第74話 とんでも設定

 オレはシェルターでゆったりまったりコーヒーブレイク。外ではカイナーズの連中がハートブレイク。同じブレイクなのに天と地の差があるとか笑っちゃうね。


 とか、言える雰囲気ではなかった。


 この豪華なシェルターなんのためにあんだよ! とかも叫ぶ雰囲気でもないのでコーヒーを飲むことに徹してはいるが、そもそも論としてオレがここに来る必要はあったのか? なんて、つい考え込んでしまう。


「……大丈夫でしょうか……?」


 沈黙に堪えきれないのか、ミタさんが不安そうに声を上げた。


 どこぞの独裁者が造ったような豪華なシェルターには、ミタさんと武装したメイドさんが三人。背広の軍服を着たカイナーズの方々(事務員かな?)。あと、非戦闘員な感じの人々(食堂のおばちゃんって感じ)がいる。


「カイナがいる時点で不安なんてなにもねーよ」


 まあ、別の意味で不安になる野郎だが、魔神の肉体と魔力を持つカイナに勝てるのなんているわけがねー。いたら世界は地獄になってるわ。


 不安なミタさんやカイナーズの連中にはわからないだろうが、あのバカ野郎は遊んでいるだ。


 周りにいる連中にはハタ迷惑なことだろうが、カイナにしてみれば力を押さえなければ世界を破滅しかねない。だが、それではストレスが溜まる。


 自分の中で暴れる衝動を定期的に発散しないとならないのだろう。まあ、オレの勝手な憶測ではあるがよ。


「カイナーズではよく戦死者は出るのか?」


 オレは聞いたことはねーな。なんで死なないの? とか思ったことはあるけど。


「あ、そう言えば出てません、ね。負傷者はバカみたいに出ますが……」


 そう言うところは前世、いや、カイナにしたら元の世界か。まあ、その元の世界の常識に支配されているのだ。


 ルールを守って遊びましょう、ってな。


「戦いに絶対はないが、カイナがいるなら誰も死なないよ」


 あいつは遊んでいるのであって殺し合いを……してるな。魔王とか相手に……。


 ま、まあ、なんだ。あれだ。ゆるりと待て、ってことさ。うん。


 シェルターなので外での戦いの音や振動は感じないが、魔力の動きはわかる。村で生活してたらまず感じない魔力の嵐が吹き荒れているよ。


「いまさら、でもないような気はするが、魔族に銃って役に立つもんなの?」


 オレの持つ朧改など狼にも対抗できるかわからんし、オーガの堅い皮膚とかに効果があるとは思えねー。


 ……オレは石を投げて殺しちゃったことはあるけどねっ……!


 鬼族なんて剣でオーガを一殺できそうな膂力を持っている。銃より剣のほうが効果的なんじねーの?


「カイナ様が生み出した武器はもう魔剣や神剣と言ったレベルです。銃で岩を殴れば岩が粉々になるくらいに。弾丸も威力を調整しないと相手をミンチにしてしまいます」


 あいつ、なんで人をバカ呼ばわりできんだろう。お前が一番のバカ野郎じゃねーか。ほんと、勇者ちゃんに討たれろや!


