第9話 長靴を履かせたい猫

 じゃあ、いくかと思ったが、時間も時間なので出かけるのは明日にした。


「まだ寝るには早いが、どうする?」


 時刻は四時半過ぎ。やりたいことがあるなら好きにしてイイぞ。


「どうすると言われても、娯楽の少ないところでは寝るしかねーよ」


 まあ、そりゃそうか。そんなゆとりもねーしな。


「ちなみに、お前の趣味ってなによ?」


 なんかこいつの趣味嗜好ってタケルやエリナの方向に向いているような気がするんだよな……。


「…………」


 オレの問いに俯く茶猫。恥ずかしい趣味なのか?


「あ、いや、言いたくねーのなら別に言わなくてもイイぞ」


 人には内緒にしたい趣味もあるだろうからな。


「……アメコミだよ……」


 なにか、ボソッと口にした茶猫。なんだって?


「アメリカンコミックだよ」


 アメリカンコミック? って、アメリカのマンガってことか?


「スーパーな野郎や蜘蛛男なヤツか?」


 あまり詳しくはないが、スーパーな野郎や蜘蛛な男がマンガだったのは知っている。


「なんだよ、スーパーな野郎とか蜘蛛な男って?」


「世界は違えど守らなくちゃならない決まりとかあんだよ。察しろ」


 オレだって素直に口にできたら楽だが、世の中にはいろいろな決まりがあり、避けるべきことは避けるのが自分を守ることに繋がんだよ。


「……面倒臭いな……」


 生きるってのはそう言うものさ。受け入れろ。


「本とか集めてたのか?」


「ああ」


 と短く返事する茶猫。なんだってんだ? そう渋るような趣味でもねーだろうに。


「……もしかして、なりたいほうの好き、なのか?」


 まあ、それだったら言うのを渋るのもわかるがよ。


「……そうだよ。文句あんのかよ……」


「いや、別に文句はねーよ。それぞれの趣味嗜好だ、人を殺すのが大好きです! とか言われたら速攻であの世に送ってやるがな」


 オレは殺すより活かす派だが、人を殺すのが大好きですとか笑って言うヤツを受け入れられるほど寛大じゃねー。そうかと言って殺戮阿吽を振り下ろすわ。


「……まず、お前を倒したほうが世界のためになんじゃね……?」


「そうしたいのなら好きにしたらイイさ。オレは敵を差別したりしねーからよ」


 オレの敵、皆平等の精神で相手してやるわ。


「いや、お前に勝てる気がしないからやらねーよ」


 それは賢明だ。かかって来たらオレ好みの長靴を履いた猫にしてやるぜ。いや、かかって来なくても好みの長靴を履いた猫にしちゃうけどさ。


「アメリカのマンガって豊富なのか?」


 本屋で見たことねーけどよ。


「日本と比べたら微々たるものだが、映画はたくさん出てるぜ」


 いろいろタイトルを聞いたが、記憶に当たるものはスーパーな野郎と蜘蛛男くらい。他はまったく聞き覚えがなかった。つーか、映画はあんま観ないほうだったな。本を読むほうが多かったからよ。


「お前は、なんのヒーローが好きなんだ?」


 世界最強を願うくらいだから、やはりスーパーな野郎か?


「……アメ○カン・ヒーローだよ……」


 はん? いや、なんのヒーローだと訊いたんだが……。


「知らねーのか? 八〇年代始めにやってたドラマさ。まあ、まだ生まれてないんでリアルでは観てねーけどよ」


 オレはリアルに生きてたが、人生が輝いていた時代だったからテレビなんて観てなかったわ。


「まあ、コメディ要素が多かったが、おれは、あんな主人公が好きだ」


 憧れのような自嘲のような、なんとも器用に笑いやがる。お前、ぜってー猫じゃねーよ。


「とっかかりは人それぞれ。憧れから入るのもイイんじゃねーの」


 オレはカッコイイから入るタイプだし、他人にどうこう言えねーよ。


「どう言うストーリーなんだ?」


 物語は好きなので、そのア○リカン・ヒーローとやらのストーリーを聞かせてもらった。うん、おもしろそうなストーリーだな。


「DVD、カイナーズホームに売ってかな?」


 ちょっと観たくなった。あるんなら欲しいぜ。


「カイナーズホーム? ホームセンターかなにかか?」


「ホームセンターだよ。いや、ホームセンターと言ってイイのか、あれ?」


 戦闘機から空母まで売ってるし、なにを目指しているかもわからない店。正々堂々ホームセンターをやっているところと同じカテゴリーにしたら失礼じゃね?


