第101話 お疲れさまでした

 まさに阿鼻叫喚なこの状況。利益のためとは言えよーやるわ。


 まあ、オレが原因とは言え、決めたのは帝国。なので兵士が苦しんでようと泣いていようとこれっぽっちも罪悪感は涌いて来ねー。


 とは言え、オレの経験となってくれるのだから誠心誠意、治療に当たらしてもらいます。


「騒ぐな! 男ならガマンしろ!」


 右腕をなくした男の口に布を突っ込み、結界で傷を包んで出血を塞ぐ。


 カイナーズホームで買った注射器でエルクセプルの劣化版、エルクルクを注入し、男の左腕の血管に注射する。


 注射するのはこれが初めて。前世だったら問答無用でギルティーだが、医療法もない世界では完全無欠にセーフである。


 劣化版とは言え、上級の回復薬並にはある。傷は塞がり、呼吸や顔色も落ち着いた。


「やはり腕は再生しないか」


 別な生き物で実験したときも四肢は再生されなかった。やはり竜の血が関係するんだろうか?


「とんでもないものを持っているな」


 と、大図書館の魔女が正面に現れ、眠る男を観察していた。って、周りすべて魔女に囲まれてましたよ。怖っ!


「それはなんなのだ?」


「エルクセプルは知ってます?」


「神の血と言われた神薬だろう」


 帝国ではそう呼ばれてんだ。ところ変われば、ってやつだな。


「まあ、それの劣化版、いや、下位互換ですかね。わたしはエルクルクと呼んでますが」


 下位互換って言葉があるかわからんが、エルクセプルよりは落ちる効果だから、オレの中では下位互換がしっくり来るのだ。


「とんでもないな」


「そうですね。材料のすべてが採れるフュワール・レワロはとんでもありません」


 生命の揺り籠揃ってるかは知らないが、竜がいるのだからエルクルクは作れるはずだ。


「とんでもないは、お主に言ったのだがな。どこでそんなことを学べるのだ」


「とある薬学狂いの先生から教えてもらいました」


 まったく、先生には感謝しかねーよ。


 ……あ、先生に苦しめられた方々には南無阿弥陀仏です……。


「世は広いのだな」


「そうですね。おもしろいことに事欠きません」


 そう答え、次のケガ人へと移る。魔女さまご一行も。暇なの?


「あ、あの、その腕に射してるのはなんですか?」


 次々と治療してると、メガネをかけたマジメそうな魔女さんが質問をして来た。


「注射器と言うものです」


「それはあなたが考えたもので?」


 違う魔女さんが割り込んで来た。魔女は好奇心が強いのか?


「わたしが考えたわけじゃありません。昔の偉大なる医師が発明したと聞いてます」


 テキトーに言いました。発明した人よ、異世界より感謝申し上げまする。


「世には偉大な者がいるのですね」


 ここにいる魔女さんたちも偉大なる者なんだろうが、感じからして奢ったところはねー。知識は積み重ねが大事と知っているのだろう。


 使用した注射器を結界ゴミ箱へとポイ。次のを、と思ったら打ち止めだった。


 ……試しに、と思ったからちょっとしか買ってなかったんだったわ……。


「まあ、充分か」


 血管から回復薬を注射する有用性は知れた。飲むより血管からのほうが効きは高く、ファンタジー薬はファンタジーだってな。


「なにが充分なんですか?」


「回復薬は飲むより血管から流したほうが効きはよいってわかったからです」


 これで病気にも効いたら楽なんだが、そうなったら薬師は廃業だ。そうならないために薬師の有用性を高めていきましょう、だ。


「終わりなのか?」


「注射器での治療は、ね。あとは錠剤で治療します」


 この世界の回復薬はほとんどが液状だ。たまに粉にする薬師もいるくらい。錠剤にしようとする者はまだ見てない。先生も驚いてたくらいだし、まだ錠剤にする者は出てないのだろう。


