第115話 生協かよ

「バカじゃない」


 と言う罵倒を何度メルヘンの口から聞いただろう。そろそろオレの心に傷がつく……こともねーな。つーか、ちょっとゾクゾクして来た感じ。


 なんて言ったらドン引きされるのでお口にチャック。なんでもないって顔で受け止めた。


「出会うことがバカならオレは堂々と、高らかにバカだと言ってやるさ」


 オレの人生、イイ出会いが多い。それを否定するくらいならオレは出会いに胸を張って生きていくぜ。


「はぁ~。そうね。言いすぎたわ。ごめんなさい……」


 こう言うところは素直なんだよな。やり難いわ。


「気にしなくてイイよ」


 オレもゾクゾクしたことも気にしないからよ。


「ミタさん。カイナーズホームで魔道具売ってる……誰だっけ? フミさんの従姉妹? 親戚? なんだっけ?」


「従姉妹のハルさんです」


 あれ? そんな名前だったっけ? まあ、ミタさんがそう言うならハルさんって名前なんだろう。


「人魚用の浮き輪を買ってきてくれ。ある分だけ」


 前にいくつか頼んだ中に人魚用の浮き輪も入れておいた。制限なしで。あれから数ヶ月経ってるし、一〇個くらいはできてんだろうよ。


「畏まりました」


 控える一般(?)メイドさんに指示を出し、シュンパネでカイナーズホームへと飛んでいった。


 無限鞄からテーブルと椅子を出してコーヒーを淹れてもらう。あ、カフェオレにして。砂糖抜きで。


「あ、わたしも~」


 テーブルの上に自分用のテーブルを出すプリッつあん。なんかこんな状況久しぶりな感じ。


「イイ眺めだな」


 背後のことは完全無欠に無視して前方の景色を楽しむ。


「ベーの琴線がわからないわ。あんな大きいトカゲを見てなにがおもしろいのよ」


「見慣れないものを見るのはおもしろいもんさ」


 これは前世の記憶があるから。なんもおもしろ味もない人生を送ったから。この世界に生まれて人生の素晴らしさを知ったから。だから見るものすべてが輝いて見えるのだ。


「変なベー」


 変で結構コケッコー。オレは他人に恥じる生き方はしてねーもん。


 流れていく景色と時間を楽しんでいると、カイナーズホームに買い物にいったメイドさんがツナギ姿のハルさんを連れて帰って来た。


「どうしたい?」


「浮き輪は後回しにしてたものなので不備があったら申し訳ないので飛んで来ました」


 そうなんだ。技術者の鑑だな。


「来てもらってワリーが、いつでも動かせるようにしててはくれよ。まだ人魚が来てねーからよ」


 それ以前に人魚と交流できるかもわからない。まあ、オレの勘は接触して来ると言ってるけどな。


「ここの人魚と仲良くするの?」


「それはあちら次第だな。否定されてまで無理矢理仲良くしようとも思わねーし」


 話した感じ、閉鎖された世界って感じでもなく、トカゲさんたちとも交流がある感じだ。それに敵対してるわけでもねー。いや、襲われたけど。


「広い湖とは言え、こんな狭い世界で生き抜くには大変だろうな」


 海まで続いている川や支流もあるだろう。そこにはたくさんの種がいるだろう。だが、食物連鎖のバランスが崩れたり狂ったりしたら簡単に死滅してしまう。


 まあ、そうでなくても順風満帆に、なんていく種族がいるわけもない。問題の一つや二つあるものだ。


 その日に黒髪美女の人魚が来ることはなく夜になり、なぜかバーベキュー大会となった。


 ……自由なヤツらだよ……。


 別に咎めることでもないのでオレも参加。ワニの肉を美味しくいただきました。


「あ、それは八岐大蛇ですよ」


 ぶっほっ!


 な、なんてもん食わしてんだよ! なんの肉か教えてよ!


