第80話 面倒包囲網

 なんてメルヘンなんぞの裏切りは道端に放り投げ、スラムへの案内、よろしこです。


「あんちゃん、コーヒーってまだある?」


 周りを見ながら道を覚えていると、トータがそんなことを尋ねて来た。


「タンポポから作ったほうか?」


 植物博士がいて、それこの植物はなになにと命名する時代でもなければ雑草に名前をつける酔狂もなし。ただ薬師の間では春の穂と呼ばれてはいるが、オレが面倒なのでタンポポと命名して村に広めてしまったことにかんしては「ごめんなさい」と謝っておこう。


 ……村の外にまで広まったことにかんしては不可抗力と言っておく……。


「うん。依頼に出てるんだ」


 やはり動いたヤツはいたか。まあ、隠してはいねーから出て当たり前なんだがな。


「その依頼は受けたのか?」


「まだよ。ベーの話を聞いてからと思ってさ。なんか嫌な予感したしね」


 と、チャコ。


 その辺は前世の知識から来た勘だろう。トータはわかってないようだしな。


「受けなくて正解だ。そりゃ、他の都市からの依頼だろうからな」


 確証はねーが、オレならやる。


「たぶん、出所の探りを入れてるのと、用心のために手に入れておきたいんだろう」


 商人なら転売って方法もあるが、商人ならまず市長代理殿に交渉するはずだ。冒険者ギルドに依頼するより確実だからな。


「あ、やっぱり。依頼主が外の商人ってのに引っかかったのよね。疫病騒ぎで外の商人は逃げたからさ」


「ふふ。さすが自由貿易都市群帯。疫病になろうとご近所さんの動向は気になるようだ。怖い怖い」


 このハルメランが狙われてるのは市長代理殿との話で理解してたが、随分と優秀なスパイを仕込んでじゃねーか。黒丹病が流行っても逃げねーんだからよ。


「……わかっちゃいるけど、面倒なことよね……」


 どんな世界であろうと現実は面倒で生き難いもの。目を背けて逃げるのも手だが、好きなように生きたいのなら目を逸らさず、真っ正面からと見せかけて脇から攻撃しろ、だ。


「そうだな。どう上手く面倒を避けても、また違う面倒がやって来る。人生はままならねーぜ」


 アハハと、前世なら苦笑いしてただろうが、今生は笑えるくらいには人生を謳歌している。まったく、生きるってのは摩訶不思議なもんだわ。


「まあ、ベーの場合、面倒包囲網にかかってるようなもんだしね」


 なんだよ、面倒包囲網って!? 仮に包囲されてたら全力で排除したるわ!


「それは言えてる。アハハ!」


「ですね」


 なんて皆さんが大笑い。クソが!


 オレ以外和気藹々なままスラムへ──区とされている場所へ到着した。


 廃れた感じはあるものの、汚れた感じはない。スラムと言うよりは下町って感じがする。


「浮浪滞在者とかいる地区か?」


「それは南門と東門の間にある──いえ、あったわ」


 違うんだ。ってか、そっちがスラムじゃねーの?


「あった、ってことは、全滅か?」


「ええ。一部の暴徒が火をかけたの。ウワサじゃあそこから発生したと言われてるわ」


 珍しくない話とは言えヘビーなこった。幽霊どころか怨霊が湧きそうだな。


「……聖水ってどこで売ってるんだろうな? タンクローリー単位で買い占めてーわ……」


「聖水? あるわよ」


 と、チャコが洒落た小瓶を出した。


「とあるゲームの聖水だけど、この世界の悪霊にも効いたわ」


 さすが神(?)さま製。とだけ言っておこう。他はサラッと流さしてもらいます。


「ちょっ、ベー様、そんな物騒なもの受け取らないでくださいよ! 消えちゃうじゃないですか!」


 どうやらレイコさんもビビる威力らしい。なら、大抵の悪霊は消滅させられんな。


 ……エリナにかけたら消えるかな……?


「マイロード。それはわたしにも効きそうなので扱いにはお気をつけください」


 なにやらドレミからの注意喚起。ってか、スライムにも効くのかよ?


