第62話 幸せ最前線 

 皆よくやるよね。


 なんて、丸投げしているオレが言っちゃいけないことを心の中で呟いた。


 目の前で紅茶を飲む、ニューなタイプのメルヘンさんが訝しげな目をこちらに向けたが、こちらはチョーなタイプの村人。知らぬ存ぜぬな顔で受け止める。


 なんだよ? な感じで睨むが、ニューなタイプのメルヘンでもオレのチョーなタイプのハートの防壁を突破できず、おっかしいな~? って顔して紅茶に意識を戻した。


 あっぶねぇ~! とか心が震度八くらいで震えるが、表情は凪ぎ状態。飛び交う取り決めや今後の流れを右から左に流していた。


 結局、聞いちゃいねーんだが、細かいことをオレが知ったところでかかわりがないのだから流しても構わないだろう。


「なにをお考えで?」


 いつも突然、こっちの事情など知ったこっちゃねーとばかりにレイコさんが、オレだけに聞こえるように囁いてきた。


「世界のいく末かな」


 正確に言うのならオレを中心としたオレの世界だがよ。


「村人が考えることではないような気がしますが」


「村人だろうが貴族だろうが明日はどうなるか考えるだろう。イイ日になるよう願うだろう」


 考えないほうが怖いわ。


「逆に訊くが、今しか考えられない状況は幸せなのか?」


「…………」


 言葉が出ないと言うことは「幸せじゃない」ってことなんだろう。


 まあ、それも状況次第で人それぞれだが、今も考えられない者よりはマシだろう。


「畑を耕し種を植え、手間をかけて育て収穫する。言葉にすれば簡単だが、実際にやるとなると苦労ばかり。知識と経験も必要だし、天候にも気をつかわなければならない。ふふ。そんなこと考えず作物が作れたら幸せなのにな」


 悲しいかな。生きることは考えること。考えを止めたら先はないのだ。


「他人任せなクセに偉そうに」


 偉そうなメルヘンが咎めてきます。


「たった少数に決められた未来より、たくさんの者が求めた未来のほうがオレは幸せだと思うがな」


 少数が決めた未来が幸せならそれに越したことはない。が、そうじゃないヤツもいる。大抵は不幸せな方向に持っていくものだ。


「そんな単純な世なら苦労しないさね」


 小さい声で話していたが、どうやら皆さんのお耳に届いていたようで、すべての目がオレに向けられていた。


「そうだな。そんな単純な世じゃないから苦労する。誰も彼も今しか考えないから現状が変わらない。いつまで経っても不幸なままだ」


 世は変化し続ける、とは言うが、別にイイ方向に変化しているとは言ってない。悪い方向に変化しているかもしれないだろう。


「だったらお前さんが王となって導けや」


 なにか不機嫌な感じのチャンターさんが口を開いた。


「そうだな。オレが不老不死で不眠不休で動けるのならやってもイイが、悲しいかなオレは人。食わなきゃ死ぬし、寝なきゃ死ぬ。百年も生きられない人なんだよ。道半ばどころか一歩踏み出す前に死んでるわ」


