第126話 スマイル0円
その村は、堀に囲まれていた。
「堀に草が植えてられるな?」
こんな堀、初めて見た。どう言うことだ?
「恐らく、蛭を放しているんだと思います」
蛭? なんで? 食うのか?
「蛭は蛭でも吸血蛭ですね。南の大陸ではよく用いられてます」
へ~。ところ変われば防衛も変わるんだな。
「でも、堀に落ちないと蛭は死ぬんじゃね?」
よく用いられている方法なら獣のほうも学ぶんじゃねーの?
「南大陸の蛭は、獲物がないと誘い香りを出すんですよ」
生命の恐ろしき進化よ。そして、人の賢き知恵よ。生きるとはかくも厳しいものである。
「匂いはしねーな」
「猿──ヤンキーの血をたくさん吸ったからじゃないですかね?」
腹いっぱいになったら侵入されんじゃね? とは思ったけど、そこまで興味があるもんじゃないので流しておいた。
「──なに者だ!」
堀を眺めていたら誰何が上がり、見れば監視塔からいくつもの鏃がこちらに向けられていた。
「旅の者だ! こちらに敵意はない! 少し訊きたいことがあってよらしてもらった! 聞く耳持たぬと言うなら大人しく去ろう!」
ピリピリしたこの状況ですんなり入れてもらえるとは思ってない。下手に揉めるくらいならあっさり立ち去ったほうがイイ。だが、外と遮断されて外の情報を欲していれば追い返したりはしないだろう。ちゃんと理性があったら、だけどな。
「待て! 長老に話を通す!」
おや。話のわかるヤツがいること。一悶着は覚悟してたんだけどな。
柵の向こうに人が集まって来る。つーか、堀はどうやって渡ってんだろう? 渡り板的なものも見て取れないし……。
しばらく注目の的になってると、長老らしきじーさまが現れた。
……ガタイのイイじーさまだこと。昔、ヤンチャだったのかな……?
「旅の者と聞いたが、どこに向かっておる?」
「髪の色がピンクの少女と従者の女性のあとを追っている。情報があればもらいたい。礼はする」
無限鞄から酒樽を出す。外界と遮断されたら食料や酒は少なくなってるはず。受けるかどうかで状況は見えて来る。
「……収納鞄を持っているのか……?」
やはり勇者ちゃんはこの村によったか。引きが強いから素通りはしないと思ったよ。
「ああ。持っている。先ほども言ったが、情報をもらえるなら礼をする。食料と薬、どちらがよい?」
「食料を頼みたい。できれば薬も。もう何日と出られなくて困っておるのだ」
「言ったように情報をもらえるなら礼はする。教えてくれ」
オレは取引はしっかりする男だぜ! と言ったところで初対面の相手に信じろと言うのが間違っている。なので、以前捕まえた鯵に似た魚を一匹だし、伸縮能力でデカくする。
ウパ子──あ、ピータとビーダを置いて来ちゃったよ! ってまあ、いないならいないでなんの支障もないんだけどね、ドラゴンズは……。
「肉は今切らしているので魚で許してくれ」
こんなことなら海竜の一匹でも持っておくんだったぜ。オレ、失敗。
「……わ、わかった。今、村に入れる。少し待て」
おや。入れてくれるんだ。これはよほどひっぱくしてると見てイイな。
「そのまま取り込まれたりしませんか?」
背後からレイコさんがこそっと呟く。姿現さないでよ。悪霊とか騒がれるの嫌だからさ。
「わかってますよ」
なら、イイけど。取り込まれる前に取り込んでやるさ。なんか利用価値がある予感がするし。
オレの勘が言ってる。ここにはお宝があるとな。
「こちらに回ってくれ」
と、村の裏? に回されると、そこに吊り上げ式の板橋があった。
しっかりとした監視塔があるから文明レベルは高いと思ったが、吊り上げ式の板橋まであるとはな。どんな村なんだ、ここは?
下げられた板橋を渡ると、アマゾネスな感じのオネーサマ方がいらっしゃいました。どーゆーこったい?
