第24話 カーレント嬢
「……まったく、バイブラストは資源だけじゃなく人材にも恵まれてるとか、嫉妬するくらい羨ましいぜ……」
公爵どのの配下をそんなに見てないが、重要ポストにいるヤツを見ればだいたい見えて来るもの。さぞや優秀なのが揃っていることだろうよ。
「閣下も同じことを言っておりました。ベー様の周りは優秀な者が集まると」
それは認めるし、幸運とも思える。たが、それは友人としての話だ。部下としての話ではない。
「それは公爵と言う立場と村人と言う立場から集まる優秀は違うさ」
集団や組織は縦社会で個人は横社会。求める優秀さは違うのだ。
「公爵どのはバイブラストのために人を揃え、オレはオレのために人を集めている。似ているようで丸っきり違うのさ」
まあ、どちらが優れているとか、どちらが強いとかではなく、目的が違うから叶える手段が違うってことだ。
「上手く説明できねーが、長官はバイブラストためにオレを利用したらイイ。オレはオレのために長官を利用するからよ。持ちつ持たれつ仲良くいこうぜ」
共存共栄、一緒に幸せになりましょう、だ。クケケケケ。
「……なにか、こちらのほうがいいように利用されているよに思えてなりませんな……」
それは否定しねー。オレのほうが得してるからな。
「なら、そちらもイイようにオレを利用しな。イイように利用されてやるからよ」
それはもう操り人形も真っ青になるくらい道化になってやるぜ。
「──引っかかるなよ、バルボ。それがベーだ」
と、公爵どの登場。ったく、どこぞの主人公のようにタイミングよく現れやがって。
「閣下!」
お三方が席から立ち上がり、公爵どのに礼を示した。
……こう言うのを見ると、公爵って高い地位なんだな~と思い出されるよ……。
つーか、そろそろ公爵どのの名前を聞き直しておかないと忘れそうだ。カイルド……なんとかバイブラストだったような?
「カイルド・カニファ・バイブラストな」
と、呆れた顔で教えてくれる公爵どの。エスパーか!?
「お前が腕を組んで考えているときは名前を思い出そうとしているときだからな」
え! オレ、そんな癖があったの!?
「バイブラスト公爵家はイイやすい名前でイイよな」
なんでオトンは言い難い名前をつけるんだろうな? いや、あれは家系か?
「すぐに忘れるお前が言うことじゃないが、確かにヴィベルファクフィニーとか言い難いよな。サプルやトータも長いんだろう?」
「まーな。本人も忘れてんじゃねーか」
「確か、サプルはヴィアンサプレシアでトータはヴァルリートファクトゥーダだったか?」
二人の名を教えたことは覚えているが、まさか二人の名をスラスラと言えるくらい覚えているとはビックリだよ! オレでもちょっと考えてからでないと言えないのによ!
「さすがにお前の父君の名前は忘れたが、カフォニードは覚えているぞ」
オレもオトンの名前を覚えるのは諦めた。そして、名づけた者を呪ったものだ。
「やっぱ、オトンって帝国の出だったんだな」
公爵どのなら調べるだろうと思ってわざとリークしたのだ。だって調べるとなると金かかるし、人手もないからな。
「ありがとよ。確証は得られた」
あとは、帝都にいってから調べるよ。
「バルボ。ベーはこうやっておれを利用するんだ。遠慮なくベーを利用しろ。おれはこいつと出会って半年で遠慮を捨てたわ」
意外と律儀なのな、公爵どのって。オレは出会ったその日に捨てたけどな!
「まあ、そう言うことだから好きなだけ利用しな」
そうしてもらえたほうが罪悪感が少なくなってイイからよ。
「で、仕事は終わったのかい?」
第二夫人や第三夫人の姿が見えねーようだが。
「公爵の仕事に終わりはねーよ」
その割には空を自由に飛んでんでるよね、あなたは。
公爵どのもテーブルにつき、話に混ざった。ってか、なんの話をしてたっけ?