「ベーでも嫌がるものがあるのね。なんでも食べるのに」


「なんであるか知ってたらありがたく食うよ。知らないものを食うほど悪食ではねーわ!」


 食えることが大切だから食えるものを知っておきたい質である。メンドクセーと思うが、そう言う性格だからしょうがないでしょ。


「ベー様。申し訳ありませんでした」


 話を聞いていたミタさんが謝ってきた。


「イイよ。食えるから出したんだろうからな。ありがとな」


 驚きはしたが、オレのために出されたもの。それに文句を言ったら作ってくれた者に失礼ってもんだ。


 バーベキューが終わったら桟橋に出て星空の下でコーヒー片手に食休み。ゆっくり流れる時間が幸福感を満たしてくれる。


「イイもんだな」


「そうね」


 オレの頭にパ○ルダーオンしてるプリッつあんが答える。


 そんな長いときを連れ添った妻のように答えないでください。君と知り合って一年も過ぎてないんだからさ。


「マイロード。囲まれてます」


 猫型ドレミがメイド型へとトランスフォームした。あ、最近見てないけどいろはもいるよ。忘れないでね。


 空に結界灯を打ち上げ、辺りを照らした。


「夜中の訪問は遠慮して欲しいんだがな」


 水面から上半身を出した人魚たち──いや、どもと言ったほうがイイな。悪い顔してるぜ。


「ベー様。我々が相手します」


 カイナーズの連中が前に出た。


「任せる」


 出番なしじゃ肩身が狭いだろう。ガンバレ。


 水の中の生きもんとどう戦うかは知らんが、なんとかするのがカイナーズ。気にせずキャンピングカーへと入り、夢の中へと旅立った。


  ◆◆◆


 スローライフの理念は平和な世界で生まれ、幸せを求める生き方なんだろう。


 だが、弱肉強食なファンタジーワールドで行うスローライフの理念も変わり、生き方も厳しいものだ。


 力だ。力がなければ真っ当な生き方すらできない。我を張ることも意地を通すことも、理想も叶えることもできない。弱ければなにも手に入れられないのだ。


 オレはたくさんの命の上に立ち、その命をいただいて生きてることを忘れてはいけない。軽々しく命を奪ってはならない。奪ったのなら大切にいただく。必ずオレの血肉とする。


 そう言う覚悟は常に持っている。今までそうして来た、のだが、ワニさんが襲って来た賊ども踊り食い。湖面が広範囲でモザイク処理されてます……。


「……これまでにない最悪の朝だな……」


 狩りもするし捌いたりもするからグロ耐性はあるが、アレがアレしてアレすぎて言葉に詰まる。


「うん。空でも眺めよう」


 そのうち自然淘汰される。時間さん、解決よろしこ~。


「あーコーヒーうめ~」


「……これが鈍感力と言うやつですね……」


 いえ。スルー力と言うやつです。


「ベー様。カイナーズからの要請で湖にボートを浮かべたいそうです」


 桟橋の先でリクライニングチェアに体を預けながらコーヒーを飲んでいると、ミタさんがやって来た。


 あ、ちなみにメルヘンさんは朝の光景に嫌気がさして村に帰りました。


「遠くにいかなければ構わんよ」


 襲われたのだから警戒するのは当たり前。それで文句を言われるようなら淡水人魚との交流は諦めるさ。


「ありがとうございます」


「ってか、人魚相手に大丈夫なん?」


 あちらさんは水の中の生き物だよ。ボートとか浮かべたら沈められんじゃねーのか?


「魚群探知機を使いますし、機雷を仕掛けます」


 うん。全面戦争にならないていどでお願いしますね。将来、血の湖とか呼ばれるようになったら申し訳ないからさ。


 どっからどうやって持って来たのか謎な哨戒艇(二〇メートルくらいあるやつ)が四艇も浮かび出した。


「過剰防衛って知ってる?」


「はい。最低限に止めております」


 うん。それはカイナーズ基準ね。世間一般では腰抜かす戦力ですからね。あと、ドローン飛ばすのは止めて。風情もなにもなくなるからさ~。


 文句を言うのもメンドクセーので読書することにした。


 読書に全力集中していると、体を揺さぶられて文字から目を離した。なによ?