 で、最初になってしまっただろうオレは、効果を知るために実験ーーではなく、試薬する必要があるわけなんですよ。参っちゃうよね~。


 なにがと聞いたらイヤン。英知とは多大なる犠牲の上に立つものなのだよ。


 内蔵が見える兵士の口に錠剤を放り込み、水で流し込む。


 しばし様子を見る。


「……やはり効きが遅いな……」


 液体ならすぐに効果が出るのに、錠剤は一分以上かかってしまった。


 次は右の脚を大きく斬られた兵士に錠剤を飲ませると、こちらも一分以上かかってしまった。


 次々と錠剤を飲ませるが、やはり一分以上かかる。それと効きも弱いような気がする。錠剤だからか? 量か? 要検討だな。


「……錠剤はダメか……?」


「ダメではない。効きが遅いだけで効果はあるのだ、要は使いようだ。傷の大小や緊急でなければ固形薬は有効だ。持ち運びもいい。それは利点だ」


 さすが大図書館の魔女。理解度が高い。


「大図書館の魔女は薬学にも詳しいので?」


「すべての知識を司るのが帝国の大図書館だ。その長が無知では示しがつかぬわ」


 そりゃ人外だから成せる技だろう。とは言わないでおこう。長生きしたからって知識が身につくとは限らねーんだからな。


「その錠剤とやらはやはりエルクルクなのか?」


「はい、そうですよ」


「自作か?」


「自作です」


 この魔女さんは、知識を蓄える前にコミュニケーションを育てたほうがイイと思うな。わかり難いわ。


 錠剤瓶を大図書館の魔女さんに渡した。


「興味があるなら使ってみてください」 


「よいのか?」


「薬学が進歩するのを喜ばぬ薬師はいませんよ。いたらその薬師は三流です」


 なんてイイこと言っちゃったけど、開発の手間暇を考えたら放り投げて買ったほうがイイ。オレに名誉も利益もいらねーよ。


 ……でも、共同開発にして得られた情報をいただければ幸いです……。


「わかった。可能な限り進歩させよう」


「楽しみにしてます」


 さあ、ドンドン経験値を稼ぎましょうかね。技術向上に近道はねーんだからな。


  ◆◆◆


 手持ちの薬が切れた。


 バイブラスト公爵領のフュワール・レワロで集めた材料もスッカラカン。ちょっと経験値集めに没頭しすぎたか……。


「薬の材料ってあります?」


 飽きもせずついて来ている大図書館の魔女さんに尋ねる。


「ある。こちらだ」


 と、歩き出した大図書館の魔女さんのあとに続く。そして、オレのあとには一般(?)魔女さんズが続きます。


 ……魔女は暇なのか……?


 で、大図書館の魔女さんに連れて来られた先は、サーカスでも開けそうなくらいのドデカなテントだった。


「ここは?」


「我らの工房だ」


 魔女の工房か。それはおもしろそうだ。


 テントに入ろうと入口を潜ると、なんか空気が変わった。


「…………」


 中に入り絶句した。


 ……な、なんだこれ……!?


 どう理解したらイイんだろう。なんとも不可思議な空間となっていた。


 右を見れば標本棚の森があり、左を見れば図書館があり、下を見れば工房が犇めき合っている。上には大小様々な謎の球体が浮かんでいる。


 なにより絶句させられるのはそこを飛び交う魔女の多さだ。少なくても二百人はいるぞ……。


「お主でも驚くのだな」


 そう言う大図書館の魔女さんもオレを見て驚いていた。


「これを見て驚かないのは感情が死んでいるヤツだけですよ」


 魔女が飛んでいる光景を前になんも感情が働かないヤツは精神がおかしくなっている証拠だ。


「そうか」


 なにやら愉快そうな大図書館の魔女さん。なんなんだ、いったい?


「こちらだ」


 と、大図書館の魔女さんがふわりと浮かび、上空へと飛んでいった。


「……現実の魔女は夢がねーよな……」


 グレン婆も空飛ぶ箒も教えろや。なに画竜点睛を欠いてんだよ。ったく。


 夢を補うために無限鞄から空飛ぶ箒を出して大図書館の魔女さんを追った。もちろん、背後の魔女さんズもね……。


 空を飛ぶ大図書館の魔女さんが一つの球体に向かっていき、そのまま球体に飲み込まれてしまった。


「大丈夫なの?」


 後ろの魔女さんに尋ねる。


「はい。そのままお進みください」


 そう言うのなら進むのみと、球体に突っ込んだ──ら、なんか引き出しがいっぱいある部屋へ現れてしまった。


「薬材庫だ。好きに使うがよい」


 す、好きにって、引き出しに名前も書いてないのに無茶言わんといて。


「コリアント。補佐しろ」


「はい。ララ様」


 と、やたら色っぽい魔女が現れた。変な補佐じゃないよね?