「わしがこの村の長のダイドだ」
「オレはベー。隣のはドレミだ。他の大陸から来た」
勇者ちゃんが言ってるだろうが、一応、告げておいた。名前は変えるのメンドクセーからそのままです。
「話をする前に食料を先にもらいたい。ここ最近まともに食べてないのだ」
「乳飲み子がいるなら山羊の乳があるが?」
まともに食べてないのなら乳も出てないだろうよ。
「……もらえると助かる……」
「そう気にすることはない。この成りで信じてもらえないだろうが、オレは商人だ。伝ができるのなら安いものだ」
恩は売れるときにありったけの恩を売る。損して得取れ、である。
「……商人、なのか……?」
「なにか売りたいものがあるなら喜んで買わせてもらうぜ」
できれば村を自由に歩き回れる許可をいただけると助かりますと、スマイル0円を払った。
◆◆◆
この村は、ジャッドと言い、今は近隣の村の者がここに避難して来ているそうだ。
「それでは食料も足りなくなるわな」
村の規模の割に人が多いと思ったらそう言うわけか。
「魚はたくさんある。まずは腹を満たしな」
鯵のような魚とパンケーキ、あと、一日中詰めさせられたたい焼きを出してやった。
組み合わせワリーな。とは言っちゃイヤン。皆さん喜んで食べてるんだから。
「長殿。あの女戦士はどう言う集団で? 衣服からここの者とは思えないのだが?」
村の者は麻のような貫頭衣を着ているのに、アマゾネスのオネーサマたちは革のビキニアーマーを着、槍に小剣を腰に差していた。
……文明と言うより文化が違うって感じだな……。
「あの者らはザイライヤーと言う渡りの部族じゃよ」
なんでも女だけの部族で、この大陸中を渡り歩き、傭兵稼業で食ってるらしい。
「珍しい部族だ」
「手を出すのは止めておけ。ヤツらの掟か教義か知らんが、男と交わることは罪とされてるそうだからな」
交わる気は欠片もないが、成り立ちにはスゴく興味はある。本にして売って欲しいぜ。
「それはおっかねーな。なら、近づかないでおこう」
今は勇者ちゃんのことに集中したいしよ──と思ったら、あちらから接触して来ちゃいました。
「少し、よいか?」
三〇半ばくらいの赤毛の女と右目に眼帯をした短髪女。感じからして部族の長とエースってところかな?
「ああ。構わんよ。なにか用かい?」
「商人と聞いたが、薬があったら売って欲しい。金は払う」
と、長的な女。エース的な女はオレを牽制するように睨んでいる。
……金髪アフロのねーちゃんよりは劣る感じだな……。
「売ってくれと言うなら売るのが商人だ。他にも入り用なら言ってくれ。なんでも、とは言えないが、大抵のものは用意しよう」
場所を広場へと移し、土魔法でコの字の台を創り出す。
「薬は傷薬から熱冷まし、虫下し、女の月もの、痛み止め、等々。どれも上物だ。あと、高額になるが失った腕すら生やす薬もある。と言うか、オレは商人でもあるが薬師でもある。よほどの重症や難病でなければ診てやるよ」
まあ、南の大陸特有の病気だったらどうしようもねーが、処置しねーよりはマシなことはしてやれるつもりだ。
「薬師、なのか?」
「まあ、作るほうが得意の薬師ではあるがな」
オババのお墨付きだぜ。
「そっちの。その眼帯をしているほうの目は病で色を失ったのか? それとも戦いで失ったのか?」
エース的アマゾネスのオネーサマに尋ねる。
「……戦いで失った」
「なら、オレの腕がどんなもんか教えてやる。これを飲め」
エルクセプルを突き出す。
「いいだろう」
と、なんの躊躇もなくエルクセプルを受け取った。
「封を切ったらすぐに飲め。それは封を切ると同時に劣化するんでな」
「わかった」
封を切り方を教えたら躊躇いもなく行動してエルクセプルを口にした。
「──うっ」
呻き声を出して右目を押さえた。
「それは治るときの痛みだ。我慢しろ」
親父さんのときも痛みを感じたと言うから目もそうなんだろう。ただ、その痛みがどれだけのものかは本人しか知らない。親父さん、我慢強いから参考にならんのよね。
このオネーサマも我慢強そうだし、訊いても大したことないって答えそうだ。
「体にある傷も治ったのはご愛敬だな」
金髪アフロのねーちゃんに比べたらないに等しいが、オネーサマの体のあちこちにあった傷がなくなり、素敵な小麦色の肌へとなった。
……もしかして、傷があったほうが肌を回復させる力があるのか……?
