第174話 スローライフも金次第

 次の日も朝から食料を販売する。のだが、ウワサが広まったようで、町のヤツらが長蛇の列を作っていた。


 食料、どっから出してんね! って突っ込み待ちなんだが、なぜか誰からも入らない。


「そんな余裕あるわけないじゃないですか」


 そりゃそうだ。命の危機が迫ってるんだからな。


「イモは売り切れだが、豆と塩はまだまだある! 騒ぐヤツには売らんからな!」


 老魔術師ではナメられるのでごっつい野郎に姿を変えて、叫びながら客を捌き、食料を売りつけた。


「完売だ! もうなにも残っちゃいねーよ! 明日だ!」


 夕方になり、食料をソールドアウトさせた。


 買い占めに走ったヤツが何十人といたが、この人混みでは竜車も持ってこれねー。背負い籠が精々だ。そうなれば量は決まってくるので、大体の者には行き渡ったはずだ。


 夜になり、皆で夕食を摂っていたら猫の手にもならん茶猫が帰って来た。なにやら落ち込んだ感じで。


 まあ、こいつとも関係も長……くはないが、なにを考えて、なにを思っているかは理解している。


「ナーブラがあったか?」


 なんかの獣を信仰する修道院、だったはず。


「……なぜ……!?」


「いや、普通に考えたら町にあることはわかるだろう。ましてやこれだけの規模の町なら貧民もいるだろうよ」


 茶猫なら必ず探すはずだ。こいつ、三兄弟といたからか父性愛(?)が強くなっているからな。


「どうにかしたいならガキどもを使って助けてやれ。アヤネ。猫に協力してやってくれるか?」


 オレは帰らなくちゃならねー。猫の姿で動くには限界がある。アヤネなら上手く立ち回ってくれるだろうよ。


「クフフ。お任せください」


「アヤネ、すまない」


 謝る茶猫の頭を小突く。


「なにかしてもらうなら『ありがとう』だろうが」


 感謝は言葉にして伝えろ。今生のモットーにしていることだ。


「お前はおれの親か!」


「飼い主だよ」


 猫を子どもにしたことはねーよ。前世を含めてな。


「お前に飼われたことねーわ!」


 爪を立ててくる茶猫をあしらい、夕食を済ませた。


「オレはモーダルに会って、話をしたらうちに帰る。なにかあればアヤネに頼れ」


 そう言って、モーダルのところへと向かった。ドレミの案内で。


 町は出ることもできずにピリピリした空気が流れてはいるが、絶望感はまだ出ていない。大暴走でこれならマシなほうだろう。


 モーダルたちは町の外にいて、柵を作っていた。


「酷い扱いされてんな」


 迷彩結界を解いて、モーダルの前に現れる。


「現れるなら一言入れてくれると助かるんだがな」


 疲れているんだろう。近くに置いてある槍に手を伸ばすこともなかった。


「次回はそうするよ。で、状況は?」


「見ての通りだ。丸投げされたよ」


「嫌われてるな」


 オレは気に入っているけどよ。


「仕方がない。派閥違いのところに送られたらな」


「ふふ。イイじゃねーか、近くであれこれ言われるよりな。やれと言うなら好きなようにやったらイイさ。民衆は誰が守ってるかわかっているんだからよ」


 そう言うふうにアヤネが情報操作するんだけど。


「町で集めた金だ。半分あんたにやるよ」


 金の他に食料を入れた収納鞄を渡してやる。


「……抜け目ない男だ……」


「金があれば人を動かすこともできる。蔑ろにするヤツに先はねーぜ」


 派閥を動かすのは金だ。金があるヤツが強い。なら、町で集めた金でその派閥を崩してやればイイさ。


「金の使い方は後ろの二人に任せたらイイさ。あんたは金目蜘蛛に集中しな。食料や薬、武器はオレが用意してやるからよ」


 英雄は一日にして成らず。実績を積み重ねて名を知らしめろ、だ。


「おれはとんでもないヤツを後ろ盾にしたのだな」


「オレは求めるものを手に入れるなら手段は問わんし、出し惜しみはしねーんでな」


 悲しいかな、平和にするのも維持するのも金がかかる。世界は愛だけじゃ救えねーんだよ。


 ……スローライフも金次第ってな。まったく世知辛いぜ……。


「外にいる連中が金目蜘蛛を調整してくれると思うが、無理は必要なだけにしろよ。ララちゃんを貸すからよ」


「……どこかにいきそうな口振りだな……?」


「ああ。ちょっとうちに帰るんだよ。どのくらいになるかわからんが、頼れるヤツを置いていくから安心しな」


 アヤネならカイナーズとも上手くやれんだろう。どうもエリナとカイナの間でなにかしらの協定を結んでいる感じがする。そうならアヤネが繋ぎ役をやってるはずだ。エリナには無理なことだからな。


「そうか。まあ、なんでもお前に頼るわけにはいかんからな」


「どんどん頼ってもイイんだぜ。オレも同じくらい頼るからよ」


 持ちつ持たれつとはそう言うこと。一方的に不利益を受けることはイイ関係とは言わねーんだぜ。


「怖いヤツだ。だが、信用はできるんだから笑えてくるな」


「利害関係があるから信用が生まれるんだぜ」


 無償の愛があるならそれは家族相手に向けたらイイ。オレに向ける必要なんて一ミリグラムもねーよ。


「無理は必要なだけにしろ。つまんねーことには使うな。あんたにはこの一帯をお願いしたいんだからよ」


 オレが悠々自適に、おもしろおかしく生きるために、よ。


   ◆◆◆◆


 我が家に帰宅する──前に、山脈の向こう、塩湖へと転移する。


 帝国から人を連れて来たようで、魔女の格好をした者が何十人といた。


「見習い魔女たちはどこだ?」


 別のところにいっちゃったのかな?