「まあ、バカ野郎がやってるバカな店だよ。そうだな。三兄弟の身の回りを揃えるついでにバカ野郎にも紹介しておくか」


 カイナならアメリカのマンガにも詳しだろう。バカな野郎だから。


「ミタさん。カイナーズホームにいくから夕食はいらないから」


 ちなみに部屋代にミタさんやメイドさんはいますが、結界を張って聞かれないようにはしてました。


「畏まりました」


 頷き一つでメイドさんに指示を出すミタさん。以心伝心か?


「んじゃ、いくか」


 茶猫の後ろ首をつかんだ。


「……説明はなしかよ……」


「見て聞いて感じて、己で判断しろ」


 決して説明すんのがメンドクセーからじゃないよ。いや、カイナーズホームをわかるように説明しろとか無茶ぶりだわ!


 転移バッチ発動。カイナーズホームへ!


  ◆◆◆


 「……なんでいきなり靴屋なんだ……?」


 え? 靴屋?


 茶猫の問いに我に返ると、靴がたくさん並んだ棚の前にいた。


 辺りを見回すと、はっちゃけ店長やいつもの白髪に白い肌のコンシェルジュさん、ミタさんやメイドさん、そして、いつの間にかサプルとレディ・カレットが加わっていた。あ、頭の上にもいましたね。こりゃ失敬。


 カイナーズホームに来たのは覚えているが、店長やコンシェルジュさんに挨拶した記憶がまるでねー。つーか、オレはなにをそんなに夢中になってたんだ?


 なんか真剣に悩んでいたのに、我に返ったら忘れてしまった。オレ、なにやってんだ?


「あ、ワリー。考えごとしてた。まあ、ついでだし、三兄弟の靴でも買うか」


 三兄弟、靴は履いていたが、辛うじて靴の形をしているレベルで、穴だらけだった。あれでは歩くのも大変だし、身だしなみは足元から。靴から始めても問題あるまいて。


「おれ、あいつらの足のサイズ知らねーよ」


「そこはオレの力──ではねーが、なんとかなるから心配すんな。あいつらに合うのを選んでやれ」


「おれがかよ?」


「お前以外、誰がいんだよ。イイのを選んでやれ」


 せっかく来たんだし、オレも靴を買うか。なんか必要になったときのためによ。


 靴はドワーフのおっちゃんに頼んであるので、オレ以外の靴を見て回った。


「ベー。わたしにも靴を買って」


 と、頭の上のメルヘンさんがそんなことを言って来た。なんでよ?


 皆さんは知らないと思うが、プリッつあんは毎日違う靴を履いている。もし、同じものを履いているのを見たらそれは気に入っているから。決してメンドクセーからではないのであしからず。


「最近、ジョギングしてるんだけど、持っている靴では走り難いのよ。なにかいいのを買って」


 ジョ、ジョギングって、あなたの背中にある羽はなによ? 種としてなんか間違ってね?


