第103話 メイド長に逆らってはならぬ
「──遅くなりました。申し訳ありません」
と、ミタさんがやって来た。ご苦労さまです。
「構わんよ。無理言って悪かったな。ありがとさん」
無茶なお願いをした自覚はあるので素直に謝罪し、心を込めて感謝の言葉を述べた。
「いえ、こちらこそありがとうございます」
やはりオレの意図を見抜いてたか。できるメイドはさすがだよ。
「しかし、よくこんなに早く集められたな。結構かかると思ったんだが」
「シフが、メイド長が以前から選別してくれてたので早く決められました」
ニューメイド長が? 予知能力者か?
「そうか。メイド長さんに礼を言わんとな」
それとボーナスも。できるメイド長は労わないとな。
「はい。そうしていただけるとメイド長も報われるでしょう」
まあ、ニューメイド長といつ会えるかは知らんけど、忘れないようにしておこう。
……でも、忘れたときは申し訳ありませんです……。
「で、交換留学者は?」
「入って来なさい」
と、色とりどりの魔族の少女が食堂に入って来た。
一列に並んだ魔族の少女を見て思ったことは、よう選んだもんだってことだった。
「……また、厄介な……」
大図書館の魔女さんの呟きに、そうだろうなと同意する。そして、ニューメイド長さんには逆らわないよう心に決めました。予知能力者じゃなかったらミタさんよりヤベー人ってことだわ。
一〇人とも違う種族であり、この大陸にいない種族である。それはつまり、帝国に魔族を認知させるってこと。オレが帝国に来て、大図書館の魔女さんを見て考えたことをニューメイド長さんはその前から考えて用意していた。オレの思考、読まれてますやん!
ヤベーよ。マジでヤベーよ! ニューメイド長さん、ドン引きするくらいヤベーよ!!
「止めますか?」
なんて恐怖を押し殺して大図書館の魔女さんに笑って見せた。
「……いや、お主を相手にするよりはマシだな……」
なにかを悟った、いや、吹っ切れたような笑いを浮かべる大図書館の魔女さん。そりゃこちらのセリフだわ。
「そちらが引き受けてこちらが拒否したのでは帝国の名折れ。誓いは守ろう」
「その辺は疑ってはいませんよ。わたしは大図書館の魔女に嘲笑されたくありませんからね」
「我もお主に嘲笑されたくはない」
口約束ほど怖いものはなし、だな。お互いの大切なものに誓うと言うのはよ……。
「ベー様。メイド長から世話役と連絡員をつけていただけると助かりますとのことです」
そう言われたらノーとは言えんでしょうが。
「ってのことですが、どうします?」
「お主が怖がる者の言葉なら否とは言えんだろう」
さすが大図書館の魔女さん。バレてぇ~ら。
「ミタさん、何名必要?」
「欲を言えば八名。最低でも六名は飲ませてくださいとのことです」
うん、それもう脅しやん。飲ませなきゃオレがヤバイじゃん。大図書館の魔女さん、譲歩するから飲んでくださいませ!
「わかった。こちらも八名出す」
ありがとうございやす! 恩にきやす!
無限鞄からエルクセプルが六本入った箱を出し、大図書館の魔女さんに押し出す。
「仁義に反しますが、これをお受けください」
公爵どのには誠心誠意謝罪しよう。メイド長さんに逆らうよりは幾万倍もマシだ。
訝しながら箱を取り、蓋を開いた。
「……まさかとは思うが、これは……」
そのあとが続かない。と言うことはそれがなんなのか予想はできてるってことだ。
「大図書館の魔女さんが思ってるものです。バイブラスト公爵産です」
ウソは言ってませんぜ。作ったのはバイブラストだし。
「……やはり、エルクセプルか……」
「もう出回ってますか?」
「バイブラスト公爵が皇帝陛下に献上したよ。薬を求めて国が争うようなものを一二本もな」
「生命の揺り籠でも材料を採取できますよ」
と言ったら睨まれました。ちょー怖っ。
「外に持ち出す前に効力が消えるわ」
さすが大図書館の魔女さん。もう作ったんだね。
「……効力を維持する技術があるのか……」
「普及させられないのが悲しいです」
オレと同じ結界が使える者が毎年のように生まれてくれたら世に広まるんだろうけどね。希少能力は困ったもんだよ。
「よく言いおる」
だって本当のことだも~ん。本心だも~ん。
「入り用ならバイブラスト公爵におっしゃってください。わたしの名を出せば多少なりとも融通してくれると思いますよ」
もちろん、正当な代金はいただきますけどね。
「ありがたくもらっておこう」
「大事に使ってください。容器は脆くなってますので」
まあ、好意であげたもの。どう使おうとそちらの勝手。人を救うのに使おうが、探究に使おうが、オレは気にしませんよ。
「……ああ。大事に使おう……」
「はい」
苦虫をかみつぶしたよう大図書館の魔女さんに、笑顔で答えた。
◆◆◆
では、留学者の交換会でもやりますか。
「なんのために?」
そう素で返されると答えに窮するな。ノリで言ったまでだし。
「形式は大事ですよ」
どう大事かは聞かないで。ノリで言ってんだから。
「まあ、親睦会ってことで、留学者同士の交流をいたしましょう。それぞれ未知の世界へ旅立つのですから、ここで慣れておきましょう」
どちらも初めての種族間交流だ。いきなりでは戸惑うこともあるだろう。ここで触れ合いをしとけばイイさ。
「確かにそうだな。我ですら戸惑ったのだからな」
それをなんでオレを見ながら言うんでしょうか? 見慣れた種族じゃないですか。
「ミタさん。食事を頼む。あ、魔女って食べちゃダメなものとかありますか?」
なんか教義みたいなのあったりします?
