第177話 申し訳ありませぬ

「親父殿。今日の予定はあるかい?」


 朝食が終わり、食休みになったらそう尋ねた。


「予定? あ、ああ、村長のところの壁を修復手伝いにいくが、なにかあるのか?」


「ちょっと話があったんだが、予定があるならあとでイイよ。そう急ぐ話じゃねーから」


 あとでゆっくり話せばイイことだしな。


「オカンの予定は?」


「内職をしようかと思ってるよ」


 働かなくてもイイ身分になっても働くことを止めないオカン。染みついた貧乏性は一生抜けないか。


「なら、午前中は診療するから。オカンつきのメイドは誰だ?」


 と尋ねたら、近くの席にいたメイドが八人、立ち上がった。


 いや、いるのはわかっていたが、まさか八人もついているとは。どこぞの王妃にも負けてないな。いや、王妃のことなんも知らんけど!


「サラニラがいたら呼んでくれ。あ、無理なら呼ばなくてもイイからな」


 医者として忙しいだろうからな。


「畏まりました」


 一人のメイドが一礼して下がり、食堂を出ていった。


「オカンの体調管理なんかをやってたメイドはいるか?」


「わたしがしております」


 いつの間にか二代目メイド長が現れていた。ある意味、初代メイドより怖い人だよな……。


「オカンを診療するから館から出すなよ。あと、記録したものがあるなら見せてくれ」


「畏まりました。どこへ運べばよろしいでしょうか?」


「診療室、誰か使ってるか?」


 一応、用意はしたが、使う暇なく出歩いているのがオレ。申し訳ごありませぬ。


「医療部が使っております。メイドの体調管理も必要になりましたので」


 そんな部門まで創ったんかい。どんだけ進化すんのが早いんだよ、うちのメイドは!?


「なら、オカンたちの寝室でイイや。その医療に関わっているヤツも一人呼べ。あ、魔女見習いは帰ってるか?」


 本当に放置してて申し訳ありませぬ。


「四人は戻っており、他は南の大陸におります」


 ララちゃんのところに二人置いてきて三人。四人は館。ってことは残り三人は南の大陸でなんかやってるわけか。


「じゃあ、その四人も連れてきてくれや」


「おい! なにかあるならおれにも教えろよ! 不安になるじゃねーか!」


「あとで話すよ。手伝いしてこいや」


「そう言われて仕事なんかしてられるかよ! シャニラになにかあるのかよ!」


「薬師として妊娠の診療をするだけだ。なんかあるならメイド長がなんか言っているだろう」


 なあ? とメイド長に同意を求めた。


「はい。奥様は健康そのものです」


「ほら。オレの言葉は信じられなくてもメイド長の言葉なら信じられんだろう」


 いや、信じられねーのはそれはそれで悲しいけどっ!


