第77話 焼いても煮ても旨いらしい
捕獲したクエオルすべてからミズチが出て来た。
「凶悪ではあるがコーヒーモドキで死ぬのが救いか」
体内にいる状態でもコーヒーモドキをかければ死ぬことも確認できた。
「ベー様。メイドが目覚めました」
腕時計を見れば二時間が過ぎてる。これが危険な時間かどうかはわからないが、目覚めたメイドの感じからしてそう危険は見て取れない。
「脈拍、瞳孔、熱に問題はなし、か」
簡単な診察に問題はねーが、相手が寄生虫ってのが怖い。なにか病原菌とか持ってるかも知れんしな。
「メイドはカイナーズに送れ。一月は隔離だ。絶対に外に出すなよ」
「……皆は大丈夫なんでしょうか……?」
オレの指示に即答せず、心配そうな顔をして尋ねて来るミタさん。さすがにこの状況ではメイド道は貫けんか。
「大丈夫に決まってんだろう。うちで働いているメイドは家族も同然。どんな手を使っても死なせんよ」
この一六年。家族を守るために薬学を学び、人脈を築いてきたんだ、高々寄生虫ごときで死なせんわ。
「はい!」
メイドの運搬はミタさんとカイナーズに任せ、オレは結界にしがみつくウパ子のためにクエオルを捌くことにする。
「わたし、気持ち悪るいからパス!」
と、捌き始めたら、頭の上のメルヘンさんがどこかへと飛んでいった。軟弱者が!
獣に魚に魔物と、いろんなものを捌いて来たオレに気持ち悪いとかはもうねー。ただ、海の蟲はノーサンキューと言っておこう。
「この毛は、食えるのか?」
毛は短くてごわごわしてるので使い道が思いつかん。ワームの毛ってのもダメだろうな。
「おいちくないからいらない」
まあ、毛を好んで食う生き物はいねーか。ゴブリンだって食わねーしよ。
結界刀なのでクエオルは簡単に捌け、内臓っぽいものは危険っぽいので廃棄する。
「あ、おいちいのに……」
がっかりするウパ子。食えるのか、内臓っぽいもの?
「生がおいちいの」
どこぞの飲兵衛みたいなこと言いやがる。まあ、食えると言うなら食うがイイ。ほれ。
「この苦味がたまらないでち」
通なのかゲテモノ食いなのかわからんな。でも、気になるのでイケナイ子に食べさせてみよう。
頭と尾は切り捨て、念のために塩水で丁寧に洗う。こんなもんか?
いろいろな獣や魔物を捌いたことがあるとは言え、それは大雑把な捌き。ご近所に配るためであり、食べるための捌きはサプルがやっていた。
なので、なんとなくで捌き、なんとなくで判断するしかないのです。
「こんなもんか」
三匹捌き、一口大に切り分け、塩胡椒を振りかける。
馴染む間にコンロ作り。これは土魔法であらよって感じで即完成。炭を入れて火魔法で簡単に着火。ってか、久しぶりの火魔法だな。昔は出すのに四苦八苦したのによ。
イイ感じに火が回り、網を乗せていざ勝負。君はどんな味を見せてくれるかな?
「レアでお願いちます」
レアって言葉と意味をどこで覚えきたのか是非とも知りたいが、今はクエオルとの勝負中。集中しろ、オレ!
見た目はモツっぽく、内臓系はあまり食わないので、レアがどんな状態かはわからんが、まあ、こんな感じかな? とウパ子の皿に入れた。どうよ?
「おいちいです!」
まあ、失敗ではないようだ。
次々と焼いてウパ子の皿に盛る。
「匂いはイイんだよな」
食欲を誘う匂いが辺りに充満し、オレの胃袋も攻撃して来た。
オレの考えるな、感じろはイケると言っている。だが、心情的に躊躇してしまうのだ。
「いい匂いだ」
と、赤鬼さんたちが集まって来た。仕事はイイのかい?
