第五章

第76話 クエオル

 なんか脇道に逸れまくりで本題がなんなのかわかんなくなって来た。


 こう言うときはマンダ○タイム。気持ちを緩やかにして心を落ち着かせよう。


 土魔法でテーブルと椅子を四人分創り出した。


「ミタさん。お願い」


「畏まりました」


 主語が欠けてるが、万能メイドはお見通し──かどうかは知らんが、テーブルと椅子を創ったらなにをするかぐらいはオレを見通してんだろう。でなきゃ返事はせんよ。


 椅子に座ると同時くらいにコーヒーがオレの前に置かれた。


「皆様もお座りください」


 他はミタさんに任せてオレはコーヒーをいただく。あーうめー。


 なにも考えず、冬の空を眺める。


 同じ大陸でも雪が降る地とそうでない地はあり、ここは特に雪が降らない地のようで、空気は乾き、冷たい風が吹いている。まあ、オレは結界を纏っているので他のヤツを見て判断しています。


「魔大陸に住んでた者にはこの寒さは辛いかい?」


 誰に、と決めずに問うてみた。ここにいるの、皆な魔族だし。


「……はい。冬と言うものがありませんでしたからな……」


 と答えたのは老シュードゥ。よくよく見れば厚着していた。


「そうか。年寄りには辛いな」


 とだけ答え、また冬に空に目を向けた。


 周りから苛立つ気配を感じる。特に船団長は隠し様もないほどイライラしている。イイ歳なのに落ち着きがねーな。


 老シュードゥは長年の経験から感情を抑える術は知っているようだが、それを悟らせない様にする術までは身につけてねーか。やはり群雄割拠な世界で生きてたら心に余裕を作るのは難しいのか。


 二人に比べて青鬼レディーはさすがと言うべきか。表情にも態度にも表さない。が、それ故に地を晒している。


「あんたか、カイナの後ろにいるヤツは」


 青鬼レディーの表情も態度も揺るぎがねー。


「そこで微かな動揺でも見せれば自分だけに留めることができるのに、反応を示さないことで複数いると教えてる。若いな、レディーは」


 いや、一六歳のお前が言うな、ってご指摘は甘んじてお受けしよう。最後のは余計だった。青鬼レディーのプライドを否定したも同じだからな。


「……いつからお気づきでしたか……?」


「んなもん最初からに決まってんだろう。アレは指導者としての才能はねー。誰か賢いヤツの考えをそのままなぞるのが精一杯だ」


 年齢を重ねた小ズルさはあるが、細かいところまで考えることも取り纏めすることも調整することもできねー。できてたらもうちょっと苦労や影が見えているわ。


「別にカイナを貶めているわけじゃねーぜ。アレはあの性格だから魔族を見捨てないでいられる。よく見捨てないでいられるなと感心するくらいさ。生き方も考え方も違う種族の幸せを願ってんだからよ」


 あれだけの力があれば命令すればイイこと。誰も反論も反抗もしねー。と言うかできねーか。弱肉強食な世界で生きてれば。


「オレなら知るかと振り払ってるぜ。なんでテメーらの我が儘に付き合わなくちゃならねーんだよ、ってな」


 カイナもタケルと同じで危機意識が低く、人の悪意に鈍感すぎる。神(?)からの恩恵(笑)を受けてるせいで生きていることをどこかで舐めてるのだ。まあ、口にはしないけど。


「べー様には助けられています! そして幸せになってます!」


 とミタさんが抗議して来る。


「それはオレの利になるからであり、将来を見据えてのことだ。慈愛や哀れみだけでオレは動かねーよ」


 偽善は得になるからするものであって、得にならないのならやりはしねー。ただでさえ生き辛い世なのに、なんでそんな苦労しなくちゃならねーんだよ。


「オレはカイナと違って利己的だ。己に利がでるならどうとでも利用されるし、多少の苦労も受け入れよう。だが、オレの利とならないのなら問答無用で切る。そして、排除する」