「……わかったよ……」


 渋々ながら引き下がり、手伝いへと出ていった。


「オレは風呂で身綺麗にしてくるから」


 昨日、と言うか、数時間前に入ったが、妊娠を診療するんだから綺麗にしておいたほうがイイだろう。


「じゃあ、しばらくしたら寝室に集まってくれ」


 そう告げて風呂へと向かい、しっかりと体を洗い、トアラに作ってもらった作務衣風診療着に着替えた。


「これ着るの、久しぶりだな」


 オババから薬師として認めてもらい、人を診るときにと作ってもらったはイイが、年齢一桁に診てもらう勇者は早々おらず、三回着たかどうかであった。


「そう言えば、ミタさんいなかったな?」


 フルーツ牛乳を飲みながら出てたら、ふいにミタさんがいなかったことに気がついた。


「他にもいろいろいませんけどね」


 うん。誠心誠意、申し訳ありませぬ。この失態はいずれ違う形でお返しもうしそうろう。


「べー。わたしもいくわ」


 と、プリッつあんがパイル○ーオンしてきた。


「邪魔すんなよ」


「わたし、べーの邪魔なんてしたことないわよ」


 オレの記憶の中には二桁は入っているけどな。まあ、四桁くらいで反論がきそうだから黙ってるけど。


 寝室に向かうと、オカンやサラニラ、メイドや魔女見習いたちが集まっていた。早いこと。


 結界で診療椅子を創り、オカンを座らせた。


「大袈裟じゃないかい?」


「まあ、雰囲気を大事にしたまでさ」


 何度も言うが、オレは形から入る男なのだ。


「記録を」


 ノートの束をもらい、ナンバー1から軽く読ませてもらった。


「オカンの妊娠、気がついたのサラニラなんだ」


「あなたから様子を見ててくれって言われたからね」


「ワリーな。医者としての勉強もあっただろうによ」


「いいえ。あなたの書庫を使わせてもらってるしね。気にしないで」


 それならよかった。苦になってなければよ。


「シャニラさん、悪阻もなく元気だったから気づくのに時間がかかったけどね」


「サプルやトータのときもそうだったっけ」


 腹が膨れてやっと気がついた感じだったよ。あのときはオトンとびっくりこきまくったっけ。


「順調のようだな」


 ノートにはオカンの一日の行動が書かれ、最後に「今日も元気でした」と締め括ってあった。


「ええ。順調だったわよ」 


「オカンの順調は当てになんねーんだよ」


 心臓病(番外編で書いたの何巻だったけな?)が悪化するまで話さねーんだからな。


「なにを心配しているの?」


 サラニラの問いに答えず、オカンの診察を開始した。


   ◆◆◆◆


 診察の結果、オカンは元気そのもの。パラメーターが可視化できたら宿屋で一泊したあとくらいになっているだろう。


「どう言う表現よ?」


 久しぶりにメルヘンからの突っ込み。懐かしさはまるでナッシング~。


「なにか問題でもあるのかい?」


「いや、なんも問題ねーよ」


 現代医学には届いてねー診察だが、結界を使った健康測定法は考えてある。心音、体温、血流、肌の張り、髪の質、筋肉量、体重、身長、体のサイズと、一年前となんら変わってねー。


「なんも問題ないって顔じゃないわよ。なんなの?」


「サラニラから見てオカンの体はどう見える?」


 医者の見立てを聞かせてくれや。


「どうって、健康そのもの。女から見ても理想的な体だわ」


 女から見た理想的な体がどんなもんかは知らんが、医者の目からしても健康そのものなんだろうよ。


「オカンの歳でこの若々しさをおかしいとは思わんのか?」


「まあ、あなたのお母さんだからね。若々しくても不思議じゃないでしょう」


 ハァ~。なんの偏見だよ。医者の目で見て思考しろよ。


「……なにが言いたいの?」


「二年前。オカンは末期の心臓病を患った。その話は聞いているか?」


 隠すことでもねー。親しい者は知っていることだ。オカンも病気になって息子に助けられたと茶飲み話として語ってたからな。


「ええ。聞いているわ。あなたが治したんでしょう。いったいどんな薬で治したかは聞いてないけど」


 ああ。それでか。オレが心配してることが理解できてねーのは。


「心臓病を治すために竜の心臓を食わした。これでわかるだろう?」


 仮にも医者なら竜の心臓の話は聞いているはずだ。お伽噺にもあるしな。


「……も、もしかして、不老不死になったってこと……?」


「いや、不死不死にはなってねーよ。それは完全にお伽噺だ。心臓を食ったくらいで不老不死になんかならんよ。それなら竜だって不老不死じゃねーと辻褄が合わんよ。オレとサプルで狩ったしな」


