミタさん。婦人にお茶をお出しして。ささ、婦人。こちらにどうぞ」
今日も美しい婦人を炬燵に──は邪魔じゃこん畜生が! と海へと蹴り捨て、素敵な婦人に似合うテーブルと椅子を出してお座りいただいた。
「清々しいまでの手のひら返しね」
「強者に媚びまくりさね」
そこ、うるさいよ。婦人がいらっしゃってるんだからお静かにおし!
「へへ。今日はお日柄もよく婦人につきましてはどうお過ごしでしょうか? わたしめは婦人の栄光にあずかりおもしろおかしく過ごしております」
この幸せはあなたがいるから。あなたのお陰で生きております。
「人はあそこまで卑しくなれるのね」
「ある意味、見本のような人の生き様だよ」
「へへ。雑音がお耳にさわりましょうが、寛大なお心で聞き流してやってくだせい。ほら、ミタさん。お茶を早く」
すみません。いつもは気の利いたメイドなんですよ。
「説明してください」
「はい。喜んで」
かくかくしかじか、ああだったりこうだったりして、あれがこうしてそれがこうなったわけですよ。ゲヘヘ。
「わかりました。プリッシュ。説明してくれないかしら」
あれ? わたくしめ、今、わかりやすいように説明しやしたが……。
「はいはい。ベーは園花館そのはなかんにいって、主要メンバーを集めてね」
脇役に追いやられる主役。え? これは誰の物語なの!? って言うか、園花館そのはなかんってなによ? 誰か説明プリーズだよ!
「ベー様。いきますよ」
ミタさんに首根っこをつかまれて、どこかへと転移した。
で、連れてこられた場所は、プリトラスのエントランスホール的なところ。あ、園花館そのはなかんに変えたのね。
「なら、館長ってことでよろしこ」
「……ベー様はなにを言っているのだ……?」
目の前にいたミタパパが困惑顔。父娘なだけあって似てるぅ~。
「父上の呼び名が館長に決まりました」
「あ、ああ、そうか。では、わたしは館長と名乗ろう」
なんかやらかしたような気がしないではないが、反論がないのならこのまま突き進め、だ。
「館長。これよりゼルフィング商会の会頭、フィアラ様。アイランド・ゴッティス代表、ゼム様、カイナーズより、カイエモンが参ります。会議室で今後の流れを話したいそうです」
え? いつの間にそんな流れに? 誰が仕切ってんの!? つーか、オレいらなくない?
オレを無視して事が流れていくこの状況。まず、オレに説明するのが重要じゃね?
なんてことを言えるわけもなく、流されるままにときは流れ、会議室やらへと放り込まれ、厳しい監視の下に置かれました。
……ほんと、なによこの状況は……?
プリーズ大合唱がオレの頭の中で歌われているが、まあ、表面は春の麗らかの利根川よ。いや、利根川知らんけどね。ついでに隅田川も知らん。
まあ、どんなところでもコーヒーが飲めたらそこは天国。あーコーヒーうめー!
現実逃──ではなく、時間を忘れてコーヒーを楽しんでいると、婦人や館長、いぶし銀のおっさん、ご隠居さん、カイナ、カイナーズのヤツだろう赤鬼さんが入って来た。
……あ、プリッつあんも入ってきて、オレの頭の上にパ○ルダーオンしました……。
それぞれ、秘書のような者を連れているが、なんの犯罪者集団だよと突っ込みたくなるな。ってか、オレ、違和感バリバリじゃね?
大人の中に子どもが一人。なんの虐待だよ。いや、されたら反撃する子どもですけど。
「ベー様。主要メンバーは揃いました」
オレに構わずやっちゃって。とか言いそうになって止めた。なんか足りねーなと思って。
「どうかしましたか?」
全員の目がオレに集まるが、考えに集中する。
「……チャンターさんがどこにいるか知ってる人?」
前に石炭を買いにいくとか言ってたのは記憶してるが。
「アーベリアンの王都にいたさね」
ってことは東の大陸に帰るってことかな?
「カイナ。チャンターさんと船を丸ごと連れてこられるか?」
「まあ、できはするけど、必要なの?」
「東の大陸の連中にここを宣伝してもらおうと思ってな」
知らなければ立ち寄ってもくれんだろう。
「確かにそうだね。わかった。連れてくるよ──」
穏便に頼むよ。
「あと、もう一人……は必要かな?」
いらないといえばいらないが、役に立つと言えば役に立つ存在だ。だが、う~ん。どうすっぺ。
「……悩む~……」
「ベーが悩むなんて珍しいわね。空から星が落ちてくる予兆?」
ねーよ。そんな予兆。
「まあ、イイ。悩んだら即行動。間違ってたらごめんなさいだ」
やらぬ後悔よりやって後悔しよう。二秒もしないで消える後悔だけどな。
「すぐ戻る。いぶし銀のおっちゃんの体格に合う服をいくつか別室に用意しててくれ」
言って転移バッチを発動させた。
◆◆◆
やってきました……あれ? なんだっけ? アグリじゃなくて、炙り定食でもなくて、そんなニュアンスの島だったはず。
ヤベー。丸投げにしすぎてオレの中から消えてるわ!
