第一〇章
第167話 老魔術師再び
オレの予想通り、次の日から金目蜘蛛が現れるようになった。
「イライラするわね」
現れる金目蜘蛛を一匹ずつ氷漬けにするララちゃんのこめかみの血管が今にも切れそうである。
「平常心平常心」
氷漬けになった金目蜘蛛を殺戮阿でぶっ叩きながらララちゃんを静める。
「村人さん。飽きた~!」
勇者ちゃんも勇者ちゃんで堪え性がねー。まったく、脳筋を鍛えるのはメンドクセーぜ。
「飽きてもやる。今何匹だ?」
「六二匹~」
「よろしい。忘れたらオヤツ抜きだからな。しっかり数えろよ」
答え役は茶猫に任せています。
金目蜘蛛は四~五匹で現れ、オレらを見つけると糸を放ってくる。
「燃やしてはダメなのか?」
「ダメ」
「なんでだよ! 面倒臭いんだよ!」
切れやすい年代じゃないんだから切れるなよ。いや、一六歳だからその年代か?
「細かい操作もできないヤツは大きな操作もできないからだ」
これはバリラからの受け売り。魔力操作は魔法や魔術の基本。基本ができてない者は大きな技で失敗するものだって、な。
「今さらだが、魔女と魔術師って、なんか違いあるのか?」
「厳密な違いはないが、魔女は真理の徒。魔術師は学術の徒と言った感じだな」
アプローチが違うってだけか。
「帝国にも魔術協会ってあるんだよな?」
バリラの話ではかなり大きいな協会だと聞いてるが、どう大きいかまではよくわかっていないんだよな。
「ああ、ある。けど、わたしはよく知らない。関わったことがないからな」
まあ、この年齢では裏事情は知らないか。闇が深そうだしな。
「あんたは魔術を使えるのか?」
「弱いのならな」
二〇センチくらいの氷の矢を一本創り出し、金目蜘蛛に放った。
「これが精一杯だな」
「少し安心したよ。あんたにもできないことはあるんだな」
「できないことなんていっぱいあるよ。寧ろ、できることなんてほんの少しさ」
オレは凡人だ。天才ではねー。
「狂ってはいますけどね」
幽霊、茶々を入れないの!
「説得力がまるでないな」
「それはよく考えているからだ。勇者ちゃんやララちゃんのような才能あるヤツと張り合うとしたら知恵を使うしかないからな」
神(?)から三つの能力をもらったオレが言うのもなんだが、才能は残酷だ。人の一生を左右する。もちろん、才能があったからってイージーモードにはならないが、自分の才能を理解して鍛えたら、それは凡人には覆せない壁となる。
そんな壁を相手にしようとしたら知恵を絞るしかない。力で覆せないのなら壁に穴を開けるような力を身につける。道具を使って乗り越える。誰か力がある者に倒してもらうとかしないだろうよ。
「敵が弱いからと言って侮るなよ。弱いヤツは知恵を使う。金目蜘蛛でたとえるなら数を揃えて強者に挑んでいる。強者たるオレらを苦しめている。もしかしたら、オレらが知らない能力を持っているかもしれない。ララちゃんの目の前にいる相手はちゃんと考えて生きてるなと理解して挑め」
なにも考えてないバカはいる。だが、考えて生きている弱者もいる。それを理解できない強者など怖くもないわ。
金目蜘蛛は、徐々に増えてくる。
「ちょ、さすがに対処できないよ!」
まるで連射の如く冷気を放っていたが、沸き出る金目蜘蛛に追いつかなくなっている。さすがに限界か……。
「よし。広範囲攻撃だ。但し、燃やすなよ!」
山火事にされたら困るからな。
「任せなさい!」
今までの鬱屈を晴らそうかと、冷気の塊を創り出した。
……あ、これは不味いヤツだ……。
皆に結界を施した──瞬間、世界が真冬どころか極寒となりました。
「──アホか! 手加減しろや!」
結界がなければ数百年先に冷凍保存されてたわ!