 まあ、狩ったのはオレで、解体したのはサプルだけど。


「……竜退治って、非常識も極まれりね……」


「ベーにしたら日常になってるでしょうけどね」


 竜を狩る日常ってなんだよ? ドラゴンスレイヤーじゃあるまいし。いや、ドラゴンスレイヤーがこの世にいるか知らんけどよ。


「竜の心臓は確かに万病に効くし、不老の効果を見せている」


 それがオカンが若いと見られる原因だ。


「シャニラさん、このままなの?」


「いや、緩やかだが、老化は起こっている。新陳代謝が起きてるし、妊娠もしている。それは人であることを示している。なら、不老ではねーってことだ」


 まあ、不老の状態がどんなもんであるかはわかんねーが、生きているからには生命の限界はあるはず。不滅なんてあるわけねーんだよ。


「……不老であるのはわかったわ。けど、長命種はいるんだし、問題はないんじゃ……」


「長命種は長命種同士で生きている。それはつまり、同じ時間で同じ常識で生きていることだ。サラニラは五年しか生きられない命の価値観が理解できるか? その短命に納得できるか?」


 それが親しい者なら納得なんかできねーはずだ。悲しんで、落ち込んで、命の短さを呪うはずだ。


「まあ、それは心配してねー。オカンの性格を考えたら死を受け入れて乗り越えるだろうからな」


 でなければ親父殿と再婚なんてしねーよ。


「そうね。あんたはわたしより長生きしそうだし、ちゃんと看取ってくれると信じてるわ」


 まあ、五トンのものを持っても平気な体だし、オレも竜の心臓はちょびっと食った。さらにエルクセプルを何度も飲んでいる。きっと百年は生きるだろう。


 ……だからこそ世界が平和であってくれねーと困るんだよ……。


「じゃあ、なにを心配してるねよ?」


「不老だからと言って病気にならんとは限らんし、子にどんな影響を与えているかもわからん。事例がオカン一人しかいねーんだから薬師としては心配するんだろうがよ」


 薬師や医者が今やってこれてるのは、過去に幾万もの命の犠牲があったから。初めての症状にはとんと弱いんだよ。


「そんときはそんとき。心配してもしょうがないよ」


 フフと気にした様子もなく笑うオカン。強い女だと思うよ。


「それでも、それでも命を救うために動くのが薬師なんだよ」


 そして、オトンとの約束なのだ。破るわけにはいかんよ。


「そうね。救いたいと言う矜持を忘れたら医者としての存在理由も存在意義も失われてしまうわね」


「ああ、まったくだ」


 なんにでもプライドはある。それは前提であり理由でもある。捨てろと言われて捨てられるもんじゃねーんだよ。


   ◆◆◆◆


「オカン。体が丈夫だからって過信するなよ。妊娠はちょっとしたことで流れたりするんだからよ」


 オレもそこまで詳しくねーが、オババから出産の大変さや事例は聞いている。ましてやこんな時代では死ぬことだってあるのだ。


「わかってるよ。あんたの大切な兄弟なんだからね。しっかり産むよ」


 四人目ともなると説得力があるから不思議だよな。


「ああ。頼むよ」


 これで診察を終え、オカンを開放してやる。


 オカンとオカンつきのメイドが寝室を出ていき、サラニラと二代目メイド長、見習い魔女たちを連れて診療室へと場所を移した。


「男のオレが訊くのはアレだが、種族別の月のものを書いた資料なんてあったら見せてくれや」


 種族に関係なく女が子を産む。なら、月のものがあるはず。そして、それを調べた資料があるはずだ。


「畏まりました」


 と、二代目メイド長が棚から資料を出してくれた。ほんと、優秀なメイド長だよ。


「……やはり、人により酷いときがあるようだな……」


 生理痛は人ぞれぞれ違う。重い者もいれば軽い者もいる。診療室に定期的に来てる者が何人かいた。


「はい。ですが、酷いときは休ませておりますので重症になっている者はおりません」


「カイナーズホームでいろいろ売っているからね」


 まったく、カイナーズホーム万歳だな。


「魔女は月のものはどう対処している?」


「ちょっと、べー。デリカシーがないわよ」


「医学の前にデリカシーはねーし、知識の前に男女の区別はねーんだよ」


 つーか、サラッとデリカシーとか使ってんな、このメルヘンは。


「男のオレに抵抗あるならサラニラが聞いて文字として残しておけ。魔女の知識は役に立つからな。ってか、医学を修めた魔女をうちに派遣なんてできるか? ちゃんと報酬を出すからよ」