 まあ、謎の生命体に突っ込んだら負け(なにに負けんだよ? って問うたらさらに負けだぜ)。ここはサラリと流して運動靴を買ってやった。


「あんちゃん、あたしも~!」


「ベー。わたしも~!」


 ハイハイ、好きなだけ買いなさい。戦闘機を何十機と買われるより遥かにマシだわ。


 オレはブーツを中心にサイズ違いのを買っていく。


「ん?」


 靴コーナーをさ迷っていると、靴の手入れ道具が売っているコーナーが現れた。


「そう言や、革靴は手入れしなくちゃならんかったっけな」


 オレには結界があるので手入れ不要だが、普通の革靴は手入れしないとすぐダメになる。


 この時代、革靴は高級で、貴族か金持ち、高位の冒険者ぐらいしか履かない。一般人は木のサンダルだったり、厚手の布靴だったりする。


 ちなみにS級村人も革靴ブーツだけどだぜ。


「ドワーフのおっちゃんに買っていくか」


 この時代にも手入れ道具や専用の油があるだろうが、探すのも手間だし、知識もない。カイナーズホームで済ませるとするか。


「コンシェルジュさん。手入れ道具や油をうちに届けてくれるかい? うちの革職人に使わせたいからよ」


「はい。畏まりました」


 了承されたので、いろんな種類を買う。合うか合わないかの検証はドワーフのおっちゃんにお任せだ。


 買うものを買ったので茶猫のもとに向かうと、なにやらお悩みのご様子。まだ決めてねーのかよ。


「テキトーに選べよ。普段履く靴なんだからよ」


 オシャレな靴を探しているわけじゃねーんだ、そこのワゴンに入ってるシューズでイイだろうが。


 ……つーか、一〇円ってなんだよ? フリーマーケットでももっと高いわ……。


「これでいいのか? すぐ壊れたりしのーか?」


「壊れたらまた買えよ。安いんだからよ」


 物は大切に大事にする主義だが、カイナの力で無駄に生み出されたものにはなんらありがたみも感じねー。もう無駄に消費しろ、だ。


 茶猫についたコンシェルジュさんにテキトーに選ばせて、無限鞄に放り込んだ。


「あ」


 ふと思い出した。茶猫に履かせるブーツ、なにがイイか考えてたんだった。


「あんちゃん、どうしたの?」


「いや、なんでもねーよ。それより、靴はもうイイか?」


 靴には我を失わなかったようで、サプルもレディ・カレットも三足しか買わなかった。どっかの大統領夫人のような二人じゃなくてなによりだ。


「うん!」


 サプルの笑顔に頷いて見せた。


「んじゃ、次は下着を揃えるか。コンシェルジュさん、頼むわ」


「はい。こちらになります」


 白髪で白い肌のコンシェルジュさんに後に続く。


 ……まっ、ブーツはまたあとで考えるか……。


 オレは、お楽しみは最後に取っておく主義。そのときまで待ちましょう、だ。


  ◆◆◆


 午後の六時を過ぎたので、一旦買い物を中断し、Mなハンバーガー屋で夕食を取ることにした。


 Mなハンバーガー屋に客はなし。貸し切りな感じでそれぞれ好きな席へと座った。


「好きなのを頼め」


 前世時代、ハンバーガー屋なんて学生のときに利用し、社会人になってから片手で足りるくらいしか利用してねー。なんで、注文の仕方もなにがあるかもわからんので、茶猫に任せた。


「ダブルセットLで! 飲み物はペ○シ! これもLで!」


「オレはダブルセットSで。飲み物はコーヒー。コンシェルジュさんやミタさんたちも食べな。あ、コンシェルジュさん、支払いはオレのカードから頼むわ」


 はっちゃけ店長がなぜいるかはわからんが、見られて食うのものけ者にするのも気分がワリー。一緒に食えや、だ。


「あんちゃん、お土産に何百個か買ってイイ?」


「オレの分も含めて買い占めろ」


 サプルの問いにそう答える。


「……お前ら兄弟揃って頭おかしいのな……」


 なに失礼なこと言っちゃってくれてんのよ、この茶猫は。お前も餓死寸前までいってみろ。絶対、溜めたくなるからよ。


「店長、買い占めてもイイよな?」


 後ろの席にいる店長に尋ねた。


「はい。大丈夫ですよ。在庫が掃けて助かります」


 なら遠慮なく買い占めろ、だ。


 はっちゃけ店長が席から立ち上がると、スマッグみたいのを取り出して、なにかリフトを何十台と手配していた。


「第一六から第三八バックルームに連絡。手の空いている者はマルコバーガーに寄越して。フル稼働させるから!」


 ……ほんと、容赦のねーはっちゃけ店長だよ……。


 まあ、食料ならドンと来い。フル稼働で無限鞄に詰め込むさ。あ、メイドさんたち。コンテナに詰め込みよろしこ。満杯になったのから無限鞄に仕舞うんで。


 コンシェルジュさんにコンテナを頼み、詰め込みはメイドさんにお任せ。あーバーガー味濃いぃ~!