「ベー様。昨日の人魚です」


 ミタさんが指差す方向に黒髪美女の人魚が上半身だけ出していた。


 リクライニングチェアから起き上がり、ミタさんたちを下がらせて桟橋の端に立つ。


 哨戒艇に乗ってるヤツらも銃口を下げ、少し離れていった。


「こちらに攻撃する意志はない」


「こちらも攻撃するつもりはない」


 それを証明するためなのか、手には槍を持ってなかった。


「それで、仲間内での話し合いはどうだったい?」


 オレが密かに放った結界には黒髪美女の人魚しかいない。武士もののふのような女である。いや、武士とかよー知らんけど!


「そちらに戦う意志は本当にないのだな?」


「戦う意志を持って仕掛けられたらこちらも戦う意志を持って返り討ちにする程度には戦う意志はない」


 その辺はしっかり意思表示と主義主張はしておく。


「そちらを襲ったのはわたしたちではない」


「わかってるよ。個人でやったことは個人だし、部族でやったことは部族だし、種族がやったことを種族全体には押しつけたりはしないよ」


 虎に子どもを食われたからって虎すべてを恨むほど盲目的ではねー。オレはちゃんと敵を見据えて徹底的に復讐するわ。


「襲って来た者とあんたらとは関係ねーんだろう?」


「ない。あいつらは外れどもだ」


 外れども? アウトローってことかな?


「そちらの事情や決まりはちゃんと考慮する。オレはここを借りられて、ちょっと湖に出させてもらえればイイ。もちろん、その対価は払わしてもらうぜ」


 無限鞄から苦瓜が入った箱を出し、湖面に浮かべて黒髪美女の人魚さんに差し出した。


「海で暮らす人魚はそれを好んでいる。味見してくれ」


 オレと苦瓜を見比べ、逡巡したのち苦瓜を二つに折って口にした。


「……美味い……」


 環境が違うのに味覚は同じなんだ。不思議やね。


「それで、ここは貸してもらえるのかい?」


 食生活が悪いのか、それとも苦瓜が気に入ったのか、食うことを止めない黒髪美女の人魚さん。食いしん坊さんかな?


「す、すまない、あまりにも美味かったもので……」


 ちょっとテレる黒髪美女の人魚さん。見た目はアマゾネスだけど、根はお茶目さんのようだ。


 気と表情を引き締めると、こちらに近づいて来た。


「わたしは、ジャウラガル族の一の戦士、ア・オ・ウルックボンバオレシーンだ。ララと呼んでくれ」


 え? ララ、どっから出て来たの!?


 とは驚いたが、覚えやすい名前で助かります。


  ◆◆◆


「ここを借りる代価だが、食い物にするか? 武器がイイか? 他に望みがあるなら聞くぜ。もちろん、叶えられないことには応えられんけどよ」


 そっちの事情まったく知らんし、言ってもらえると助かります。


「食料をもらえると助かる」


 食い物か。湖の中も厳しそうだな。


「わかった。いろいろ揃えてみるから食えるものを選んでくれ。ただ、この大陸にないものだ。口に合わないものやあんたらには毒になるかもしれない。そのことをよく考えて少しずつ、日にちをおいて食ってくれ」