 見習い魔女に委員長さんがいねーからか影が薄い。委員長さんみたいにグイグイ来いよな。


「……は、話しておきます……」


 メガネをかけた大人っぽい魔女さんが答えた。


「あんた、名前なんだっけ?」


「今さらなことを恥ずかしげもなく訊くわね」


 それがオレの長所ですから。


「名前を覚えないところは短所だけどね」


 メルヘンは本当に容赦ない突っ込みをします。いや、ここ最近、幽霊もそうだけど!


「ロ、ロミナです」


「もしかして、医学を学んでたりするのか?」


 四人の中で集中して聞いていた。医学に興味があるんじよゃねーかと思ったのだ。


「まだ本を読んでいるだけです」


 まあ、見習いだしな。そんなものか。


「なら、サラニラに魔女のやり方を教えてやってくれ。サラニラ。ワリーがメガネ女子の面倒見てくれや」


 見習いとは言え、知識量はサラニラより多いはずだ。これはメガネ女子のためでもありサラニラのためでもある。


「わたしは構わないわ。魔女さんたち、いろいろ知ってて勉強になるからね」


 話をしたことあるんだ。


「ロミナ。よろしくね」


「は、はい。こ、こちらこそよろしくお願いします」


 ってことで魔女さんの世話係ゲット。よろしくお願いしやっす!


「どこまでも人任せの人生よね」


 それもオレの長所です。


「じゃあ、解散。オレはオババのところにいってくるよ」


 出産はオババがやるはず。なら、挨拶しておこう。なんだかんだで長いこと会ってねーしな。


 診療室を出て食堂に向かう。


 なんだかんだとお昼近くまでかかってしまった。昼食をいただいてからオババのところにいくとしよう。


「べー。残りの魔女さんたちも面倒見てあげなさいよ」


「別に好きなことしてりゃイイじゃん。大した制限かけてねーんだからよ」


「預かったのベーでしょうが。ちゃんと責任を持ちなさいよ」


 責任はちゃんと持ってるわ。魔女さんたちの不祥事はオレが責任を持って解決してやるよ。


「わかったよ」


 これまでの魔女からして、なにか得意分野や才能持ったの、なにか問題を抱えたヤツと様々。よくもまあそんなのを預けてくれたと思うが、ちゃんとこちらの得になるようなヤツを選んでるから叡知の魔女さんは妙だよな。


 食堂のテーブルにつき、コーヒーをお願いする。


 魔女さんたちは、カフェオレを頼み、緊張しながら飲み始めた。


 そんな三人を眺めながら過去の姿を思い出した。


 ……うん。いたな。この三人……。


 モブのような魔女にそばかすの魔女。あと、金髪の魔女。ってか、漫画喫茶にいたあの二人をララちゃんに任せたの失敗したかな?


 まあ、あの二人は引っ込み思案なところが見えた。最前線で自己主張を学ばせたほうがイイやろ。テキトーだけど。


「あの魔女さんもなんでべーに預けたのかしらね? 真っ当に育たないわよ」


 真っ当じゃないからオレに預けたんだろう。押してダメなら引いてみな理論でよ。


 まったく、これだから長年生きたヤツを相手にするのは嫌なんだよ。こちらの見えないところを見てるからよ。


「きっと相手もそう思ってると思いますよ」


 だから嫌なんだよ。化かし合いに発展するんだからな……。


「さて。まずは名前を教えてもらえるかい?」


「べーに名乗るほど無意味なことはないわよね」


 メルヘンの容赦ない突っ込みがウザいです。

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