「ミタさん。今日はカイナんとこのホテルに泊まるから予約お願い。サプルとレディ・カレットはどうする?」


 うちに帰ればイイだけのことだが、これからまた買い物を続ける予定だ。帰りたいのなら帰ればイイし、泊まるなら泊まるで構わんがよ。


「お泊まりする! カイナさんのところのホテル、一度泊まってみたかったし」


 そう思った経緯は知らんが、まあ、好きにしたらイイ。ミタさん、よろしこ。


「畏まりました」


 ミタさんに任せ、残りのバーガーをいただいた。つーか、オレの舌には濃すぎるな、これ……。


「コンシェルジュさん。なんかサッパリしたハンバーガーってねーかい?」


「サッパリしたものですか? では、フィッシュや海老はいかがでしょうか?」


 フィッシュに海老、か~。なんかそれも味つけ濃そうだな。


「ベー様。でしたら隣のミセスドーナツから麺類を頼みますか? サッパリしたものがありますよ」


 ドーナツ屋の麺なんか売ってんのかい? と思ったが、ミタさんがそう言うんならあるんだろう。よろしこ。


 お願いし、コーヒーをいただく。つーか、このハンバーガー屋、マルコなんだ! いや、なんだよマルコって! どこで生まれたハンバーガーだよ!?


 なんて脳内で突っ込んだ。ちょっとタイミングを逃してしまったので。


 しばらくして洒落た器に盛られた麺料理を運んで来た。なに麺よ?


「ヘルシー豆乳麺です」


 まあ、そうだと言うならそうなんだろう。作った人に感謝を込めていただきます、だ。


 絶品! とまでは叫べねーが、まあ、イケるかな。ズルズルズル~。


 汁まで飲み干すとさすがに腹が苦しい。一時間ほど休憩ね。


「少食だな、お前」


 そう言うお前は大食らいだな。ハンバーガー、何個食ってんだよ? つーか、よくそんな濃い味のを食えるよな。猫に味覚とかあんのか?


 しゃべるのもおっくうなので、念を送るが、茶猫には通じてないようで、山と積まれたハンバーガーに手……前足を伸ばした。


 天井を眺めること三〇分。なんとか腹が落ち着いて来た。ミタさん、コーヒーちょうだい。


 空のカップを掲げて振って見せた。


 すぐに理解する万能メイド。ありがとさん。


 一時間してやっと腹が落ち着いた。ふぅ~。


「ミタさん。ワリーが買い物中止。動く気にはなれんわ」


 なんかもう風呂入って寝たい気分だぜ。


「畏まりました。一〇分お待ちください。すぐに調えますので」


 なにを調えるか知らんが、別に急ぐ必要はねーよ。もうちょっとゆっくりしたいからよ。


 コーヒーをお代わりしてまったりとする。


「ベー様。ハンバーガーはどうします? まだ途中ですが」


「明日も来るから急がんでもイイよ。ところで、カイナーズホームにヒーローになれるようなもの売ってるかい?」


「はい、ありますよ」


 なんともあっさり肯定するはっちゃけ店長。訊いといてなんだが、なんの目的で売ってんのよ?


「装着系、寄生系、薬物系、改造系、変身系、訓練系と数多く取り揃えております。お勧めとしては寄生系ですね。寄生獣を体に取り込むことで数十倍の力が出せるものや体を変化させて攻撃もできます。今なら一匹サービスしますよ」


「どうする?」


 と、あ然とする茶猫に尋ねた。改造ならオレもできるぞ。


「──どうもしねーよ! なに恐ろしいことを素で訊いてやがる! 悪魔か!」


「それが力を手に入れると言うことだ。なんの不都合もなく強くなれると思うな。それはお前がよく知っていることだろうが」


 世界最強を願ったばかりに猫(?)にされた。なんにでも代償ってのはあるんだよ。


「ヒーローになるのはこちらの方ですか?」


 茶猫を見るはっちゃけ店長。


「そうだよ。誰に向けて勧めてたんだよ?」


「もちろん、ベー様ですが」


 オレに勧めてたのかよ! 悪魔か!


「……どっちもどっちよ。さすがカイナーズホームの店長になるだけの人よね……」


 こんなのと同類にすんなや! オレはこんなにはっちゃけてねーわ!


「では、訓練系はいかがです。バーミン大佐による一〇〇日間地獄巡りがお勧めです。生き残った場合、準魔王にも匹敵すると言われてます」


「それ、完全に途中で死んでるよな! 誰も生き残ってねーって言ってるよな!」


 目を逸らすはっちゃけ店長。つーか、受けたヤツいるんだ。どこのアホだよ?


「安全安心なヤツにしろよ!」


 そんなものはねーとばかりにため息を吐くはっちゃけ店長。悪魔の巣窟だな、ここは……。

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