「バイブラストの未来についてだ。牙ネズミやらグラーニーやら問題があり過ぎてなにから手をつけてよいか教えてくれ」
あ、ああ。そんな話だったっけ。箱庭のインパクトが大きすぎて忘れてたわ。
「牙ネズミやグラーニーはほっとけ。下手に取り払うほうが問題になるからな。箱庭の管理者対策はカーレント嬢に任せる。嫌ならバイブラストでなんとかしろ。下水道はバイブラストの息がかかった商会を設立して綺麗にしろ。オレも商会を設立して協力するからよ。バイブラストとしてまずは領地を見直せ。ここは、神に愛された地だぞ」
まず、そうと知れ。問題解決はそれからだ。
「……わかった。そうしよう。カーレントも快く受けてくれたからな。今日にも来るそうだ」
カーレント嬢はともかく、よく周りが許したな。特に公爵どのが。
「仕方があるまい。お前の言葉を蔑ろにできないからな」
まるで苦渋の決断とばかりの顔をする。
まあ、カーレント嬢は一番目の奥さんに似ているそうだからな。無理もねーか。
……性格と趣向は正反対だろうがな……。
「ベー。またお客さんよ~」
プリッシュ号の後に続いてカーレント嬢が現れた。
◆◆◆
「お久しぶりですね、ベー様。お変わりはなくて?」
カーレント・カニファ・バイブラスト。一番目の嫁の子で、第二継承権を持っている、とかなんとか。
ちなみに、第一継承権は、カーレント嬢のあんちゃんで、名前は……忘れた。会ったことないし。
ただ、歳は二五で一六ある騎兵団の一つを任されているとか。高位貴族は何年か修行のために軍にはいる責務があるんだとよ。それ以上の情報はなしです。
「ああ。久しぶり。元気にやってるよ。横のも元気にしてたか?」
カーレント嬢の横にいる銀色の毛を持つキツネに声をかけた。あと、なんて名前だったっけ?
「はい。マスターにはよくしてもらっております」
「それはわたしのほうよ。クラーマがいてくれるだけで毎日が楽しいんですもの」
キツネと首に抱きつくカーレント嬢。そこだけ見れば微笑ましいんだがな。
「仲良くやってるようでなによりだ」
「はい。わたしの大切なお友達です!」
ど、どんなことが二人(?)の間にあったかはまったく知りたくねーが、あのときの判断に間違いないことだけは理解できた。
……まあ、キツネとスライム、どちらがよかったかはわからんけどな……。
「バイブラストに移っても大丈夫なのかい?」
なんとかって会に入ってたよね、あなた。
「はい。聖教導会は辞めてまいりました」
そうだそうだ、教導会だった。月の女神を讃える慈愛と命の教導会。そこで……なにしてたんだっけ? 確かなんかやって聖女になったと公爵どのから聞いたことがある。なにしたんだっけ?
「辞めたって、そう簡単に辞められんのか? 聖女だろうに」
ってか、なに系聖女なの? ちなみにうちにいるのは戦闘系聖女ですがなにか?