「薬材庫の責任者だ。材料を言えば持って来る」


「なんでも言ってくださいね」


 魔女でなければ素直に色っぺーと思うのだが、感じる気配がなんかヤベー。ほどよい距離感がベストだろう。


「ハナラマ草ってある?」


「はい。たくさんありますよ」


「バシナラ草は?」


「回復薬の材料ですね。では、すべて持って来ます」


 配下と思われる魔女に指示を出して回復薬の材料を持って来てくれた。


「クルムット流の回復薬か。そう言えばアーベリアン王国の者だったな」


「回復薬に流派とかあったんですね。初めて知りました」


 ところ変われば材料も変わるとは聞いてたが、流派として区別されてたんだ。


「帝国では六四の流派がある。植物は環境で変わるからな」


「そうですね。天候でも変わりますからね」


 同じ材料で同じく作っても、材料の良し悪しで効果は変わって来る。均一の薬を作るのはメッチャ大変なのだ。


「回復薬しか作らないのか?」


「いえ、エルクルクも作りますよ。ただ、軽症ていどで使うのはもったいないので回復薬を多く作っておくほうが効率的なんですよ」


 大抵の傷は普通の回復薬で充分だし、エルクルクを使う状況など滅多にない。今回は帝国が無茶苦茶なだけだ。


「あ、入れ物ってあります?」


 小瓶も品切れなんだよね。あるんならちょうだいな。


「ありますよ。すぐに持って来ますね」


「ありがとうございます」


 さてと。他人の材料だし、作れるだけ作っちまおうか。魔女の工房ならイイのが揃ってるだろうしな。


 錬金の指輪と魔力の指輪を出して指に嵌める。


「それはもしかして錬金の指輪か?」


「ええ。知り合いからいただきました」


「よく手に入れられたな。帝国でも数えるほどしかないのに」


「世界は広いってことですよ」


 小瓶が詰まった大量の箱とともに、なぜか前掛けっぽいものをした若い魔女さんもやって来た。え、なに?


「回復薬はこいつらに作らせる。お主はエルクルクを作るとよい」


 大図書館の魔女さんが指差す方向にはベテランっぽい魔女さんが勢揃い。それはつまり、エルクルクの調合配合を教えろってことですね。


 まあ、隠すほどでもねーし、大量に作れるならオレに否やなし。んじゃ、ジャンジャンバリバリ作りますか。


 そして、四日間。回復薬作りに励んだとさ。めでたしめでたし。


  ◆◆◆


 寝る間を惜しんでエルクルクを続けて丸一日。もう限界です。


「……無理……」


 死屍累々な魔女さんたちに混ざり死んだように眠りへと旅立った。


 で、起きたらまた限界までエルクルク作り。そして、また限界が来て眠りにつく。


 なんてブラック企業も真っ青な日々が過ぎ去り、前世で言うところの年末となった。


 この世界、まあ、アーベリアン王国周辺では一年の始まりは春であり、年末年始などはない。それは帝国でも同じなようで薬作りをやめようとする気配はいなかった。


「魔女さん。魔女に休みってないの?」


 オレの助手だか補佐だかでついてる無駄に色っぽい魔女さんに尋ねてみた。


 ……この魔女さん、オレが起きてるときは必ず起きてるけど、寝なくて平気な人(人外ではないようだが)なんだろうか……?


「ありますわよ。ただ今回は貴重な経験を積ませてもらっているので誰も休まないだけですわ」


 その言葉に周りへと向けたら魔女さんたちが一斉に目を逸らした。うん。追求しちゃイヤンってことね。了解了解。


「回復薬作りの進みはどうだい?」


「ふふ。皆張り切っているのでたくさんできてますよ」


 なんとも爽やかな顔でブラックなことを色っぽく言う魔女さん。あ、こいつヤベーやつだ。


 周りの魔女さんからなんか黒いオーラがオレの心を汚しに来るが、我が身が大事と全力で払い除ける。魔女の就業改革はあなたたちでやってくださいませ。


「皆がガンバってるとこワリーが、オレ、そろそろ帰るわ」


 そう宣言すると、場が静まり返った。なによ?