 国を創るだけでも苦労なのに、王になって導けとか無茶ぶりにもほどがあんだろうが。


「オレができるのは幸せの形を見せ、導けるヤツを集めることぐらい。それでオレの人生は終わるよ」


 それでもオレの周りは幸せに満ち、豊かな人生とはなるだろう。そうなればオレ的には満足。愉快で楽しいスローライフを送れることだろうよ。


 ちなみにここを創ろうと思った理由はいくつかあるが、最大の理由は幸せの領域を拡大するため。その中心にいるオレまで不幸がこないようにするためだ。


「長命種のダークエルフが治め、生きる活力を持つ人が支え、力を持つカイナーズが守る。そして、名の知れた商人が富を運ぶ。ここは幸せ最前線。東に南に侵略してくれや」


 自由気ままな村人も東に南に向かい、好き勝手に幸せを押しつけ、オレのスローライフを送るための壁とします。


「是非とも堅牢で豊かな島にしてくれや」


 堅牢なら堅牢なだけ、豊かななら豊かなだけ、世の悪意や欲望はここに向けられる。他に向けられることは少なくなる。


 まあ、絶対はないのでいろいろ手は打つし、警戒は怠らない。自分の幸せは自分で築け、だ。


 最強の村人によるスローライフはワールドワイド仕様なのだ。


 意味わからんわ! って突っ込みはノーサンキューです。


  ◆◆◆


 あ~やっと終わったぁ~!


 話し合いの長いこと長いこと。三日も拘束されたわ。物理的によ!


「……疲れた……」


「ベー、なにもしてないじゃん」


 ハイ、座ってコーヒーを飲んでただけですが、なにか?


「では、ベー。わたしは帰りますね」


「はい! ありがとうございました!」


 バイタリティーに溢れたゼルフィング商会の会頭様に感謝と激励の敬礼を!


「この村人には矜持とかないのか?」


「シャニラのお腹の中に忘れて来たんじゃない?」


 フッ。甘いなメルヘン。オレの矜持は変幻自在。臨機応変。その場その場で合わせるのさ!


「ってか、チャンターさん、久しぶり」


 顔は合わせていたが、声をかけたのは今この時。話し合いが終わったら野郎どもで酒盛り。オレは園花館そのはなかんの一室を借りて薬作りに励んでました。


「顔を突き合わせて久しぶりもないが、まあ、言葉を交わすのはこれが初めだしな、久しぶりだ」


 連日の酒盛りしてるクセに肌艶がイイチャンターさん。さすが名を求める商人は違うね。


「チャンターさんは、初凱旋かい?」


 いろいろ頼んで、北欧に石炭買いにいったくらいしか知らんから帰ったかどうかはわからんのよ。


「ああ。もうこれ以上懐に入らんのでな。お前さんのお陰だ」


 そう言ってもらえるとこちらも嬉しいよ。オレの幸せのためにはチャンターさんには儲けてもらわんと困るからな。


「すぐに発つのかい?」


「そうだな。明日の朝にでも発ってみるよ。スレンビィークで用意は整えたからな」


 忘れてる者に教えよう。スレンビィークとはアーベリアン王国の王都だ。オレは地名には記憶力があるんだぜ。一般と比べたら、って言われたら困るがよ。


 ……なので訊かないでくださると助かります……。


「そうかい。それはなによりた。もし、余裕があるならオレの部屋に来いや」


 園花館そのはなかんで借りている部屋ね。


 なにか考えているチャンターさんに構わず部屋へと向かう。無理矢理じゃないしな。


 この園花館、可変するクセに部屋の数は結構あり、二〇部屋以上もあったりする。オレが借りている部屋なんて三〇畳とか、この中は異空間になってんのかよ! とか突っ込みたくなるぜ。