「今、休憩中なので」
案外、カイナーズは規律が緩いのか? まあ、上に立つのがアレだしな。
「食いたきゃ食ってイイぞ」
食いたいと言うならオレに否やなし。じゃんじゃんバリバリ食いやがれ!
って、材料が切れた。野郎ども、ちょっと食材を捕って来いや!
「お任せあれ! 野郎ども、散れ!」
野太いかけ声とともに野郎どもが闇へと散っていく。うん、ノリのイイ野郎どもだ。
「ベー様、鍋もお願いします!」
鍋? あー確かに鍋にしても合いそうだ。ちょっと辛めのゴジル鍋がよさげかも。
よっしゃ、やったるでー! と持っている食材をテキトーにぶつ切りにして鍋に放り込む。
鍋なんぞテキトーでも味はイイ。勘でゴジルを入れ、日本酒で風味(?)を出す。さあ、完成だ。じゃんじゃん食いやがれ~!
「……なにしてんの……?」
クエオルを捌いたり焼いたり煮たりとしてたらメルヘンさんやミタさんたちが戻って来たました。
「うん。それはオレも誰かに尋ねたいところだった」
ほんと、オレはなにやってんだ? 誰か教えて!
◆◆◆
うん。あとは任せた。
新たなメイドさんズが来たので、捌いたり煮たりを押しつけ、オレは自分用のコンロを創って一人焼き肉(?)をする。
「わたしも食べる」
と、さっきは否定したクセにメルヘンがクエオルを食い始めた。気持ち悪いんじゃなかったのかよ?
「お肉になれば大丈夫」
現代人みたいなこと言いやがって。君にはメルヘンとしての自覚がないのかね?
「無駄に美味しいわね、これ」
メルヘンの舌にも合うのか。ファンタジーの生き物はよーわからんわ。
焼いたものを爪楊枝(どこで見つけてくるんやら)で突き、旨そうに食っている。
「お酒が欲しくなるわね」
知らんわ。勝手に飲みやがれ。つーか、なんでオレは焼いてばっかりなんだよ! いや、心情的に食べたくなかったんだけどね!
もうちょっと胃の繊細な方にも毒──ではなく試食してもらいたかったが、結構な方のお口にも合ってるし、気分を悪くした方もなし。もう自分で試してもイイだろう。
どれ一口と、イイ感じに焼けたクエオルを放り込む。
モグモグ。ゴックン。うん、旨い。
モツの食感って言うよりミノに近いかな? まあ、どっちにしろ万人受けする味だな、これは。
鍋も作って試食。こちらも旨くてクセになる。寒い日に雪を見ながら食いたくなるな。公爵どのに持ってってやるか。
雪がないここでは情緒に欠ける。ちょっと自分用に狩るとするか。
ほとんどクエオルはカイナーズって連中に食われた。五〇匹ほどあればしばらくは大丈夫だろうよ。
「ミタさん。オレは寝るからあとはよろしく」
さすがに眠くなってきたんで先に就寝させていただきます。
「わたしも寝よ~っと」
プリトラスを出して、さっさと引っ込むメルヘン。自由なやっちゃ。
自由にかけては負けてられんと、オレも結界ベッドを創ってお休みなさい。
………………。
…………。
……。
ハイ、おはようございます。今日も元気に生きましょう~!
「って、いつの間に屋根ができてる!?」
屋根ってか布か。なんでまた?
「この雪の中よく眠れるわよね」
雪? と周りを見たらうっすら雪化粧。マジか!?
「……そんなに寒かったけ……」
結界を纏っていたとは言え、寒さの気配はわかる。人の息、空気の乾き、音や風からもわかるものだ。
別に測ったわけじゃないが、眠りにつく前は五度か六度だと思う。眠った時間も日付は過ぎて一時か二時。今が七時半だから四時間くらい。気温落ちるの速くね?