「シラトリさまと出会ってから辞める用意は整えてました。わたしはマンガ道を極めるのです!」
鼻息荒く拳を高らかに上げる元聖女さま。あ、うん、がんばっておくんなまし。
「なんなのだ、マンガドウとは? 鼻息ばかり荒くてなにもわからんのだ」
まあ、小説家ってまだまだ認知されてない時代。マンガなんて叫ばれてもわかんねーわな。
「絵で物語を伝える職業の名で、それで生きていきたいって言ってんだろう? まあ、教導家と言えば教導家だな」
知の教導会も文字で歴史や文化を文字で伝えるし、同じだろうよ。
「……なぜ、おれから目を逸らして言うんだ……?」
それは、オレにも罪悪感ってものがあるからさ。オレも自分の娘がこうなったら胸が痛くなって世間を恨むだろうよ……。
「まっ、娘が新たな道を進むんだ、祝福してやれ」
所詮、他人の娘。オレの娘じゃねーからどうでもイイわ。
「……お前はほんと、人の娘になにしてくれてんだよ……」
「オレが押しつけ……たのは認めるが、その道を選んだのはカーレント嬢だ。それに、バイブラストの後継者は長男だろ? 裏を任せるにはちょうどイイ」
「裏、だと?」
訝しむ公爵どの。あ、説明してなかったっけ。
「昔は扉を管理する者がいたらしい。本来、公爵どのが受け継いで来た鍵は管理人が持つものだったんだろうよ」
たぶんだが、表にバレないように裏の者が密かに受け継いで来たのだろうが、なんらかの問題が起きて廃止され、当主が管理することになったんだろうな。
「扉はバイブラストの血を受け継いでないと開かないんだよ。石碑に子孫よ、絶対に血を絶やすな。希望の血はバイブラストを救う、って書いてあったからな」
石碑は代々刻むのか、行によって刻み方が違った。たぶん、子孫に残したいときに鍵の管理人が刻むのだろうよ。
「そうだな。扉にも興味があったし、いってみるか」
転移結界扉を設置したから、その扉はオレには関係ねーが、直通にせず、わざわざワンクッション置いた理由が気になっていたのだ。
「そう簡単に言うな。バイブラストの秘密中の秘密だぞ」
「それは、バイブラストが先祖の声を正しく伝えてねーのが悪い」
まあ、それで数千年もの間、これだけの遺産──いや、資産か。これだけ残してんだから、やっぱバイブラストはスゲーよ。
「せっかくだから主要なヤツ連れていってみるか。カーレント嬢は、管理者に会ったか?」
「いえ、お話はシラトリさまから聞きましたが、直接会ってみるとよいと言われました」
あ、うん。それでイイんじゃね?
あの汚物がなにを考えているかわからんが、勝手にしろだ。オレは知らん。
「そうかい。んじゃ、公爵どの。昼食後にってことでよろしくな」
◆◆◆
昼食を済ませ、集合場所たる玄関ホールにやって来ると、見学者の人数が増えていた。
「え、誰?」
見学者は公爵どの、夫人二人、長官、課長、班長、カーレント嬢に、四人のねーちゃんたちが混ざっていた。なにやら大荷物を抱えて。
ちなみに、オレらはいつものメンバーね。あと、製作者としてプリッシュ号が気に入ったのは嬉しいが、いつまで乗ってんだよ。皆の周りを飛んでんじゃないよ。邪魔だよ。
「わたしのお友達ですわ」
にこやかに説明してくれるカーレント嬢。あ、そうですか……。
それ以上は求めない。なんと言うか、カーレント嬢と同じ臭いがプンプンと伝わってきたからな。
「連れていくのか?」
「はい。皆さんはお友達ですが、一緒にマンガ道を極めようとする同志ですから」
うん、同類な。
「そうかい。だが、これからバイブラストが秘匿している場所にいくんだが、バイブラスト的にはイイのか?」
と、苦虫を噛み締めたかのような表情をする公爵どのを見た。
久しぶりの父娘の再会を楽しめと、昼食は別に取ったのだが、なにやらそこでなにかがあったらしい。
……よかった。別にして……。
「よくはない」
だが、押し切られたってことね。ご苦労さまです。
「気にしないでください。シラトリさまからお友達を何人連れて来ても大丈夫と言われてますから」
オレは訊かなかったが、エリナは聞いたらしいな。
「なら、構わんだろう。これからカーレント嬢が受け継ぐんだからよ」
オレが口出すことじゃねー。勝手にしろだ。
「そんで、どっからいけんだ?」
玄関ホールを集合場所にしたのは公爵どのなのだ。
「……こっちだ……」
と、外に向かって歩き出した。
「公爵どのしか知らねー場所なのか?」
「いや、場所自体は誰でも知っているし、誰でもいける。ただ、秘密を知っているのはおれだけだ」
公爵ともなると、いろいろ秘密を抱えなくちゃならんとはな。気苦労が多いこった。
城は領都の真ん中にあるので、裏山的な場所や谷的な場所もない。広大ではあるが、それらしい場所はない。どこだろうとワクワクして着いた場所は、小さな小屋だった。
「庭師の小屋?」
「に見せかけている。本当は城の地下からいけたらしいのだが、どう探してもないのだ。おれが継いだときは、ここともう三ヶ所からしかいけなくなっていた」
廃止したときに封鎖でもしたのかな?