「……酷い散らかりようだな。それに、酷い臭いだ……」


「薬師の仕事場なんてこんなもんだよ」


 まあ、一般的な薬師の名誉を守るなら、町中で商売できる程度には臭くはない。臭いのは貴重な素材や毒草など使っているからだ。


 ちなみにですが、メルヘンは部屋に入る前に離脱し、ミタさんらメイドさんは嗅覚が鋭いのか毒マスクかぶってます。


 ……そこまでして入らないで欲しい。オレ、まるでマッドサイエンティストじゃないですか……。


「大丈夫なんだろうな?」


 毒マスクメイドに恐れるチャンターさん。


「臭いは酷いが、体に害はないよ。酷いときは換気してる」


 たまに刺激臭を出すものがあるので換気はする。


「……なに一つ安心できないんだが……」


「それで体を壊したらオレが治してやるから心配すんな。まあ、そこに座れ。ミタさん、チャンターさんにコーヒーでも出してやってくれ。オレは緑茶な」


 さすがにコーヒーを飲みすぎた。しばらくは違う味を楽しもう。


 チャンターさんをソファーに座らせ、オレは棚に詰め込んだ箱を二つ取り出す。


「……無駄に装飾を施した箱だな……」


 テーブルに置いた箱を怪訝そうに見ながら呟いた。


「やっぱシンプルのほうがよかったか」


 高級感を出そうとしたんだが、オレのセンスでは悪趣味なほうに働いてしまったようだ。


「それで、これはなんなんだ?」


「親父さんの幻肢通を治した薬だ。土産にやるよ」


 ピクリと体を揺らしただけで、顔色も態度も変えない。出されたコーヒーに手を伸ばし、少し震えながら口にした。


 それは、飲み会の席で話題に出た証。いや、名の知れた商人を目指すなら訊かないわけにはいかない案件だろう。


 親父さんもオレが秘密にしてないことを察しているので、知っていることは話していることだろうよ。


「……とんでもない土産をくれたものだな……」


 数分は我を忘れるだろうと思ったら、三〇秒くらいで我を取り戻すチャンターさん。さすがだよ。


「そうかい? チャンターさんなら入手しようと接触して来ると思ったんだがな」


 メンドクセーからこちらから接触したまでだ。


「お前にはお見通しか……」


「名の知れた商人を求めるならそんくらいするだろう」


 しなかったら逆にびっくりだよ。


「オレはそう言うところを買ってるんだがな」


 あんちゃんとは違う方向性を持つ商人は貴重だ。ましてやオレの手が届かない地ではチャンターさんのほうが頼りになる。是非ともチャンターの名を聞いただけでひれ伏してしまう商人になってもらいたいものだぜ。


「はぁ~。お前を相手してると自信をなくすわ。まるで勝てる気がしねーよ」


「村人に勝ってどうする。商人として勝ち上がれ」


 村人勝負なら負けてやらんが、商人勝負ならオレは負けようが損しようが構わない。薙ぎいる商売敵をバッタバッタと倒して頂点に立ってくれや。


「……そう言うところが勝てないって言ってんだよ……」


 よくわからんが、それはチャンターさん自身で解決してくれ。オレには手助けできんようだからよ。


「親父さんから聞いているだろうが、エルクセプルは封を切った瞬間から効果が失せる。だから開けたらすぐに飲め。それとエルクセプルは中身より器に金も時間も技術もかかっている。開けたら数秒後には器は証拠隠滅のために消えるようにしてあるからあしからず、だ」


 結界術で創り出しているので自由自在だ。


「……こんなもの持ち込んだら殺し合いが起きるぞ……」


「人はパン一つ得るために殺し合いだってするぜ」


 エルクセプルが罪だと言うならパンだって罪だろう。どちらか片方が罪なんて人の傲慢が生み出したもの。それこそ罪だとオレは思うね。


「要は、一つしかないからその一つを巡って殺し合う。なら、数十個用意してやればイイ。金を積めば買えると知らしめたらイイ。殺し合うより買ったほうが安上がりと教えたらイイさ」


 棚いっぱいに詰まった箱を親指で差す。


 昼はコーヒーを飲み、夜はエルクセプル作りをがんばった、その成果である。


「今、その窓口はチャンターさんだけ。それをどう利用するかはチャンターさん次第。上手くやってくれや」


 一箱に六本のエルクセプルが入っている。


 一箱を献上品として権力者に渡し、名を売るなり恩を売るなりすればイイ。権力者がアホなら賢い権力者に渡して座を奪い取ってやればイイ。そのくらいの才覚はあるだろうよ。


「……お前にどんな得があるんだ……?」


 その問いにニンマリと笑う。


「権力者が友達って最高だよな」


 権力万歳。オレのために大いにのしあがってくださいな。ケッケッケッ。

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