 どうもこいつらはオレを品行方正で慈愛に満ちた人間だと思っているようだが、オレは自分でもびっくりするくらい悪党だ。


 おっと。わかってたとかは止めてくれ。言われて傷つくくらいには心が繊細なんでな。


「オレは基本、メンドクセーことは嫌いだ。嫌なことは他人に任せてのんびりゆったりスローライフを送りてーんだよ。邪魔するヤツはこっちくんな。勝手に滅びろ」


 それが嘘偽りのないオレの本心だ。


「だが、世の中は、力だけあっても金だけあっても技術だけあっても生き辛い。そう簡単には幸せにしてくれねー。人は一人では生きていけないとはよく言ったもので、自分を幸せにするには他人が必要ときやがる。まったく、世とは上手くできてるもんだぜ」


「で、なにが言いたいのよ?」


 いつの間にか頭から離脱して、テーブルの上で自分サイズのテーブルにつくメルヘンさんが問うて来た。


「生きるためには努力が必要ってことさ」


 なに当たり前のこと言ってんだとお叱りを受けそうだが、大概のヤツはそれができねー。自分を輪から外し、文句を言うだけ。非難するだけ。輪をよくするのは他人任せと来たもんだ。


「利を得たいのなら損も得ろ。どちらかだけでは決して幸せにはなれねーぜ」


 残り僅かなコーヒーを飲み干し、席を立つ。


「ちょっと散歩して来る。市長代理殿には話を通しておくから好きな様に交渉しな」


 オレが利となるていどには働いた。あとは、あんたらで自分たちの利を得るために動くんだな。


 ガンバれと手を上げて散歩に出かけた。


   ◆◆◆


 村を出て幾星霜。人の営みに変わりはなく、自然は今も雄大で、星は輝きに満ちている。


「……村の皆は元気にしてるだろうか……?」


 揺れる火に語りかける。


「元気だったわよ」


「…………」


 フッ。長い旅をしているせい幻聴が聞こえるようになったぜ。


「久しぶりにサプルの料理が食いたいな」


 もう何十年と口にしてない。どんな味だったかも忘れたぜ。


「サプル様の料理ですか? ならパンケーキをどうぞ」


「…………」


 やれやれ。幻聴だけじゃなく幻視まで起こってるぜ。孤独の旅の弊害だな……。


 小さくなっていく火に薪をくべ、揺らめく火で心を癒す。


「火はイイもんだ」


「ベーが言うとなぜか危険に感じるのはなぜかしらね?」


「サプル様から聞いたのですが、前にベー様は山に火をつけて喜んでたそうですよ」


「狂気の域ね。わたしには理解できないわ」


 ちょっと大文字焼きを真似しただけだ! ちゃんと消火したし、他に燃え移ってねーんだからイイだろう! 


「クソ! オレの孤独の旅人劇に入ってくんなや!」


「もう自ら劇とか言っちゃってるし」


「あ、一人芝居ってやつですね」


「…………」


 お、落ち着け、オレ。怒りに捕らわれるな。明鏡止水明鏡止水明鏡逃避現実逃避──じゃなくて! なんで現実逃避になってんだよ! いや、似た意味で使ってるけどねっ!


「オレはゆるやかにキャンプしてんの! ゆるキャンなの! 邪魔すんな!」


「ゆるキャンって、それアウトじゃない?」


「ゆるやかなキャンプをしてんだからアウトじゃねーわ!」


 普通にアウトとか使ってんじゃねーよ! ってか、なぜオレは言いわけっぽいことを言ってんだ? もしダメならすんません。


「とにかく、オレは疲れた心を癒してんの! ゆっくりのんびりしたいの! 邪魔すんなら出てけ!」


「ベー一人にしたらなにするかわかんないじゃない。まあ、一〇〇人いてもなにするかわかんないんだけれどね」


「ですね」


 うっさいよ! 何度も言うが、オレはトラブルメーカーじゃねーんだよ。トラブルがやってくんだよ!


「一緒じゃない」


 イヤン。心の声に突っ込まないで! 


「それより、結界の外で寂しそうにしてる奇妙な生き物をなんとかしなさいよ。見てるこっちが辛いわ」


 奇妙な生き物のお前が言うな! と突っ込む前に、君、鼻歌うたいながら編み物してたよね。気にもしてなかったよね。我関せずでいたよねと突っ込みたいわ!