 トカゲさんと同じく慎重にいかんとな。


「あ、もしよければあんたらがどんなもの食うか教えてくれるかい。海のもんと湖のもんの違いを知りたいからよ」


 正確に言えば湖の生態だな。食うものでわかるだろう。


「少しでよいか? 数年前から飢饉に陥っていて用意するのが難しいのだ」


 飢饉か。なら湖の中は荒れてるな。いや、荒れまくってるのか。野盗? 湖族? なんだ? まあ、賊が出るほどには大変なんだな。


「構わんよ。知りたいだけから量はそんなにいらないしな」


「助かる。なら、明日まで用意する」


 了解と答えると、ララは湖の中へと消えていった。


「ベー様。なぜララなのかを訊いてくださいよ。わたし気になって昇天しそうですよ!」


 知らんよ。昇天したければ昇天しろよ。先生には満足して昇天したと伝えておくからよ。


「ミタさん。ハルヤール将軍とこで使った舟って用意できる?」


 ヴィアンサプレシア号にあったら申し訳ねーがよ。


「はい。問題ありません。すぐに用意します。食料はいかがなさいますか? 必要であれば用意しますが」


「ん? 用意できんの?」


 皆は忘れてるかもしれないけど、今は冬よ。余分なものってあんのか? トカゲさんたちにも渡してるのによ。


「カイナーズホームの青果部に発注します」


 青果部なんてあったのね。本当に誰を相手に商売してるかわからんところだよ。


「なら、オレも欲しいからたくさん頼んでよ」


 補給しようしようと思ってなかなかできてないでいた。持って来てくれるなら助かるぜ。


 ……どう持って来るかは考えないようにするけどな……。


「畏まりました。では、たくさん発注しますね」


 そう言うと、控えているメイドたちに指示を出した。と言うか、なんかメイドの数がスゴいことなってね? なんか四十人くらいいるんだけど。いくら何万人と移住して来たと言ってもメイドになる人材多くね? 魔族、オレが思ってる以上に優秀なんか?


「能力を転写できる方がいらっしゃるそうですよ」


 疑問に思ってたらレイコさんが教えてくれた。心を読んだの?!


「顔に出てましたよ」


 うん。君、常に後ろにいるよね。説得力がないどころか知ってることに恐怖を覚えるよ。


「そんな便利な能力を持ったヤツがいたんだ」


「便利ではありますが、それほど都合よい能力でもありませんよ。技術を習得するには訓練しないと身につきませんからね」


 まあ、そう簡単に技術が習得できたら真面目にやってる者としたらやってられんわな。


「と言うか、メイドに関係ない技術を習得してると思うのは気のせいかな?」


 館にいない身でどうこう言える資格はないが、メイド以外の仕事をしているほうが多いように思えるのですがね……。


「それはベー様がメイドに関係ないことばかりさせるからですよ」


 ハイ、そうですね。メイドがやるようなことさせてませんね。ごめんなさいね。


 どんな非難も事実も甘んじて受け入れるのが丸投げ道。ドンと来るがよい。でも、責め立てられたら辛いので止めてください。マジ勘弁です。


「まったく、またプリッシュ様に怒られても知りませんからね」


 それは嫌なので怒られないようにします。どうするかは流れに任せるけど。


「べー様。第一陣が来るそうです」


 はぁ? 第一陣? なによいったい?


 首を傾げてれと、空にシュンパネの光が。なんやと見てたら二トントラックが現れた。ど、どーゆーこと?


「エリナ様にお願いしてシュンパネを改造してもらいました。四トントラックくらいまで瞬間移動が可能になりました」


 あ、だから哨戒艇が持って来れたのか。って、変な流通革命とかせんでくれよな。商人とかに恨まれたくねーからよ。


「まいどー! カイナーズホームのアイオでーす!」


 緑色の髪をしたなんか軽そうなセイワ族のあんちゃんが窓から顔を出した。


「お疲れさまです。あちらにお願いします」


 生協かよ! と突っ込みたいのを堪え、積まれているダンボール箱を降ろすのを眺める。


 さらにシュンパネトラックが来て、どんどんダンボール箱を降ろしていく。


 そして、競りでも始まんの? と思うくらいの量が集まった。


 ……飢饉に備えてる自分がアホらしく思えるな……。


 まあ、あるのなら使うまで。感謝を込めていただきます、だ。

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