「都市に迷惑かけてなきゃイイんだがな」


 あのバカ、平気でロケット弾とか街中で撃つタイプだし。


「しかし、相手の魔力を感じんのはなぜだ? 魔力を持ってない存在なのか?」


 まあ、魔力を持たない種族はいるし、エルフは霊力だ。あ、ダークエルフは魔力だね。


 そんな種族を結ばせてよかったんかい? とか思ちゃったけど、生命は強いもの。きっとイイ方向に進化してくれるって! と納得しておこう。うんうん。


「感じないのですか、あの邪気を!?」


 ミタさんだけではなく、周りの方々も驚き顔。種族的なものか? オレ以外、皆魔族だし。


「邪気、ね? 禍々しいものなのかい?」


 腐嬢三姉妹以上の禍々しいものがあるんならオレも加担するよ。全力を出すよ。殲滅しちゃうよ。


「はい。並の者なら気が狂うほどです」


 それ、自分を並じゃないって言ってるようなもだよ。まあ、この万能メイドが並なら他は塵芥だよ。


「そこまでのものならオレでも感じるはずなんだがな? なんでや?」


「べー様には護竜の加護がついているからですよ」


 と、神出鬼没(?)な幽霊が当たり前のようにおっしゃいました。


 ……この幽霊の現れるタイミングがよーわからんわ……。


「護竜の加護? なんだいそれ?」


 またなんか変なのがまとわりついてんのか? 止めてよ、そーゆーとんでも設定。幽霊だけでもお腹一杯なのにさ。


「なにかはわたしもわかりませんが、あの邪気を感じないところをみると竜に関わる呪いを防ぐものだと思います。ピータとビーダから竜気が出てますから」


「ってことは、外のは竜ってことかい?」


 オレを守ってくれるものだから受け入れはしますよ。理解するのは無理だけど。


「はい。ただ、ロドに侵されているのでなんの竜かはわかりませんが」


「ロド? ってなによ?」


 お腹一杯ではあるが、食わなきゃわからないのならガンバって食うしかねー。まったく少食のオレには拷問だぜ。


「訳すとなると、負、が近いですかね? 知能の高い竜によく見られる現象で、恨みやら怒りやらに捕らわれて精神を壊し、長い時間をかけて体を変質させるんです。外のは邪気に変質したようですね」


 なに一つ理解できんが、ファンタジー理論に突っ込んでもしかたがねー。そうなんだ~と受け入れろ、だ。


「そんで、なんとかする方法はあるんかい?」


 力押しでなんとかしそうなヤツが相手しとるけど。


「手っ取り早いのはべー様がぶっ叩けばよいかと」


 悲報! オレも力押しでなんとかするカテゴリーに入っていたようです! 


「でもまあ、外の方々で大丈夫かと。竜以上の存在ですし、あの方は」


 つまり、果報は寝て待て、っことだね。


 お腹一杯ではあるが、消化するためにコーヒーをいただこう。


 あーコーヒーうめー!


  ◆◆◆


 待つ、と言う行為は、なにもしてないようで結構精神を使うものだ。


 それが危機的状況で守られる立場にいたら恐怖でおしっこもらしちゃっても不思議ではねー。


 まあ、オレは待つことは得意だし、守られている立場でもないんでおしっこはもらさないけどな。ただ、コーヒーの飲みすぎでトイレが近いです。


「最近のシェルターはウォッシュレットまでついてんだな」


 シェルターと言うよりリラクゼーションルームだろう、これ。


 すっきりさっぱりしてトイレから出ると、なにやら慌ただしくなってます。どったの?


「べー様。戦いが終わったようです」


 あ、言われてみれば魔力の嵐が収まってますね。明鏡止水でいたから気がつかんかったわ。


「んじゃ、外に出てもイイのか?」


 オレとしてはあと二日くらいのんびりまったりさせてもらっても構わんがよ。


「もう少しお待ちください。今、安全を確認しておりますので」


 なら、イイと言われるまでのんびりまったりさせていただきま──。


「──お待たせ~」


 と思ったらボロボロになったカイナがシェルターに降りて来た。


「お疲れさん。苦戦したみたいだな」


「うん。手強い相手だったよ。もう怪我人続出」


 なんて爽やかにおっしゃるカイナさん。


 まあ、魔族は血の気が多いからな、イイ血抜き(?)になったんだろうよ……。


「そうかい。で、外に出てイイのか?」


「うん。大丈夫。ただ問題と言うか処理に困ってる。なんかべーの管轄って感じだから」


 なんだよ管轄って? 誤解を招く言い方は止めろや。つーか、お前のほうで処理しろよ。


「べーが嫌ならこちらで処理するよ」


 なんだよ。そんな言い方されたら気になるじゃねーか。


 オレの管轄かはともかく、外に出てみることにする。


 外はまあ酷いことになっていた。せっかく整地しただろう飛行場はボコボコになり、管制塔らしき建物は半壊。十数もの車輛がハンマーで叩いたように潰されていた。


 ……それ以上に凹んだドアに目がいくのはこの惨状を受け入れたくない心情から来てるものなんだろう……。


「都市の外でよかったな」


 こんな戦いを都市の中でやられた日には黒丹病より酷い被害が出てたことだろうよ。


「そうだね。容赦ない敵だったよ」


 それはお前らだろう。と言う突っ込みはともかくとして、その敵はどこよ?