「野生動物だ、構うな」


 下手にエサを与えては野生動物のためにもならんし、ここに住む者にも迷惑。放置が一番だ。


 枝に刺したマシュマロを取り、はふはふ言いながらいただく。あーマシュマロうめ~。


「ベー様。なにかこちらに向かって来る気配があります。数は六。一二時、二時、四時、六時、九時、一〇時です」


 あ、この方はお初で竜人のメイドさんね。手には漢字四文字が似合いそうな大剣を持っています。あと、結界内では振り回さないでね。危ないから。


「危険な気配ですか?」


 ミタさんもライフル銃を出して構えます。ちなみにメイドさんは全部で六人。ほんと、キャンプ感ゼロだよ!


「いえ、それほどではありません。剣で一薙ぎくらいの気配です」


 うん。それは君の基準だね。まあ、ここにいるメイドさんズなら兎もオーガも大差ないだろうよ。クラーケンとか秒殺だし。


「奇妙な生き物がパニック起こしてるわよ」


「カイナに噛みつくんだから大丈夫だろう」


 生物の頂点くらいにいるんだし、自分でなんとかしろ。仮に食われたところで自然の営み。近寄って来る生き物の糧となれ、だ。


「美味しそうな匂いがする!」


 と、内ポケットからウパ子が出て来た。こいつもアリザと同じでグルメ細胞を持つ生き物か?


「食いたいのか?」


 君もよく食うよね。さっき、一メートルの魚を食べたでしょ。その今の体で。


「食べたい! 焼いたのが食べたい!」


 野生の証明としてそこは生で食えよ。君、立派なシュゼンヴィール(調べたら餓竜っての意味らしい)になれんぞ。


「ミタさん。捕獲お願い。死んでてもイイからさ」


 まあ、さすがに暴れ食いされてはゆるキャンがさらに台無しになる。キャンプでは肉を焼くべきだ。


 ……ってか、焼かないと怖くて食えんわ。バイ菌とか病気とかあるしな……。


「畏まりました」


 他のメイドさんズも了解とばかりに各々が持つ武器を構えた。


「じゃあ、結界を解くぞ。ほい」


 メイドさんズにわかるよう結界は網目状にしてあるのです。


「速やかに狩れ!」


 解かれると同時にメイドさんズが闇の中へと消えていった。


「……そして、この地から消え去りましたとさ……」


 いや、しねーよ! なに人を殺戮者にしてんだよ! いや、そうなったこともないとは言えないけどさ……。


 メルヘンの非難の目から逃げるようにコーヒーをいただく。あーウメー!


   ◆◆◆


 闇の中から残酷な音が響き渡る。


「苦戦してる?」


 一発一振りで終わると思いきや、銃撃音が止まず魔力の高まりが尋常ではなくなってきた。


「申し訳ありません。再教育します」


 ミタさんが謝って来るが、あなた、いつ教育してんのよ。ほとんどオレの側にいるよね? それとも別の人がやってんの?


 ……って言う以前にメイドに戦闘教育してることに突っ込みたいけどね……。


 二分して銃撃の音は止み、静寂が訪れた。


「……戻って来ないね?」


 一分が過ぎた頃、プリッつあんが不安な声を上げた。


 うん。そうだね。なんか嫌な予感がしてきましたわ。


「ミタさん。カイナーズに応援要請を出せ! 市長代理殿には問題発生。調査中と伝えろ。あと、厳戒警報発令だ!」



 言って結界灯を四つ、空に放り投げる。


 クソ。オレの考えるな、感じろが働かないってなんだよ! 危険じゃないってことか? 


 今も嫌な予感はするが、危険性は感じない。なんなんだ、これは!? 


「いろは、動けるか?」


「──ご命令のままに」


 と、幼女型のいろはが一二人、忽然と目の前に現れる。忍者か! 


「メイドを救出しろ。生き物がいたらすべてを殺せ。でも、捕獲可能なら捕獲しろ」


 ウパ子が食えると言った生き物であり、メイドさんズになんかした生き物でもある。調査できるのなら調査したい。


「マイロードの御心のままに──」


 そして、忽然と消えた。お前はどこを目指してんだ?


 ま、まあ、なんでもできるから超万能生命体。深く考えるだけ疲れるだけだ。そうなんだ~と軽く流しておけ、だ。


 数十秒後、いろはA(仮称)が赤鬼のメイドさんをお姫さまだっこで戻って来た。


「ここに寝かせろ」


 結界ベッドを創り出す。


 寝かされた赤鬼のメイドさんに外的損傷はなし。顔色は……赤いです。だって赤鬼だもの。クソ!