「親父さん、ここなんて言ったっけ?」
忘れたら訊けと建物に入り、書類仕事しているっぽい親父さんに訊いたら、なぜかインク瓶が飛んで来た。危なっ!
辛うじて回避はできたが、床が大変なことになってるぞ。まったく、しょうがない親父さんだ。結界で拭き取ってやるよ。ほ~れ。
「落ち着いてください、総督」
怒れる親父さんを宥める三〇くらいの知的なお姉さま。あ、前にもいたな、この人。秘書さんか?
「なにしに来た?」
フーフーと怒りを抑えながら訊いてきた。
「ちょっと今から親父さんに来てもらいたいんだが、忙しいなら諦める」
どうしてもってわけじゃねーしな。ダメならダメで諦めるまでだ。
「……嫌な言い方をするな。何日か前にガルマ一家の船が出ていったことと関係があるのか?」
ガルマ一家がなんなのか知らんが、ご隠居さんらの動きは把握してんだ。スゲー親父さんだよ。
「まあ、関係あると言えば関係あるし、ないと言えばないかな? だからメンドクセーなら断ってくれても構わない。正直、オレも迷ってるからな」
これがどう流れるかオレにもわからない。なんとなく、やったほうが得かな~ってくらいのものだしよ。
「それは、断るなと言ってるようなものだぞ」
「別に脅しているわけじゃねー。が、ここを空けても問題はねーか? どんな話になるかわからんから、数日空けるかも知れんぞ」
丸任せなのではっきり言えません。
「シュンパネを回してくれたら合間合間に帰ってくる」
「ドレミ。シュンパネあるか?」
ドレミといろはついて来ましたからね。メルヘンは……いませんでした。まっ、どうでもイイっか。
「はい。どうぞ」
メイド型ドレミさんがシュンパネが入っているだろう箱を親父さんに渡した。それ、生産してんの?
あれば便利だが、あヤオヨロズ国にかける情熱を砕いているかと思うとやるせねーぜ。
「ときに、体の調子はどうだい?」
「なんだ、突然?」
疑いの目を向けてくる親父さん。
「いや、薬師としてその後の容態を診てなかったと思ってな」
皆さん忘れてるかも知れませんが、オレ、薬師。アイ・アム・薬師。金をもらってやってるプロざんす。
……最近は開店休業中みたいなもんですけどね……。
「できれば、嘘偽りないことを頼む。次に繋げるためにもな」
自分の状態を偽るヤツほど薬師や医者を泣かせるヤツはいねー。どこがどう痛いとか、ここが調子悪いとか、その積み重ねが役人や医者を育てるのだ。
「自分の命は自分だけのもの。それを否定するつもりはない。だが、その命は次の命へと繋げるための命であることも知れ。親父さんが生きてられるのは、その前に生きていたヤツが繋げてくれたものだ」
情けは人の為ならず、だぜ。親父さんよ。
「……体は以前と同じくらいまでは回復しているが、たまにない腕が痛くなる……」
「
今生では幻痛げんつうと呼ばれ、結構昔から知られているものだ。
「げん……なんなのだ?」
「まあ、よくはわかってないが、頭が勘違いを起こす痛みだな。手足をなくした者によく起こるものだ」
香草や薬草で精神を落ち着かせることで誤魔化すことはできる。
「治るのか?」
「ちょっと前までは治らないものだったが、つい最近、治せるようになった。いや、まだ検証はしてないから、治せるとは言えないか?」
治るとは伝承にあるが、それが本当かは誰も知らない。伝説な扱いだったしな。
無限鞄から薬瓶を出し、親父さんの前に置く。
「エルクセプルと言う。かなり高価な材料が使われているが、まあ、もっとも高価な材料はタダで手に入るから、手間と技術料で金貨一枚と銀貨三枚くらいかな?」
身内価格では、だがよ。
「幻肢痛が治るか確認させてくれるならタダでやるよ。完治するかどうか見られるのは薬師にとって万金の価値があるんでな」
見られるようで滅多に見られない完治の瞬間。見られるのならオレは千でも万でも金を出すね。エルクセプルにかんしては、だがよ。
「……お前は、どこのなに伝説の薬師だよ……」
「まあ、伝説級の先生からは教わったな」
悪名が勝った先生ではあるが、その知識量は伝説級だぜ。
「至るところに人脈を持つお前だから笑い飛ばせんわ」
苦笑いは出るようだ。
「ありがたくいただくよ」
「それを開けた瞬間からエルクセプルは効果が弱まる。躊躇わずすぐにのめよ。中身より器に金と暇がかかってるんだからよ」
オレ以外が作ろうと思えば、だがよ。
「飲む前に怖いこと言うなよ」
「大丈夫だ。オレは二つ飲んだから」
アホなメルヘンのお陰でな!
「……わ、わかった……」
ウイスキーや前世の酒で慣れたようで封を切り、一気にエルクセプルを飲み干した。
ピカー! と光ることはないが、右肩の肉が蠢いたと思ったら、肉が飛び出し、綺麗な状態で右腕へと変えた。
気持ちワルッ! とか薬師にあるまじき感情が出たが、あまり気持ちのよいものではなかったのは事実。一度見れば後はイイや。
「これにて完治。おめでとうさん」
そして、オレの薬師してのプライドも復活。治してなんぼの薬師が治せませんでは恥だからな。
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