「す、すまない、つい……」
北極かよと突っ込みたいくらい数百メートル先まで極寒になっている。魔法は魔力が物を言うわけじゃないが、それでも魔力が多いと効果にも現れる。ララちゃんの才能が人外レベルなのがよくわかるぜ……。
「勇者ちゃん。炎でちょっと溶かしてくれ」
まだ勇者ちゃんのほうがコントロールできている。いくらかは溶かしてくれるだろうよ。
「わかったー!」
炎を生み出し、極寒を真冬くらいにはしてくれた。これなら自然に溶けてくれんだろうよ。
「少し先にいくか」
空飛ぶ結界を創り出して皆を乗せ、数キロほど先を進んだ。
「おい、あそこ!」
茶猫が声を上げ、器用に前足を差した。
その先を見ると、兵士らしき集団が金目蜘蛛の大群に囲まれていた。
「勇者ちゃん!」
「わかった!」
空飛ぶ結界から飛び降り、滑空したがら兵士らしき集団に突っ込み、風を操って金目蜘蛛の中へと着地した。
勇者無双とばかりに金色夜叉を振り回し、金目蜘蛛を潰していった。
「猫。ララちゃん。これからオレは老魔術師になるから話を合わせろ」
南大陸の人族は小麦色の肌をしている。オレたちのように白い肌は警戒されるだろうから小麦色の肌の老魔術師へと結界変化をした。
「器用なヤツだ」
「お前は使い魔な」
茶猫の首をつかんで肩に乗せた。
「お前らも話を合わせろよ」
獣人のガキどもにも言い含めて空飛ぶ結界を降下させた。
◆◆◆◆
兵士の貧弱な装備からして地方軍のさらに末端って感じだな。
「初めまして。わしたちは別の大陸の者じゃ。あの山を越えてやって来た」
「トレニード山脈を!?」
あ、トレニード山脈って名前なんだ。気にもしなかったわ。
「ああ。なかなか苦労をしたよ。あちらは魔物やら謎の生き物やらおってな」
ウソは言ってない。真実をしゃべらないだけだ。
「自己紹介はあとにして、まずはそちらの治療をしよう。瀕死の者もいそうじゃしな」
兵士は三〇人くらいいて、怪我人は二〇人くらいいる。これはもう壊滅と言っても過言ではないだろうよ。
「勇者よ。残りを排除してくれ。ララは金目蜘蛛を焼却じゃ」
「わかったー!」
「わかりました」
二人はオレに合わせてくれ、指示通りに動いてくれた。
「兵士どの。怪我人を集めてくだされ」
「あ、ああ、わかりました!」
茫然とする兵士を促して怪我人を集めてもらった。
怪我人を診ると、切り傷が多い。金目蜘蛛の爪にやられたようだ。爪、あったんだ。
遠距離攻撃してたから気がつかんかったわ。
切り傷なら回復薬で充分なので結界を使って飲ませた。
「すまない。ご老人。感謝する」
ちゃんと礼儀を知ってるヤツのようで、礼を言ってくれた。
「なに、これも縁。気にすることもない。わしは、魔術師。ベーダーと申す」
「わたしは、ハルメオン派所属ハーリー基地第六隊隊長のロドと申す」
またややっこしいな。
「隊長どの。基地までは遠いので?」
「いや、そう遠くはない。伝令を走らせて竜車を出してもらう」
どうやら基地に被害はないようで、金目蜘蛛の情報があったようで集められていたそうだ。
二時間くらいして竜車が四台と兵士が一〇〇人くらいやって来た。
「モアド様!」
なにやら豪勢な鎧を身につけた三〇なかばくらいの精悍な男が現れた。
「状況を説明しろ」
モアド様とやらに隊長さんが説明する。
「ちゃんと説明できる人でよかったですね」
それはどう言う意味でしゃろか?