「それぞれ好き嫌いはあるだろうが、食べていけないものはない。まあ、年齢的に酒は控えてもらえると助かる」
一五歳から成人ってわけじゃないのか? 見た感じ、一五歳以上には見えるが。
「見習いは一人前になるまでは酒は禁止なのだ。昔、暴れたバカがおって初代様が決めたのだ」
どこの世界も若者の暴走は悩みの種か。教え導くのは大変だわ。
「大図書館の魔女さんは、時間、大丈夫なんですか?」
なんか忙しそうですけど。
「こちらを優先しなくてはならんからな」
なにを、と問うのは野暮かな? オレとの繋がりは帝国にとって利となるんだからな。まあ、それはこちらも同じだけどよ。
「そうですか。大変ですね」
「気楽じゃな、お主は」
「なるようにしかなりませんからね」
まっ、ならぬならなしてみせようホトトギス、でなるよう持っていくけど。
「そうだ。交換留学者の名簿とかあります?」
ミタさん、うちはあるよね?
信じて手を出せば名簿を出してくれる万能メイド。いや、ニューメイド長さんの働きかな?
「ああ。ある」
秘書的な感じでついていた魔女さんに視線を飛ばすと、名簿を出してくれた。
お互いの名簿を交換して中を見る。
「……帝国に写真ってあったんだ……」
いや、感じから写真ではないと思うが、留学者の上半身を写したものが貼られていた。
「写し身の術ではないな。絵か?」
大図書館の魔女さんも写真に驚いている。
「帝国は想像以上に技術発展してたんですね」
いや、これは魔女の技術か? 公爵どのの奥さんは絵で描かれていたし。
「それはこちらのセリフだ。写し身の術以外の術があるんだからな」
大図書館の魔女さんのセリフからして写し身の術とやらは結構高度な技術らしい。ってことは一般的にはなってないってことか。
「まあ、わたしどもの技術じゃありませんけどね」
写真はカイナんところの技術(?)。ピンホールカメラくらいは説明できても、感光材料とかはまったく無理。興味なかったし。
「……そうか……」
なにか考えに入る大図書館の魔女さん。カイナの、オレとは違う勢力がいると気がついた感じだな。
……思えば、オレたちの勢力って反則だよな。皆反則級の力を持ったヤツらばっかりなんだからよ……。
もっとも、その勢力を集結しても帝国と張り合うのは大変なんだよな。帝国はまだなんか隠してるっぽいしよ。
あまり思考してると、他の魔女さんに見抜かれてしまうので、名簿に集中する。
留学者の魔女は大体が一六歳で、魔女歴は一〇年以上だった。
出身地はバラバラ。貴族出身者も入れば平民出身者もいる。どう言う基準で選んだんだ?
名簿を見ただけでは共通点はわからない。が、大図書館の魔女さんのことだから性格や価値観の違う者を揃えたはずだ。こちらからたくさん学ぼうと思ってな。
「ベー様。我々の名簿です」
見終わったところでミタさんが魔族側の名簿をすっと出してきた。
「あんがとさん」
礼を言って受け取り、中を見る。
ニューメイド長さんの思考が透けて見える選び方である。
……エグいな……。
学ぶと言うよりは探ると言ったほうがイイだろう。夢魔族を二人も入れてるところからもわかる。確実に誰かを魅了する気だよ、これ。
まあ、大図書館の魔女さん相手どこまでできるかはわからんが、それならそれで別の手をとばかりに夢魔族の男(男の娘ってやつか?)を混ぜているところが悪辣すぎる。
どう転んでもイイような人選。ニューメイド長さんの思考は透けて見えても本心まではわからない。こうなると世話役も連絡員も一筋縄ではいかない選び方してるな……。
「カンバってください」
あなたの敵はオレじゃなくニューメイド長さんだよ。
「そちらもな」
苦し紛れか強がりか、どっちにしても大図書館の魔女さんが選んだ見習い魔女。心してかかろうではないか。
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