「恐らく魔物にも効果があると思います。非常に危険です」


 そうなの? と目でチャコに問う。お前、なにヤベーもん持ってんだよ。


「そうなんだ。今度魔物にも使ってみるわ。ゲームじゃ聖水って滅多に使わないからいっぱいあるし」


「あるって言っても有限なんだから大事に使えよ。まあ、これならプリッつあんの力で増やせるが、同じものを増やすことはできねーんだからよ」


「創造主様なら可能です。シュンパネも増やしましたから」


 あ、そう言やそーだった。魔力を必要とはするがよ。


「あたしらと同じ?」


「カイナと同類だ」


 一緒にしないでくれ。不本意だわ。


「あたしも結構~飛び抜けた性格してると思うけど、上には上がいるものなのね」


 あれ以上の上がいるとか考えたら憤死しそうだわ。


「増やしたいものがあればチャコだけいってみたらイイさ」


 トータは乗り越えたとは言え、二度といきたくねーだろうからな。見ればうんうんと頷いてるよ。


「そうね。そうするわ。事実、増やしたいものがあるしね」


 方向性が違うから混ざると危険にはならんと思うが、害にはならんでくれよ。なったらオレは全力で逃げるからな。


 と、なにか膜みたいなものを通りすぎた。


「ベー様、どかしましたか?」


 急に立ち止まったオレに訝しそう顔してミタさんが尋ねて来た。


 他を見れば感じたのはオレだけのようだ。いや、プリッつあんも感じたのか、頭の上から下りて来てジャケットの中へと隠れてしまった。


「……これ、ヨウテンイキです……」


 レイコさんが呟く。つまり、面倒事ってことね。はぁ~。


  ◆◆◆


 ──ヨウテンイキ。


 レイコさんの説明によれば、ヨウテンイキ──妖天域とは妖狐族が使う、結界術みたいなものらしい。


 オレが感じたと言うことは、魔術や精霊術の類いではなく、神よりの力なんだろう。


「妖狐族、もう滅びていなくなったと聞いてたのですが、生き残りがいたようですね」


 たぶん、その情報源は先生からだろう。オレも妖狐族の話は先生から聞いたからな。


「なんの結界なんだ? やたら薄い感じがするが」


 オレもよく気がついたな、と言いたくなるくらい薄く、集中しないと感じ取れないくらいなのだ。


「たぶん、一種の防犯装置、みたいなものでしょうかね? 妖狐族は千の眼と千の手を持つとも言われ、自分の住処内のことはなんでも見通すそうですから」


 それが本当ならオレたちのことは筒抜け、ってことか……。


「……これは、相手が接触して来た、ってことかな?」


 なんのためかは知らんし、カイナが気がついた様子はなかったことから見て、そう思うほうが自然だろうよ。


「だと思います。カイナ様から隠れ抜くことは不可能でしょうし、押さえているとは言えあの魔力を前に隠れていられる豪胆な者はいませんよ。ましてや魔王軍に匹敵する集団がいるんです。心中穏やかでなんていられません」


 まあ、そりゃそうだ。オレだって怒れるレディーが集団で近くにいると知ったら全速力でドロンさせてもらうわ(たとえが悪くてすみません)。


「なぜそれでオレに接触して来るかね?」


 カイナのところにいけよ。オレのところに来んなよ。オレ、関係ねーじゃん。


「それはベー様がこの都市を掌握し、カイナ様と同等どころか抑えているようにしか見えません。どちらに接触するかなんて愚問でしかありませんよ」


 愚問でもイイから違う答えが欲しかったです……。


「諦めてください。ベー様の業です」


 そこは運命と言って欲しかった。業ではオレに責任があるみたいじゃんかよ。


 ……あぁ、神様。この常時発動している出会い運にON/OFFできるようにしてください……。


 ──諦めよ。


 とか聞こえような気がするが、きっと幻聴なのでサラッと流しておこう。そして、気を取り直して現実を見よう。きっとそのほうが心の負担が軽いはずだ……。


「チャコ。ここまででイイ。こっからはオレたちだけでいく。それと、オレからの依頼だ。ガキどもを使ってバルグルの実を集めてくれ。酢漬けでも酢漬け前でもイイ。今後のために孤児院を富ませろ」


 今使えなくてもいずれ使うために。それが仕込み道の基本である。いや、テキトーだけど!


「……ベーってそつがないわよね……」


「大雑把に生きられるほど単純な世じゃないからな」


 悠々自適に、平々凡々に、今日と言う日を楽しく過ごしたいのなら、今日と言う日の数時間を未来のためにも使うのが賢い生き様なんだよ。


「冒険者に言ってもしょうがねーが、もうちょっと計画的に生きろ。ましてやS級を目指すなら援助者は多いほうがイイ。人との出会いや繋がり金貨一〇〇万枚にも勝り、窮地に陥ったとき、己を救ってくれるもんだからな」


 まあ、一種の保険だが、あるとないとでは心の持ちようが違う。貯金がないより合ったほうが安心するのと同じ理屈だ。


「なんて言葉を飾ろうが、これは偽善であり打算でありエゴでもある。自分を守るために悪になれ。だが、人からは善と見られるように注意しろ。なんたって人は善が好きだからな」


 オレは人が善き者とは思わないが、悪の者とも思ってねー。ただ単に都合のよい生き物だと思っている。


 善が多ければ善に傾き、悪が多ければ悪に傾く。たまにどっちつかずがいるが、まあ、そんなヤツに世の天秤を傾けることはできねーんだから無視──とまではいかずとも傾きが強くなってから対処すりイイさ。


「……あんたはどこの裏ボスよ……」


「フフ。イイ褒め言葉だ。そうなれたらおもしろいだろうな」


 オレなんてまだまだ。裏ボスの下っぱがイイところさ。 


「まったく、ベーには勝てないわ……」


「そうかい? チャコだってがんばればオレくらいにはなれるさ。踏まれても枯れない花ってのは厄介だからな」


 しぶといやへこたれないってのは脅威でしかねーが、咲き場所がオレの領域でなければ好き勝手に咲き乱れろ、だ。


「わかった。ベーの忠告に従っておくわ。先達の声は金百貫の価値があるからね」


 ……こいつ、絶対昭和生まれだな……。


「じゃあ、あたしたちはあたしたちの冒険を続けるわ」


 そう爽やかな笑顔でチャコたちが去っていった。


「……ベー様。通りから人が消えました……」


 ミタさんが銃を出して辺りを警戒する。


「妖天域が強力になりましたね」


 もう隠す気もねーってことだろう。やれやれだよ……。


 ため息一つ吐くと、数メートル先に牛の首でもねじ切れそうな厳つい婆様が現れた。


 ……普通、この場合、幼い子か美女が現れるもんじゃね……?


 とか思うオレの感性が間違っているのだろうか。いや、ノーと叫ぼう。間違ってんのはテメーらだ!


 と叫びたいところだが、空気の読めるオレは黙って流れに身を任せるのでした。


「御姉様がお会いしたいそうだ」


「女性からのご招待と合っては嫌とは言えんな。よろこんでお会いしましょう」


 優雅にして華麗に一礼してみせた。が、相手はシャイなようで鼻を鳴らすだけだった。


「こっちだ」


 あいよと肩を竦めながら答えた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る