まあ、気象に詳しくもねーんで、ここではあり得るんだろうが、もうちょっとわかるような気象になっててくれると助かる。結界なかったら凍死してるぞ。
「……滅多に降らないと聞いてたのにな……」
滅多にないことが今日起きただけってことなんだろうが、それに当たるオレは運がイイのか悪いのか。まあ、なにはともあれミタさんコーヒーくださいな。
寝たのか徹夜したのかわからんが、ミタさんの顔色は……どうなんだ? 褐色肌だからよーわからんわ。
「徹夜したのかい?」
コーヒーを受け取りながら尋ねた。
「いえ、ベー様が眠ってから仮眠させてもらいました」
それじゃ休んでないも同然だろうに。うちはブラック企業じゃないんだからしっかり休みなさいよ。メイドは他にもいるんだからさ~。
「じゃあ、ミタさんには二四時間の休息を命じる。破ったらクビ。反論は認めぬ!」
うちは働く者に優しい職場。そんな社畜根性はいらんのだ。
「ミタレッティー、そうしなさい。ベーはわたしが見とくからさ」
別に君も休んでイイのよ。君の見とくは信用ならないからさ。
「……わかりました。では、こちらのメイドをお側に仕えさせますので、なにかあればご命令ください」
なにやら久しぶりに見た三人組メイド(クルーザーにいたメンバーだ。と言ってもオレの中ではその他大勢だけどね)。まあ、好きにやってちょうだいな。
朝食をいただき、食休みしてから狩りへと出かける。
「ってか、いつの間にかカイナーズが消えてたわ」
キャンプ地にいるのはオレのみ。って言っても武装したメイドさんズが三〇人くらいいるけどね! そして、一〇人くらいついて来てるけどね!!
邪魔やな~とは思うけど、来んなと言ったところで言うこと聞かんだろう。なんか知らんメイド道とか持ってるからよ、うちのメイドはよ……。
「ぴー!」
「びー!」
「わーい!」
うちの竜どもがやたらと喜び、庭じゃないけど元気に駆け回る。ウパ子はともかく、ピータとビーダは魔大陸出身なのに雪が平気って意味わからんわ。つーか、こいつらは冬眠せんのか?
「待ってー!」
そして、いつの間にか混ざってる犬のような竜よ。お前の人に対する恨みはどこいった? お前、完全に犬になってんぞ。
「平和ね」
頭の上のメルヘンが穏やかに呟きますが、昨日は犬のような竜と殺し合いをしてたんですよ。知ってます? オレは他人事として見てましたけどね。
なんかもう、突っ込むのもメンドクセーので、狩りに集中することにした。
さあ、オレの焼き肉ちゃん。じゃんじゃんバリバリ出ておいで~。
◆◆◆
「……これか、ハルメランを支えているバルグルってのは……」
聳え立つサボテン(っぽいもの)を見上げながら呟いた。
高さは三メートル。太さはオレの胴体くらい。華奢に見えるが、触ったら結構頑丈そうだった。ちなみにトゲはなく、表面はザラザラしている。
「これがなんなの?」
「ハルメランの主幹産業の元だ。春になる実は酒に。夏になる実は油に。秋になる実は食料にとなるマジカルな植物だ」
「変な植物ってことね。うん? 冬は実が生らないの?」
「生りはするらしいが、カスカスで燃料にしか使えないんだとよ」
まあ、一年中使えると言えば使えるんだろうが、寒い中出て来てまで収穫はしたくないな。薪は他の都市から運ばれて来るんだからよ。
手が届くところの実を一つ採ってみる。
「軽いな」
サイズとしてはレモンくらい。だが、本当にスカスカのようでスポンジより軽かった。
「にしては固いこと」
オレの力ならレモンも石も誤差みたいなもんだが、ものの固さはちゃんとわかる。これはリンゴくらいの固さはあるぞ。
まったく持ってマジカルな実である。でも、燃やすにはちょうどイイかもな。
「ぴー」
「びー」
潰した実を放り投げたら、ピータとビーダが奪い合いを始め、ビーダが勝って実を食べてしまった。
「ぴー! ぴー! ぴー!」
悔しいのか食べたいのかはわからんが、ピータがオレを見ながら鳴き叫んでいる。
実を採り、ピータに投げてやると、パクンとキャッチ。なんとも旨そうに食い始めた。
「よし、プリッつあん食え」
「食うか、ボケ!」
頭上に投げた実をオーバーヘッドキックで返して来るエースストライカー。君なら世界を目指せるぜ!