これは検証の価値ありやね。他にも飲ませてみるか。
「……ジール。どうなのだ……?」
長的な女の呼びかけに、オネーサマは眼帯を取った。
琥珀色の瞳には力が宿っており、自分の手を見て、長的な女を見て、あちらこちらへと目を向けた。
「治ったようだな」
「……あ、ああ。よく見える……」
そう言うと、回れ右してどこかへと走っていってしまった。
「すまない。治してもらって……」
「誰にだって見せたくない涙はあるもんさ。気にしてないよ」
治った。薬師にはそれがすべてさ。
◆◆◆
ジャット村に逃げられたザイライヤー族は六十人くらいで、半分がヤンキーに殺されたそうだ。
弱い者から死ぬ道理(摂理か?)なのか、病人はいず、年よりも少なく十歳以下がいない。一族を纏める者と現役だけが生き残った感じだな。
普通なら滅び一直線だろうが、ザイライヤー族は女だけの集団。各地を回り、女児を引き取り育てることで成り立っている。
女がいる限り滅びることはない。のだが、よく成り立っていると感心もする。環境か掟か教育か? 民族学者なら気になるところだろうよ。
まあ、オレは民族学者ではなく薬師である。ザイライヤー族の薬師のほうが一番気になるでござる。
「薬師を見捨てないとは、ザイライヤー族はちゃんとしてるのだな」
それだけでザイライヤー族が長く続いていることがわかるぜ。
「知恵は一度失うと取り戻すことはできないからな」
長的──いや、現長さんがきっぱりと言う。教育もしっかりしているようだ。
「そう言えば、この大陸では薬学が遅れていると聞いたのだが、ザイライヤー族はそうでもないのか?」
薬師がいることに意識がいってしまったが、南の大陸は薬学が遅れていることを思い出した。
「昔、ザイライヤーは別の大陸から来た者も受け入れたことがあるらしい。そのときに薬師もいたらしく、それから少しずつ学んで来たそうだ」
歴史もちゃんと受け継いで来てるのか。想像以上にしっかりした一族だな。
「薬師は何人いるんだ?」
「一人だ」
「弟子はいるのか?」
その問いに長は首を左右に振った。死んだと言う意味だろうな。
「なら、オレが支援するから薬師を増やしてくれ。南の大陸の薬学を絶やしたくないんでな」
それは人類にとっての損失だ。まだ残っているなら絶やしてはならぬ。
「なぜ、そこまでする? お前になんの得があると言うのだ?」
「知識は財産。歴史は指標。経験は力。先へ繋ぐものだ。ましてや薬師なら繋いで来たものの価値は金より重い。いくら金を出しても買えるものではない。今を生きる者が守り、受け継がせるのが役目だ」
先人に報いるために今を生きる者は次へと残す。少なくともオレはこの知識や技術を次に残すために今を生きているぜ。
「なんて、立派なことを言ったが、早い話、あんたらの知識を代価としていただきたいってことだよ」
薬師としては喉から手が出るくらい欲しい知識だ。自分の持っている知識を差し出しても惜しくないわ。
「……我らの知識は、お前が持つ知識より劣るものだぞ……」
「知識は積み重ねだ。なに一つ劣るものはない。劣るとしたら知識を蔑ろにするヤツだ」
忌むべき者は知識を蔑ろにするアホだ。それで失った知識の多さよ。そこにいたら全力でぶっ飛ばしてやるわ!
「まあ、ザイライヤーの秘匿だと言うなら諦めるさ。大事に仕舞っておけ」
渡せないと言うならないものとして諦めるさ。ただし、それ相応のもので払ってもらうがな。
「それで貴重な薬をいただけるなら我らに異存はない」
各地を渡っているだけに交渉力や損得勘定はあるようだ。強かだな。
「お互いの利が叶えられた。オレ、ヴィベルファクフィニー・ゼルフィングの名に誓ってザイライヤーの望みに応えよう」
この地で名前に誓うことがどれだけのものかわからんが、誠意を見せるには名前に誓うのが無難のはずだ。
「ああ。ザイライヤーの名に誓い、お前の望みに応えよう」
契約は交わされた。よかったよかった。
「わしはダイニー。ザイライヤーの薬師だ」
ザイライヤーの薬師──見た感じ六〇前くらいのばーさんが連れて来られ、紹介された。
「長い名前があるが、ベーと呼んでくれ。薬師だったり商人だったりする」
村人が本職だけど。
「まずはオレの作った回復薬の効能を見せるよ」
ケガ人を呼んでもらい、回復薬の効能をばーさんに見せた。
「……ふざけた効能だね……」
「それがわかると言うことは、回復薬はあるんだ」
ラーシュの手紙でな軟膏程度の傷薬があるらしいが、ファンタジー薬はなかったはずだ。
「あるにはあるが、材料を集めるのが大変で重症な者にしか使えんよ。もちろん、もうない」
ヤンキーに襲われ、一族の半分を亡くし、籠城していればそうだろうな。
「材料は時期関係なく集められるのかい?」
「時期は関係ないが、場所が問題だな。肝心なボミーが崖に生る。しかも、そこにはミズリと言う羽虫がいる。ミズリは小さいが、群れで襲って来て血を吸うのだ」
血を吸う? 蚊か?
「ボミー以外は簡単に集められるのかい?」
「ああ。他はそこら辺に生っているよ」
それは朗報。もう採りにいくしかないじゃない。
「ドレミ。ミタさんと連絡取れるか?」
インターネットより通信範囲が広いドレミネットワーク。ここからでも通じるはずだ。
「はい。あと二〇分内にはいきます! だそうです」
ピザ屋より速いミタさん。安全運転でお願いします。
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