 辺りを見回すが、それらしきものは見て取れない。


「こっちだよ」


 と、カイナが全壊した格納庫へと向かって歩き出した。


「市長代理殿から損害金を出させるか?」


 被害甚大。普通の傭兵会社なら潰れてるぞ。いや、傭兵会社がどんなもんか知らんけど。


「大丈夫。おれが創り出したものだからサービスしとくよ。これでカイナーズの名と力を知ってもらえたと思うし」


 そう言うこと考えられたんだ。とか失礼なことを考えながら全壊した格納庫に到着。なにやら厳重に規制線(?)が張られていた。


「不発弾でも発見したかのようだな」


「まあ、そんな感じだね」


 規制線(?)を潜り、壁となる戦闘員が退いた。


「黒い影みたいなのを倒したら卵になったんだ」


 カイナが指差す方向に、桃太郎でも入ってんのか? って思うくらいの卵があった。


「……このパターン、どっかで経験したな……」


 それも最近。どこでだったっけ?


「魔大陸で、ですよ。サプル様が死と混乱の竜、バンデイルサーノを倒したときです」


 あーハイハイ、思い出しました。サンキューです、レイコ教授。


「確かサプルちゃんが倒した竜だっけ? 生まれ変わって今はゼルフィング商会で働いてるんだよね?」


「ああ。竜子って名で経理をやってもらってるよ」


 あれ? リューコだったっけ? なんだっけ? 強大な魔力を持つクセに存在が薄いから名も微かにしか覚えてねーや。


「やっぱりべーの管轄じゃん」


 管轄じゃねーよ! 縁だよ! とか言っても信じてはもらえない空気なので沈黙を守る。真実は受け入れらときにしか受け入れられないものだからな。うん。


「つまり、生まれ変わる、ってことでイイのかい?」


 そこんとこどうなのよ、レイコ教授。


「はい。可哀想に……」


 なにが? とは問わないでおこう。たぶん、望む答えが返って来ないだろうからな。


「これもすぐ孵るのかい?」


 リューコはすぐに孵って幼女になってたが。


「どうでしょう? 竜の孵化はよくわかっていませんから。ただ、べー様ならすぐに孵せるかも知れませんよ。護竜の加護──と言うより、竜気、でしょうかね? ピータとビーダが生み出す竜気は他の竜の栄養ともなりますから」


 つまり、とんでも設定ってことね。了解了解。


「孵すの?」


 カイナの問いにすぐには答えられない。


 いつもなら考えるな、感じろが働くのだが、今回はうんともすんとも言わない。勘も働かない。これまでの経験からそれは得にも損にもならないから。つまり、好きにしろ、ってことだ。


 なら、命は活かせがオレの基本。無駄に散らすこともねーだろう。


「ピータ、ビーダ、竜気を分けてやれ」


 両肩に乗る二匹にそう言う。


「ぴー!」


「びー!」


 任せろとばかりに二匹が鳴き、卵へとジャンプした。


  ◆◆◆


 産まれて飛び出て犬だワーン。


 ………………。


 …………。


 ……。


 犬? え、犬? なんで犬っ!? ちょっとどうなってんのよレイコ教授! 説明して!!


「うわ! これ、銀竜か白竜の幼体ですよ!」


 銀竜? 白竜? いや、どう見てもふっさふさの毛を生やした白い犬にしか見えないんだけど。犬種はわからんが。


「毛を生やした犬──ではなく、竜なんているんだ~」


 唸る白い犬に指を出すカイナ。噛まれるよ。


 と思った通り指を噛まれた。大丈夫か?


「アハハ。可愛い。じゃれてるよ」


 いや、どう見ても指を噛み切ろうとしてる様にしか見えんのだがな……。


 こいつの場合、カバ子に丸齧りされても甘噛み程度にしか感じんのだから好きに解釈しろ、だ。


「憎き人め! 死ね!」


 と、カイナの指を齧りながら言葉を口にした。器用なやっちゃ。


「お、しゃべったしゃべった。でも、なぜか新鮮味はないよね……」


 そうだな。オレもないよ。


 まったく、竜がしゃべって驚いていた時代が懐かしいよ。いや、つい最近だけどっ!