小屋の中に入ると、隠蔽用に道具が壁にかけてあったり荷物が置いてあったりした。
公爵どのが小屋の真ん中で突然しゃがみ込み、床の板を外した。
ってか、主人にやらしてイイの? と長官を見ると、その視線の意味を理解したらしく、課長と班長に手伝えと指示を出した。
床板が外され、現れたのは表面がツルツルした一メートル四方ある石碑だった。
「バイブラストが命じる。道を開け」
と、石碑が砂塵のように崩れ、地下へと続く階段が現れた。
「他も同じなのか?」
「ああ。おれしか開けられない」
のはずはないが、それを口にするのは憚れたので黙っておいた。
階段は狭いが、下りたら結構広い通路に出た。さしずめ、あの石碑は作業員用扉でここは避難路って感じだな。
「……さすがに箱庭以外は数千年は持たないか……」
朽ち方が酷い。前世なら立ち入り禁止となってるところだぞ。
「直すにもままならんからな」
確かにこれだけのものを修復しようとしたら大事業になる。もう秘密にはできんだろうよ。金もかかるだろうし。
「予算を組んで直せ。たぶんこれ、どこかに通じてんだろう?」
「ハレン湖まで続いている」
「なるほど。これがバイブラストに飛空船がある理由か」
バイブラストの飛空船と小人族の飛空船は、規格や魔力炉の規格が違う。まあ、簡単に説明したらバイブラストのはディーゼルエンジンで小人族のはガソリンエンジンって感じだ。
「まったく、お前はバイブラストの秘密を明かしすぎだ」
「その割にはバイブラストに飛空船って少ないよな。オレ、リオカッティー号しか見たことねーぞ」
他にあるって話も聞いたことねーな。
「帝国との取り決めで飛空船を所有するのはリオカッティー号だけとなっている。バイブラストは造るだけだ」
「帝国ってそんなに飛空船持ってたっけ? いや、持っているって話は聞いたことあるがよ」
小人族と付き合いがあると忘れがちになるが、飛空船は技術の塊。前世で言えばスペースシャトルみたいなものだ。持ってはいてもそう頻繁には使えないものなのだ。
「何隻とは言えんが、いくつかの飛空船団はある」
「つまり、まだ軍事利用の段階ってことか。民間に下りてくるのは遥か先だな」
「村人なら村人らしく無知でいやがれ。政治犯で牢獄送りになるぞ」
「牢獄か。秘密基地にイイかもな」
灯台もと暗し。まさかそんなところに隠れ家があるとは思うまいて。
「……帝都ではわざと捕まらないでくれよ……」
「冗談だよ。前科持ちになるほど酔狂じゃねーさ」
「酔狂でやっちまうから言ってんだ! ほんと、止めろよな!」
チッ。わかったよ。政治犯の牢獄とか、イイ場所だと思ったのによ。
「ベーを閉じ込めておきたいのなら結婚させて家庭を持たせたらいいんじゃない。奥さんに頭が上がらなくなる典型的な男だと思うし」
「ダハハハハ! 確かにそんな感じだな! よし、お前に似合った嫁をおれが捜してやるよ!」
いらねーよ! そんな牢獄と同等な家庭なんぞ持ちたくないわ!
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