「放置した人のセリフじゃありませんよね?」


 オレがいなくても恙無くやってくれるのがゼルフィング家のメイド。オレはできるヤツにはすべてを任せられる男なんだよ。


「丸投げ野郎って、陰口叩かれますよ」


 そんな陰口に挫ける精神なんて持ってねーよ。でも、オネーサマ方からの説教では簡単に挫けるのでそこんとこヨロシクベイベー。


「そこの魔女さん。見習い魔女はどこだい?」


 ちょうど通りかかったイイ感じの魔女さんに尋ねた。


「やっぱりベー様って熟女好きなんですね」


 誰が熟女好きだ! オレは中身重視派だわ!


「み、見習い?」


「あ、オレ、ベー。大図書館の魔女さんから見習いを預かったのわかる?」


 知らなかったら大図書館の魔女さんから説明受けてくださいませ。


「は、はい。ベー様でしたか。失礼しました。見習いたちでしたらアーベリアン王国に戻ったと聞いています。あ、ミラとダリムなら研究所にいましたね」


「研究所?」


 そんなものあったっけ?


「あれです。セーサランを解剖してますよ」


 魔女さんの指差す方向に銀色に輝くピラミッドがあった。はぁ?


「カイナーズの方は本部と呼んでましたね」


 元の世界にあんな建造物なんてあったか? 秘密組織の基地か?


 ダークサイドはこの世界だけで充分。元の世界のは知りたくもねーよ。


 とりあえず、本部とやらにいってみる。


 本部とやらは鉄条網に囲まれており、門のところに武装したヤツが立っていた。厳重やな。


「オレ、入れる?」


 門番のヤツに尋ねてみた。


「はい。こちらに名前をお願いします」


 なんか工場に派遣されたときを思い出すが、言われた通り差し出された紙に名前を書いた。


「これを胸につけてください。してないと閉じ込めたりレーザーで撃たれたりしますのでご注意ください」


 ファンタジーな世界で聞く注意じゃねーな。いや、ファンタジーな世界で聞かないことをいっぱい聞いてるけど!


「軍曹。ちょうどいいところに来た。ベー様を案内して差し上げろ」


「はい! わかりました」


 緑鬼の女がオレのところに来て、ビシッと敬礼する。


「リゴ軍曹です! ご案内させていただきます」


「あ、ああ。頼むわ」


 どうも軍隊のノリにはついていけんよ。


「見習い魔女が来てるって聞いたんだが、どこにいる?」


「少々お待ちくだしい」


 と、ファイルを捲る緑鬼の軍曹さん。


「第八区にいますね。こちらです」


 と、第八区とやらに案内してもらう。


 ……なんか、バイオなハザードが起こりそうなところっぽいな……。


 白い廊下を進み、エレベーターに乗り四階に。扉が開くと、そこは本屋だった。それも漫画専門店みたいな感じだ。


「ここは?」


「漫画喫茶です」


 ん? 漫画喫茶? はぁ?


「なんで研究所に漫画喫茶があるんだよ! 意味わからんわ!」


「研究員のレクリエーションルームの一つですね」


 他にもなんかあんのかよ! 研究所じゃなくてラウンドなワンかよ!


「カイナ様の意向なので」


 そう言われたらなにも言えねーな!


「ベー様。見習い魔女はあそこです」


 ツインテールとボサボサ髪が漫画を読んでいた。


 ……なんと言うか、漫画喫茶に似合ってる二人だなと思うのは失礼なことだろうか……?


「お前ら、なにか仕事を与えられてるか?」


 この二人、微かにいた記憶はあるが、あまり印象がない。と言うか、まるでない。本当にいたよね?


 叡知の魔女さんが選んだのだろうから問題児なんだろうが、他の問題児とは毛色が違う問題児なんだろうか?


「え、あ、はい。これと言ってありませんわ」


「は、はい。好きにしててよいと言われたので、ここで読書していました」


 声を聞いてもまったく記憶が蘇って来ない。逆に自分の記憶に不安になってくるな……。


「ちゃんといましたよ。まあ、とても大人しいお二方でしたが」


 レイコさんがそう言うならちゃんといたんだろう。


 影の薄いヤツはいるし、そんなヤツに出会ったこともある。だが、問題児がここまで存在感をなくすものか?


「なら、ちょっとやってもらいたいことがあるからついて来いや」


 戸惑う二人に構わず結界を使って漫画喫茶から連れ出した。


「軍曹、ありがとな。これは礼だ」


 勇者ちゃんのエサ(チョコレートね)を出して緑鬼の軍曹に渡してやった。


 転移バッチを発動させてミドニギに戻って来た。


「ミラ、ダリム、なぜここに!?」


「ラ、ララリーこそ、どこにいってたのよ!?」


「心配してたのよ!」


 なんだ。誰も説明してなかったのか?


「一番説明しなくちゃならないのはベー様ですけどね」


 よし。なら説明してやろ。カクカクシカジカマルカイテチョンってわけよ。オッケー?


「……酷い……」


「的確な表現ですね」


 否定はしねーが、後悔はしてねーぜ。


「ララちゃんだけだと不安だから、こいつらを置いていく。協力し合って上手くやれな」


 やるべきことはやったので、今度こそ我が家へと転移した。


「……本当に酷い方です……」


 もう一度言ってやろ。否定はしねーが、後悔もしねーってな。


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