「魔術師のベーダー、殿か?」
「ああ。そうじゃよ。好きに呼んでくださって構わんよ」
「おれは、ハルメオン派シドハのモーダル・モアドだ」
シドハ? また知らん名が出てきたな。メンドクセーぜ。
「すまぬな。まだこちらの事情をよく知らぬので失礼があれば申し訳ない。シドハとはなんであろうか?」
「シドハは階級だ。一六ある階級の一つで、上から八番目だ」
また微妙な位置だな。よけいわからなくなったわ。
「そうか。つまり、あなた様が代表でよろしいか?」
「ああ、構わぬ。魔術師殿は、なにか身分はあるのか?」
「わしはただの魔術師じゃよ。今は旅をしながら弟子たちを育てておる。ちなみに、あの娘はとある王国の姫で勇者である。あちらの娘は帝国の大魔女から預かっておる。そこの子どもたちは途中の村で保護をした」
この情報でどう反応する? それであんたのひととなりがわかるぜ。
「……帝国とは、北の大陸にある帝国か……?」
へ~。なかなか学のあるヤツのようだ。
「ここから見れば確かに北の大陸じゃな。モーダル殿は首都に留学経験がおありで?」
「ああ。若い頃にな。今は田舎の要塞司令さ」
自虐的に笑うモーダルさん。頭はイイが政治には不向きってタイプだな。
「なに。そう自虐することはないさ。能力があるなら誰かは見とる。腐らず精進することじゃよ」
優秀な男のようだし、腐らないでいられるならオレがラーシュに伝えるさ。実力がある者なら一人でも欲しいだろうからな。
「ふふ。弟子を取る方はありがたい言葉を吐く」
「年よりのお節介よ。優秀な者を見るとついお節介をしたくなるのでな」
これからのためにも持ち上げておくとしよう。
「……優秀か……」
「ああ。優秀じゃよ。どことわからぬ者を蔑むこともなく、限られた情報からこちらの背後を想像する。身分がある者がそれをやると言うことはちゃんと教育がされておると言うことじゃ。まあ、本人の資質がよいだけと言うのもあるがの」
たぶん、資質だろう。でなければとっくに腐ってるはずだ。
「フフ。魔術師殿は神眼をお持ちのようだ」
「たんに経験による推察じゃよ」
フォフォと笑ってみせた。
「魔術師殿。要塞に案内しよう」
「では、ありがたくお邪魔させていただこう」
とは言え、負傷者を運ぶのが先と、新たに呼んだ竜車で要塞へと向かった。
「どうするのよ?」
車内はオレらだけなので、発車してすぐララちゃんが心配そうに尋ねてきた。
「成るように成るだけさ」
あちらの情報はなにもナッシング。なら、流れに乗るのも手だ。あの男なら不味いことにもならんだろうし、味方につけておくのもいい。身分はそれなりにありそうだからな。
「なにかあれば逃げたらイイ。それまでは気にせずここの文化なり暮らしなりを学べ。なかなかできない経験なんだからな」
オレもラーシュの手紙で知っているつもりだったが、こうして来てみるとわからないことばかり。ラーシュのところにいくまで知識を仕入れておくとしよう。
「勇者ちゃんも大人しくしてろよ。勇者であり姫でもあるんだからな」
「窮屈なのはイヤだけど、必要なら姫をやるよ」
勇者ちゃんを育てた方々の苦労がかいま見えて泣けてくるな。
竜車は一時間くらい走ると、なんかテラテラする土壁が見えてきた。
「さて、どうなることやら」
ちょっと楽しみだ。
◆◆◆◆
「壁になにか塗られてるな? なんだ?」
レイコさん。教えてプリーズ。
「おそらく蟲よけの樹液だと思います。魔大陸でも似たようなことしてましたから」
あーうちの村でも虫除けに樹液を塗ってたな。オレは結界があるから「ふ~ん」としか思ってなかったわ。
「たぶん、虫除けの樹液だと思う」
「虫除け? そんなのがあるのか?」
「オレもよく知らんが、魔大陸にもあるそうだ」
どこの大陸でも虫は嫌われ者だな。まあ、オレも海の蟲は大嫌いだけどよ。
「……そう言えば、あんたには幽霊が憑いてるんだったな……」
なんだ。聞いてたのか。
「ああ。ダークエルフが嫌いだからオレだけ見えるようにしてるよ」
いや、背後にいるから見えないんだけど!