「ぴー!」
「びー!」
もっとよこせとばかりに鳴く二匹。そんなに旨いのか、これ?
黒丹病で採る者もいないから実は鈴なりに生っているし、採らなければ自然に落ちて土に返るとか。なら、二匹のエサにもらっても構わんだろう。
無限鞄からざるを出し、二匹のために採取する。
「あたちもお腹すいた」
「お前は食わんのか?」
「これ、あたち食べれない。昨日のが食べたいでし」
まあ、見た目はともかくウパ子は肉食だしな、カスカスの実は食わんか。
「食いたいと言っても全然気配がねーしな~」
キャンプ地を出て二時間。まったく持って遭遇できないでいる。根絶やしにしちゃったのかな?
「あっちから匂いがするでち。いっぱいいるでし」
よかった。根絶やしにはしてないようだ。ってか、コーヒーモドキに逃げたのかな?
「メイドさん。この実を収穫してくれ。背負い籠二〇個くらいでイイからよ」
三人のメイドさん以外に八人の武装メイドさんと通常メイドさんが六人いる。
なぜその体制かはサラリと流すとして、オレの護衛や世話はイイから収穫してちょうだい。そのほうが何倍も嬉しいわ。
「畏まりました。集めたものは船に運んでおきます」
そうしてちょうだい。あとで纏めて無限鞄に放り込むからさ。
「ピータ、ビーダ。あとでいっぱい食わしてやるからいくぞ」
こいつらは溜め食いができるし、内ポケットには非常食(薪や草ね)を入れてある。なら、このカスカスの実も入れておくか。
「早く早く!」
そう急かすなウパ子よ。獲物は逃げ……たかも知んないけど、我ら狩る者からは逃れられねー。油断せず気配への感覚を研ぎ澄ませておけ。
「ん? カイナーズのヘリか?」
ウパ子を先頭に獲物を追っていると、編隊を組んだヘリが飛んで来た。
「ベー様。カイナーズより連絡で、烈竜が出たそうです」
「烈竜? なんだそれ?」
そんな竜、この大陸にいたっけ?
「申し訳ありません。こちらではワイバーンと呼ばれているものです」
あ、ああ。ワイバーンね。それならいっぱいいるわ。ってか、冬に出るなんて珍しいこと。エサがなかったのかな?
この世界のワイバーンは基本、冬眠をする。しないときは天候不良やエサとなる生き物がいなくて、冬眠するだけのエネルギーを溜められなかったときだ。
「ベーが滅ぼしたアレね」
事実だけに反論できん。だって肥えたワイバーンは人を魔物に変えるんだもん。しょうがないじゃない。
「ワイバーン、美味しいの?」
「う~ん。越冬するワイバーンはどうかな? あんまり旨くねーかもな」
油は乗ってないだろうし、手間をかけて狩るほどの価値はねーと思うな。
「来年、肥えた頃に来たほうが旨いと思うぞ」
ワイバーンの肉は滋養強壮にイイ。来年のお楽しみ、だな。
「こうしてワイバーンの全滅は免れたとさ。めでたしめでたし」
なに失敬な物語を創ってんだよ。オレは一度した失敗は二度としねー男だ。今度は半分だけ狩ります。
「ベー! 美味しいのいたでち!」
今はワイバーンよりクエオルだ。さあ、じゃんじゃんバリバリ狩りましょうか!
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