「なんとも急ね。どうしたの?」


「家庭の事情──いや、村の祭りかな? 冬の今の時期を一年の終わりにして、新しい年が来るのを祝うんだよ」


 オトンが死んでから始めたもので、身内でやってたのがいつの間にか村中に広がり、なんか祭りになってしまったのだ。


「変わった風習があるのね」


「風習と言ってイイのかわからんが、参加せんとならんから帰るわ」


 仕切るのは村長で準備は女衆だが、オレは実行委員長みたいな立場にいる。ここで参加しなかったら完全に忘れられるわ。


 ……とは言え、その立場を親父殿に譲らんとならんな……。


「すぐに戻って来るんですか?」


「たぶん、南の大陸にいくと思うから春くらいには来るかな? まあ、行き当たりばったりなんではっきりとは言えねーな」


 ラーシュとはゆっくり話したいし、いろいろ見て周りもしたい。そうなったら二、三ヶ月はいると思う。たまには帰って来るけど。


「エルクルクはやるんで回復薬はもらうよ」


 材料はそちら持ちだが、エルクルク作りを受け持ったのだから文句はあるまいて。


「お好きなだけお持ちください」


 と言うので回復薬箱(結界術仕様ね)を出して詰めていく。


 二時間ほど詰め方してると、大図書館の魔女さんがやって来た。なんかボロボロな姿で。生命の揺り籠に入ってたんか?


「帰るそうだな」


「はい。予定があるので」


 キッパリと、一歩も退かない決意を込めて言った。


 さあ、大図書館の魔女さん。どうする? オレを引き止める方法はないぜ。どんな邪魔をしようが力で排除するぜ。


「……五人、いや、一〇人をそちらで預かってくれぬか?」


 預かる? どう言うこったい?


「お主の元で薬学を学ばせて欲しい」


「わたしは薬師としてまだ未熟。弟子をとるほど精通はしてません」


「たわけ! お主が精通してないのならほとんど薬師は無知だわ。数十種類の薬を煎じ、エルクルクを作れる時点で一流と言ってよい」


 なんて怒られてしまった。


 まあ、薬師と名乗っている時点でプロなのだから卑下するのは他の薬師を侮辱してるようなものか。こりゃ失礼。


「一流かはともかく、わたしに利益はありませんし、時間を割かれるのもお断りです」


 薬師として後継者を持つことは大事だが、一六歳の身で弟子など持ちたくはねーよ。オレはまだ自由でいたいわ。


 ……オレ、典型的なダメ男みたいなこと言ってんな……。


「暇なときに教えてくれればよいし、薬を作らせててもよい。お主の見ているものを見せてやって欲しい」


 大図書館の魔女さんがなにを目的にしているかは読める。


 こちらの、いや、オレやオレの背後にあるものを探ろうとしているのだろう。


 ヤオヨロズ国がバレることは、まあイイ。薄々は気がついているだろうからな。それを逆手に取る方法はあるし、利用する手もある。


 だが、オレの自由を奪うことだけは許せねー。奪うなら大図書館の魔女だろうと帝国だろうと容赦はしねー。ぶっ潰してやる。


 とは言え、大図書館の魔女さんの提案を捨てるのはもったいない。帝国の、いや、魔女の知識とコネを得られるまたとないチャンスなのだから。


 オレよ、このチャンスを最大限に活かす方法を考えるのだ!


 これまでにないくらい頭を使い、イイ方法、かどうかはわからないが、及第点ぐらいの方法は出てくれた。


「では、交換留学といきませんか?」


「交換留学、とは?」


 最先端をいく帝国でもそう言う言葉はないんだ。


「こちらも一〇人出すんで、お互いの世界を見せましょう、ってことです。どう見せるかはそれぞれに任せる。ただし、お互いの名と名誉に誓って十人の身は守る。どうです?」


 さすがに即答はできないようで、思考の海にダイブしたようだ。


 その間にミタさんを探す……までもなく横にいました。いつの間に!?


 ミタさんだけに見える結界ボードを創り、一〇人を選出するようお願いする。年齢は一〇代。男女不問。多少でイイので魔術を使える者。そして、帝国で学びたい者を。


 ミタさんは了解とばかりに両瞼を閉じ、もう一人のメイドに囁く。


 ……知らん言葉だが、魔大陸の言葉かな……?


 囁かれたメイドは静かに、気配を感じさせず立ち去った。


「……交換留学は了承する。ただ、明日まで待ってもらえるか?」


「構いませんよ。わたしもすぐに帰るわけじゃありませんから」


 こちらもシュードゥ族に指示やらお玉さんに挨拶もあるし、考えを纏める時間も欲しいからな。


「では明日、夕方がイイですかね。わたしのところに来てください」


「了解した」 


 と、颯爽と去っていった。


「んじゃ、皆さん。お疲れさまでした」


 オレも眠いので颯爽と帰らしてもらいます。

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