「呼吸はしてる。熱はなし。脈拍は低いが、弱くはない。ウイルス性ではねーな。即効性がありすぎる。まるで気絶した状態だ。


「ベー様。寄生虫ではないですか?」


 とレイコさん。寄生虫か。


 結界で包み込み、赤鬼メイドさん以外の生命体がいないか確認──したらいやがった!


「耳のところにいるな」


 この世界、結構寄生虫が存在してるのだ。


「耳から入るタイプか」


「厄介ですね」


 先生が教えてくれた寄生虫百科には、大体は口や皮膚から入るものが占めてるが、耳から入るのは数種類しかおらず、そのすべてが凶悪と来たもんだ。


 だが、我が結界なら問題ナッシング。あらよって感じで体外へと排出させる。


「ミズチですね。となるとクエオルって可能性が高いですね」


「クエオル?」


 なんじゃいそれは?


「ワームの一種です。こちらでは地走りって呼ばれてます」


 地走りか。オレは見たことはないが、オババからどんなものかは学んでいる。


 一メートルくらいのミミズっぽいもので、なぜか毛が生えてるそうだ。


「魔大陸では一般的でクエオルを食べる種族がいますが、寄生虫はつきません。寄生虫がつくのはこの大陸に生息するクエオルだけです。もしかすると黒丹病もクエオルが原因かも知れませんね。異常繁殖すると変な病気をばら蒔きますから」


 そうなのか。オレは犬のような竜が原因だと思ってたんだがな。


「オババが知ってたのそのせいか。代々、地走りを見たら焼けと伝わっているって話だから」


「ドレミ。クエオルを生きたまま捕まえろといろはに伝えろ。確かめたいことがある」


「畏まりました」


 そちらはドレミといろはに任せ、オレは無限鞄からコーヒーモドキを出して寄生虫にかける。


「苦しそうにしてますね」


 オレにもそう見える。やがて動かなくなり、そして、溶けてしまった。


「効いたな」


「ですね。あまりにも顕著に表れてびっくりです」


 そう言ったら回復薬はどうなんのよ? アレだって即効性が反則でしょうが。


「ベー。次が来たわよ」


 プリッつあんの声に振り返ると、赤鬼メイドさんと同じく意識を失っていた。


 結界ベッドを創り、メイドさんを寝かせる。


「結界で包む。誰も触るなよ」


 結界から逃れられないだろうが、念のためだ。オレ以外は触らないほうがイイだろう。


「マイロード。捕獲しました」


 いろはB(仮称)が持ってきたなにか粘液っぽいものの中に地走りがいた。生きてるよね?


「結界の中に入れてくれ」


 わかるようにシャボン玉のようにし、その中へと地走りを入れてもらう。


「気持ち悪いわね。毛も生えてるし」


「……美味しそう……」


 ウパ子がシャボン玉結界に張りついてヨダレを出している。本当に食えるのか、これ?


「こいつには危険な寄生虫が住んでんだぞ」


「あたちのお腹強いから大丈夫でし」


 だろうな。お前はなんでも食うしよ。


「食べたい! これ食べたいでし!」


「ちょっと待て。確認してからだ」


 シャボン玉結界に張りついているウパ子を剥がし、コーヒーモドキを一杯分結界内に注ぐ。


「苦しんでいるようには見えるが、殺すまでの効果はなしか」


「苦手、って感じですね」


 こう言う反応のほうが素直に納得できる。これで溶けてたらファンタジーに文句言ってるとこだ。


「うん? 寄生虫が消えたな。地走りと相性がイイから寄生したのか?」


 まあ、それは先生に任せよう。オレは研究者じゃねーしな。


「ベー様。カイナーズが応援に来ました」


 相変わらず迅速やな。飛行場からかなり離れてんのによ。


「防護服を着させろ。そして、コーヒーモドキを噴霧器で撒け。見つけても殺すな。寄生虫が拡散する恐れがある」


 隊長らしきセイワ族の男に指示を出す。


「了解です! アルファセブン。至急防護服と噴霧器を用意しろ」


 カイナーズに任せ、オレは運ばれて来るメイドさんに侵入した不届き者を排除するか。


「ベー様。研究用に何匹かカイナーズにもらえないでしょうか?」


 なにか知的な感じのセイワ族の女が言って来た。


「わかった。しっかり調べてくれ」


 あとでレポートをちょうだいね。未来に残したいからさ。

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