「人め! 人め!」


 ガウガウとカイナの指を齧る犬の様な竜。それをいとおしそうに見守るカイナ。気に入ったならお前が飼えよ。


「そんなに人が憎いの?」


「憎い! 憎い! 害しか撒かぬ人など滅びてしまえ!」


 そのまま怨念になりそうなくらい、負の感情に満ちていた。いや、なっていたか。哀れにもカイナに邪魔されたけど。


「人など滅んでしまえ!」


 竜を何十匹と狩っている者としては真摯に受け止めるが、だからと言って改める気もなければこれからもオレは竜を狩るだろう。弱肉強食の世界で生きてんだからな。


「憎いのはわかったけど、残念ながらここに人はいないよ」


「なんだと!?」


 辺りを見回す犬の様な竜。


「……確かに人がいない……」


「ね。いないでしょ」


 ………………。


 …………。


 ……。


「──いや、いるよ! ここに人がいるよ! なにサラリとオレの種としてのアイデンティティーを流してんだよ!」


 オレはあらんばかりに叫んで、徹底的に抗議する。


「そして、お前! なにスルーしちゃってくれてんの! 人が憎いなら見逃してんじゃねよ! オレ、人だよ。カモーン!」


 両手を広げるが、犬の様な竜はキョトン顔。いや、そんな可愛い仕草は求めてねーんだよ! あらんばかりの憎しみをぶっけてこいや!


「あ、べーって人だったんだ。村人って言う種族かと思ってた」


 そんなくだりは一回でイイんだよ。ご隠居さんで充分なんだよ! そして、周りは驚いてんじゃねー! 


「人だよ! まごうことなき人だよ!」


「そう言われても真実味ないし……」


「種としての存在に真実味なんていらねーんだよ! 人は人だよ、こん畜生が!」


 人としてこんな屈辱受けたのニ度目だよ! いや、ニ度も否定されてるオレもどうかと思うがよ……。


「まあ、それは横に置いといて、だ。どうする、これ?」


 置くなよ! サラッと流すなよ! 今、種としての存在を全方位から否定されてんだからよ!


「クソ! なんの包囲殲滅だよ。逃げ場がねーよ……」


 なんて憤懣やる方ないが、全滅してまで人であることを主張したいわけじゃねー。まずは戦略的撤退でこの場を逃れよう。


 ……もう、自分がなに言ってるかわかんねーよ……。


 胸のモヤモヤを根性で飲み干し、犬の様な竜を見る。ってか、見れば見るほど犬にしか思えねー。竜的要素、どこよ?


「頭に角が二本あるはずです」


 とレイコ教授が言うので頭を見れば、確かに円錐形の角が二本あった。


「……お前、人なのか……?」


「なんで疑問なんだよ。憎む相手くらい見抜けよ」


 お前の憎しみはそんなものなのか? 見ただけでわかれよ。


「だが、お前からは竜気と神気しか感じないぞ」


 竜気と神気、ね。


 まあ、ピータとビーダ、ウパ子からだろうが、神気とはなんだ? いや、たぶん結界がそうなんだろう。結界は魔力とは違うからな。


「それだけ憎むならそこから人であることを感じ取れよ。それで人が憎いとか言われても苦笑いしか出ねーわ」


 茶番劇だってもっと真剣にやらんと誰も観てくんねーぞ。オレはいつも流されてますけどっ。


「…………」


 悔しそうな顔を見せる犬の様な竜。お前、表情豊かだな。


「まあ、人を憎むのも滅ぼすのもお前の好きにしたらイイさ。誰もお前を縛ったりはしねーよ」


 まず間違いなくすぐに捕まって身ぐるみ剥がれるのがオチだろうがな。


 放してやりなと目でカイナに言う。


「べーが言うならしょうがないか。元気でね」


 ほれと、犬の様な竜を地面に置いた。


「もう会うこともねーだろうが、少しでも長く生きれるように祈るよ」


 精一杯生きて、悔いのない人生……ではなく、竜生を送れ。例え一日の命だろうがな。


 犬の様な竜に背を向け、こちらに降りて来るプリッシュ号改と船団を迎えるべく飛行場へと歩き出した。



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