「幽霊が怖くないのなら見えるにするぞ」
ここにいるメンバーには結界を施してある。ちょっと追加すれば見えるようにはできるのだ。
「幽霊! 見たい見たい!」
勇者ちゃんが食いついてくる。この子の心はどんだけ強靭なんだか……。
「ま、まあ、幽霊なら大図書館にいるしな」
さすが大図書館。どこかの魔法学校みたいだな。
茶猫と女騎士さんどうでもよさそうなので、レイコさんを見えるようにした。
「おー! 幽霊だー!」
「……随分と存在感のある幽霊ね……」
「初めまして。べー様に憑いているレイコと申します」
もう憑いていることを公言するまでになってるよ。
なんてやってる間に竜車が停車し、扉が開いた。
外に出ると、思った以上に兵士がいて、こちらを興味深そうに見ていた。
「すまぬな。田舎なもので外の国の者が珍しいのだ」
「ふふ。それは仕方がないこと。お気になさらず」
オレも初めて会った種族には目がいくもの。それが逆になったからって怒るのは筋違いだろう。
「モーダルさんですからね」
要塞司令さんの名前なんだっけ? と思ってたらレイコさんがこそっと教えてくれた。ナイスアシストに感謝です。
「モーダル殿は北の大陸の者に会ったことはあるので?」
ファンタジーな海とは言え、昔から冒険野郎はいるし、魔道船はあった。親父さんや赤毛のねーちゃんも南の大陸の出身。なら、ラージリアン皇国にも北の大陸の者もいるはずだ。
「直接話したことはないが、帝国の使節団を見たことはある」
あ、帝国も来てるんだったっけ。
「飛空船で来てるので?」
「ああ。べーダー殿は帝国の生まれなのか?」
「わしは、アーベリアン王国の生まれじゃよ。ちなみに、これは日焼けしているだけじゃ」
受け入れられるなら南の大陸出身者設定はもういらん。日焼けってことにしておこう。
「帝国は大きい。ラージリアン皇国のようにな。大きければいくつもの勢力が生まれるもの。モーダル殿なら理解できよう?」
「……そうだな。面倒なものだ……」
「ふぉっふぉっ。人が集まれば面倒になるもの。上手く立ち回れる者が生き残るものじゃ」
「ふっ。耳がいたいな」
どうやら自虐的に笑うのは経験からくるものらしいな。
「だが、運のよい者も生き残れるぞ。特に出会い運がよい者は出世するものじゃ。本人が望むと望まざるに関わらず、にな」
含みを乗せて笑ってみせる。
こいつはコミュニケーション能力は低くそうだが、空気を読める能力は高そうだ。オレがなにを言っているかわかるはずだ。
出世を望むならオレたちと関わることを選択するしかない。さあ、あんたはどうする?
「……老獪だな……」
「それは本当の老獪に申し訳ないのぉ。わしは、単純明快が信条じゃからな」
誰も同意はしてくれないけど。つーか、非難の目を向けないでください。
「ふふ。運とはわからぬものだな」
「それが運と言うものじゃよ。ただ、その運をどうするかは自分次第。つかむもつかまぬのもモーダル殿が決めたらよい」
まあ、それ以前にオレが逃がさんがな。
ラーシュと言う絶対的なカードを持っているが、切り札は多いに越したことはねー。モーダルさんにはオレの札になってもらいます。
「おい! この方らを客室に案内しろ」
どうやら運をつかむようだ。
ならば、地位と名誉と戦果を与えてやろうじゃないか。オレらがこの皇国で動きやすくなるように、な。
クフフのフ。
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